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不器用な初恋  作者: まほろば
フィアの城から戦場
24/30



「あなた、は?」

フロルがぎこちなく聞いてきた?

「私はマーズさまとハロルドさまの乳母のハンナと申します。あなたがイファから来たお客様ね」

と、ハンナは優しく言った。

「フロルと言います」

慌ててフロルが挨拶した。

「シド老人はどちらかご存知ですか?」

「いえ、僕も探してて…」

フロルがもじもじした。

ハンナが頷いてトイレを手伝って上げた。

「…ありがとうございました」

フロルが真っ赤になってお礼を言った。

「いえいえ、いつもベルさまがお世話になってるんですもの、これくらいさせて下さいな」

「あ、ベルさまが言ってたハンナさん?」

「お世話させていただいてますよ」

ハンナはにこやかに返した。

「あの、ベルさまの様子はどうですか?この5日くらいお顔を見てなくて」

フロルが心配そうに言った。

「昨日、シド老人の所から帰って来てからちょっと変なんですよ。ですから理由を聞きに来たんですよ」

「昨日?やっぱり来てたんだ」

フロルが部屋のドアを見て行った。

「お弟子さんが迎えに来たんですよ」

「何時もなら開けてあるドアが閉められてて、シド老人とルシルさんともう1人が居間で話してたんです」

「それがベルさまだったんですか?」

ハンナが首を傾げて聞いた。

ドアが閉められていたら、誰が来たのかフロルに分かるとは思えなかった。

「シド老人が最初喋って、女の子の小さな声で一言二言聞こえて、その後は紙の音がしてたんです」

「紙の音?」

「書く言葉を教えて、手紙を書かせてた感じでした」

フロルの話にハンナはまた首を傾げてしまった。

「ベルさまは字を習いたてでマーズさまへの手紙もかなり時間が掛かりますよ」

「僕が字を教えたから書くのが遅いのは知ってます」

「まぁ、フロルが教えてくれたのね」

ハンナは優しくフロルの頭を撫でた。

「きっと、その手紙が僕の所へ寄らないで帰った理由だと思います。今日も来ないし」

フロルが拗ねたような声を出した。

「戻ってベルさまをお誘いしてみますね。シド老人が戻りましたらハンナが来たと伝えて下さいな」

「はい」

ハンナがドアを開けたら丁度シド老人が戻ってきた所で、ハンナを見て一瞬嫌な顔をした。

ドアを閉めようと仕掛けて開けたままにする。

「お聞きしたいことがあって伺ったんですよ」

「忙しい、簡単に話して帰ってくれ」

シド老人は苛立っていた。

戦争が始まった影響で今までグリフィアへの手紙を運ばせていた伝書鳩が使えなくなっていて、グリフィア国王の弟にルシルの事を伝えられないでいた。

それではマーズへ早馬を走らせ、ルシルを向かわせた意味が半減してしまう。

自分の書いた青写真を書き直さざるを得ない事を、シド老人のプライドが許さなかった。

「昨日。ベルさまとどんなお話をされたんですか?」

「何も話しておらん。来なかった。話はそれだけか、終わったなら帰ってくれ」

シド老人は頭の中で、次の一手をどう打つかだけを考えていた。

「お弟子さんが迎えに来て連れて行ったんですよ。それなのに来なかった、は通用しませんよ」

シド老人は不機嫌な顔でハンナに向き直った。

「呼びはしたが用事が出来て直ぐ追い返した」

「手紙を書かせたそうですね」

シド老人がギロリとハンナを睨んだ。

ハンナはフロルに飛び火がいかないか、心配しながらシド老人に聞いた。

「聞いたなら態々確かめに来る必要は無かろう」

「差出人をお聞きしに来たんですよ。態々ベルさまを呼び付けて書かせるほど大切な相手なんですか」

シド老人の舌打ちが聞こえた。

「マーズに書かせたんだ」

「マーズさまにはもう以前からお手紙を差し上げています。態々呼んで書かせる内容は何だったんですか」

「政治的な物だ。ハンナには関係ない」

「政治的な物なら私だけではなく、ベルさまも関係無いじゃないですか」

ハンナが正論をぶつけた。

「ベルさまに、一体何を書かせたんですか」

「戦局を左右する情報をだ」

「まさか」

ハンナはハッとした顔でシド老人を見た。

「まさかマジェスティの立場のマーズさまに、手紙を書かせたんですか」

フロルが目を見開いて驚いていたのを、2人は話に夢中で気付かなかった。

「そうだ。戦神マジェスティとしてのマーズに、戦局を変えるための情報を書かせた」

「あなたはそれがマーズさまと1人の少女を傷付けた言い訳になるとでも」

「国を守るには多少の犠牲は付き物だ」

ハンナは詰めていた息と絶望を吐き出した。

「なんて事を、ベルさまはマーズさまをこのフィアに止める最後の希望だったのに、あなたは」

ハンナが哀れむようにシド老人を見た。

「マーズがフィアを捨てられるものか。マーズを退けていた現王も後数日で亡くなる。これでマーズの道を妨げる者は居なくなるのだぞ。ロナルドよりマーズを王にと望む声に国民の声にマーズが逆らうものか」

「マーズさまはお兄さまのロナルド皇太子の即位を望んでいます。そのためにフィアを捨てる覚悟までなさっていたのです。それを止める最後の希望がベルさまでしたのに、あなたは」

恨めしげに見てくるハンナをシド老人がきつく睨む。

「大国フィアの王位を望まぬ者が居るものか。マーズもわしに感謝する」

「あなたの考えが間違っているのは、この戦争が終わったら分かりますよ」

ハンナは疲れた顔で、シド老人の家を後にした。



「来週フィアから増援が到着します」

カインが夕食の時に言った。

「やっとこれで反撃出来るね」

ハロルドが剣を構える仕草をした。

「ハロルド。食事中だぞ」

マーズが嗜める。

ハロルドが剥れてフォークを手に持った。

その光景を笑いながら、アランが話した。

「予想を上回る収穫になりましたね」

「ああ、これでグリフィアと並んだ」

「気候が良かったですからね」

マーズにアランが答えた。

食後早馬の持ってきた書類を見ている所に、シド老人からの早馬が手紙を持ってきた。

「シド老人からですか」

アランが言った。

みんなの顔に嫌な予感が浮かんだ。

手紙は2通あった。

1通目はシド老人からで、ルシルを急いでこっちに向かわせる話と、ベルに無理を言った形だけの謝罪が書かれていた。

「何時もだけどさ、含みのある言い回しだよね」

ハロルドが嫌そうにシド老人からの手紙を読んだ。

「ベルに何を書かせたんでしょうね」

アランが早く開けるよう目でマーズに催促した。

「えー、普通にマーズへの手紙じゃん。あれ?ちょっと書き方変だよね。シド老人が無理に書かせたのか」

ハロルドの口調が読み進むと変わっていった。

「ルシルの持ってくる大切な話って何でしょう」

「あの病弱なルシルが来るって余程だよ。他に頼めない事だって事だよね」

アランの疑問にハロルドが繋げた。

「嫌な予感しかしないのは僕だけ?」

ハロルドはさも嫌そうに一歩下がった。

「一応フィアの軍略の博士ですよ」

カインが抑揚のない声で言った。

「カインだってシド老人嫌いじゃん。同族嫌悪?」

カインにギロリと睨まれて、ハロルドは慌ててマーズの後ろに隠れた。

もう何時もの事なので誰も気にしない。

「マーズ?何で手紙を睨んでるんです?」

無言で手紙を睨んでるマーズに、アランが緊張する。

静かに怒っているマーズの空気を感じて、カイン、ハロルド、アラン、ラルフが手紙を覗き込む。

手紙にはルシルの話を聞いて助けて欲しい、とシド老人の口調で書かれているだけだった。

「ベルが強制的に書かされたのは分かるけど、そこまで怒る事?」

マーズは手紙の一点をじっと見ていた。

マーズの視線の先をアランも追った。

マーズの肩に置いたアランの手が強ばる。

そして、アランが声を低くして読んだ。

「…マジェスティ・キングスさまへ」

空気が固まった。

マーズが意識してベルに伝えなかった名前を、ベルは手紙に書いてきた。

マーズを見る4人の目に、マーズが国を捨てる決意を固めたのが痛いほど伝わっていた。

「そっちの準備も始めます」

アランがマーズの肩に置いた手に力を込めた。

「どれ程の情報を持ってくるのか知れないが、シド老人は先を見誤った」

カインが淡々と言った。

「ルシルの記憶が戻ったんだろう」

マーズは立ち上がり、自分の書類の束に隠してあったルシルに関する書類を出してきた。

テーブルに広げて4人に見せる。

「え?これ何」

ハロルドが読みながら言った。

「ルシルはバルスの皇太子セシルですか」

アランも驚きの声を上げた。

「何で今まで黙ってたのさ」

ハロルドが率直に疑問を口にした。

マーズを除いた顔が頷く。

「グリフィアの助けを借りたとしても、病弱なルシルに多忙を極める王は無理だ」

マーズの言葉に4人も頷く。

「これは分かりますが、ならなおさらルシル本人が来る必要は無いと思いますが」

アランが言った。

「俺もまだ憶測だが」

マーズが両手を前に組んで話始めた。

マーズはバルスの王が大臣の息子の可能性を指した。

「まさか」

さすがにハロルドも軽口を挟め無かった。

「その証拠は有るんですか?」

カインが冷静に聞いてきた。

マーズが首を振る。

「フロルから聞いた話だが、大臣の病弱な息子は王の即位と前後して亡くなったと聞く」

誰も口をきかない。



それから数日後、城は敗戦の空気に潰されていた。

人生の終末を迎えた王と頼りない皇太子。

苦戦の報告しか戦場からは届かない。

敗戦が目前に迫った時、恐怖が狂気に変わる。

そんな中、城の中はフィアを見捨てて逃げる貴族とフィアにしがみつく貴族に分かれていた。

「もう2ヶ月も押されっぱなしじゃないか。仲間の半数はこの国を捨て他国へ逃げたんだぞ」

「俺たちも逃げるべきだ」

「あのグリフィアの第2王子の婚約者を盾に、グリフィアに亡命するべきだ」

「そうだ、そうするべきだ」

「城中を探せ」

いち速くその騒ぎを察したハンナは、ベルに侍女のお仕着せを着せて侍女の中に潜り込ませた。

「イファの第3王女は何処だ!」

ハンナは貴族に囲まれても平然としていた。

「ベルベットさまは修道院にお移りになりました」

「何処の修道院だっ」

ハンナはイファの国境に近い地名を上げた。

貴族たちはカインの顔を思い出したのか黙る。

強引にベルを強奪するのは簡単だろうが、もしフィアが勝った時、カインは執拗に処罰に走るだろう。

4人の王子の中で、怒らせて1番面倒なのは第3王子のカインだった。

暫く互いの顔を見合わせていたが、1人が言った。

「敗戦が決まってからでは遅いぞ」

我先に領地へ戻る貴族を横目に、ハンナはベルと向き合う決意を固めていた。

あの手紙からもう半月にもなる。

その間、どんなにハンナが宥めてもベルは口を閉じて一言も答えようとはしなかった。

ベルは塞ぐばかりで、マーズからの手紙も読まずに机に並べたままだ。

フロルの元へ連れて行ってもただ泣くばかりて、ベルの被害者意識にハンナは内心うんざりしていた。

それでもマーズのために放り出す訳にもいかない。

活路をフロルに求めたが、フロルもベルに同情するばかりで進まなかった。

唯一幸いだったのは王の容態が余談を許さず、シド老人が看病に缶詰なのでベルがフロルに会う邪魔にならなかった事だ。

「僕もマーズさまに抗議します」

フロルのその言葉を聞いて、ハンナの同情に振れていた気持ちも決まった。

丁度薬を取りに戻ったシド老人に確かめる。

「フロルのお世話が雑になっているようですが。マーズさまからもフロルの話は出てなくて、せめてシド老人だけでも親身になっていただかないと哀れで」

ハンナはフロルが可哀想を会話の前に出した。

フロルは感謝の目をハンナに向けていた。

「マーズからも忘れられた子供を診る必要はない」

フロルはハッとして両手を握り締めた。

「確かにマーズさまの庇護を受けながら抗議するとか口にしていますが、言い付けるようでマーズさまにお伝えしておりません」

フロルの顔が歪むのを視界の隅に置きながら、ハンナは本題を切り出した。

「後は骨が固まるのを待つとかお聞きしましたが?」

「半年もすれば固まるだろう」

「でしたらもう移動させても?」

「構わん。何処へ移すつもりだ」

「息子たちがいる砦へ。マーズさまは疲れてお戻りになられるのに、庇護した子供に詰られるのは見ていられませんので」

フロルの顔に絶望が浮かぶのを見て、ハンナは自分の役目を果たしたと感じた。

「ベルはどうする?」

「ベルさまイファの第3王女ですので、私の一存では決めかねます」

フロルの横で驚いた顔をフロルに向けているベルは、こちらの話を聞いているのかも怪しい。

出来るなら両方に分からせたかったが、ハンナの思惑通りにはいかないらしかった。

「グリフィアとの婚姻はわしが許さん。縁続きのモルグに引き取らせるのが順当」

これで、口は災いの元だとフロルだけでも分かってくれれば良いとハンナは思っていた。




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