003 平凡の割合、偶然の確率
伝説も勇者も楽じゃない第三話です。
注意事項。作者の本業は絵であり、ろくに小説を読んだことがない状態で書いています。
文法などもっての外、テンポはわざとひどくしてあるほどですのでご容赦。
今回、ご都合主義に近い描写もございます。
無理矢理すぎる展開でもありますが、どうか次の話を待っていただきたく存じます。
この話でもまだルテオ君は村を出ません。思ったよりここのパートが長くなりました。
意識が遠のいたの、今日何回目だ。
上半身だけ起こしたルテオは、奇妙な格好を取っていた。女の子らしい、ぺったりとした座り方にも似ている。
勿論意図して取ったものではない。
そう、単刀直入に言えば倒れたのである。
何かが違う朝を迎え、恐怖を感じ、気を失い、意識を放棄し…
経験したことのないことが一日に…それどころではなく、朝日が昇ってからまだ半分登りきるか切らないか程の時間で起こったのだ。
平和な日常に慣れ過ぎてしまった平凡な少年に、到底耐えられたものではない。
倒れたからなのか、体がおかしい感じがする…。
ルテオは下を向いたまま、辺りを少し見回した。
…ぼんやりとして良くは見えないが、まず人だかりは落ち着いているらしい。
落ち着いているというか、もう誰も騒いでも動いてもいないようで、
全く違う場所になったかのような沈黙が辺りに広がっている。
それもやけに重たいもので、普通に聞こえているはずの小鳥の囀りや、近くの川のせせらぎすら遮断されて聞こえるほどだ。
先ほどとの対比で、静かすぎるように感じるのだろうか。
もう何も見たくないという感情と、一体何なんだという疑問の感情が混ざった、目をうっすらと開けつつも閉じたりという状態。
ルテオは恐る恐る、ゆっくりと顔を上げた。
完全に前を向くと、まず正面に小さな噴水、そしてベンチ。
勿論、それはいつもと変わらない場所にあり、いつもと変わらない形で水を吹き出し続けていた。
もっとも、音が遮断されているような感覚がするのはまだ残っている。
だがそんな事はどうでもいい。それよりも、その周辺に棒のように立ち尽くす住民たちの形相だ。
平凡な毎日を繰り返す人間、特にルテオにはほぼ無縁の表情。
……これが驚き、だったっけ…?
その表情を感じたことは無くても、その形容がぴったりであることはルテオにも何となく分かった。
しかし分かっていないこともあるようだ。己の顔が、それとほぼ一致であることが…。
状況整理。
まるで時が止まっているような感覚がする。ただ、噴水は絶えず水を出す動きをしているのでそれはないだろう。
相変わらず体の感覚は無いままだ。首を上げるのにも精一杯になるほど、体が硬直している…の方が正しい、のか。
おかげで今見えている視界以外の事では、状況確認が出来ない。
その視界に映っているのは、見たこともない住民の表情。
良く見るとその視線は自分――正確に言えば自分の少し右下側――に向けられているようだった。
そして、さっきの魔物の侵入で煩くなっていた時との対比で静寂が酷く深く…
あ…そういえば、魔物ってどこに行った?
____大事なことを忘れていた。
その刹那、背筋が凍りつく。
「ルテオ……?」
途端に住民の誰かの声がし、それと共に正気に引き戻されていく。
噴水の音、川の音、森の木々が揺れる音、鳥が木を発つ音。
押し寄せてくる様々な音はルテオを目覚めさせ、
凍り付いた背筋と動かなかった身体も一瞬にして感覚を取り戻した。
相変わらず、住民は驚いたままで沈黙を続けている。
もしかしたら、本当にさっきは時が止まっていたのかもしれない。ただ一人すっ転んでぶっ倒れただけでこんなに長く驚いて固まっているなんてこと、あり得ないだろう。
だが一つ、心当たりはあった。
さっきから見つめられている方向――つまり右手が明らかにおかしい、手をついているのは紛れもなく地面なはずだが、感覚からして地面ではない。
___動いてる。明らかに何か、生きてる。
もう焦っていない。ここまで訳の分からないことが立て続けに起きるともう怖くもなくなる。
しかし、ルテオは依然として右手の方を見ることは出来なかった。
その「何か生きてるもの」は見たくも知りたくもない、もう分かっているのだ。
それよりも今の体勢はきついから立とう。そうだ、そうしよう…!
ぺったり開いた足を片方ずつ閉じながら立ち上がり、地面―おそらく―にについた右手を支点にし…
「ぷぎぇッッ」
声?鳴き声?というのか、甲高い叫びのようなものがすぐそこで上がる。
「え、あ!?」
何となくわかってはいたものの、ルテオは思わず飛び退り、腰を抜かし、おまけに変な声も出してしまった。
と同時に白い何かが右手の辺りから飛び出し、噴水を飛び越えて村の門の方へと懸命に走っていった。
『わぁ…おおぉぉおー………』
先程まで硬直したままだった住民たちがいきなりどよめいて、その白い何かの行方を見ていた。
その白い何かが村から出て行ってしまうと、またルテオの方に視線を戻す。
白い何か…それは、先程村に侵入してあれほど騒がれていた「魔物」だ。
今、ルテオの頭の中は混沌としている。
つまり偶然こけた時に手をついた所に、その魔物が…
「すげぇ」
後ろからまた声が聞こえる。
「魔物が…魔物が出ていった」
「逃げたわ…」
二人。
「何があったんだ?」「魔物が逃げたみたいだぞ」「ええ?どうやってよ」
「あれ、隣の家の息子さんじゃない?」
四人。
「すごい」「ほんとに!」「おかぁさん、おかぁさん、もうそとでれるよ」「魔物もういなくなったのね」「一撃か!?」「ありゃ、素手でだな」
住民が次々。
「ルテオすっげぇ」「どうやってやったんだよ!」「もしかしてお前強いの!?」「生き物を倒さずに逃がすって難しいらしいぜ」「ほんとかよ!」「じゃあやっぱルテオがすげぇってことか」「おうおう!」
次々、次々、次々…
こけてたまたま魔物がいなくなっただけで何が「すごい」のか。周りに住民が押し寄せる。
…もしかしてこの村おかしいのかな。ルテオは、始めて生まれ育った村を疑った。
まぁ何より大切な平凡を壊されそうになったのだから、そこを救ったらありがたいとは思われるかもしれないし、平凡を主体とするこの村では普通の考えなんだろう。
一応そう覚えておこうかな、平凡に過ごせることに感謝しなきゃいけないんだし。
「あ、あのありがとう、ございます…えっと…」
ルテオはそう言いながら考える。
しかし、救った方は平凡ではなくなってしまうのだ。これでは、平凡な毎日は消えてしまう。
__早く家に帰って、騒ぎをこれ以上大きくしないようにして、数日後ぐらいには皆がもう忘れているようにしないと…。
「ルテオって、本当の勇者なんじゃね!?」
その友人の一声で、周りが一瞬静かになる。
「確かに…。確かにそうだ!!」
やめて。
「すっげー!ルテオ、誰に言われるでもなく行ったもんな」
それは違う。
「しかも倒さずに見逃したんだって、勇者らしくてやっさし!」
だからそんなの知らない。
「ルテオ君すごいね」
女の子たちまで来た。これ以上人だかりを大きくしないで欲しい。
「勇者がこの村にいるなんて思いもしなかったぜ、ルテオ!」
いや、僕は勇者じゃないし、そもそも勇者なんていないから。
子供たちがルテオの周りに群がる所を、大人たちはやれやれ、と笑顔で見ていた。
「魔物騒ぎは一旦収まったみたいだな、けが人はもうおらんか?」
『村長!』
そう呼ばれたその人物は、正にこの村の村長。老人とまでいかない程の年で、貫禄があり、優しい性格で住民の人気を買っている村長だ。
大人たちは一斉に村長の方へと駆け寄った。
「ええ、こちらはもう大丈夫です。で、けが人のほうはどうなったのですか」
「そこまで重症ではないようだ、安静にしていればすぐに治るだろうよ。」
大人たちはほっとして胸をなでおろした。
「良かったですね、村長さん。ほんと、どうなることかと」
「ほう、ほう。もうこれで安心だな。ところで、魔物を追い払ったのは…」
「村長さん!すげぇんだぜ、魔物を追い払ったのって」
「あ、こら、ちゃんとしなさいキノス。村長さんの前では…」
子供の母親が咎めるも、村長は優しい口調で言った。
「いやいや、別に構わんのだよ。それより、誰が追い払ってくれたのかね?」
「ルテオが追い払ったんですよ」
「そうそう!」
「めちゃくちゃ凄かったよな!」
子供たちは精一杯に目を輝かせ、興奮ぎみに答えた。
「そうかそうか…ふむ、ルテオ君か…どこの子だ?確か、セーディアさんの子だったと思ったが…」
そう言いながら村長が子供たちの集団を見回している。
僕は確かにルテオ・セーディアですが村長さん、お願いなので僕を探さないでください。
ルテオは極力存在感を消した。が、それも無意味。
「さー勇者さま!村長さんが呼んでるぜ!」
「ハルル村の勇者さまってな!」
「英雄の血筋とか引いてんじゃないか?羨まし~」
…勇者さまとか呼ぶのやめようよ、恥ずかしいとかそういう問題じゃなくて、僕は勇者さまじゃない。
それに、英雄の血筋とか言うけど、本当に勇者とか英雄がいたなら、各地にやんわりとではなく「ちゃんとした」伝説や伝承があるはずなのに。
少なくとも親からそんな話をしてもらったことはないし、勇者の伝説を聞いたり読んだりした覚えもない。
もうやめてよ…平凡に暮らしたいだけなんだって___
退屈な生活を強いられている子供たちにとって、今朝の事件はかっこうの話題であり、暇つぶしであり、楽しみの素となっているのだ。
勇者、英雄、魔物。どれも平和な日常を送る村にはほぼ無縁のもの。
魔物が村に侵入し、それを追い払った人が身近にできたのは確かに子供心をくすぐるだろう。
その人を勇者と称えたくなる事も…流石に普通そこまでは行かないかもしれないが、特に退屈な日々に嫌気の指しているハルル村の子供たちからしたら、そんな人間を称え、そして讃えたくなるのかもしれない。
__魔物を追い払っただけ…言ってみれば偶然追い払っただけで勇者扱いをされる村。
いくら平和だとはいえ、やっぱりこの村は感覚が狂っているのかもしれない。ルテオは改めてそう考えた。
「勇者?…ちょっと待ってくれ、何だって…」
「村長…さん?」
さっきまで威勢の良かった子供たちが、急に怪訝そうに村長の周りに集まる。
大人たちも、子供の騒ぎ声が聞こえなくなったので少し静まり、村長の方を見た。
「もしかすると、これは…いやそんなことは…うむ…。」
「どうされましたか、村長。ご気分でもよろしくないのですか」
「い、いや。そういうわけじゃないんだ。ただ…」
「た、ただって、どうしたんです?さっきから少し様子が変ですよ」
村長は暫く考え込んでいたが、やがて言った。
「伝説の勇者…。英雄…これはもしかしたら、本当の話なのかもしれない…な」
「え?そ、村長?」
その謎の発言に、住民たちは不思議そうに顔を見合わす。
「ルテオ君。」
「は、はい」
周りににいた子供たちに背中を小突かれ、前へ出る。
「君は…君は本当の、伝説の勇者だ!」
さぁてと。ここはあまり書いてしまうと面白みが無くなるでしょうか。
今回は少し前回と間が空いてしまったのもあって何か微妙ですね。全話微妙ですけど。
ご都合主義風な描写をせざるを得なく、結構きつかったです(汗
次回で何か、真相が明らかになるのかもしれません。大した真相でもないのだけれど…。
それでは、
平凡な少年の明日に、乞うご期待。