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不器用な初恋  作者: まほろば
領地からフィアの城
21/30



「ベルさま。刺繍をお教え致しましょうね」

「…刺繍、ですか?」

ハンナはハンカチにする布を数枚持ってきた。

「悲しい事ですが。収穫が始まる頃マーズさまたちは戦に行ってしまわれます。無事の帰還を祈ってハンカチを渡したいんですよ」

「いく…戦争?」

ベルはポツリと呟いた。

ハンナは頷いた。

「無事を祈りながら1針1針刺すんですよ。1人で刺すと湿っぽくなってしまうので、ベルさまも付き合って下さいませんか」

本当はそんな風習は無い。

余りにベルが日中フロルの元に入り浸りなので、少し離したいのもあって刺繍を持ち出したのだった。

「あの…私が刺した刺繍でも、マーズさまは受け取って下さるでしょうか…」

怯えて聞いてくるベルに、ハンナはにっこり笑った。

「勿論ですよ」

慣れない手付きで針を持つベルに、ハンナは根気良く丁寧に教えた。

1日の半分以上を刺繍に向けるように仕向けて、ハンナは何気無い会話から情報を引き出す。

そして、ベルの中の怯えに気付いた。

「私と会った事の無い姉のローズは、マリアンヌさまの負を代わりに受けるために産まれたんです」

ベルは他人事のように話した。

「…それなのに、マリアンヌさまと離れてしまって…もう国にも帰れない…」

「それならフィアで暮らせば良いんですよ。ベルさまが望めば、マーズさまは一生守って下さいますよ」

ベルは淋しそうに首を振った。

「私は贄のために産まれた子です。幸せを望めば相手を、その相手の国をきっと不幸にしてしまう」

「そんな事ありませんよ。占いが全部当たる訳では無いんですよ」

ハンナの言葉にベルがふわりと笑った。

「この国のマジェスティさまも、第2王子なのに占いで王さまになるのでしょう?きっと私も逆らえない」

絶望を受け入れたベルの顔を、ハンナが見返した。

「なりませんよ。道は自分の力で開くものですよ。ベルさまの手にも望む未来は握られてますよ」

ベルは自分の両手を見て、諦めたように笑った。

「ベルさま。人にはただ1人結ばれる伴侶が居ます。諦めないで下さいまし。ベルさまの伴侶の方は出逢うために頑張っているはずです。お相手のベルさまが諦めていてはお相手は不幸になってしまいますよ」

「え?…」

「人はみな伴侶と出逢い、互いに助け合って生きていくんですよ」

「…ハンナさんも?」

「勿論ですよ。私にも愛する夫ともう独り立ちしましたが2人の息子が居ますよ」

ベルの目は驚きで見開いたままだった。

ベルの失礼な様子に苛立ちもあるが、今はそれを嗜めるより優先する事があった。

「諦めるのは何時でも出来ますよ。幸せになりたいと思いましょうね。繋ぎたい手が有るのでしょう?」

ベルは自分の手を見て、泣きそうな顔でコクンと小さく頷いた。

頷いてからハッとして、顔を歪める。

「ベルさま。ベルさまは十分耐えましたよ。もう良いでしょう?次は幸せに手を伸ばして下さいませ」



「ベルさま」

ひっそりとマーズの背中を追うベルに、遠慮がちにフロルが呼び掛ける。

今日は天気が良いので、フロルは家の外のゆったりした椅子で日光浴していた。

「ごめんなさい」

フロルの方を向いたベルに聞いてみる。

「マーズさまがそんなに気になる?」

「…え?」

動揺したベルが聞かれてないかシド老人と話すマーズを盗み見た。

「違うの、マーズさまには言わないで」

「何が違うの?」

フロルが両手を握りしめてベルに言った。

「大きくなったら絶対僕がベルさまの騎士になって守るから。だから、マーズさまは諦めてよ」

ベルが驚いて目を見開いた。

それも直ぐ諦めの表情に変わる。

「諦めてるわ。でも、今だけでも姿を見ていたいの」

「今だけ?」

フロルが聞き返した。

「収穫が始まればマーズさまは戦に行かれてしまう」

ベルは下を向いてかすれた声を出した。

「戦に?そうか、やっぱりグリフィアと戦うんだ…」

「え?…グリフィア?」

ベルが驚いて聞き返した。

「表面上はバルスとの戦争だけど、本当はグリフィアとフィアの戦いになると思う」

「…そんな」

世界を知らないベルでさえ、フィアもグリフィアも大きな国だとの知識はあった。

そして、舞踏会で踊ったアレスの国だとも。

ベルの目がマーズに向いた。

薬草園の手入れをしていたルシルがマーズに近付き、マーズがルシルの顔に付いた泥を拭ってやる。

その風景を、胸で手を握り痛そうにベルが見ていた。

「そんなに、好き?」

区切って聞くフロルに、ベルは答える事も出来ずただ悲しそうに笑っていた。

「僕がベルさまを守るよ。足は動かないけど軍師になって絶対守る」

「ありがとう」

ベルは声を殺して泣いた。



ベルが隠れるように奥の小道から城に戻るのを見て、マーズが追い掛けようとするが、リリとルルが木の影から姿を見せてベルを追っていった。

「余程ベルが可愛いらしいな」

シド老人がからかうように後ろから言ってくる。

「また襲われないよう見守ってやりたい」

「女の兄弟がおらぬから妹のようか」

シド老人はベルが消えた小道を見ながら言った。

「ルシルを見る目と同じ目でベルを見ておる」

シド老人が背中でそうマーズをからかった。

否定せずルシルの方へ戻り掛けて、じっとマーズを見てくるフロルと目が合った。

気になって、フロルと話しに近付く。

「どうした?」

「マーズさま。マーズさまはベルさま好きですか?」

マーズが驚いた顔をした。

「急にどうした」

「聞いておきたかったんです。僕は軍師になってベルさまの騎士になるって決めたから」

「そうか」

マーズは優しい目でフロルを見て頷いた。

「ベルを守ってやってくれ」

「マーズさまは戦争に行くからですか?」

マーズが真顔になった。

「誰から聞いた」

マーズの目がきつくなる。

「ベルさまからです。多分ベルさまはハンナさんから聞いたんだと思います」

「ハンナか」

マーズの小さな舌打ちが聞こえた。

「グリフィアと戦争になるんですか?ここでは情報が入ってこないんです」

フロルは悔しそうに唇を噛んだ。

「マリアがそそのかされて逃げた」

「えっ!」

フロルが腕で体を支えて座り直した。

「この数日でバルスに処刑されるだろう」

マーズは今までを手短に話して聞かせた。

フロルがどう分析するか、分析した情報をどう生かすかを確かめたかった。

「バルスの大臣が、グリフィアに嘘を付いて騙してるんですね」

「何故そう思う」

「グリフィアだってフィアと戦えば無傷じゃ済まないもの。戦う何か、怒る事が無きゃきっと動かない」

マーズは頷いて見せた。

幼いだけにフロルの考えが柔軟で、盲点を付く話が出てくる気がしていた。

「バルスの大臣は暗躍が好きみたいです」

前王を暗殺するくらいだ、マーズも否定しない。

「家でおじさんたちが話してた時、バルスの今の王さまが亡くなったお兄さんの皇太子に似てないって話になった事があって」

フロルの話から、マーズはバルスの王を自分の目で見ていない事に今頃気が付いた。

ルシルの弟だと、確かめもせず決め付けていた。

「最近は大臣に顔が似てきたって」

「大臣に子供は居ないのか?」

「居たけど弱くて死んだとか話してました」

嫌な予測に吐く息が重い。

「そうか、グリフィアの話は出たか?」

「グリフィアの第2王子さまはフィアの末王子と似てるってみんな言ってます。持ち上げれば言い値で買ってくれるって商人のおじさんが言ってました」

アレスとハロルドは部分的だが確かに似てる。

それは聞き流した。

問題は後半だ。

「多分、フィアからこんな嫌がらせを受けたとか、イファがこうなったのはフィアが後ろから操ったとか、バルスが被害者に聞こえるようグリフィアに話してるから兵を出してきたんだと思います」

「率いてるのは第1王子か?第2王子か?」

「第2王子じゃないかな。第1王子ならこの時期に5000人の農民絶対動かさないもの」

「現実には動かしている」

「それが変なんです。もしかしたら…グリフィアの公爵家の長男で王子たちの従兄弟が凄く頭が良くて、グリフィアでは第2王子より人気が有るんです…」

フロルは言いにくそうに先を続けた。

「…おじさんたちは公爵家の長男を養子に迎えて王子たちのサポートをさせるんじゃないか、って言ってますが僕は違うと思います」

「どう違うんだ?」

まだ仮定だが、無駄な遠征の理由が理解できた。

「利口な公爵家の長男を王様にして、第2王子を公爵にするんだと思う」

フロルの話しには無理がある、が聞いていて閃いた。

公爵家の長男と言う次の駒が手にあるから、シリウスはこの戦争でアレスを試すつもりなのだ。

もしこの戦争でアレスが落第したら、公爵家の長男を王に据えれば良いだけだ。

「フィアには楽な戦になりますね。第1王子の軍は収穫に回されるから、苦戦しないで勝てます」

フロルの読みが自分に似ていて、マーズも苦笑した。

「マーズさま」

フロルが真面目な顔で見てきた。

「悔しいけどベルさまはマーズさまの事が好きです。マーズさまもベルさま好きだけど、王女と騎士で身分が違うから言わないんでしょ」

どきりとした。

身分じゃない。

誰かを好きとか思った事はない。

思う事を自分に禁じてきた。

それに、ベルは子供だ。

フロルの真面目な顔に諭すような笑顔を向けた。

「ベルは子供だ」

「マーズさまがそう思いたいだけです」



フロルと別れて、マーズは自分の部屋で考えていた。

ベルを好きか嫌いかより大事な事がある。

数えきれない命を奪ってきた自分が、誰かの手を取る事は許されるべきではないと思ってきた。

その決意が子供1人に揺れている事は、不本意ながら自覚があった。

これは恋と言うには薄い感情で、ただの庇護欲なのかもしれないし違うかもしれない。

気持ちの奥にあるのは否定しないが、答えを出そうとする気持ちは無かった。

そう自分の気持ちをなだめていたその日、マリアの処刑の報せが城に届いた。

悪い事に、激怒したモルグのアムロがバルスの挑発に乗り宣戦布告した。

「バルスに口実を与えてしまいましたね」

アランが淡々と言った。

モルグから応援の要請の使者が着た時、謁見の間には王とロナルドしか居なかった。

王は使者を悪し様に罵り追い返した。

手ぶらでは帰れない使者はカインに泣き付いた。

「どうかマジェスティさまの出陣を」

「モルグだけで戦うんだね。挑発に乗るなとあれほど言ったのに聞けなかったのはモルグだ」

「イファはモルグを見捨てるのかっ!」

「言い付けを聞かなかった謝りも無しに、助けてくれは虫が良すぎると思わない?宛にするな」

モルグからの使者は真っ青になって自国に戻った。

「兵を国境に集めろ」

マーズがカインとハロルドに言った。

「1週間以内にモルグのアムロが飛んでくる。その時反省の色がなければ、フィアが出るのは半月先だ」

「アムロって無駄にプライドだけ高いからね」

ハロルドがサクッと切り捨てるように言った。

マーズの読み通り、アムロが6日目に飛んできた。

来て直ぐアムロはマーズへの面会を申し出たが、マーズは拒否した。

仕方無くカインとハロルドに申し入れたが、2人からも冷たく断られた。

仕方無く王に謁見を申し入れれば、理不尽に怒鳴られ援軍は断られた。

アムロは血眼になって城の中を走り回った。

アランを見付けしがみつく。

「モルグを助けてくれ」

「勝手に宣戦布告したんです。責任は自分で」

「フィアとモルグは元は1つの国じゃないか。兄弟を見捨てるのか」

「身勝手に尻拭いだけさせる者を、誰が兄弟として見ると思うんですか」

アムロがグッと詰まった。

悔しそうに帰国するアムロを誰も見送らない。

そこから更に半月。

モルグはジリジリと防衛戦を死守できず、バルスに押されていった。

「そろそろ来るな」

マーズの予測通り、再びアムロが着た。

「助けてくれ。何でもする、だからモルグを」

王に泣きすがるアムロを、居合わせた貴族の複数の目が冷たく見る。

「バルスの後ろにはグリフィアが付いていたんだっ!対抗できるのは軍神マジェスティ王子しかいない」

アムロの不用意な叫びで、貴族の囲いがどよめく。

中にはグリフィアのどの地を自分の領地に望もうか、今から考えている愚か者もいた。

「マジェスティ王子を呼べっ!」

貴族の声に逆らえず、ロナルドがマーズ、カイン、ハロルドを謁見の間に呼んだ。

それまでも怒っていたが、マーズの顔を見て王の怒りが違う方向へ爆発した。

王は怒りに任せて命令する。

「騎士の分際で遅れてくるとは生意気なっ!命令する、グリフィアを撃ち破り手中に入れてこい」

貴族たちには馴れた光景だから止めもしない。

マーズは父王に騎士の礼を返した。

「この戦に勝った暁には騎士の位を返上し爵位も返上したく思います」

マーズの言葉に貴族の中に動揺が走る。

それも一瞬で、この地位を捨てられるわけはない、とマーズが父に冷たくされてすねていると取られた。

「良かろう。勝った後は何処にでも行け。そこまで言うんだ、国の兵士は使わせぬ。最強の皇太子の軍を頼らず勝って見せろ」

「お望みのままに」




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