異世界の夜
冒険者登録を無事済ませたので、次は買い物だ。異世界の街並みは定番通り中世ヨーロッパのような雰囲気で、ただ街を歩いているだけで、新鮮な気持ちになれる。
「買い物って食料ですか?」
「食料もだけど、旅の消耗品が中心かな」
「旅……旅に出るのですか?」
「そうよ、もう少し先になるでしょうけど、依頼が来れば旅立つわ」
「依頼?」
「魔王や魔族に関する調査だよ、勇者以外はまともに太刀打ち出来ないからね」
この世界には魔王がいるようだ。
「それだけルナさんが凄いって事ですか?」
「そうよ!…………って言いたいところだけど違うわ、実力だけじゃ無いのよ」
「と言うと?」
「聖剣よ」
「聖剣?」
「魔族はね、実力者を集めれば、まだなんとかなるんだけど……魔王は聖剣じゃなきゃ有効なダメージを与えられないんだよ」
「相当な犠牲は払ったけど、聖剣無しでも魔王の撃退に成功した事例はあるわ……でも、倒せた事例はないのよ」
「聖剣使いが勇者なのですか?」
「基本的にはそうよ、現存すると言われている聖剣は4本、所在が明らかになっているのは私のグラムと聖皇国にあるエクスカリバーだけね」
「と言う事は聖皇国にも勇者はいるのですか?」
「残念だけど、聖剣があるだけで、まだ誰も聖剣に選ばれていないの」
「聖剣に選ばれる?」
「聖剣は選ばれた人間以外が持つとすごく重いの、むしろ持てない重さになると言ったほうが正しいかも……ルナの剣は私では動かすことすらできないんだよ」
どんな仕組みかわからないが、非常に興味のある事象だ。
「と言う事は、今のところ魔王や魔族に太刀打ち出来るのは、ルナさんだけなのですね……」
世界の運命はほぼルナにかかっている。強い人だ……僕ならきっとストレスで潰れてしまう。
「ハルト、アンタ強くなりなさい」
「え……」
「アンタの剣は、聖剣どころの騒ぎじゃないわ、神剣よ。きっと魔王や魔族とも戦えるはずよ」
ルナの力になりたい気持ちはある。
「そうなると助かるよね、パーティーの戦力も大幅アップだね」
「僕なんかで役に立つんでしょうか……」
「今のままじゃ足手まといね!」
分かっていたが、清々しい程に直球だ。
「ハルト、アンタ特に予定は無いのよね?」
「はい」
「なら明日は付き合いなさい、アンタを見極めてあげるわ」
絶対に断れない空気だ。
「分かりました」
買い物は野営用の便利グッズが大半だった。勇者といえどもやはり人間、睡眠を取らないわけにはいかない。探知系の魔道具や結界の魔符、聖水など魔物を探知したり、身を隠したりするアイテムをかなり消費するらしい。
「次はポーションね」
「ポーションってどうやって作られてるのですか?」
「基本的にはハーブを調合して作られているらしいよ。レシピは知らないけど」
ハーブの調合では前世の知識は活かせなさそうだ。
「治療院で調合したりはしないのですね」
「私、ヒーラーだから治療院では殆どポーション使わないの!」
「なるほど……」
「でも、冒険中は魔力切れもあるし、積極的に使うよ。いざって時の備えだね」
ポーションは一気に買い込むと、一般の方に迷惑がかかるので、少しずつ蓄えているのだそうだ。その辺りの気遣いも勇者なんだなぁと思った。
「とりあえず今日の買い物は終了だね」
「そうね」
「ハルトも荷物持ちご苦労さま」
「とんでもないです」
荷物持ちと言っても、空間収納があるので手ぶらだ。なんだか気が引けてしまう。
「このままご飯食べに行こっか」
「そうね」
そう言えば、この世界に来てからまだ何も食べていない。はじめての食事だ。
「ハルト何かリクエストある?」
「特には!何でも美味しくいただけます!」
「そう言う時だけ歯切れのいい返事なのね」
ダメ出しが多い。
____僕達は元の世界で言うところの、ファミリーレストランにやってきた。
「ここなら多少、好き嫌いあっても大丈夫よ」
エイルのさり気ない優しさだ。ただ、残念なことにメニューの文字は読めても、その名称が何の料理なのか、さっぱり分からない。結局2人と同じ物を注文した。
頼んだ料理は結構ガッツリ系の中華セットだった。味もかなりいけてる。さりげなくメモっておいた。
食後の飲み物は紅茶だった。ただし砂糖やミルクは添えられておらず、ストレートティーだ。食後の飲み物をいただきながら、話に花を咲かせるのは元の世界と同じだ。この世界について疑問だらけの僕にとってはラッキータイムだ。
しかし、世界の事よりもまず、彼女達のことが気になる。
「僕は勇者様って、魔王を倒すまで、ひたすら旅に出ていると思ってました」
「そう思ってる人は沢山いるよ。でもそれだと効率悪いからね」
「過去の勇者は、旅から旅を繰り返したと聞いているわ。昔は今ほど各地にギルドが無くて、情報も集まらなかったのよ」
「ギルドの役割って大きいのですね」
「そうなの、ギルドは国に縛られない、各国にある中立的な機関だからね」
一連の会話である一つの疑問があった。魔王って復活するのだろうか。過去の勇者とか有効なダメージだとか魔王退治に関するノウハウもあるようなので、定期的なイベントのような物なのだろうか。
「あの……魔王って定期的に現れるのですか?」
「本当に世間知らずね……いいわ教えてあげる」
呆れられてしまった。
「有史以来確認されている魔王は8人よ。そのうちの3人は討伐されているわ」
「つまり魔王はまだ5人いると……」
「そうよ、でも全ての魔王と敵対しているわけではないわ」
「魔王の中でも最も強いって言われてる、3大魔王の1人ルシファーは、この世界に居城を構えて、人類と不可侵条約を結んでいるんだよ」
「まじですか!」
「マジよ」
「今、表立って人類と敵対している魔王は3大魔王の1人、ベルゼバブ1人だけよ」
「他の魔王の目撃情報もあったりするんだけど、暗躍しているだけって感じかな」
「なんだか複雑ですね」
「魔族自体、そんなに数が多くない種族だからね、いくら強力な力を持っていても数で勝る人類に、なかなか真っ向勝負はできないのよ」
「それだけに魔王ルシファーが力を蓄えているようで不気味だけどね」
「なるほど……」
数の暴力は僕もブルーオーシャンで嫌ってほど体験した。実は表に出ていないだけで、魔王と人類は水面下でいろんな戦いを繰り広げているんだろうと想像してしまう。
「ちなみに魔族は長生きなんですか?」
「そもそも寿命なんてあるのかな?今の魔王は昔から語り継がれてるから……いったい何歳なんだろうね」
「そう言う意味では長生きね」
「だから数が少ないのかもですね。個体ごとが長生きするので、繁殖の必要性をあまり感じていない」
「「……」」
「どうしました?」
「まともな事を言ったから驚いてるのよ」
前世では博士と呼ばれるぐらい常識人だったのに。
「そろそろ帰ろっか、ハルトの部屋用意しないと」
「そう言えば、あの診療所ってエイルさんの所有物件なのですか?」
「ん?違うよ」
「あそこは私達4人の所有物件よ」
「え、でもホスピタルって看板が……」
「居抜き物件だよ、もともと町の診療所だったんだよ」
「前のオーナーが引退して田舎で隠居したのよ、治療は基本教会でやってるし、エイルがいる時だけ教会であぶれた患者を診ているだけよ」
「そうだったんですね……てっきりエイルさんの家でルナさんは居候だと思ってました」
「あの看板じゃ仕方ないね」
「まだ部屋3つ余ってるから遠慮しなくても大丈夫だよ」
「いやぁでも男と女ですし、なにか間違いがあったら」
「ないわ、悪いけどハルトと間違いなんてあり得ないから!」
完全否定……辛い。
「ま……まあ、ハルトは年下だし……イケメンだけど頼りなさそうなところが、弟って感じするよね」
頼りなさそうな37歳のおじさんです。
「出来の悪い弟ね、それに、さっきも言ったけど、私にはアンタの監督責任があるのよ」
「そうでしたね……」
異世界の夜は、想像していた夜とちょっと違った。もっと真っ暗な夜を想像していたのだが、店内の明かりや、所々に点在する街灯の温かみのある光が、なんとも言えない雰囲気を醸し出していいる。この明かりがどうやって灯されているのか聞きたかったが、また呆れられても嫌なので、自分で調べてみようと思う。
診療所に戻ると僕には1階の部屋があてがわれた。1Fは診察室に待合と空き部屋が3つ、そのうちの一つは倉庫として使われている。2Fは僕らの世界で言う4LDK。シャワーとトイレは各階にある。そして屋上。こっちの世界の住宅事情はどうなっているのだろうか。ルナとエイルの年齢は聞いていないが、僕を見て弟だと言った事や見た目から判断して20代前半だと思う。
その年齢でこんな豪邸に住めるなて、夢のある世界だと思った。
部屋の片付けを済ませ、僕はベッドに飛び込んだ。今朝目覚めた時はこんな事になるなんて夢にも思っていなかった。