王都に着くまで前途多難 Ⅱ
王都までの道中のお話のⅡです。
ジュードが名前の呼び方を聞いてきたので、タクミで良いですよと答えると、そうかと言って嬉しそうにしていた。
「そのタクミの膝の上で寝てるのは白狐か?」
白狐?エルカシアの事か?
『エル、そうなのか?』
『はい、人間には白狐とか孤白とか呼ばれてますね。』
「そうみたいですね。」
「そうみたいですねって簡単に言うがな、結構珍しい事なんだぞ。白狐と言えば神の使徒とか、土地の守り神とか言われているんだぞ?」
「あー、確かに村でもそう言われてましたね。僕が生まれてすぐに何処からかやって来て、側を離れなかったそうですから。」
「そうなのか? つまり、タクミを主と思っているってことだ。なら尚更気をつけろよ。白狐を散れ歩くだけでも物珍しく見られてちょっかい出す奴はいるからな。」
「はい、ありがとうございます、ジュードさん。」
「ジュードで良いよ。」
結構気さくで話しやすい人だな。冒険者ってもっとがさつな人ばかりかと思ったけど結構優しい人もいるんだ。ちょっと認識を改めないとな。しかしさっきから気になるんだがラモナさんがカーリーの事ジーッと見詰めてるんだよな。カーリーも気になってるみたいだし聞いてみるか。
「あの、ラモナさん?」
「あ!何?そうだ私もラモナで良いよ。で、何?」
「あ、いえちょっと気になって。さっきからカーリーばかり見ているようですけど何かあったかと思いまして。」
「あーゴメンゴメン。ちょっと知った人に似ていたからついね。」
「知り合いにですか?」
カーリーも気になるのかラモナに問い掛けていた。
「そうなの。その昔ね冒険者の駆け出しの頃お世話になって、新人研修とかでみっちり基本を教わったのよ。それからも何度か同じ仕事を受けて、命も救われた事もあった人でね、ジェナ・マリガンっていう人なの。」
世間って狭いね。
「あのー私の名前、カーリー・マリガンと言います。ジェナは私のお母さんです。」
「ほ!本当なの!? そう、言われればこの口元や目の辺りとかそっくりかも!」
ラモナさん、興奮のあまりカーリーの顔をベタベタなで栗回して驚きながら喜んでるよ。
「ほ、本当ですから、お、落ち着いてくださ、い!」
「ご、ごめんなさい! つい嬉しくて!」
本当に嬉しそうだなラモナさん。
「ラモナは昔から興奮すると見境が無くなるって、ジェナさんに良く怒られてただろ。」
ジュードがラモナさんを窘める
「ごめんねカーリー」
「いえ、そうなると私からすれば姉弟子ということになるのかな?」
「!! そうか!妹弟子かあ、なんか良いねぇ!! ジェナさんとは引退されてから会えなくて寂しいけど、カーリーに会えて本当に嬉しいよ。」
「あれ?ラモナさん、お母さんならさっきのトネ村にいたけど会ってないんですか? お母さん、今トネ村に住んでるですよ?」
「!!!!」
うわー落ち込んじゃったよ。ラモナさん。
「あ、でももうすぐ冒険者に復帰するといってましたから近いうちに王都に来ると思いますよ。」
「本当?! ヨッシャー!」
こういうキャラなんだ。横でジュードがため息ついてる。見た目では判らないけどジュードの方が振り回される苦労人かもしれないな。
『タクミ様、何かが近づいて着ます!』
エルが何かを察知したようだ。
『何だ?危険対象か?』
『はい、魔獣と思われます。数は10頭、5頭に別れて一つは前方の雑木林に潜伏、もう一つが後方から迫っています。』
『種類は判るか?』
『いえ、この距離ではまだ判別できません。』
こんな街道の近くに魔獣が現れるなんて普通は無いことなんだが。僕は向かいに座るジュードに近づき他の客に聞こえないように小声で話す。
「魔獣が近づいているみたいだ。前方に5頭潜伏、後ろから5頭がこの馬車近づいているみたいだ。」
「な!ど、どうしてそんな事が判る!?」
突然、7才の子供が魔獣が来ると言っても信用してくれないだろうが、今はそんな事言ってる場合じゃない。なんとかしてジュードに信用してもらうしかないのだ。
「・・判った。俺は御者と護衛の冒険者に伝達してくる。」
そう言い、今度はジュードがラモナに耳打ちし事情を話す。僕の方はカーリーに説明する為に耳元に近づく。一瞬カーリーがビクッ!と体を強張らせ耳元が赤くなるが、今はそれに突っ込む時間がないのでスルーして説明を続ける。話を共有した4人と1匹は他の乗客に悟られないように、準備を始める。
その中で微かに事の内容を聞きかじったミッシェル君がオロオロとし始めた。あ!と思った時には遅かった。
「お、お前ら!魔獣が来るというのに俺から離れるんじゃない!!」
ジュードが御者台の方に移動しようとした時、ミッシェル君が大声で怒鳴り出してしまう。先に釘指しとくんだった。それを聞いた乗客が一斉に騒ぎ出し、馬車は急停車してしまった。それが合図になり、止まった馬車から乗客が我先にと逃げだそうとし、馬車内は騒然となってしまった。
「馬鹿やろう!! 今、馬車から降りた奴は護衛対象から外れてしまうぞ!!」
ジュードの馬鹿みたいな大声で怒鳴り付けられ、一瞬で馬車内に静寂がもどった。凄い!こういうのは場数が物を言うんだろうな。僕では咄嗟にこんな芸当できないぞ。
「この俺と、そこの女はクラスBの冒険者だ! 御者台にも別に二人の冒険者が護衛についている。この街道に出る魔獣程度ではなんの問題もない! 大人しくこの馬車の中で待っているんだ。いいな!」
ジュードの言葉というより威圧で強制的に頷かされる乗客達。みんなが椅子に腰掛け体制を低くしたことを確認すると、ジュード、ラモナ、カーリー、僕とエルが馬車から降り、先に御者台から降りていた二人の冒険者と合流する。
「おい!ちょっとなんだこのガキ共は! 今から魔獣相手にしようって時にこんなのに居てもらってちゃ邪魔になるだけだぞ!」
二人の冒険者の言う事はもっともなんでどう説明しようかまよっていると、ジュードが助け舟を出してくれた。
「この二人は特別だ。この女の子はあの、深紅の鬼姫こと、ジェナ・マリガンの娘だぞ!」
何だかものすごい二つ名が付いてますよ、カーリーのお母さんは。
カーリー、なんだか無茶苦茶恥ずかしそうだな。判る気がするけどね。
「それにこの男の子は、この魔獣を察知した優秀な魔導士だ。」
「はあ?そんな子供の言う事を信じたのかあんた達は? 馬鹿じゃねえのか。そんなの嘘にき・・」
ウオーーーーーーーーーーーーン
そんな言い争いをしてると後方から獣の遠ぼえが聞こえてきた。一瞬にして固まる二人の冒険者。今、僕たちは馬車を背に遠ぼえのした後方に注視していた。この街道の周りは、ほとんどが平原で所々丘のような起伏はあるものの林も何もない見晴らしいい場所だ。はっきり言って隠れる場所が無い。対抗策は、前方で隠れている集団は馬車が止まったせいでまだ距離があり、さっきの遠ぼえが合図でこちらに向かうとしても、もう少しばかり時間が必要なはずなのだ。なら子供二人がいるとはいえ後方の集団から先に手を打てば数的に有利な状況が作り出せれる。そう判断したのだが、その魔獣の姿を確認してそれが甘かった事を痛感させられる。
「お、おい、ありゃあ、白狼じゃねえのか?!」
一人の男性冒険者がつぶやいた。それは紛れもなく白い毛で覆われた、狼の姿だったがその体長が2~3mくらいもあり、その大きさからくる威圧感は半端なものじゃなかった。
白狼は、魔獣のクラスでいえばCクラス。ただし、単体での話で3体以上の集団を形成した白狼はBクラスに相当すると言われている。
「それに、5体もいるじゃねえか! お、俺はおりるぞ、たかだかクラスDの俺達がなんとかなる魔獣じゃあねえ!」
「お、俺もだ! いくらマリガンの子供だからといって、まだ7、8才だろ? 無理に決まってるじゃねえか!」
二人の男はゆっくりと後ずさると、一気に街道をそれて走り出した。
「違約金だろうが何だろうが関係ねえ! 俺達は逃げ出す! お前らも乗客見捨ててとっとと逃げれば助かるかもしれんぞ!」
「あ!ちょ、ちょっと待つんだ!」
ジュードの制止を無視し二人は馬車から離れて行った。
「くそ!今ここから離れたら奴らの思うつぼなのが分からねえのか!」
「ジュード、どうするの!」
ラモナさんが声を荒げジュードの指示をあおごうとする。
「5体同時に来られるとまず持たない、どうすれば・・」
『タクミ様、私でしたら魔獣ごときの2体くらいは足止め出来ます。』
『え?でも神様は人間に直接的な力は行使できないんじゃ。』
『あくまでも私はタクミ様の眷属としてこの地におりますのでその辺は曖昧で大丈夫です。』
大丈夫なのか?まあいい、使える物は使わせてもらおう。
「ジュード、この白狐エルカシアと言うんだが、はっきり言って土地神に近い存在なんだ。なのであの白狼の2体くらいなら足止めは出来るそうだ。残りの3体のうち1体を僕とカーリーで、2体をジュード達に任せたいんだけどいいかな?」
「いいもなにも大丈夫なのか? さっきは、ああ言ったが奴らを引き止める為のもので、お前らを当てにしてた訳じゃないんだぞ。」
この状況でも僕達を心配してくれるジュードはお人好しだな。
「大丈夫とは、はっきり言えないけどね。でも、ここで何もしなくても喰われてしまう可能性が高いんだから、少しでも生存率が上がる方法を実行した方が利口だよ。」
ジュードは少し悩んだようだが、最終的には僕たちの案に乗ってくれた。
「あ、それと土地神の件は内緒でお願いしいます。」
口に人差し指を立てながら、お願いすると無言で頷いてくれた。
「カーリー大丈夫?」
僕はあとカーリーの様子が少し心配だったので見てみると、思ったより冷静な表情だった。とは言っても7才の女の子だし、実戦は始めてなはず。案の定、握り締めた拳が少し震えていた。
「カーリー、僕がずっと一緒にいるから二人で頑張ろう!」
そう言いながらカーリーの手を強く握り締めてあげる。すると、カーリーのもう片方の手が重ねられ強く握られる。その拳に額を当て目を閉じると少しそのまま動かなくなった。しかしそれも一瞬ですぐに目を開き僕をじっと見詰めてきた。
「ん!もう大丈夫! ありがとうタクミ君、母さんに教わった事ここでちゃんと出して見せる。」
静かにだけど、力強く宣言するカーリー。よし、これならいけるかな。
「それで作戦なんだけど、提案して良いかな?」
「何かあるのか?」
ジュードが普通に聞いてくる。本当なら、僕みたいな小僧がしゃしゃり出るなんてあり得ないんだろうけど、改めてジュードって凄いと感心する。
「それじゃ、聞くだけ聞いてもらえる?」
皆が一斉に頷いてくれた。そして僕が手短に話す間にも、白狼達が迫って来ていた。
これはⅢまであって、次は戦闘シーンの予定です。