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不器用な初恋  作者: まほろば
フィアの城から戦場
23/30



ハンナからの手紙で事情を知った後、カインがアムロを詰問した。

正式な破談の話が成立までは、ベルはグリフィアの第2王子の婚約者だとカインが言って聞かせた。

「身勝手な事ばかりするなら、フィアは手を引く」

最初アムロは本気にしなかった。

フィアの兵士が撤退の準備を始めたのを見て、アムロが慌てて謝罪に来た。

「もしグリフィアの第2王子との婚姻が破談になってもこんな強引な事をするなら、ベルベット姫はフィアで、マーズが庇護する」

カインがアムロを横目で見た。

「冗談じゃない。最初からイファの土地をフィアの物にするつもりだったんだな」

「それって、イファを見てから言ってる?」

ハロルドが哀れみを目に浮かべ、呆れて言う。

「あんな作物も育たない土地を誰が欲しがるの?」

「え?」

アムロが意味が分からないとハロルドを見返した。

「父上の命で僕もマリアンヌをイファまで迎えに行ったの。戦争に巻き込まれなくても、今年のイファの収穫はゼロに近いよ」

アムロが驚いた顔で動かなくなった。

「ハロルドの話は本当ですよ」

アランが話始める。

「そもそも水を引く知識すらない。雨が少なかった今年、畑の作物は干からびていましたから」

「う、嘘だ」

アムロが言葉で抵抗する。

「信じられないなら、この戦が終わったら、自分の目で見て歩くと良い」

カインの声は冷たい。

「少しでも領土を広げたいんでしょうが、あまり強引過ぎると今回のように他の国に潰されますよ」

アランが意地悪く纏めた。

戦争が1ヶ月を過ぎた頃から、貴族の中には勝利を危ぶむ声が上がり始める。

ある貴族がベルの存在を思い出し、負けた時のグリフィアとの交渉の切り札として幽閉しろと言い始めた。

他の貴族もその声に同調する。

貴族の進言をロナルドは押さえきれず、ロナルドを押し退け王に進言する混乱が巻き起こった。

その様子も、3日に1度来る早馬が戦場に居るマーズたちに届けていた。

「数人の貴族は他国に亡命しようとしている、と書かれてるよ。まだ動くのに半月あるから、もっと亡命する貴族が増えるね」

ハロルドが嬉しそうに言った。

「こちらが不利と流れてますからね」

アランも手紙を見て頷いた。

「収穫で気になったので、モルグを少し調べさせました。収穫は細々ですが女子供でしてますね。量としては去年の半分ですね」

アランが思い出したように言った。

「すり寄ってきても私が撥ね付ける」

カインが当然だと言った。

「モルグは潰れるね」

ハロルドが軽く言った。

「この1ヶ月でモルグの兵は半分に減ってる。それって家庭の男手が半分居なくなるって事だよね」

「アムロが気付くのは今年の収穫の量を見た時か、来年の種蒔きの時だろうね」

マーズたちが持久戦の構えでいた頃、城では数で負けては堪らないとロナルドも出撃するよう言い出す貴族が後を絶たなかった。

今までのように王が健在ならその声は簡単に押し潰せたが、今は王にその威厳はない。

だから、貴族が増長する。

間の悪い事に、貴族が強引に押し掛けた事で、怒り過ぎた王が倒れた。

倒れた後の王は子供に戻り、王妃を母親と思い甘えて過ごすようになった。

城は大騒ぎになった。

それだけではなく、これまで公然の秘密だった王の痴呆が風に運ばれ他国を駆け巡った。

沈む船を見捨てるように、貴族の中にフィアを捨てる者が増えていった。

「逃げた貴族は2度とフィアの地を踏めないよう、全ての国境に手配しますよ」

待っていたとばかりにカインが動いた。

「防衛線を少し上げましょう」

アランの声にカインが答えた。

「訓練代わりに家の隊をリリとルルに率いさせる」

「リリ、ルル」

カインの声にハロルドがリリとルルを呼んだ。

他国からは進撃はマーズ、輔佐にハロルド、移送はカインと思われている。

が、カインの兵もマーズやハロルドの兵が疲弊している時武器を持って前線に立てる実力がある。

冷酷な完璧主義者だが、兵法には甘いと思う他国の考えをカインは逆手に取っていた。



その頃、歴史は動き始めていた。

「この1ヶ月くらいルシルさんの様子が変で、何か考えて悩んでるように見えてたんです」

最近のベルはフロルの話の聞き役だった。

「それが昨日からは何か決意したみたいになって、ちょっと心配なんです」

頷くしか出来ないけど、ベルも真剣に聞いていた。

「そんなに変だった?」

後ろからルシルの声がして、ベルがビクンとした。

「はい、凄く真剣に考えてるって見えました」

フロルの答えにルシルが困った顔で苦笑して、フロルの前に移動してきた。

「私が記憶を失っていた、と聞いた事はありますか」

ルシルは開け放たれている窓から外を見た。

「はい、酷い怪我をされて記憶を無くされたと」

フロルが警戒しながら答えた。

「いた、過去形なんですか」

「君は本当に聡いね」

ルシルがふふ、と笑った。

「この前ベルを助けた時、記憶の欠片を思い出したんだ。1つ思い出せば後は繋がるみたいに思い出した」

フロルが掛けてる布団を掴んだ。

「やはり、地位の高い貴族か王族だったんですね」

フロルの声にルシルが驚いた顔をした。

「時々、ルシルさんの動作にあれ?って思ってて、多分って思ってました。それが、今急に誰か分かった」

フロルの声は緊張で震えていた。

「分かったの?」

ルシルは半信半疑の顔をフロルに向けた。

「ルシルさんのお母さまの肖像画のコピーを旅の商人から見せて貰った事があって、背景は違うけどそうして何かを見てる絵で顔がそっくりだから」

フロルとルシルの目が宙で絡み合った。

「聞きたいな。私は誰」

「亡くなった事になってるバルスのセシル皇太子」

「え?」

ベルが驚きの顔でルシルを振り返った。

「国境でルシルさんを見た時、誰かに似てると思ってて、ベルさまを見た時似てるって思った」

「バルスとイファは隣国だけど血の繋がりはないよ」

「知ってます。知ってるけど良く似てました」

フロルは思い出しながら言った。

「どこかで見た何かとベルさまが似てて、どこで何を見たのかの記憶がはっきりじゃなくて言えなかった」

「それを思い出したんだね。それが肖像画?」

「はい。ベルさまは似てるけど、ルシルさんはそっくりで絵から出てきたみたいに思えた」

「…私はそんなに母に似ている?」

「その外を見る横顔は肖像画に書かれた王妃さまとそっくりです」

「…そう、そっくりなのか」

ルシルは泣くまいと唇を噛んでいた。

ガタン。

部屋の入口から何かを落とす音がした。

3人の目が一斉に向いた。

「シド老人」

フロルは驚きで動けないシド老人をじっと見た。

シド老人の足元には厚い本があった。

「今の話は…本当か?本当なのか?」

「はい」

返事を返しながらも、ルシルは警戒していた。

シド老人は食い入るようにルシルを見た。

「あぁ、本当にセシルだ」

シド老人は泣きながらルシルに近付いた。

「わしだ。お前の叔父だ」

「…え?」

ルシルが動揺した声を出した。

「これほど亡くなった妹に生き写しなのに…、何故わしはセシルと気付けなかったのか」

シド老人はいとおしむようにルシルを見た。

「バルスの王妃はわしの妹。病弱なお前のために良く薬を届けたわしを忘れてしまったのか」

「…ぁ…」

思い出したのだろう。

ルシルは記憶の中の叔父とシド老人を重ね合わせてでもいるように、暫くじっと見ていた。

「あ、そのほくろ…」

「思い出したか?」

「…はい」

2人の再開を、フロルとベルは見ているだけだった。

「何故初めてルシルを見た時分からなかったのだ」

シド老人は悔しそうな顔で後悔を口にした。

「そうと分かっておれば、この戦を力付くででも止めたものを」

「私はもう皇太子だったセシルではありません。マーズさまに助けられたルシルです」

「しかし、お前の祖国とフィアは戦っておるのだぞ」

激昂するシド老人に、ルシルが目を伏せていった。

「記憶が戻って、周りの話を聞いて、自分のいる場所も分かったつもりです」

ルシルは続けた。

「本音を言えば皇太子に思いはありますが、弟が継いで、継いだ弟が戦を決めたのならもう良いんです」

「たくましくなっておったぞ」

シド老人が舞踏会で見たバルスの王の話をした。

「マーズほどではないが背も高く、体もこうがっしりしておった」

シド老人は両手を広げて説明した。

聞いているルシルの顔が次第に陰る。

それに最初に気付いたのはフロルだった。

「ルシルさん?」

「弟は…私よりは丈夫でしたが…そんながっしりなんて…そんな事…」

「セシル?」

ルシルが決心したように顔を上げた。

「弟は母に似ていましたか?」

「いや、面影は無かったが、父に似たのやも知れぬ」

シド老人は言葉を濁した。

「私より弟の方がもっと母に似ていたはずなんです」

ルシルは兄弟で比べられた嫌な記憶を話した。

「断片ですが、それで兄弟喧嘩して父に怒られた記憶もあるんです」

シド老人にも最悪な道が見えたのだろう。

「いや、まさか。直ぐに入れ替える者が見付かるなど到底有り得ん」

「ですが…私を弟に会わせてください。私が会えば絶対分かります」

ルシルは必死になって言った。

「会わせるのはマーズに言えば容易いが、戦の場に出向く事になるぞ」

「覚悟してます。もし違う者が王座に着いてるとしたら、…許せない」

その時、フロルがポツリと呟いた。

「大臣の子が弱くて死んだと話してました」

「大臣の息子?確か弟より1つ下のはず」

自信無さそうにルシルが言った。

「病弱で死んだと?」

シド老人の顔も声も怖かった。



追い出されるように帰されたベルは、怖くて誰にも言わなかった。

翌日から3日、遠慮して貰いたいと言われシド老人の家には行かなかった。

ハンナは首を傾げていたがベルは口を閉ざした。

そして3日目、シド老人の弟子が呼びに来た。

ハンナも心配して着いてくると言ったが、急用が出来てベルだけで行った。

待っていたシド老人とルシルは、緊張した顔でテーブルに着いていた。

「今日はベルに頼みがあって呼んだ」

「…はい」

フロルの部屋のドアは閉まっていて、1人だと震えながら、ベルはシド老人を見た。

「マーズに手紙を書いて貰いたい」

「…何と」

逃げ出したいのを堪えてベルが聞いた。

「これから戦場に向かうセシルに協力してくれるよう書いてくれ」

シド老人の雰囲気から断れないと思ってても、マーズも困るのではと思った。

「マーズが指示を出せば全軍が動く」

言い切るシド老人に返す言葉が見付からない。

頷かないベルにシド老人が言った。

「マーズはお前を可愛がっておる。そのベルから頼めばマーズは断らん」

「でも…上の人にマーズさまが怒られたら…」

「何を馬鹿な事を。軍神マジェスティに歯向かう者など1人も居らぬわ」

一瞬心臓が止まる。

マーズとマジェスティがベルの中で別々に回った。

「…マジェスティ…さま?」

間抜けな顔でベルが言った。

「知らなかったのか。マーズはフィアの第2王子軍神マジェスティだ」

ベルの中に押し寄せた絶望は言葉に出来なかった。

今でさえ手の届かない人なのに、もっと、もっと遠くにマーズが行ってしまった。

ベルがふわっと笑った。

シド老人はその変化に気付かない。

ルシルも便箋を用意するため席を外していて、ベルの変化に気付かなかった。

ベルはシド老人に言われたまま手紙を書いた。

自分がどんな文面を書いたのかさえ、ベルの記憶から綺麗に抜けていた。

「良く書いてくれた。明日早速わしの手紙と一緒にして送る。今日は帰って良いぞ」

シド老人に背中を押されて、ベルはとぼとぼ自分の部屋まで無意識に戻って行った。

そんなベルの異変にハンナが気付いたのは、その日の夕食の時だった。

「ベルさま?」

フォークも持たずぼんやりしているベルを、何度か呼んだが反応は無かった。

何とか食べさせベッドに入れる。

翌日もベルは人形だった。

ハンナは心配になってシド老人を訪ねたが、シド老人もルシルも居なかった。

「誰か居ない?誰か」

奥の部屋から子供の声が聞こえてきて、ハンナがドアを開けた。

ベッドに寝ているフロルを見て、マーズの話に出てくる子供だと感じた。

「シド老人は居ないらしいの、私で良ければお手伝いしますよ」




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