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終戦から2日後、マーズとハロルドはシリウス、アレスと共にグリフィアへ向かっていた。
ルシルの事もあるし、この戦争を機にフィアと正式な和平を結びたい、とシリウスが誘ったのだ。
マーズとハロルドの護衛に、アランとリリとルルが着いてきていた。
カインは話し合いの翌日、シリウスの誘いを断り兵を連れて帰っている。
ラルフは怪我をしているモルグとバルス、グリフィアの兵士を見るため戦場蹟に残っていた。
「しかし、のこのこと敵のグリフィアに良く来るね」
アレスはマーズたちを見て呆れる顔で言った。
「そんなにグリフィアが怖いの?」
言わせているシリウスをハロルドが睨んだ。
マーズとハロルドがグリフィアに行くと決めて行くために2日掛けたのは、ハロルドが友好国に自分たちがグリフィアへ行く事を知らせ保険を掛けてたからだ。
そして、今だから危険に身を委ねられるのも本当だ。
この戦の後始末を終えたら、マーズとハロルドはフィアを去ると決めている。
最後の置き土産がグリフィアとの和平になる。
故にカインも止めずに先に戻っていた。
マーズはアレスに笑って返した。
「グリフィアも王子が2人揃っている事を、忘れているようだな」
アレスがぎょっとしてアランとリリとルルを見た。
そのアレスをシリウスは冷たく見ていた。
マーズたちにはシリウスの目が何を思っているのか読めているが、アレスには何も見えてないだろう。
グリフィアの王都まで馬を走らせて10日。
帰りはモルグを回る遠回りはせず、直接フィアに帰る予定でいた。
フィアへの知らせはカインに任せてあるから、急ぐ旅でもなかった。
「モルグにイファを渡すとか、どれだけ余裕が有るふりしてるの?」
誰も答えない。
ハロルドさえアレスを鼻で笑った。
アレスは笑われた意味すら分かってないだろう。
フィアから見て痩せたイファは重荷になるだけだ。
モルグに押し付けられるなら逆に好都合だった。
「モルグって大口叩いたくせにグリフィアに負けといて、恩情でイファを与えられただけ感謝するんだね」
終わった後のアレスの意味不明な言い分に、アムロは両肩をいからせ怒りに震えていた。
モルグの未来をアムロは予測出来ないのだろう。
「アレスとアムロって、似た者同士だよね」
ハロルドが達観した顔で言うと、マーズとカインが『ルディもだろ』と声を落として言い返した。
その日の夜、アムロはフィアの陣営に来てグリフィアとの戦の話をした。
「あんなに馬鹿にされてはモルグの面子が丸潰れだ」
アムロはグリフィアに宣戦布告すると宣言した。
「勿論フィアからも兵を出して貰います」
「フィアはグリフィアと和平を結ぶ。戦いたいならモルグだけで勝手にすると良い」
「フィアは兄弟国を見捨てるのかっ」
怒るアムロをカインがじろりと見る。
「確かにフィア、モルグ、イファは元は同じ国が戦争で別れたから兄弟国は否定しない。が、だからと言って何時までも尻拭いすると思わない事ですね」
「フィアは長年の王同士の誓いを破るのか」
「国が別れたのは祖父の統治だった時からです。それからのたった35年を長年とか偽り口にするなら、今度はフィアが相手をしますよ」
アムロはカインを恨めしそうに見て出ていった。
「それより、セシルがフィアに庇護されてたとか有り得ないよね。もう少し巧く言いなよ」
アレスは八つ当たりを口にした。
熱で動けないルシルをシリウスは自ら看護して、アレスに見せ付けたらしい。
マーズたちは痛い子を見る目でアレスを見る。
そのルシルはシリウスの兵が護衛して、残った兵と後からグリフィアを目指して移動していた。
「アレス。いい加減にしろ」
「だって兄上」
シリウスが睨み付けると一時は黙るけど、本当には解ってないからまた始める。
夜営の時、苦い顔のシリウスにマーズが言った。
「アレスは本でしか戦争を知らない」
何時もフィアが庇ってきたから、それはモルグのアムロも同じだった。
カインは勝利の報告にフィアの城に早馬を出した。
その知らせに少数残っていた貴族が歓声を上げた。
それまでマーズをけなし続けていた事など無かった事にして、沸き立った。
それを、ハンナは淡々と見ていた。
亡くなった王の葬儀もせず、敗戦が決まったら城の金目の物を盗み出すために居座っていた貴族を、ロナルドは追い出す事も出来ず言いなりになっていた。
「マーズが帰ってきたらロナルドから王位を移して王にしてやれば、有り難がってあくせく働くさ」
本当に国を考えている貴族もいるがそれは一握り。
その一握りは城に来ず領地を守っていた。
そこへモルグの使者がベルの引き渡しを求めてきた。
「戦いは勝利に終わった。助成してくれたフィアには礼を言う」
モルグの使者は威圧的にベルの引き渡しを迫る。
「イファの第3王女ベルベットをモルグが庇護する事で別々になっていた両国はまた1つになる。それをイファの民も待ち望んでいる」
「いや、互いの取り分も決めないうちにイファの王女を渡すことは出来ない」
オロオロしているロナルドを隅に押しやり、貴族の勢力者が前に出た。
欲に目がくらんだ貴族はモルグを撥ね付けた。
「戦争の主導者はモルグだ。権利はモルグにある。軍神マジェスティもこれに同意している」
「そんな事をマーズが言うはずはない」
「バルスもグリフィアもモルグの統治下に入る。それを軍神マジェスティも了承している」
「国王の許しもなく、第2王子が決められる事ではない。それ以上モルグがフィアを欺くなら、フィアはモルグに宣戦布告する」
それにはモルグの使者も言葉を無くした。
本当にフィアと戦争をしたら、モルグは跡形もない。
ここは標的を皇太子のロナルドに変えようとしたが、いち速くロナルドは貴族たちの手で謁見の間から追い出されていた。
「軍神マジェスティが戻ってから、アムロが来るが良い。今の言葉が偽りならどんな事になるか、覚悟して来るんだな」
謁見の間の扉が開かれていたために、その会話はハンナの耳にも入ってきた。
急いでベルの元へ行けば、もう侍女が教えたのかマーズの帰還を知っていた。
「マーズさまはいつお戻りに?」
ベルは嬉しそうにハンナに聞いてきた。
「存じ上げません」
「ハンナさん。何か怒ってますか?」
ベルが怯えた顔で聞いてきた。
「いえ、本当に存じ上げません」
にこやかに笑ってハンナはベルの部屋を退室した。
ベルはあれからも定期的に送られてくるマーズの手紙を開かなかった。
勿論読まないから返事も書かない。
与えられるのを待つばかりのベルに、ハンナが伝える言葉はもう何も無かった。
グリフィアの王都に着いた時、マーズたちはフィアに似た街に既視感を覚えた。
どちらが感化されたのか、それを今さら歴史を紐解いて調べるのは無意味だ。
途中に見た、まだ収穫の終わってない畑を、グリフィアはどう受け止めるのか。
シリウスの余裕を見れば、備蓄が十分出来ていると言われなくても伝わっていた。
手厚く迎えられたグリフィアの城で、シリウスから1人の青年を紹介される。
歓迎のパーティーでも、シリウスは然り気無くその青年を伴って挨拶を受けていた。
アレスはと見れば、べったり父王にくっついていた。
「あれは何にも分かってないね」
「シリウスも仕事が増えて不機嫌ですよ」
ハロルドに、アレンが笑いを隠して答える。
「こうして見ると、シド老人とグリフィア王は全然似てませんね」
アランがマーズの耳元で囁く。
「似ているさ」
「何処がですか?」
アランがグリフィアの王を見てマーズに聞き返す。
「あの意思の強い目は、グリフィアの血だろう。シリウスも含め3人に共通している」
「言われてみると確かにそうですね。よほどあっちの方が兄弟に見えますよ」
アランはシリウスの横の青年を見て頷いた。
翌日無事に和平の書類を作り、仮調印を交わした。
本調印は後日両国の王の顔見せで結ばれる。
「フィアの王子をグリフィアに迎える事が出来て、本当に嬉しい。兄とセシルの話は感謝の言葉しか浮かばない、申し訳なかった」
父王が頭を下げるのを見て、アレスが怒った顔で止めようとしたが、逆に警護の騎士に止められていた。
「仮調印にこちらからはシリウスを同行させようと思うがどうだろう」
「フィアは歓迎します」
マーズは洗練された所作でグリフィア王に答えた。
その後で、グリフィア王はアレスを見て口を開いた。
「これとイファの第3王女の婚約だが、こちらの落ち度を認め婚約を解消させて貰う。ベルベット姫への謝罪のために、アレスを同行させて欲しい」
「父王っ!」
アレスが驚きの声を上げた。
「お前は自分のした事の謝罪も出来ないのか」
グリフィア王の口調に怒りが見えた。
「ですが、叔父の本に王家の者は謝罪をしないとあります。叔父からもベルの時同じ事を言われました」
グリフィア王はまじまじとアレスを見て、太く息を吐くと下がるようアレスに言った。
パーティーが終わって、マーズたちは用意された部屋に集まっていた。
「あの言葉で、グリフィアの次期王はシリウスが連れていた青年に決まりましたね」
「仕方無いよ。資格無いと自分で言っちゃったし」
アランにハロルドが返した。
「マーズ。話した感触は?」
「良い意味でシリウスに教育されている。アレスが付けた傷をどう消すか、あの目はもう考えている」
「対外的にはベルへの対応のまずさを理由にするでしょうが、国民が黙っているか疑問ですね」
アランがパーティーが開かれた大広間の方を向いた。
「シリウスも大胆にやったね」
ハロルドが肩をすくめた。
買い物と称してグリフィアの情報を集めてきたリリルルの話に、ハロルドだけでなくアランも驚いた。
シリウスは人口の減ったバルスに、グリフィアからの移住を進めていた。
移住のための人手や費用も国が負担する、と大々的に宣伝していた。
「いくらシリウスでも、この結果が見えて動いていたとは思いにくいですが」
アランが首を傾げてマーズに聞いた。
半年前から希望者を募っていたと聞いて、ハロルドもアランと同意見だと言った。
「シリウスは条件が揃ったから、実行したまでだ」
その横で、マーズは冷静に判断していた。
戦争で人口が減ったフィアと違い、グリフィアは戦を逃れ人口が増えすぎて国を圧迫していた。
「バルスからイファに仕掛けると聞いた時点で、シリウスの頭にこの話が浮かんだんだろう」
「シリウスには勝算があったのかな?」
「現にシリウスの思い通りの結果だ」
「シリウスの事ですから多少読みと違っても上手くルシルを使って、バロスに人が流れるように仕向けるでしょうね」
アランが言うとハロルドも頷いた。
「そして、アレスに罪の全てをかぶせる」
「そのためにシリウスは表に出なかったんだもんね、200連れてきたのは救援に来たカモフラージュなのに、農民の兵はシリウスを拝んでたよ」
ハロルドが軽い口調で言った。
「この先巧く立ち回らないと」
アランはその先を言わなかった。
打つ手を間違えれば、最悪アレスは処刑される。
「1500が痛いね」
ハロルドがボソリと言った。
「シリウスも間違うと暴動になりかねないよ」
「シリウスだ、上手くやるだろう」
マーズはゆっくりお茶を飲んだ。
「問題児のアレスをわざわざフィアに寄越すのには、裏がありますね」
「ありそうだな」
何かあると思いながら、シリウスの考えが読めない。
「マーズならどう考えますか」
アランが真剣な顔で聞いてきた。
マーズがアランを見た。
「グリフィアは揺れている。俺がシリウスなら、1枚岩じゃないフィアを揺らす」
「何のために」
アランの緊張で固い声がマーズに投げられる。
「グリフィアの不安要素を減らすためにな」
「不安要素?」
「グリフィアを狙う余裕を与えないようにな」
「えぇー、それってさあ、シリウス知らないんだ」
ハロルドが可笑しそうにマーズの背中にくっついた。
「地獄耳のシリウスでもさ、僕とマーズがフィアから去るって考えないんだね」
「シリウスでも国を捨てるとか思い付かないでしょ」
アランがマーズから離れないハロルドに言った。
「そうかな、シリウスだって皇太子なのに王にならないんだよ。マーズの気持ち分かりそうだけど」
「そうですね」
ハロルドがマーズから離れて真面目な顔をした。
「ベルはどするの?」
「ルシルの後から手紙も着ませんね」
マーズはハロルドとアランを見てフッと笑った。
「ハンナからの手紙にもベルの話は1つも書いてないから、何かあるよね」
ハロルドがマーズを見た。
「ベルは修道院を希望している」
「それが良いかもね。」
ハロルドの声は捨てるように聞こえた。