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不器用な初恋  作者: まほろば
城からマーズの領地
13/30



王都に入ると国民の歓声は最高潮に達した。

マリアも手を振ってそれに答える。

国民の歓迎がマリアの傲慢さを復活させていた。

歓声の中、城に入る。

大臣が硬い表情で出迎えに出て、謁見まで控えの間で待つようマリアに言った。

「私を待たせるの」

マリアは大臣を見返す。

大臣は動じず侍女に指示を出して案内させた。

マーズは列を離れ、ベルとベルの侍女を促して奥庭にあるシド老人の住まいに向かった。

アランは事後処理に向かい、ハロルドもロナルドと話すために列から離れた。

奥庭は広い薬草園になっていて、その横に研究所を兼ねた大きめの家が建てられている。

シド老人はそこで暮らしていた。

「良く戻られた」

シド老人とマーズが握手する。

銀髪を緩く束ね、学者が好んで着るマントのシド老人がマーズの後ろを見た。

「その子は?」

シド老人の目は視線の定まらないベルに向いていた。

「彼女はベルベット。イファの第3王女です」

シド老人がベルを見て頷いた。

簡単に今までを話し、預けたい旨を話した。

「イファには狂った血が流れておってな、何代かに1人はこうして現れる」

「マサラに預ける前はこうでは無かったんですが」

「マサラはきついから精神が堪えられなかったか」

シド老人が納得したように頷いた。

「わしが預かろう」

シド老人は極力普通の生活をさせるよう言った。

「散歩と称して毎日連れて来させるが良い」

ベルの後ろの侍女を見ながら言った。

「薬を調合しよう。毎日朝と晩に必ず飲ませ、暫くは目を離さぬようにな」

「侍女の数を増やすよう手配します」

「それがよろしい」

マーズは侍女にベルを連れて下がるように言った。

ベルと侍女が去ってから、マーズは真剣な顔でシド老人に向き直った。

「父は?」

「持って後1ヶ月かの」

日々衰えているとシド老人は宙を見て言った。

「最近は正気の時間も少なくなって、退位を促しておるがうんと言わぬ」

「そうですか」

マーズが大きく息を吐いた。

「気に病むな。お前の軍神の力に、ロナルドだけでなく王であり父であるあの者が飲まれただけの事」

シド老人はマーズの二の腕に手を置いた。

「大臣も皇太子も、主だった貴族も病を知っておる」

みんな聞き流している、とシド老人が言った。

「舞踏会の日は、強い薬だが正気を保つよう服用させる手配もしてある」

「分かりました」

シド老人はお茶をすすめたが、これからマリアの謁見があるからと断った。

「そうでした」

戻り掛けて、マーズはルシルの礼をシド老人にした。

「フロルと言ったかの。その子もわしが引き受けるので心配せぬようにな」

「はい。利発な子です」

マーズはフロルとの会話をいくつか話してから、城に戻った。

ロナルドの居間にはハロルドがいて、プンプン文句を言ってる途中だった。

「マーズ。シド老人の方は終わったの?」

「ああ、頼んできた」

「マサラの話は今ロディにしといたよ」

普段から大人しいロナルドは、ハロルドの剣幕にたじたじになっていた。

この気の弱い性格が災いして、強気な貴族に押し切られる事も度々あった。

「カインからも手紙が来てたよ。かなり怒ってる」

「カインは愛妻家だからな。1番つつくと危険な場所にマサラが手を出した結果だ」

マーズが肩をすくめた。

「報告にあるマリアンヌ姫の話は本当なのか?」

ロナルドが眉をしかめて聞いてきた。

「今日明日で同行した騎士からの報告書も上がってくる。それにも書かれてくるだろう」

「…本当なのか」

ロナルドが疲れたようにため息を付いた。

「ところでさ、今日の父上は?」

ハロルドがサクッと聞いた。

「今日はしっかりしている」

ロナルドが顔を反らして言った。

「退位を拒まれてるようだな」

ロナルドの顔が引き吊った。

「早くロディがなれば良いのにね」

マーズが頷いて続けた。

「そうなれば国民が安心する」

マーズ、ハロルドの顔がロナルドに向いた。

ロナルドがマーズを見た。

「マーズ。本気で言ってるのか?」

聞かれたマーズが素で驚いた顔をした。

「もちろんだ。王になるのはロディしか居ない」

「何当たり前な事聞いてるの?」

ハロルドが笑い飛ばした。

マーズもハロルドも、貴族の中には頼りない皇太子のロナルドより、マーズを時期王にと押す動きがある事は知っている。

ロナルドの耳にそれが届いている事も。

それにロナルドが苦しんでいる事も。

初陣で敗戦したあの日、内向的なロナルドの自信は打ち砕かれた。

そして立ったマーズの活躍にロナルドは自分の存在の無意味さを知った、と思っている事も。

知っていてマーズもハロルドも本心を口にしない。

ロナルドが自力でその壁を乗り越えなければ、フィアの未来はない。

それを1番知っているのはマーズだ。



だいぶ待たされて、マリアはやっとフィアの国王との謁見を許された。

謁見の間でも待たされて、マリアは見ただけて不機嫌と分かる顔になっていた。

大臣に言われ、マリアは嫌々頭を下げて王を待った。

「遠路良く来られた」

ゆっくり王妃と現れた王は王座に座って言った。

その後ろにはロナルド、マーズ、ハロルドが続いた。

マリアは王に挨拶するために頭を上げて固まった。

一瞬マーズとハロルドを睨んだ後、王への挨拶もそこそこに指差した。

「陛下。私はここまでの道のりであの者たちに不愉快な思いをさせられました」

マリアは優越感を顔に上らせ更に言った。

「これはフィアにとっても国際的な問題となりましょう。厳重な処罰で誠意をお見せください」

王はマーズとハロルドを見て笑った。

「悪戯者が」

「ムカついたけど、本気は出してないよ」

ハロルドが涼しい顔で返した。

「たかが騎士の分際で、王女の私に逆らった罰を受けると良いわ」

マリアが怒りに震えてきつい口調で言った。

「待たれよ」

王がマリアを手で止めた。

「たかが騎士とは誰を指しておる」

王の口調が剣呑になったのをマリアは気付かない。

「あの2人です」

マリアがマーズとハロルドを指した。

「間違いないか」

「間違いありません。もう1人、アランと名乗る騎士もおりましたがこの場にはおりません」

「アラン、もの」

王がおもむろに王座から立ち上がり、マーズとハロルドの間に立った。

「騎士と申しておったが、これはマジェスティわしの次男。これはハロルドわしの4男だ」

マリアは事態を飲み込めず王に言い返した。

「でもマーズとみんなが呼んでいました」

王が可笑しそうに言った。

「そなたに愛称は無いのか?」

マリアの中でマーズとマジェスティが繋がった。

同時に唇を噛む。

自分の婚約者になる男をマリアは悔しそうに見た。

「旅先での話は国境や通った町からの報告で知っておる。飲酒を控え舞踏会を存分に楽しんで帰られよ」

王の言葉にマリアは呆然とした。

フィアの王族のエスコートが無いと言う事は、自分がマジェスティの婚約者から外された事を意味する。

そんな事は許されなかった。

王の退室に気付いて駆け寄ろうとしたマリアを、近衛がやんわり止めた。

「立ち去られますよう」

マリアは謁見の間から出され、強引に用意された部屋へ案内された。

「夜の食事の後はサロンでおくつろぎください」

その言葉で、グリフィアの王子が頭に浮かんだ。

間に2つの国はあるが、国力はフィアと対等だ。

マリアはにんまりと笑って、侍女に支度を急がせた。



「お帰りなさいませ」

マーズが自室で着替えていると、ハンナが来た。

「ただいま」

ハンナが着替えを手伝う。

マーズが侍女を嫌うので、普段から着替えの支度だけして侍女を下がらせている。

なので自然に今でもハンナが手伝っていた。

「ハンナ。話がある」

マリアの話の後、ベルの話をした。

「気を配ってやってくれ」

「それはお引き受けしますが。どんな方ですの?」

マーズから女性の話が出たのは初めてで、ハンナはつい聞き返していた。

「イファの第3王女だ。国境の詰め所でマサラに預けたら、気持ちを病んでな」

「それは可哀想に、どんな方ですの?」

ハンナはもう1度聞いた。

「栄養が足りてなかったんだろう。ガリガリな子供で、カインの細君がドレスやっていたな」

「そうですか。可愛らしい方ですか?」

マーズが思い出すように首を捻った。

それを見て、ハンナは内心がっかりした。

感じからマーズの気持ちに響いてないのが分かる。

マーズも22歳。

そろそろ結婚しても良い年齢だ。

カインが先に結婚した事で少しは焦ってくれるかと思ったが、期待だけで終わってしまった。

ハロルドがアランの妹を好きなのも知っているハンナにすれば、気が急くばかりだった。

それに…。

ハンナには心配な事があった。

戦争に勝利する度、マーズの目から輝きが消えていくように見えた。

まるで、死に損なったとでも言いたげなマーズに、生きる光を思い出して貰いたい。

それには、カインのようにマーズにも最愛の人が現れる事だと思っていた。

「気付かずマサラに預けたのは俺だ、可哀想な事をしてしまった」

ハンナも理解した。

謝罪の気持ちがマーズにあるのだろう。

「お任せください」

「頼む」

おざなりな部屋に閉じ込められていたベルを見て、ハンナも哀れに思った。

部屋をハンナの近くに変えて、自分の使っている侍女の中から人をやり、ベルの身の回りに気を配った。




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