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不器用な初恋  作者: まほろば
フィアの城から戦場
26/30



その光景を高い場所から見ていたアレスは、マーズから目が離せないでいた。

「アレス」

名前を呼ばれて振り向けば、そこには兄のシリウスが真面目な顔で馬でいた。

「兄上」

「馬鹿だ馬鹿だと思ったが、ここまで馬鹿だとはな」

マーズと良く似たシリウスが呆れたように言った。

アレスがムッとしてシリウスを睨んだ。

「マーズにしてやられたな」

シリウスが意地悪くアレスを笑った。

「笑ってないで兄上の兵を動かしてください。このままでは無敗のグリフィアが負けます!」

朝にシリウスの兵が到着した報告を受けていたアレスが、苛立って叫んだ。

「誰のせいでグリフィアが負けるのか、お前は1つも分かってないようだな」

「お小言は後でちゃんと聞きます。速く兵を」

目の前の惨状がアレスを焦らせ怒鳴らせた。

シリウスはアレスを見てゆっくり首を振った。

「もう遅い」

「何でですかっ!」

「俺は200も連れてきていない」

「…え?」

アレスが間の抜けた声を出した。

「バルスがフィアと相討ちに持っていけたチャンスは陣を引いた初日だけだ。その貴重なチャンスをバルスの愚かな王と大臣が潰した。アレス、お前にとってこの戦いがどんな意味を持っていたか、分かるか」

「え?何?」

アレスは本当に分からないのか、素の顔でシリウスを見返していた。

「7000対2000。お前は勝利を疑わなかった」

「当然です」

「モルグの1000とバロスの2000が潰し合い、お前はグリフィアの2000を投入した」

シリウスは諭し教えるように言った。

「ええ」

「その結果、モルグの兵は半分の500。バルスの兵はハロルドの抱えるリリとルルに掻き回され1500を失い同じく500」

シリウスがハロルドとリリルルの名前を上げても、アレスは反応を示さない。

シリウスは読み取るように目を細めた。

「それがどうだと言うんですか!」

アレスが癇癪を起こした。

「投入したグリフィアの兵2000も今は1000も残っていない。今のグリフィアとバルスの兵は約4000。それも大半は農民だ。フィアの戦慣れした兵に敵うと思っていたのか」

「フィアの主力の皇太子の兵は動いてませんっ!」

シリウスが哀れな者を見る目でアレスを見た。

「お前はフィアで何を見てきたんだ。皇太子のロナルドの兵は飾りだ。フィアを勝利に導いてきたのは、今下にいるマーズの隊だ。厳密にはフィアの3人の王子の率いる軍隊だがな」

「…え?」

アレスが驚きの顔を下に向けた。

それを見て、シリウスが大きくため息を着いた。

「アレス。マーズの白いマントが見えているな」

「ええ」

「あれはそこから後ろへは絶対行かせない自信。マーズが最前線にいるから、フィアの兵士は恐れない」

「たかが聖騎士1人にそんな力があるわけない!」

わなわな震えて、アレスが反論した。

シリウスが驚いた顔でアレスを見て、次に超絶不機嫌な顔に変わって言った。

「アレス。奴はな、マジェスティ・キングス。フィアの第2王子、軍神マジェスティだ」

「!…嘘だっ!」

叫んだだけでは飽きたらずマーズ罵倒するアレスに、シリウスが見捨てる目を向ける。

パニックになってるアレスに、そんなシリウスは見えていなかった。

「だってマーズってみんな呼んでたんですよ!」

「アレス。マーズはマジェスティの愛称だ」

うんざりした顔でシリウスが言った。

「マーズの、いや王子3人の兵は最初随分少なかったと思わなかったか?」

見捨てる弟だが、この先騎士として生きる知恵を少しでも付けさせようと、シリウスは諭すように言った。

「ええ」

「マーズたちは収穫に兵の半分を割いた」

「え?」

アレスは半信半疑で下を見た。

「その収穫に残した半分が収穫を終えて先行していた兵と合流した。そして、撃って出た」

「嘘だ…」

「マーズは収穫を優先してこの戦に挑んだ。合流まで巧みに戦を長引かせ、合流するまで耐えた」

アレスは何も言えず下を見る。

「今でも、兵の4分の1はフィアで保存の作業に当たっているだろう」

動揺しているアレスの横に移動してシリウスが言う。

「アレス。お前は食い物が天から降ってくるとでも思っているのか」

シリウスの冷たい声にアレスの顔が引き吊った。

「お前はこの収穫の大切な時に5000の農民を戦に駆り出した。それだけならまだしも、その中の1500を無駄に死なせた」

アレスは泣きそうな顔でシリウスを見た。

「…兄上」

助けを求めるアレスを見返してシリウスが言った。

「俺の兵が来ていないのは収穫に回しているからだ」

「…ありがとう」

アレスの救われた、と書いてある顔が笑顔になった。

シリウスがげんなりした顔で大きなため息を付いたのにも、アレスは気付かない。

シリウスの目がアレスから自軍の兵に向いた。

今年の収穫量が減っても、備蓄があるから国民の暮らしに支障は無い。

だから決行できた計画でもあった。

「不本意だが、マーズに嫌味を言われに行くか」

「え?何故ですか?」

都合の悪い事はすぐ忘れ、アレスが聞いてきた。

「負けたからだろ」

「でも、負けたのはバルスですよ?」

「残った兵士を惨殺されてもそう言えるのか」

シリウスの声が低く響いた。

「誰のせいでグリフィアが負けたか、良く考えろ」

「でも、本気でやったら勝つのはグリフィアです」

シリウスは哀れな者を見る目でアレスを見た。

「言っても無駄か」

シリウスが大きなため息を付いて馬の手綱を引く。

「確かに今回は負けたけど、次は絶対勝ちます」

「その前の段階だ。今年のグリフィアの収穫は半分以下だ。5000の農民が兵に取られて、戦いしか知らない兵士が農民に変わって収穫をする。結果収穫量が減るのは当然の話だ」

「確かにそうですね」

他人事みたいに言うアレスに、シリウスが言う。

「お前の無能さが死なせた兵1500人の家族へ、どう謝罪するか今から考えておくんだな」

「え?王族は謝っちゃいけないんですよ」

シリウスが馬を止めた。

アレスも慌てて止まる。

「叔父のシド老人の本にそうあります。フィアで会った時も、ベルの事も王子として対処しろって」

シリウスの顔が変わった。

「ベルで思い出した。まだ 僕とベルの婚約の効力は生きてますよね?マーズはベルが好きみたいだし、それを逆手に取ってグリフィアが有利になるよう交渉すれば良いんですよ」

「お前はフィアで何をして来たんだ」

「何もしてません。逆にマーズに嫌味を言われて、不愉快な思いをしました」

アレスが怒っているのをシリウスは見る事もしない。

今度もアレスはシリウスの変化に気付かなかった。



その夜、シリウスは単独マーズの陣営を訪れた。

「嫌味を言われに来たぞ」

ルシル以外の全員が挨拶もしない。

「シリウス?」

ルシルが嬉しそうに近付いていった。

名前を呼び捨てにされて、シリウスが殺気のこもる目でルシルを見た。

「分かりませんか?セシルです。バルスの第1王子のセシルです。忘れたんですか?」

シリウスは思い出したのか優しい顔になった。

「なぜ今まで言わなかった」

シリウスの疑問にルシルがすらすらと答えた。

「記憶を失っていただと?」

疑問符のシリウスにマーズが書類を見せた。

「何故グリフィアに知らせなかった」

「無茶を言うな。シド老人がグリフィアの国王の兄だと知ったのも最近だ。お前も国がグリフィアでシド老人が叔父とは一言も俺に言わなかったよな」

マーズがギロリと睨んだ。

「そうですよ。私には旅の途中で知り合ったと言いましたよね。忘れたとは言わせませんよ」

アランも睨む。

シリウスがたまにシド老人に会いに来ていたのは、城の者も知っていた。

「それに、グリフィアとバルスの関係も知らなかったしな、お前の弟がペラペラ話したから知ったわけだ」

シリウスが苦い顔をした。

「もっと早く知っていれば、ルシルをグリフィアに送る選択肢もあったが。もう今さらだ」

マーズがシリウスに言った。

それを聞いてルシルがシリウスの腕を掴んだ。

「バルスの王に会わせてください。マーズに言っても動いてくれないんです」

「今さら会ってどうする」

シリウスの態度も冷たい。

「弟か別人なのか確かめたいんです」

「別人だと」

シリウスがルシルを見た。

ルシルはマーズたちにした話をシリウスにもした。

「会えば分かるのか」

「はい。あの弱い弟がたくましくなんて無いです」

「今回の事でバルスの王と大臣は処刑される」

「じゃあバルスはどうなるんですかっ」

ルシルの声が裏返った。

「王が居なくなっても国は続く」

「グリフィアに助けられて私が王になります」

ルシルの宣言にシリウスがマーズを見た。

「シド老人に言え。ルシルに付いてバルスに行くともう決めている」

シリウスがお手上げだと肩まで両手を上げた。

「シリウスも反対するんですか」

ルシルは鳴き声でシリウスを責めた。

「セシル。国を治めるのは簡単じゃない。シド老人の所で見たお前は月の半分は熱を出して寝込んでいた。それとも治って健康体になったと言うのか」

「それは…今も寝込みがちですが、私はバルスの正式な跡継ぎです。シド老人も助けてくれます。グリフィアも助けてくれれば絶対良い国にしてみせます」

シリウスがマーズを見た。

今度はマーズが肩まで手を上げて苦笑した。

「取り敢えずセシルは俺が預かろう。交渉は明日でいいか?アレスも連れてくる」

「口にハンカチでも入れてから来て下さい」

アランが嫌味を言った。



翌朝早く、父王が亡くなったと知らせが来た。

悼む間もなく時間になる。調印式にはモルグのアムロも来た。

誰が知らせたのが不思議に思ったが、兵士に交代で見張らせていたと言った。

「モルグを蔑ろにして話を進めないでください」

シリウスがめんどくさそうにアムロを見た。

「イファ、バルス、グリフィアはモルグの領地で良いですね。税金は後で専門の役人を派遣します」

ぷっ。

シリウスが噴いた。

呆れすぎて、アムロを茶化そうとしていたハロルドが動けなかった。

「何が可笑しいんですか。もう1度戦って負けたいんですか?次は手加減しませんよ」

シリウスは横に控えるアレスを見て言った。

「昨日のお前だな」

アレスはムッとした顔でアムロを見た。

「小国が図に乗らないで欲しいですね。グリフィアに喧嘩を売るなら買いますよ」

「負けたくせにその言い方は何だっ。分かったもう1度負かしてやる」

アムロはマーズを見たがマーズは答えなかった。

「身勝手な言い分ですね。フィアは2度とモルグを助けないと思ってください」

代わりにアランが答える。

「モルグが領地を独り占めしようとしたからか?分かった。イファを報酬としてフィアに授ける」

カインも冷たく見返して帰る合図をした。

「モルグを見捨て戻れば、例え王子でも国王に処罰されるぞ。それでも良いのか」

優越感に浸っているアムロを、アランがふっと笑う。

「前王は目覚めぬ眠りに付いた」

「え…」

アランの言葉に、アムロは一瞬たじろいだが直ぐにずるく笑った。

「王が亡くなってもモルグとフィアの絆は消えない」

「そう思うのはモルグだけだ。私がさせない」

カインが目を細めて笑い返した。

「皇太子は私の味方だ」

「兄上を見くびるな」

カインの刺すような目にアムロが一歩下がった。

馬鹿げた戦のお陰で身重の妻を1人残してきたカインの怒りはモルグとバロス、グリフィアに向いた。

「グリフィアを領地にすると豪語したんだ、お手合わせ願おうか」

シリウスがアムロに向いてにっこりと笑う。

アレスへの鬱憤をモルグで晴らそうとしているのが見え見えで、ラルフでさえ顔を引き吊らせていた。

「ハンデを付けて、モルグ500に対してグリフィアは私の軍が100。受けるか」

アムロは頷いた。

「あーあ」

ハロルドが呆れた声を出した。

相手は戦に出ていた農民じゃなく、シリウス率いるグリフィア本隊の100人だ。

数では5倍でも農民が掛かって勝てるわけがない。

それだけアレスに腹を立てているんだろうが、八つ当たりされるモルグの兵はたまったものではない。

「今からでも良いぞ」

シリウスが言うと挑発に乗ったアムロも頷いた。

「ハンデなんてカッコ付けるとどうなるか、後悔させてやるからな」

結果は書くまでもない。

グリフィアの圧倒的な勝ちにアムロは膝を付いた。

シリウスは徹底的にモルグを潰したいのだろう。

モルグの兵の最後の1人まで、正確に狩った。

貴重な働き手を失ったモルグが、フィアの庇護を受けずに浮き上がるのは難しい。

「頼む、フィアの力で」

「あなたが選んだ道です。責任はあなたにあります」

カインはアレスのすり寄りを許さなかった。




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