吉祥寺を舞台として何か書いてみたいのだけれど
吉祥寺を舞台として何か書いてみたいのだけれど、それは果たしてそこでなければ書きえないものなのかと問われれば、そんなことはなくておそらく他の場所を舞台にしたって書けるだろうとは思うと答えることになるのであるが、けれども眼の前の街にはあまり触発されるものがなくて、などと不満に浸ったりすると、『それは甘えだ、小説家というものはなんでも素材にできるのだ、コップを凝視し続けてそこから誰も見たことないものを書きつけるのが小説家なのだ』というどこかで読んだのだろうかそれとも聞きかじったのだろうか美しくも頭を悩ませる言説が浮かんできて、もちろんそれが理想だしわたしもそうしたいのだけれども現実としては興味が偏るのは仕方がなくて、と言い訳めいた思いにとらわれていたのは一杯どころじゃなくひっかけていた昨日の深夜あるいは今日の未明のことで、今日はせっかくの休日であるのに予定もないからと正午になってようやく起きだしてきた彼女は、それからずっとパソコンとにらめっこしつつ、ときおり女性誌をパラパラやったり、あるいは休みの合わない彼氏に構って欲しくてLINEをちょくちょく送ったりしながら着想が浮かぶのを待っていたのであるが、そうしているうちにも時間だけが過ぎてゆくばかりで毎度のことながらアイディアがひらめくことはなく、一週間前とまったく同じことをしており、現状を打破するためには眼の前に広がるはずの豊かなものを取材するほかないのだと薄々気がつきながらもそうはしないということを自覚してもいて、で、それからまただいぶ時間が流れていっても相変わらず部屋からは一歩も出ずに、野良猫が窓の外でニャーニャー泣けば、あ、この子たち題材になるかも、と思いついてみたり、化粧鏡に映る顔を他人のもののように見据えながら後ろから自分を観察する書き手を想定してみたりしたのだったが、そんなことは早めに切り上げてノートと筆記用具を片手にまだまだ冷えはするけれども陽は照っているだろうそのあたりへと繰りだしてみるという決断にはやっぱり至らず、張り切って出掛けてみたところで公園のベンチに座るおばあちゃんと孫娘との微笑ましい情景なんかを描写したいと思うくらいがオチだし、それにたぶんその人たちはいないだろうし、どっちにしたってここで画像を検索して書いちゃえばいいし、しかもそのほうがめちゃくちゃ楽なわけで、といつまでたってもぐずぐずしているばかりで原稿はおろか構想用のページすらいまだにまっさらなままであり、どうやら今日もこのまま先週と同じく無駄な一日になってしまうことは間違いないようで、執筆はいったいいつになったら始まるのか、本当に始まるのか、ということはおそらく彼女自身にも見当がつけられなかったし、あるいは恐れからだろうか考えるのを嫌がってもいて、このままやるべきことを後回しにし続けるのはいけないと頭でわかってはいても、これは仕方がないの、どうしようもないの、みんなそうなの、そう、わたしだけじゃないの、そう、違うの、とぶつぶつ言うばかりで最初の一歩を踏み出すことがまたしても出来ないのであった。
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