第九話 ハート溢れる河川敷 前編
季節はすっかり冬めいて、十一月に突入した。家の中でも羽織り物が無いとさすがに寒い。でもここは楽園。なんたって天下のお布団様の中なのだから。やっぱりこの時季のお布団様は格が違いますなぁ。毛布の肌触りも無性に良いし、いくら今日が日曜日だからってわざわざ寒い外に出ていく必要も無いね。お布団様には今あたいに必要な全てが詰まってる! そう! 温もりが! 今のあたいは温もりしか必要としていないのさ! 他の物などノーサンキュー! 今日という日がお布団デイ! ごろごろふかふか過ごすんだい!
「おはようビあぶりさん。ごろふか中恐れ入るビが、電話が鳴ってるビ」
ああお布団様お布団様、あなたはどうしてお布団様なの? 着信音すら吸収して安眠を促してくれるあなたはなんてイケメンなの? こんなに無条件な優しさに包まれてしまったら、されるがままに夢の世界へ……。
「あぶりさんやーい。出た方がいいと思うビよー、電話にも布団からも。なんだか僕はいやーな予感がしてるビよー」
「うっさいなぁ。人がせっかく心地よく召されようとしてる時に……」
「ほれ電話。電話ビ」
「はいはいわかったわかった。もしもーし。縁側あぶりは熟睡中でーす。人の幸せを妨げる不届き者はどちら様ですかー」
「あぶり! 助けて! あんたの力が必要なの!」
「はぁー? なに? 新手の詐欺ですかー? しる子詐欺ですかー?」
「ふざけないでちゃんと聞いて! スイーツ四天王が現れたの! 今はラビオリとなんとか食い止めてるけどもう限界! 早く助けに来て!」
「え、なにさ、それガチのやつ?」
「ガチよ! あーもう早く! うわ、危ないラビオリ! きゃっ」
激しい爆発音と共に電話は切れた。
がらがらと音を立てて崩れ落ちるあたいとお布団様のごろふかんドリーム。
「……」
「あ、あぶりさんよ! どうするビか!?」
「あーもーあーもーあぁぁぁっもう! 行くぞエビカツ! お布団様! ちゃちゃっと済ませてすぐに戻ってきますからそれまで保温で!」
「よしきたビ! 二人の居場所は僕が突き止めるから着いてくるビ!」
「ねぇそれ本当に役に立ってんの?」
「お、おかしいビねぇ。ちょっと今日は調子が悪いビかねぇ……」
エビカツがどこからか取り出したL字型の金属棒が、さっきから頼りなげにふらふらと開いたり閉じたりを繰り返している。これはダウンジングとかいうやつか。なんかテレビで見たことはあるけど、果たして人探しに役立つ代物だったろうか。
「はあ!? ふざけんな! 早くしねーとしる子らが危ないだろうが!」
こちとらお布団様を犠牲にしてまで出張ってきてんだ。保温という時間制限もある。しょうもない冗談に付き合ってなんかいられない。
「ぼ、僕はちゃんと探してるビよ! えぇと、多分このあたりにいるはずなんビ……」
ドッガアァァァン!
「近いぞ! あっちだ!」
「ほらねほらね! やっぱり僕の腕は優秀なん」
穴だらけの河川敷。月面と見紛うほどにあたり一面クレーターだらけだ。どんな草野球チームが練習してもここまでパワーのあるホームランを連発したりはしないだろう。もしもそんなチームがあったなら、草野球どころかメジャーリーグで大活躍だ。それらしいユニフォームを着た人も見当たらないし、やはりクレーターを作った要因は別にあると見るべきか。
クレーター以外にも不自然な点がないか探ってみると、むしろ不自然でない点の方が少ないくらいだった。ベンチにはあんみつとコーラフロートが座っているし、散歩中だったと思われる板チョコの手から延びるリードの先には首輪をつけた赤いゼリービーンズが繋がれている。どうやら草野球がどうこう言ってる場合じゃないらしい。ここでしる子たちは四天王と一戦交えたんだ。
「あぶり! こっち!」
背の高い雑草に埋もれるように身を屈めたしる子が手招く方へと駆け寄る。
「遅かったじゃない!」
「悪い! エビカツが役に立たなくて」
「んなビ! 僕はちゃんと務めを果たしたビよ!」
「それで、状況は?」
「最悪ね。いきなり現れたあの年増、トルテラにいいように踊らされてる。どうもあいつには和菓子魔法も洋食魔法も効かないみたいで」
「それであたいの出番ってわけか。ラユ子は? 電話したの?」
「それが連絡つかないのよ。ずっと話し中みたい」
「しょうがねぇな。ほんじゃ、あたいがさっさと片付けてやりますか!」
バゴォーン!
「うお! 危ねえ! なんだこれ!」
目の前の地面が爆音と共に大きく抉れ、土煙が激しく舞い上がった。よもや本当に特大ホームランが飛んできたのではあるまいかと思わずボールを探してしまったが、もちろんそんなものは見当たらない。
「爆弾よ! トルテラは爆弾を使って攻撃してくるの! 至近距離まで近付けば誘爆を恐れて使えなくなるでしょうけど、かと言って迂闊に飛び出せないし……」
「ハイドロドリア!」
「なっ! ラビ!」
少し離れた茂みに潜んでいたらしいラビが突如飛び出して、トルテラに向けて魔法を放つ。凄まじい水流がドリアを溶かし、トルテラ目掛けて放射される。
「……おいし! 何度やっても無駄よおウサギちゃあん。私は洋食がだあい好きなんだから!」
「うっさい! 効きなさいよハイドロドリア!」
「うふふ可愛い子! 残さずぜえんぶ食べてあげるわあ!」
必死に杖を振るうラビから放射されるドリアの水流が、無情にも全てトルテラに吸収されていく。全く効果が無いようだ。魔法の連打で体力を消耗したラビはふらふらと力無くその場にしゃがみ込んでしまった。
「ラビ! ……くそっ! おいトルテラ! お前の相手はあたいが引き受けてやるよ!」
「あぁらあぶりじゃなあい。ご無沙汰ねえ。今日はいつもみたいに簡単にはやられてあげないんだからあ! えい!」
幼稚な掛け声とともにトルテラの頭上におびただしい数のハート型チョコレートが出現した。仮に今日がバレンタインデーで、あれがただのチョコだったなら、受け取らないまでも平和に事は済んだのに。可愛らしい見た目のチョコレートには一つひとつご丁寧に導火線がくっ付いてやがる。なるほどあれが爆弾の正体って寸法らしい。
「私のハート、召し上がれ!」
チョコレートたちが流星の如く一斉にあたい目掛けて降り注ぐ。
ズガアァン!
眼前に迫り来る容赦ない爆発。次から次へ地面が抉り取られて土煙が舞い、視界さえも奪われる。
「うわ! ……これは洒落になってねえよ! ちょ、ラビ! 逃げるぞ!」
「あぶりぃ!」
チョコレートの雨を掻い潜り、声を頼りにラビを探して抱きかかえ、そのままダッシュで茂みに紛れ込む。視界不良はトルテラも同じなようで、幸運にも爆風に巻き込まれることはなかった。狙いが定まらないようだ。いや、敵ながらそこは対策しとけよと思うばかりだが、していなかったおかげでラビを守れたことも事実なわけで、なんとも心中穏やかではいられない状況だ。
「ラビはここに隠れてろ!」
「で、でもあぶりも危ないよ!」
「いいから! ここはあたいに任せとけって!しる子ぉ!援護頼むわ!」
「癪だけど四の五の言ってられないわね……しらたマグナム!」
しる子がトルテラの注意を惹きつけている隙に茂みを掻き分け回り込む。
「続いて22口径、小豆!」
小粒の小豆をぱらぱらと連射しながらしる子も茂みを走り抜ける。悪態をつくトルテラの声が射撃音に混じって聞こえてくる。まさかこの土煙の中でしる子だけは敵を捉えているとは考え辛いし、おそらく勘で撃ってるのが運良く当たっているだけだろう。ともすればあたいも被弾しかねない危険な行為だけど、わかっててやってんだろうか。
「ああもお! うっとおしいわねえ! ちょこまかと走り回らないでよお!」
ドーン! ドガァァン! バゴォォン!
躍起になって手当たり次第にチョコレート爆弾を炸裂させる。爆風を掻い潜り、あたいたちはおそらくトルテラがいるであろう位置を中心に円を描きながら走り続ける。少しでも狙いをつけられにくい状況を保ちながら、突破口を探す。しかしひどい土煙の所為で方向感覚が狂いそうだ。更にちょいちょい飛んでくる小豆が思いのほか痛くて集中できず、トルテラの位置はおろかさっきから自分が河川敷のどの辺りを移動しているのか全然わからない。
「きゃあ!」
「見つけた! 行きなさいチョコレートたち! 私のハートでメロメロよん!」
クレーターに足を取られて躓いたらしいしる子を目掛け、チョコレート爆弾が一直線に襲いかかった。
ズッガアァァン!
けたたましい爆音の後、辺りは静まり返った。やがて土煙は薄らいで、倒れたしる子と嘲笑うトルテラの姿が浮かび上がる。
「しる子ぉ! くっそこのアマぁ!」
「うふふ。うふふふふ。一人目終了!」
嬉しそうにはしゃぐ姿が滅茶苦茶むかつく。こんな奴にやられるなんて冗談じゃない!
「こっちだトルテラ! あたいとタイマンだ! てめぇは絶対許さねえ!」
「あぁらこわあい! ねぇねぇもしかしてえ。もしかしちゃって怒ってんのお?」
「うるせえ! 炙り……ビントロイヤル!」
激しい憤りを溜め込んだ右の拳をありったけの力を込めてぶちかます!
視界も良好、外すわけもない近距離での一撃がトルテラの顔面を確実に捉えたーーかに見えたが、
「二度目は、無いわよ?」
全体重をのせたはずの拳はあまりに軽く振り払われ、バランスを崩したあたいはそのまま地面に突っ伏した。なんだ、こいつ、いつの間にこんな力を……いや。違う、何かが違う。なんなんだこの違和感は。力で押し負けたというよりも、魔法そのものがまるで効いてないようなーー
「あなたもメロメロ! みいんなメロメロよおん!」
バッガアァァァァン!
腹部に鈍痛。追い打ちをかけるように目の前で炸裂したチョコレート爆弾を躱す余裕なんてあたいにはなかった。
「あ、あぶりいー! た、た、大変だビ! みんなやられちゃったビ! こんな時どうしたらいいかわからないビ! わからないビよー!」
「笑えばいいんじゃなあい? うふふって!」
再び土煙舞う河川敷、トルテラの笑い声だけが甲高く響き渡っていた。今までに味わったことのない感覚であたいは覆い隠されていく。「敗北」という二文字が嘲笑と共に深く胸に突き刺さる。目の前が暗く暗く、どこまでも沈んでいくようだった。