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不器用な初恋  作者: まほろば
国境からフィアの城
9/30



国境の詰め所に着いて、マサラにマリアを預けた。

夜になる前に着けたので夕飯は久し振りに美味しい物にありつけるだろう。

マリアの美しさに釘付けになっている詰め所の騎士や兵士たちを、ハロルドは横目で見ていた。

「カインに言い付けてやろ」

「止めておけ」

ハロルドは笑顔でマーズに返した。

「カインは何にでも完璧を求めるから、部下のこう言うの嫌うんだよね。これって面白くなるよ」

マーズは呆れてハロルドを放置した。

鎧を脱いで久し振りに身軽になる。

マーズの誤算は、アランがマサラと話していたから、ベルの事も報告済みだと思った事だ。

夕食の鐘がなるまで、溜まった書類を片付ける。

1ヶ月近く留守にしたから書類が山になっていた。

ノックがして、ハロルドが顔を出した。

「ハンナから砂糖菓子が着てるよ」

ハロルドが1つ摘まんだ。

「何時までも子供扱いだな」

「乳母だもん当然だよ」

ロナルドとカインの乳母がマサラなら、マーズとハロルドの乳母はハンナだ。

ふっくらした体型と同じく、穏やかで優しい。

幼い頃、忙しい両親は時間があれば俺たち兄弟に会いに来てくれた。

それでも寂しさは拭えず、それを埋めてくれたのがハンナだった。

お陰で、マーズもハロルドもハンナには弱い。

「イファの兵士は疲れきっている。甘味は疲れを取るから食事の時に配るか」

「そうだね」

ハロルドがマーズが手にしてる書類を見た。

「ここでも仕事?」

「領地からこっちへ送ってきている」

マーズは机の山を指した。

「人を雇いなよ。体がいくつあっても足りないよ」

マーズも任せられる物は任せている。

決済の必要な物だけ手元に来るようしているが、あれこれ手掛けている事が書類を増やしていた。

夕食に向かった食堂にマリアは居なかった。

別室でマサラと食べているらしい。

そしてアランも居なかった。

詰め所の兵士に聞けば、町長に挨拶に行ったらしい。

夜には戻ると言付けが残されていた。

夕飯の時間に食堂に集められたイファの兵士は、何をやらされるのかと警戒していた。

兵士の後ろに侍女もいた。

そこにベルの姿があって不思議に思ったが、トラブルを避けるために城まで侍女で行くのかと思っていた。

「ご苦労だった。たっぷり食べてくれ」

兵士は驚いていたが、冗談じゃないと知ったらガツガツと先を争って食べていた。

食べ終わりを見計らって、テーブルに砂糖菓子を置いてすすめた。

「好きなだけ取れ」

砂糖菓子は思ったより減らなかった。

侍女が遠慮しながら数個取っただけだ。

「…あの、砂糖より塩が」

イファの兵士の1人が言った。

急いで調理場からざらめのような塩が運ばれてくる。

我先に手を伸ばす兵士を見て、報酬に塩も追加しようと思った。

侍女も塩に手を伸ばす兵士を見て、遠慮しながらまた数個砂糖菓子に手を伸ばしていた。

侍女の1人が部屋へ持って行っても良いかと聞いてきたので、紙に5つづつくるんで3人に渡した。

ベルが砂糖菓子を目の高さに持ち上げて、じっと見ているのに気が付いた。

見て満足したのか、1つ食べて残りを丁寧に包み直して服のポケットに入れた。



トラブルが起きたのは夜になってからだ。

書類整理の続きを部屋でしていたら、兵士が慌てて呼びに来た。

「た、大変ですっ」

「どうした」

「マリアンヌさまが浴室で酷い癇癪をおこされて、侍女の1人と町の者が1人火傷を負いました」

咄嗟にベルが頭に浮かんだ。

男のマーズが浴室に入るわけにもいかない。

次に頭に浮かんだのはマサラだった。

「マサラを呼べ」

「別の者が走っております」

兵士の案内で浴室の手前に行くと、手伝いに来ていた町の主婦たちが誰かを囲んでいた。

人垣がマーズを見て割れた。

やはりベルだったか。

びしょ濡れのベルの横には違う少女もいて、2人を医師が診察していた。

「どうだ」

「軽い火傷です」

医師は2人を診ながら言った。

「後、この侍女を風呂に入れて下さい。こう汚くちゃどうにもなら無い」

手伝いに来ている町の主婦がベルを連れて行った。

残った主婦が機関銃のように喋りだした。

話を要約すると、マリアの風呂に侍女3人と町の少女3人が駆り出され、侍女がお湯を運び少女がマリアの体を洗ってた。

少女の洗い方が気にくわなかったのか、マリアはお湯を足そうとしていたベルを少女の方へ突き飛ばした。

ベルが手にしていた桶がひっくり返り、ベルと少女がそのお湯を被って火傷を負った。

ガンガン苦情を言われてるところへマサラが来た。

「話は兵士に聞きました。怪我した者の手当ては済んだのですか?」

主婦が侍女は今風呂に入れに行った、と言った。

「マリアンヌさまには私がきつく申し上げます」

マサラがマリアの部屋に行こうとしたところにベルを連れて行った主婦の1人が戻ってきて捲し立てた。

「あの子、着替えも何も無いって言うじゃないの。イファから着の身着のままで連れてきたんですかっ!」

何を言われてるのか分からずマーズがマサラを見た。

「侍女の服の替えを用意して来なかったんですか?」

マサラにも聞かれて、マーズは知らないと答えた。

「今娘の小さい時の服を取りに行かせてますよ。マーズさまが付いていてこんな可哀想な事をして」

避難する目にマーズが憮然とした。

「俺に女の服が分かるか」

ムッとしてマーズも言い返す。

「仮にもここまで警護して来たんじゃないんですか」

理不尽な言いがかりにマーズがグッと詰まった。

そこにマサラが追い討ちを掛けた。

「後からお聞きしようと思っておりましたが。第3王女のベルベットさまはいつおいでになりますの?」

一瞬の空白。

マーズはマサラを見て事の成り行きを理解した。

「アランから聞いていると思って伝えなかったな。第3王女ベルベットはさっきの侍女だ」

マサラの顔が変わるのを初めて見た。

「もう一度おっしゃって下さい」

マーズは簡単にマリアとベルの話をした。

「あなたと言う方は」

マサラは頭を押さえ、大きく息を吐いた。



それから夜中までの時間は大騒ぎだった。

王女に着せる服が無い、から始まって部屋の準備、付ける侍女の手配と、マサラの行動は速かった。

「奥さまに早馬を出しました。明日の朝には支度の一式が届くでしょう」

マサラはフィアの恥になると、般若の顔を隠さない。

騒ぎを聞いて見に来たハロルドがこっそり戻るほど、マサラは怖かった。

「どうして迎えに行った騎士に何も伝えなかったんですか。事前に聞いていたら準備も出来たんですよ」

マサラの矛先がマーズに向いた。

「マリアに逆上せた奴に言う無駄はしない」

マサラもマリアが着てからの騒ぎを見てるから、それ以上は言ってこなかった。

多分、後からぎっちりカインに絞られるだろう。

やっと静かになって寝ようとしたところに兵士が再び来て、ベルが居ないと言い始めた。

今詰め所の中をマサラたちが探しているらしい。

ハロルドは寝てる振りで出てこないらしい。

「兎に角部屋を見に行く」

兵士の案内で部屋の前に着くと、詰め所の間取りと出入り口を思い浮かべた。

「両方探してますが見付からなくて」

頷いて部屋の扉を開けた。

広い部屋はがらんとしていた。

気のせいか?

微かに人の気配がした。

兵士から蝋燭を受け取り、部屋を確かめる。

蝋燭で見える範囲に人の姿は無かった。

微かに泣いてる気配がしてマーズは部屋を見回した。

半分開いた窓に近付き、端のカーテンを持ち上げる。

うずくまり、声を殺して泣いているベルを見て、兵士が報告に走った。

初め蝋燭の灯りに驚いて怯えた顔をしたが、マーズだと知ってベルが顔を歪めた。

マーズがベルの前に膝を付いてしゃがむ。

「どうした」

「…な、無くなっ…ちゃった」

泣き過ぎで上手く話せないベルが、両手で隠してる何かを顔にくっつけた。

「見せてみろ」

マーズが手を出すと、ベルは嫌々をした。

未だ真新しい最初の記憶が甦り、マーズは伸ばした手をゆっくり引いた。

ベルはマーズの手が遠くに行くのを見て、思わず手を尽き出して広げた。

ぷんと甘い匂いが鼻をつく。

見覚えのある紙に、何の匂いが直ぐに思い付いた。

部屋に戻ってきた兵士に砂糖菓子を持ってくるよう言って、笑って見せた。

「砂糖菓子はまだいくらでもある。もう泣くな」

そこに砂糖菓子とアランが来た。

来る途中話を聞いたらしく、アランがベルを見てホッとした顔をした。

「マーズさま」

兵士が砂糖菓子の小さな箱を差し出す。

それを受け取ってベルの前で開けた。

ベルの顔が一瞬で明るくなる。

ベルはマーズと砂糖菓子を交互に見た。

ベルには自分で取る意識がないのか、子犬のように見てるだけだった。

マーズが箱ごとベルに渡す。

ベルは驚きの顔の後、嬉しそうに箱を胸に抱えた。

その時になってようやく、ベルが侍女の服じゃない花柄を着ているのに気付いた。

おそらくあの主婦が持ってきた服だろう。

髪も洗われて、普通に少女に見えた。

そこにマサラが来た。

「殿方はどうぞ退室なさって下さいませ」

能面のマサラに部屋を追い出された。

「あれは怒ってますね」

「思うなら助けてやれ」

「遠慮しますよ」

アランは引き吊った笑いで誤魔化した。



眠気も覚めたし、アランが戻った事で再び仕事を再開する事にした。

積まれてる順番で片付けていく。

書類の1番下には薄い木の箱があった。

マーズが手持ちの鍵で開く。

中には数枚の暗号で書かれた書類が入っていた。

読みながらアランが言った。

「順調ですね」

「後は貴族にどこまで隠せるかだな」

「隠しおおしますよ」

アランが黒い笑みを浮かべた。

マーズの領地の収益の半分は薬草だ。

マーズが3年掛けて栽培から販路の道を作った。

このお陰で、マーズの領地の経済は建て直せた。

「報告が遅れました」

アランが小さなメモをマーズに渡した。

【バルス】

メモにはそれだけ書かれていた。

蝋燭の灯りでマーズとアランが声を出さず会話する。

『処罰は終えました』

『フロルの話が現実味を持ってきたな』

『即刻手配します』

『深追いはするな。また最初からバルスに潜り込ませるのは手間だからな。手に入った情報だけと言え』

『分かってます』

マーズが考えながらアランに言った。

『どう考えても、バルスとグリフィアをつなぐ糸が見えてこない』

『そこを探れれば良いのですが』

『まだ手にして無いピースがある』

『おそらく』

『今は打てるだけの手を打て』

『はい』

マーズが苦笑いをする。

『俺たちの盲点をフロルに教えられたな。今回無駄に終わっても、何時かフロルの話は現実になり得る』

『そうですね。間に4つの国を挟んでいる安心感から無防備でしたから』

『フロルには礼をしないとな』

『私が必ず軍師に育て上げます』

『任せる』

これは余談、フロルは後にマーズの元を離れてカインの軍師になる。

騎士の称号は無くても、カインの元でカイン、その息子の2代に仕えた。




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