黒い職人
ゴンの夜は遅い。
日が暮れてからゴンの夜なべ仕事が始まる。
土間にある小さな火床には赤々と炭が熾っている。
中には小さな鋼の塊が仄かに赤くなりつつある。
ゴシュー、ゴシュー 鞴の音がゆっくりと、絶え間なく響く。
赤々とした炭は次第に中心が白く色を変える。
中の鋼がオレンジ色に変わる。
おもむろに鞴の手を止め、ヤットコで鋼を掴む。
丸太に打ち付けられた小さな金床に乗せると槌を振るう。
カツっ、カツっ 小気味良い音が響く。
鋼の色が赤に変わり、そして黒くなる。
槌の音もそれに合わせて音が高くなる。
ゴンは鋼を火床に戻して鞴を動かす。
数十回繰り返すと鋼は細長くなってきた。
細長くなった先端を強く叩いて潰すと半寸位の長さで切った。
そんな作業を日暮れから夜更けまで続けている。
火床のおかげで、家は暖かい。
普段の冬ならば、暖を取りに酒を持った村人が集うことも度々あった。
「精が出るのぉ ゴンべぇ 茶にすべぇ」
「おぉ ヤハっつあん おめさ また なして こげに こまっけぇもんば 頼みなさるんけ?
まだまだ でぎてねぇだよ」
「いやなんもなー、息子の与作が言うにゃ 釣りばしたい なんてのー
ほれ、こればヤオどんと一緒に釣って来た言うてのー」
数匹のヤマメを差し出すヤハチ。
歳が近いこともあって、二人は仲が良い。
元々流れ者であったゴンが居ついてから、数十年来の付き合いである。
ゴンは手を止めて囲炉裏に座った。
「こりゃ山女でねぇか、よう釣れたもんじゃのー」
「塩もしてあるで ちぃっと焼いて喰うべ、これで酒さえありゃ最高なんじゃがな」
「・・・酒なら・・・酒ならあるぞ」
「酒?酒があるべか?」
「おどどしのもんだがな」
「おどどし?そりゃダメだ もうくそおちもうてるだ」
「うにゃ、酒言うもんはな、聞いた話じゃがな、酒を土瓶で沸かしてな、先に管つけて冷やすと
先から酒の濃いのが出る言うでな、おどどしの豊作んときば試したのよ
で、この瓶ば詰めて蓋しとうたんじゃ たんとはねぇがな。
まだ試しておらんでの、試すべぇか?」
「おぉゴンべぇ、そりゃええ、試すべ試すべ」
恐る恐る椀に酒を注ぐゴンと見守るヤハチ
蓋に使った木の色であろうか?酒は少し色が付き薄らと琥珀色になっている。
意を決して口にすると味を確かめるように舌を回すゴン
ヤハチと目が合うと一言
「わぉ」
それを見てヤハチも意を決して飲む。
「わぉ」
・・・
・・・
・・・
「ゴンべぇ、しっかし、こりゃ、ええ酒じゃのう」
「なぁ、ヤハっさん、こげなもんなら もっとつくりゃ良かったのぅ」
「また、お湯で割っても味があってええのぅ」
「うははは、こりゃ普段呑んでた酒より効くなぁヤハっさん うはは」
「そうじゃなゴンべぇ、おめさ 中々 やりおるなぁ うははは」
・・・
・・・
・・・
与作が釣り針を手に入れられたのは10日も経ってからだった。
「よさぐ 釣り針じゃ、でぇじに使うんだぞ」
「うん、おど が毎日ゴンさんとこさ行って作ってもろおた針だ、でぇじにするだ」
ほぼ毎日二日酔いで仕事が出来なかったのは内緒の話である。