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フロルが寝てから、隣の部屋で4人で話した。
「フロルは観察に優れている。宿屋と言う情報を仕入れやすい環境もあるが。人間を良く見ている」
マーズの話にアランが付け足した。
「出来るなら手元で教えてみたい人材ですね」
ラルフが渋い顔で言った。
「才能はあっても騎士に成るのは無理だ。あの足では歩く事も馬に跨がる事も無理だからな」
「その前に、あの子はフィアじゃなくイファの子ですから連れ帰れないでしょう」
「連れて行けるよ。治療するって言えば済むもの」
ハロルドが普通に言った。
「親は早くフロルを手離したいの。分かるでしょう」
フロルが意識を取り戻したと知らせても、両親は顔を見にも来ない。
「少しお金積めば簡単だよ」
ハロルドの言い分に誰も反論しなかった。
「フロルの気持ちを聞いてからだな」
マーズが言った。
翌日、マーズとハロルドが街へ出掛けてる間、ラルフがフロルに聞いていた。
「フロルは将来を考えているか?」
途端に顔が暗くなる。
「…ラルフさんたちと一緒に行きたい。僕だけになったら…僕は邪魔だから…」
フロルが微かに『赤ちゃん』と呟いた声が聞こえた。
「なら一緒に来るか?」
なるべく然り気無く聞こえるよう、ラルフが言った。
「え!」
一瞬喜んだフロル顔が直ぐに雲って下を向いた。
「僕は多分歩く事も出来ないから、連れて行って貰えても何も御返しが出来ない」
「フロルにはその物を考える頭がある。歩けなくても騎士になれなくても、軍師になる事は出来る」
片足は丈夫なんだから、怪我が治ったら杖を付いて歩く練習をしろとラルフが言った。
「ホント?本当に連れて行ってくれる?」
「ああ、連れて行く」
約束すると言うラルフに代わって、アランが言った。
「フロル。軍師になりたいならお喋りは治せ」
「…え?」
キョトンとしたフロルに、アランがゆっくり諭すように言い含めた。
「フロルがイファの軍師なら、昨日の話をどう分析する。先を読め。自分の言葉で敵に情報を与えるな」
淡々と話すアランにフロルの目が釘付けになった。
ふるふる震えて、フロルの目に涙が溜まった。
「…はい。お喋り止めます」
泣かないよう頑張ってるフロルの頭をラルフがポンポン叩いて頷いた。
「マーズが戻ったら自分で言え」
「…はい」
「…あの」
フロルは緊張した顔で戻ったマーズを見上げる。
「お願いします。大きくなったら一生懸命働きます。だから、僕も一緒に連れて行って下さい」
必死に見上げて話してくるフロルを、マーズも黙って見返した。
長い沈黙に思えた。
「…お願いします」
マーズから目を離さず、フロルはもう一度言った。
「覚悟は出来てるようだな。親に話を付けてやる」
マーズはその足で下へ行った。
連れて行くと言っても今直ぐは動かせないので、フロルはラルフと後から来る事になった。
「亀より遅いよ」
今日も進展が無くて、ハロルドが苛々してる。
「遅くても明後日には腰を上げる」
マーズが言った。
それ以上遅れれば舞踏会から間に合わなくなる。
売り込みに必死なイファが諦めるとは思えなかった。
「ぶっつけ本番狙いかな」
ハロルドが言った。
「それだけマリアの美貌に自信があるんだろう」
アランの返事も冷たい。
「当日でも十分マーズを魅了出来るって?」
ハロルドにアランがにっこりと笑った。
夕食が終わる頃から、フロルの熱が上がった。
熱で赤い顔をしたフロルはとろんとした目でマーズに話し掛けていた。
「初めて会った時、マーズさんは軍神マジェスティだと思いました」
「俺がか?」
熱に浮かされてるフロルにマーズも逆らわない。
「…うん。軍神マジェスティさま…」
薬が効いてきたのか寝息をたて始めたフロルを、4人は静かに寝せてやった。
翌日、街へ出たアランとハロルドが待っていた情報を持って戻ってきた。
「出立は明日」
一行の後に続くのはハロルド。
アランとマーズはラルフとフロルを伝書鳩の家に移してから、ハロルドを追って合流する。
フロルを連れて行く馬車の用意の話もあるから、とアランが連絡に出ていった。
それを見送ってから、ハロルドが言った。
「マリアを見たよ」
凄く嫌そうなハロルドにラルフが話を振った。
「目の保養をしてきたか」
ハロルドがじっとマーズ見て言った。
「けばけばしい薔薇の花だよ。トゲトゲのね」
どれだけマリアが嫌いのか良く分かるハロルドの表現にラルフが吹き出した。
フロルは驚いていた。
「ハロルドは末っ子の我儘だから、フロルと違う意味で人を見るのさ」
「違う、意味?」
フロルの問いにラルフが答えた。
「人間の本質と言えば分かるか?外見は綺麗でも考えは醜かったりな」
フロルがハロルドを見た。
「あれは駄目だよ。挫折したら折れる」
「え…」
意味が分からないらしく、フロルは口を開けていた。
「フロルに分かるように言うなら、思い通りにならないとヒステリー起こすって感じ」
聞いてみて分かったのかフロルが泣きそうになる。
「兎に角明日だ」
マーズが締めた。
マリアの一行を市民に紛れて見送った。
荷車に帽子の女が1人、後ろに侍女が3人続いた。
マリアは帽子のつばが広くて顔の下半分しか見えないが、それだけでも整っていると分かる顔立ちだった。
ハロルドはそっとマーズの反応を見ていて、平然としてる様子にホッとした。
後ろの3人は薄っぺらい同じ服を着ていて、手に小さい荷物を持っていた。
前後を騎士4人、兵士15人程が囲んでいる。
兵士はどう見ても普通の市民だった。
「フロル、どれが第3王女か分かるか?」
熱も引いて、ラルフに抱かれて行列を見ていたフロルが3人を見て、みすぼらしい1人を指した。
「本当にあれ?」
ハロルドが驚いて聞いた。
荷車のマリアと、フロルが指した侍女は似てるところが1つも無かった。
「ベルさまはお城から出ないから、僕も顔は知らないんです。でも、他の2人は知ってるから、残りは…」
「消去法か」
マーズが言った。
「…はい」
「なら間違いないね。あのそばかすがベルだね」
ハロルドがマーズに頷いて馬を取りに戻った。
フロルとラルフを送り届け、マーズとアランが急いで後を追った、はずだった。
見ると、ハロルドが街の出口にいた。
ハロルドの視線の先にはまだ荷車が見えた。
「あれ、フィアに着くのかな?」
ハロルドが怒る気も失せた顔で言った。
揺れるだ腰が痛いだ街を出る前に大変だったらしい。
フィアとの国境までは小さいが宿がある町は3つ。
順調に行けば10日の道のりだ。
予定では夕方に1つ目の町に着く予定だったけど、街を出たのも遅かったし半分ほどで夜営になった。
「夜中になったら俺は前に行く」
野生の獣は少ないが万一がある。
マーズは一行が寝静まってから前に移動した。
マリアのテントの周りに騎士や兵士がごろ寝してる。
起こさないように通り過ぎ掛けて、テントの横の白い何かに気付いた。
動かないから荷物だろう。
そう思いながらも、何か気になった。
夜明けにアランが交代に来た。
「流石に今夜は町に辿り着くと思うので、私が先行して宿を取ります」
「頼む」
まだ寝静まっている一行を横目に後方へ移動した。
一行の朝は遅かった。
マリアが起きるのが遅くて、テントを片付け出発の支度が終わるともう昼近かった。
かなり離れているのに、マリアのヒステリックな声が何度も聞こえてくる。
踏み固めてもいない道で荷車が揺れるのは当然だ。
それを怒られる兵士も疲れた顔をしていた。
苛々しながら着いた町には、先行したアランが部屋を取っていてくれた。
宿を貸し切りにしろと命令するマリアに店主負けて、宿賃は返すから部屋を空けて欲しいと追い出された。
肩をすくめて夜営する。
夜の番が無い分ゆっくり寝られた。
次の町までは4日。
忍耐に喧嘩を売ってるのかと、思わされるくらい長い6日間だった。
途中飲み水が切れて、前の町にアランが戻るアクシデントが起きた。
偶然その時に、マリアたちが宿代を払わなかった事実をアランが聞いてきた。
「次の町の宿屋には鳩を飛ばしたそうですが」
「知らせてもあの剣幕じゃ断れないよ」
アランも嫌そうに話すし、ハロルドの返事もうんざりで投げ遣りだった。
「予定よりだいぶ遅れてるよね」
「次か次の町にフィアから連絡が来てるでしょう」
「そうあって欲しいよ。交代してさっさと帰りたい」
ハロルドが弱音を吐いた。
一行が寝静まったのを待って、1人が前に移動する。
その日の夜はハロルドだった。
翌朝、今日の夜には町へ着くだろうとアランが前へ交代に移動して行った。
後方に戻ってきたハロルドが首を傾げている。
マーズが見ると、やはり首を傾げて聞いてきた。
「テントの横にいつも白っぽい荷物があるよね。気のせいかな?さっき動いた気がするんだ」
その日夜に近くなって、やっと町に着いた。
前の町からの連絡が効いたのか、宿ではマリアと侍女3人の部屋だけ用意すると言った。
全員を泊めて、前の町みたいに踏み倒されては敵わないと思ったに違いなかった。
宿には国境のカインからの連絡が来ていた。
次の町で待っていたがなかなか来ないので、この町まで遠征して来たらしい。
おそらく次の町に新たな報せが着てるはずだ、と伝令の騎士が行った。
運んできた食料や馬の塩等細々必需品を受け取る。
夕飯を食べて、マーズは隣町まで馬を走らせた。
最初アランが行くと言ったが、予定変更を知らせる返信もあるのでマーズが行く事にした。
それに、夜中走れば朝には戻れる。
真夜中に着いて寝ている者たちを起こしたのは悪かったが、カインの手紙を読んで返事を書いて渡した。
「早くても到着は4日後になる。その時に必要な物は書き出してあるから持って来ておいてくれ」
「分かりました。お気を付けてお戻りください」
伝令の騎士が柔らかいパンを大きな袋で渡してきた。
「ありがとう」
宿に辿り着いたのは夜明け前だった。
パンの袋を抱え足音を殺して2階の部屋へ移動する。
階段を登りきって、何かの気配を感じた。
暗闇に慣れた目に、白っぽい影が見えた。
廊下の隅にどこかで見たような影が蹲っていた。
「誰だ」
剣に手を掛けて、低く威圧する声を出した。
影は明らかにビクッと震え更に縮こまった。
素早く近付いて腕を掴んで立たせようとすると、小さな抵抗が返ってきた。
掴んだ手首の細さから子供だと思えた。
こんな真夜中に子供をほったらかして、この子の親はどうしたのかと思ったら舌打ちが出た。
「ひっ、ごめんなさい…」
辛うじて聞こえた泣き声から、自分が捕まえた子に怯えられたと気付いた。
焦って怯えを解こうとした所に、アランの低く押さえた声がした。
「マーズですか?」
アランが手にした蝋燭の灯りが廊下を照らした。
「俺だ」
マーズも小声で答える。
「どうしたんですか」
アランの持つ蝋燭の灯りに少女の顔が見えた。
思わず息を飲む。
がくがく震えながら泣いている少女はベルだった。
「どうしてこんなと…」
アランはそれ以上言わないで後ろを振り返っていた。
「ここで騒ぐのは得策とは言えません。まず部屋へ」
アランは小声で言いながら、マーズの手を怯えてるベルから引き剥がし、蝋燭を持たせた。
「初めまして、私はアラン。良ければ私たちの部屋へいらっしゃいませんか?温かいお茶がありますよ」
アランは優雅に手を差し伸べベルを立たせた。
「こんなに震えて、怖がらせてしまいましたね」
ベルの肩を抱くようにして、アランが部屋へ誘った。