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不器用な初恋  作者: まほろば
戦場からフィア
29/30



翌日の城の中は緊張で痛いほどだった。

謁見の間には仮調印のための机が運び込まれ、後は揃うのを待つばかりだった。

貴族が集まっている中に、最初にシリウスとアレスがマーズとハロルドの案内で入ってきた。

貴族の目には和平に不満を持つ光が宿っていて、簡単には終わらないと空気が言っていた。

次にロナルドが入ってきた。

どちらからともなくシリウスとロナルドが机の両脇に立ち、仮調印が始まろうとしていた。

その空気を打ち破るように、声が上がる。

「和平など生温い。皇太子、今一度ご判断を」

貴族の勢力者が勝ち誇ったように言った。

マーズは目を細めた。

おそらく昨夜、ロナルドは勢力者に言い負かされて言いなりになると約束させられたのだろう。

「そうだ、そうだ。みすみすグリフィアを手に入れる機会を失うつもりかっ!」

「外野うるさいよ」

ハロルドの高い声に謁見の間が静まった。

「そんなに不服なら、自分たちで戦ってグリフィアを倒せば良いじゃん」

ハロルドはどうだと貴族の勢力者を見返した。

「私は国民の利益を蔑ろにされては黙っていないと言っているのです」

「利益ってなに?戦争する費用は国持ちで、利益は貴族とかふざけてる?」

「私たちは正当な権利を主張しているだけだっ」

激昂する貴族にハロルドが言い返す。

「権利を主張するなら義務も果たしなよ」

「いくら第4王子といえ言い過ぎなのではないか」

ハロルドがロナルドを向いた。

「いい加減うんざり。きっちり絞めないなら僕にも考えがあるからね」

「ハロルド、ここは穏便に」

ロナルドが困った顔で、手で征してきた。

貴族の勢力者がふんとハロルドを見た。

「また僕たちが我慢するんだ」

ハロルドが大袈裟にうんざりした顔をした。

「やっぱり駄目だね。マーズ、僕が言って良い?」

「いや、俺が言う」

マーズはロナルドとシリウスが囲む机の片面に近付いて、ロナルドに言った。

「俺とハロルド、アラン、ラルフは聖騎士の地位を国に返還する」

「…え…」

ロナルドは意味が解ってないのかポカンとしていた。

いち速く立て直したのは貴族の勢力者で、声をあらげて怒鳴った。

「有り得ないっ!」

一拍おいて他の貴族からも声が上がる。

「グリフィアとぐるになって仕組んだなっ!」

「自分の国をグリフィアに売ったのか!」

「静まれっ!」

勢力者が貴族を抑えた。

「この茶番の望みは何だ。皇太子を廃してマジェスティを国王にする。それなら満足だろう」

ロナルドが膝から崩れそうになったのを、咄嗟にアランが手を伸ばして支えた。

普段肌で感じてはいても、実際に言葉にされればショックは計り知れないのだろう。

確信してる勢力者の顔を見て、ハロルドが馬鹿にしたように笑った。

「マーズに王さま?勤まるわけ無いじゃん」

「国民あっての王だと忘れたのか」

「それはロナルドに言いなよ。これからは頑張って国を守っていくんだからさ」

ハロルドは残った机の一辺に回り、シリウスを速くと急かした。

「サクサク終わらせて」

「マーズ。フィアを捨てるならグリフィアへ来い」

書くのを止めて、シリウスはあっさり言った。

「ここより腐った貴族は少ないぞ。父上も国賓として歓迎すると言っている」

アランがやはり、と視線を床に落とした。

最初からマーズが国を捨てると知っていたから、シリウスは理由を付けて帰還に付いてきた。

そして、沈黙を貫き今を待っていた。

グリフィアにとって、増えすぎた国民を移住させるのに、これほど良い条件の国は他にない。

それでも、今までフィアを狙わなかったのは、立ち塞がるマーズが居たからだ。

そのマーズが退けば、結果は見えている。

それと分かって、ハロルドは賭けに出た。

「断る」

マーズが机の書類に視線を落として言った。

「こんな貴族に言いなりの皇太子でも兄だからか?」

シリウスの言葉は辛辣だった。

「私を侮辱したな」

剣を抜く金属音と怒りの声が重なる。

声の方角を見ると、貴族の勢力者がシリウスを睨んで仁王立ちしていた。

先に手を出させて、攻める口実にしたかったシリウスの作戦に、簡単に掛かる。

一瞬で、謁見の間は血の臭いが充満した。

「和平の使者に剣を向けるのがフィアのやり方か」

「それは違う…フィアは」

ロナルドが震える声で否定した。

「現にこうして剣を向けてきた事実は消えない」

シリウスが言いながら謁見の間の扉を見ているのに気付いて、マーズの空気が変わった。

「気付くのが遅かったな」

シリウスがニヤリと笑った。

「城の周りは俺の兵が囲んでいる。投降しろ」

外から争う声と剣で戦う音が聞こえ始めると、貴族たちは顔色を変えてグリフィアに付くと言い出した。

「どうです。最後はグリフィアが勝つんですよ」

満面の笑みのアレスにハロルドがムスッとした。

「丁度ここにはフィアの王子が3人揃ってる。残りの1人は役立たずだから後から送ってあげますよ」

「シリウスが居なきゃ何にも出来ないのに、勝ちが見えたら後ろからのこのこ出てくるんだ」

軽蔑した顔でハロルドがアレスを見た。

「のこのこだって」

怒りでアレスの表情が変わる。

「本当の事だろ。自分の無知でグリフィアの兵を無駄に殺した事も都合良く忘れた?」

「黙れっ!父王が死んだら僕がグリフィア王だぞ!」

「あーあ、言っちゃった」

顔を真っ赤にして震えてるアレスに、ハロルドがからかう目線を流した。

「それにさ、僕は弱いけどロディとマーズは強いよ。役立たずとかカインの事も言ってたけど、怒らせたらシリウスやマーズより怖いから、覚悟してね」



「ルディ。誉め言葉と受け取っておくよ」

謁見の間の扉を開けたのは、シリウスの兵ではなくカインだった。

「もちろん。誉めたんだよ」

ハロルドが笑顔で返す。

「嫌な面構えの奴が約200外に居やがった。入るのに邪魔な奴は仕留めてきたぞ。残りは仕掛けてきたら構わず打ち払えと指示してきたから平気だろ」

カインの後ろからラルフが顔を出した。

「え?」

アレスが間抜けな声を出した。

「悪いね、形勢逆転みたい」

ハロルドがにこにこして唖然のアレスを見た。

「嘘だ。マーズの兵もお前の兵も領土に戻った。兄上の兵に勝てる兵がこの城に居るわけない」

動揺してるアレスがハロルドとカインを指差した。

「随分みくびられたようですね」

カインの声は冷たかった。

「目立たないように国境を通り抜けたつもりのようですが、私もそれなりの数を連れて来てますよ」

ラルフが静かにアレスの斜め後ろに移動する。

「なぁマーズ、仲間がいるここで好き勝手されるのはやっぱり許せねぇわ」

その顔に怒りが見えていた。

「ふふ、チェックメイトだね」

ハロルドがシリウスに言うと笑いが返って来た。

「マーズとハロルドが抜けたフィアを他国は狙う」

「大丈夫。マーズも僕も居なくなって追い詰められたら、ロディは絶対目を覚ますから」

シリウスにハロルドが陽気に返した。

「シリウスは戦に負けた後のロディしか知らないから仕方無いけどさ、マーズと互角なのロディだけだよ」

シリウスの細められた視線が、アランに支えられているロナルドに向いた。

「ロディ。指示を」

カインが冷静に言った。

「…私…は」

ロナルドは迷う目を伏せた。

「ここまで言っても分からないの?長男なんだから、ビシッとしなよ」

ハロルドがロナルドへ人差し指を立てた。

「…私が居なく…ても」

「え?聞こえないよ。ちゃんと言ってよ」

ハロルドが手を耳に当てて聞く動作をした。

「だからっ!マーズが居るだろ」

ぷっ。

ロナルドの叫びの後にハロルドが吹き出した。

「笑うなっ!」

赤から白くなったロナルドをハロルドが真面目な顔で見て、淡々と言った。

「僕たちの性格、ロディは良く解ってるよね。解っててそれ言うわけ?」

ロナルドがハッとして顔を上げた。

「待ってたんだよ。マーズはロディが自分から立ち上がるまで待つって言ったけど、僕は待ちきれない!」

「ルディ」

カインの冷静な声でハロルドが表情を戻した。

「何でも出来て、着いて来いのマーズが王になんてなったら恐怖政治だよ」

ハロルドはマーズを指差して言った。

「それ解ってるから、マーズと性格が同じなシリウスだって弟を王位に就かせようとしてたわけじゃん」

ハロルドは次にシリウスを指した。

指されたシリウスが睨んでもハロルドは平気だった。

「カインは奥さんしか愛してないから、王にしたらどうなるか言わなくても分かるよね」

カインはハロルドの顔が引き吊るくらい目が冷たい。

「次は僕?気に入らなきゃみんな殺しちゃうね」

ハロルドが自分を指した。

「最後はロディ。小さい時からずっと良い子で我慢して、我慢ばっかして優等生演じてきて、もういいよ。僕は頼り無いけど、マーズとカインは頼りになるよ」

ロナルドは何か言いたそうに口を開きかけて、諦めの目でぐっと唇を噛み締めた。

「ロディ。4人の中で王になれるのは、忍耐強く、人を思いやれるロディだけです」

カインが諭すように言った。

「ロディ。指示を」

ロナルドは訴えるようにカインを見て、目を伏せた。

「ロディってば!」

ハロルドが癇癪を起こした。

「ロディ。小さい頃マサラに怒られた私を庇ってくれたのはロディだけでした」

カインが思い出すように言った。

「俺もそうだ」

マーズも思い出を語るように笑いを浮かべた。

「父上から貰った剣をこっそり触らせてくれたのはロディだ。俺が父上の剣を折った時、必死に父から庇ってくれたのもロディだ」

「…覚えてるのか」

ロナルドが半信半疑の声を出した。

「覚えているさ。ルディが産まれて、ハンナを取られて泣いていた俺を慰めてくれたのはロディだ。自分だってカインにマサラを取られて寂しかっただろうに」

思い出したのかロナルドの顔が歪んだ。

「ロディが俺にしてくれたから、俺もカインとハロルドに優しく出来た」

「いつもこっそりおやつ1つくれたのはロディだけ」

「それはルディがしつこくねだったからですよ」

カインがばっさり切り捨てた。

「良いじゃん。マーズもカインもくれなかったのにロディはくれたんだよ」

ハロルドが末っ子の本音で返した。

「マーズが1番だって言ったじゃないか」

ロナルドが苦しそうにかすれた声で呟いた。

「ロディとマーズは別なの。マーズはやれる事は自分でやれ、だけど、ロディは仕方無いな、って甘えさせてくれるの。出来るけどして貰いたい時もあるの!」

我儘すぎてシリウスまで笑った。

「ロディ。これがきっと最後のチャンスです。言う事があるでしょ」

3人の顔がロナルドを向いた。




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