王都に向けて、前途多難
魔法素養の調査が終わり、村中が大騒ぎになった翌日、僕とカーリーは村の中心にある村役場の執務室兼応接室に呼ばれていた。
「カーリー、そんなとこに立ってないで、こっちにおいでよ。美味しいお菓子とかもあるからさ。」
応接室の真ん中に牛革で作られた3人掛けのソファーが2つが向かい合う形で置かれた一つに、ミッシェル君がお母さんと一緒に座っていた。ソファーで挟まれたセンターテーブルには焼き菓子や果物が沢山置かれていて、それを食べながらミッシェル君はカーリーを手招きする。
「結構です。朝からそんなもの食べられません。」
本当に嫌そうな顔で断るカーリーを無視してミッシェル君は手招きを続ける。
「そん事言っても女の子は甘いものが好きなんだから、正直に言えば良いんだよ。カーリーなら幾らでもあげるからさ。」
カーリーは本当に困っている様子だったので出しゃばる事にした。
「でしたら、僕が頂きましょうか?」
僕が喋った途端、キッ!とこっちに鋭い視線を投げつけてきた。
「俺は今、カーリーと話しているんだ! タクミはあっちに行ってろ!」
手先の甲の方でクイクイっとして部屋から出て行くよう促してきた。
「それは無理だよ。僕とカーリーのふ・た・り・がここに呼ばれたんだから、出て行くわけにはいかないよ。」
僕の言葉が気に食わなかったのか、顔を真っ赤にして睨めつけてくる。
「なんですのこの下品な子供達は。」
今までソファーに座って紅茶を嗜んでいた、ミッシェル君のお母さんが僕を睨みつけてきた。
「ママ、こいつがタクミって言うんだよー。いっつも僕の邪魔ばかりして来る嫌な奴なんだよー。」
どっから声出してんだよ。まだミッシェル君も8才だからぎりぎりセーフかもしれんけど、さすがの僕も鳥肌が出てきそうだ。カーリーなんかドン引きだよ。
「あなた、タクミとか言いましたわね。私のミッシェルを虐めて何が面白いのです。」
いや、虐められてるのはどっちかと言えば僕の方なんですけどね。
「自分ではそのように思っていませんが、もしこちらの行動でそう取られてしまったのでしたらお詫び申し上げます。」
「謝れば良いというものではなくってよ!」
「では、どうしろとおっしゃるのですか?」
「そうね、あなたそこの女の子と別れなさい。」
「「は?!」」
つい、カーリーとハモってしまったよ。
「カーリーさんでしたよね、そこの暴力的な男の子なんかやめて、ミッシェルと付き合いなさいな。そうすれば、いつでも美味しいお菓子も食べ放題だし、将来は村長婦人にもなれますよ。」
などと言って片手の甲で口を押さえながら、ホホホホホっと笑う現村長婦人。つくづく親子だなあと、ある意味感心する僕とカーリーだった。
ばたん!
「大変待たせてしまって悪かったな。」
扉を開く大きな音と共に数人の男たちと、僕のお母さん、カーリーのお母さんが一緒にはいって来た。
僕たちのお母さんが入って来たせいか、さっきまで高笑いの親子は急に黙って何食わぬ顔でお茶を飲みはじめた。
「タクミ君、カーリーさん、まずはお早う。昨日は良く眠れたかね?」
少し大袈裟気味に挨拶をしてきたのは、このトネ村の村長フェリクス・ヘイズさんだ。ミッシェル君のお父さんだ。
「「お早うございます。」」
「僕はよく眠れましたよ。」
「私はちょっと興奮気味だったせいかあまりよく眠れなかったかも。」
「そうか、まあカーリーの方が普通の反応だろうね。しかし相変わらず、タクミ君はしっかりしてるな。ミッシェルにも見習わせたいよ。」
村長の言葉にミッシェル君が僕を睨んで来る。僕が言ったわけじゃないんだけど。
「それで今日来てもらったのは他でもない。君達二人を、王都にある魔法育成大学に入学させることが正式に決まったんだ。それで、君達に入学に意思があるかの確認に来てもらった。」
村長の話を聞いて僕は当然行くことに問題はなかったが、カーリーはどうなんだろう?彼女の家族は両親との3人暮らしだが、親父さんは有名な冒険者で、仕事のためほとんど家を空けていることが多かった。
実質お母さんとの2人暮らしだった。もし、カーリーが魔法大学に入れば全寮制で当分村には帰って来れなくなるのでお母さんを一人残して行くことになる。優しいカーリーの事だから相当悩む事になるはずだ。
「はい!喜んで魔法大学への入学お受けいたします! タクミ君も受けるよね?」
「え?!あ、う、うん受けるけど、良いの?」
「え?なんで行くに決まってるじゃない。一人だったら考えたけど、タクミ君と一緒なら全然平気だよ?」
「でも、おばさんは?」
「お母さん?大丈夫だよ。なんで?」
「なんでって、カーリーが王都に言ったらおばさん一人になるんだよ? おばさん寂しくないのかなって思ったんだけど。」
カーリーが目を丸くする。そして、あーと何か思いついたように頷く。
「心配してくれてたんだ。ありがとう。やっぱりタクミ君はそこらへんの男の子と違って本当に優しいね。」
僕よりちょっと背が低いカーリーが笑顔で僕の方をちょっと上目遣いで見つめて来る。その表情がやたらと可愛いかったのでちょっと焦ってしまう。
「お母さんなら大丈夫だよ。私が王都に行ったら、現役復帰するんだって。」
「現役って、まさか。」
「そう、そのまさかだよ。」
「ほう、カーリーのお母さん、ジェナさん冒険者に復帰するのか。」
村長が納得顔で、うんうんと大きく頷いている。カーリーのお母さんは。多分このトネ村で僕の母さんと双璧をなす美人でしかも元冒険者さんだ。その強さは隣国にも轟く程の二つ名持ちなんだが、カーリーが聞いても二つ名は教えてくれなかったそうだ。
「お母さん、お父さんとまたパーティー組んで稼ぐぞーって息巻いてた。だから、私が居なくても大丈夫なんだ。」
「わかった。そういう事なら一緒に魔法大学に入学してがんばろう。」
「うん!」
物凄く嬉しそうだなカーリー。
「村長、そういう事なので魔法大学の入学改めてお願いいたします。」
二人で村長に入学の意思を示しお辞儀をする。
「そうか!それじゃあ入学に関する説明を王都から来られたレズン・リードさんから聞いてくれ。この方は王都で農政局に勤めておられて、トネ村の農業事業の視察に来られていたんだが、たまたま魔法大学の講師もされておられて、ちょうど君達の事がでたのであわせて入学の説明をしてくださるとなっての。」
「そうですか。ご迷惑をおかけします。僕はタクミ・カーヴェル、こちらがカーリー・マリガン嬢です。」
僕が挨拶すると、少し驚いたようだが直ぐに姿勢を正して手を差し出してきた。
「私はレズン・リードと言います。」
僕たちは握手を交わすと、奥にある打ち合わせ用のテーブルへと移動して説明を受けることになった。
テーブルには、カーリーのお母さんと僕の母さんとの4人が並んで座り、リードさんが向かい側に座った。ちなみに父さんは用事があるので先に退席している。
「まずは皆さん、魔法大学への入学、おめでとうございます。これから、10才までの3年間大学で魔法や一般教養の授業を受けていただきます。その後11才から成人する15才までに受ける大学院への進学は、成績上位者でその意思がある者だけとなります。生活は全寮制ですので、特に用意していただくものはありません。大学では制服が支給されますし、ある程度の小遣いも支給されますので雑貨や服等を買う位は問題ないと思います。これら全ての費用を国が負担致します。」
はあ、ここまで聞いて凄い優遇されていると改めて感じた。それだけ、魔導士それも優秀な者は国にとって重要な存在何だろうと実感できる。
「大まかには以上になります。ちなみに、私は農政局で働く傍らに、大学では自然化学や薬草学等の臨時講師も勤めておりますので、担当させていただくこともあると思います。詳しい取り決め事項は後ほどパンフレットを送らせていただきますので今後の日程等もそちらを参考にお願いします。」
「何かご意見がありましたらお伺いいたしますが。」
「特には無いわね!ビシビシ鍛えて下さい!」
真っ先にカーリーの母親、ジェナが発言する。おばさんらしいな。
「私も特にはありませんね。とにかく無事に過ごしてくれればそれだけで充分です。」
僕の母さんも問題は無いらしい。常に僕の事を心配してくれる優しい母さんだ。転生して意識が覚醒した時は60才以上のおじいさんの感覚があって不思議な感じだったが今では自然と母として認識出来ている。やっぱり年齢に精神や人格も引っ張られているのかもしれないな。
「それでは問題も無いようですので私はこれで失礼させていただきます。タクミ君、カーリーさん、来年の4月にまたお会い致しましょう。」
「「はい、よろしくお願いいたします。」」
僕とカーリーとそれぞれの母親は席を立ち、深くお辞儀をすると、軽く会釈をしてレズンさんが部屋から出て行かれるのを見送った。すると、ジェナおばさんが僕の方に近づいて来た。
「タクミ君、カーリーの事お願いするね。この子、タクミ君と一緒に学校へ行けるのがそうとう嬉しかったみたいで、夕べは一晩中ニヤニヤして気持ち悪かったのよ。」
おばさんっていうよりお姉さんの方がしっくりくる容姿で笑顔のウインクしてくるジェナさん。美しいんだけど、印象的にはカッコイイの方があってるな。
「お!お!!おかあさん!!な、何変なこと言うの!」
顔を真っ赤にして怒りまくるカーリーがジェナさんに飛びかかる。えー!?と思ったが、喧嘩というよりなんだか武術の組み手みたいな形での攻防が開始された。君達、部屋の中なんだから程ほどにね。
「タクミ、カーリーちゃんの事どう思ってるの?」
いきなりの母さんの質問に戸惑ってしまう。
「どう?ってどういう事?」
「そんなの好きか嫌いかって事よ。」
「な!そんな事聞かれても答えようがないよ。良い子だし、嫌いなわけはないし。」
「ふーん、嫌いじゃないわけだ。」
「と、友達だから当然だよ!」
「うん、分かったわ。今はそれでいいから、カーリーちゃんの事ちゃんと守ってあげなさいよ。男の子なんだからね!」
ビシッと親指を立てて決めてくる母さん。でも、そこで格闘している親子を見てると、守られるのは僕の方じゃないかな?
その後も色々と話をして、ようやくジェナ親子のスキンシップも終わって皆で帰ろうと部屋を出ようとしたとき村長に呼び止められる。
「すまん、皆に伝える事がもう一つあったんで聞いてくれるかな。」
すると、村長の横にミッシェル君が近寄って来る。
「今回のタクミ君達の王都行きに、このミッシェルも同行することにしたので宜しく頼む。」
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「「「「えーーーーーー!?」」」」
4人が綺麗にハモった。
読んでいただいて、ありがとうございます。