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第六話 苦手な食べ物はありますか?

「天ぷラリアット!」

「32口径、よもぎ!」


 トルテラの顔面に大輪の蓮根と大葉の烙印が花開き、ショコルテの口内はよもぎの香りで満たされた。


「一旦撤退するぞ!」

「覚えてなさーい!」


 二人は「ごちそうさま」の捨台詞を忘れることなく去っていく。

 魔法女子の正装から制服姿に戻ると、あたいたちは気が抜けたようにその場にへたり込んだ。


「うぅー苦しいー。はちきれそうで気持ち悪い……」

「調子に乗って昨日食べ過ぎたわね……動きが鈍くなった気がするわ……」

「ろくに魔法も覚えないで手当たり次第好き勝手食べるからだビ! ちゃんと考えろって言ったビよ!」

「だってあんなご馳走一回きりの人生じゃあもう二度と食べられないかもしれないじゃん! となると腹一杯満たすじゃんふつー!」

「そんなこと言って本来の使命を忘れてもらっちゃ困るビ! あんたらにはスイーツ四天王を倒すという大事な役目があるんだビよ!」

「それなんだけどさー、いったいあいつら何回倒したらいいわけ? 何度も何度もやってくるしきりないじゃん! 終わりが見えないとやってられないんですけどー」

「確かにここらで一発仕留めておきたいビねぇ……。今までの貧弱な魔法なんかじゃなくて、もっと強力な魔法が使えれば一発KOの可能性もあるビが……」

「あ? 誰が貧弱だって?」

「それで、その強力な魔法はどうしたら使えるようになるの?」

「以前も言ったと思うビが、魔法とは気持ちだビ。想いの込もった力だビ。あんたらは食べ物にその想いを込めるわけビが、強い想いを込めるには誰かを感動させられるほど美味しいと思えるものを食べるか、苦手な食べ物を克服して好きになるくらいしか無いと思うビ……」

「げ、苦手な食べ物? やだよ! それは四天王の仕事だろ!」


 だいたいの食べ物は好きだけど、あたいにだって苦手の一つや二つはある。


「そんなこと言っていつまでもこのままだらだら戦ってるわけにゃいかんビ!」

「それもそうね……。スイーツ四天王を完全に倒すためには、仕方ないことかもしれないわ」

「嫌だ! ぜっっったいに嫌だ! 好きなものしか受け付けないお口と体だから無理!」

「わがまま言ってる場合? あんたの好きな肉じゃがとかが砂糖菓子レベルに甘ったるくなってからじゃ遅いのよ?」


 そう。問題はそこなんだ。スイーツ四天王を野放しにしていたらいつかは取り返しのつかないことになってしまう。しかも地球レベルで。でもこんな努力をしなきゃいけないなんて……魔法女子になんかならなきゃよかった。


「うぅぅー! くそぉ!」

「これも試練だビ」

「じゃあしる子! まずはお前からだ!」

「……え?」

「やってみせてよ! 先に! そしたら考えてやる!」

「考えてやるって、ちょ、待ちなさい」

「いいでしょー! どうせいずれは克服しなきゃいけないんだし、ちょっと順番が早くなるだけじゃんか!」

「それはあんたにも言えること……」

「はい! 決まり! しる子がいっちばーん!」

「頼むビよしる子!」

「は!? エビカツまで! 待って心の準備が……」


 自分の番を先送り、先送りしてあわよくば忘れてもらえれば……。いつの間にか皆の知らないうちに克服してたってことにしてもいいしね。あ、いいじゃんそれ。我ながら名案だ。そうと決まれば速攻よ!


「さあさあしる子の苦手な食べ物はなんなんだい?」

「エビカツ調べでは抹茶が苦手らしいビ。和菓子屋の娘でありながら恥ずかしいビねぇ〜」

「恥ずかしいびねぇ〜」

「真似すんな! べ、別にいいでしょそんなこと! あの苦さが駄目なのよ! っていうかなんでエビカツがそれ知ってるの!?」

「抹茶味のお菓子とかは? クリームとかなら苦くないじゃん」

「まだ独特の風味が残ってるから駄目ね。……まさか私に抹茶を克服しろっていうんじゃないでしょうね……」

「そうだよ? その流れだよ?」

「お願いビよー。このとーり! だから、ね、ね! 四天王を倒したら戦いは終わるビからぁ!」


 エビカツがやっているのはおそらく土下座のポーズなんだろうが、それは地面に密着して初めて効力を発揮するものであって、宙に浮いていると説得力はゼロだ。


「はぁーぁ。はいはいわかったわ。やってやろうじゃない抹茶克服!」

「ありがとうビ!」

「サンキューエビカツ!」

「あぶりも後でちゃんと克服してもらうビよ?」

「そうよ。覚悟しときなさい」

「うげ」


 思惑通りに事が運ぶか若干心配になってきたけど、ま、なんとかなるっしょ。







 学校からの帰り道にいつも気になってたケーキ屋がある。ツタが絡みついた四角い建物は看板が出ていなければ何のお店だか見当もつかなかったし、そこが神秘的に見えていてケーキ屋だって知った時のあのときめきは一生ものの思い出だ。ついに今日、初めてそのショーケースとご対面というわけだ。

 ここの売りはシュークリームらしく様々な味のシュークリームが所狭しと並べられている。生クリーム、苺、チョコ、カスタード、それに当然抹茶味も。


「……生クリームじゃだめ?」

「何のために来たビか! だめに決まってるビ!」

「チョコと苺と抹茶のシュークリーム一つずつ!」

「もう注文してるし……しかもなんで自分のまで」

「しる子! 出番だ! 得意のお会計をおねーさんに見せてやれ!」

「あ、会計別で、袋要りませんから」

「シルルのばか! もう知らない!」

「誰よそれ」






「……うえ。苦いんだか甘いんだかわからないこのクリーム……やっぱ無理よ抹茶なんて」

「じゃあ頂戴!」

「シュークリームはだめビか。そうそう、よく考えたらシュークリームは洋菓子だったビ! ビひっ! でもまぁ他のものならいけるかもしれないビ! 次いってみよう!」

「そういえば和菓子じゃないと意味ないじゃない! ああもう! 次行くわよ次!」


 二個とひと齧り分マイナスされたシュークリームを堪能し、次の店へ向かう。さっきまでの満腹感が嘘のよう。いついかなる状況でもデザートは別腹です。エビカツのぶん? ないよ! チョコシューも苺シューもあたいのだよ!







「……ここ、うちじゃない。嫌よ食べ飽きてるし」


 次に訪れたさち屋の店先でぶつくさ文句を垂れるしる子をよそに、意気揚々と先陣をきってのれんをくぐる。


「おばちゃん! 甘栗どら焼きと抹茶ひとつね!」

「はいよぉ」


 久しぶりに見るおばちゃんは福の神みたいな丸い顔をにんまりさせていて、その顔を見ているとショーケース一列全部買い占めたい欲求に駆られるが、中身はほとんど塩和菓子である。そんなことをした日には財布も気力も底をつく。なぜにこの幸せオーラ満開のおばちゃんからしょっぱい和菓子が生み出されるのか。そしてなぜに頑固者のおじちゃんが作る甘栗どら焼きはこうも甘く美味いのか。それは永遠の謎である。


「いやー! むりぃ! 苦い苦い苦い! 抹茶味のスイーツですら駄目なのに抹茶そのものとか何考えてんの!? ありえないわ!」

「我慢して飲み干すんだビ! 輝ける明日はその先で待ってるビ!」

「しる子がお抹茶飲むだなんて珍しいねぇ。急にどうしたの? そんな無理しなくてもいいんだよぉ」

「甘やかしちゃだめっすよー。しる子はとある事情で苦手な食べ物を克服しなきゃならない使命を背負ってんですから」

「あんたもでしょ! もーなんなのこれ! 苦い! みどり! みどり苦い! 美味しくないぃー!」

「ぜんぜんだめビね……」

「しる子はわがままだなぁ。ねぇおばちゃん、なんとかなんない?」

「お抹茶を飲めるようになりたいの? だったらお茶菓子と一緒に頂いたらいいかもねぇ。何か食べるかい?」


 そう言っておばちゃんが促すのは案の定塩和菓子。しる子にとっては地獄プラス奈落である。地獄に仏、ならぬ仏が差し出す地獄ってんだからたまらない。


「いい! 他所で探すから!」

「あ、ちょっと待ってよー。おばちゃんありがとね! ごちそうさま!」

「またいつでもいらっしゃいねぇ」







「抹茶半分以上残ってたよー? あれー? どうしたのかなー? 克服するんじゃなかったっけー?」

「うるさい! あんなの無理よ!」

「あそこにも和菓子屋があるビね」


 裏通りを歩いていたらこじんまりとした佇まいの古い和菓子屋をみつけた。こんなとこにも菓子屋があるなんて。繁盛してるようには見えないけれど、この時代まで続いてるってことはきっと昔ながらの常連が通ってたりするんだろうなぁ。


「って」


 もう十月になろうというのにかき氷ののぼりが風に揺れている。それもまた年季の入った木造の和菓子屋と相まって懐かしい風情を感じさせる。


「季節感ゼロね」

「あっつい抹茶を飲んだ後だビ、冷たいものが欲しくなったんじゃないビか?」

「へ? むしろちょっと肌寒いくらいよ? そんなわけがないでしょう?」

「それいいな! 宇治金時もあるし! おじちゃん二つおくれ!」

「あーもーあんたって子はぁ!」


 ドンッと差し出されたガラスの器には抹茶シロップのかかった小豆乗せかき氷と、いかにも涼しげな真っ青に染まるブルーハワイのかき氷がうず高く盛られていた。


「つかぬことをお尋ねしますけれど、もう十月よ? 秋よ? 寒くないの?」

「平気平気。真冬でもアイスとか食べるじゃん。こたつでアイス、至福だぜ?」

「聞いた私が馬鹿だったわ。……これ本当に食べなきゃだめなの?」

「これも立派な抹茶だビ。もしかしたら案外いけるかもしれないビよ?」


 恐る恐る真緑の氷山に顔を近づけるしる子。かき氷から発せられる冷気に思わず顔を背ける。


「しっかりするビ!」

「何が悲しくてこの寒いのに外でこんな冷たい、しかも嫌いなものを食べなきゃなんないの……。はぁ、頂きます……」


 意を決したようにかき氷を口に放り込む。途端に眉間に皺が寄り始めるがーー


「……あれ。なにこれ、悪く、ない? かも」

「……お?」

「冷たさで麻痺してるのかもね。苦味がないし小豆との相性もすごくいい。これ、意外といけるわ」

「や、やったビ! 克服だビ! 苦手な食べ物を克服したその感動をしっかりと心に刻んでおくんだビ!」

「なんだぁ、抹茶だって食べてみれば案外いけるじゃない」


 平気だとわかると二口三口続けてかきこむ。


「ほんとに克服しちゃった……絶対無理だと思ってたのに……うあああ!」

「さ、今度はあぶりの番よ」

「いや、あたいそんなことする気なかったしもうお腹いっぱい……」

「はあ? ふざけないで!」


 しる子の怒りが飛んでくるかと思いきや、どれだけ待っても動きが無い。見ればしる子は頭を抱え苦しそうに呻いている。あ、キーンってなるやつだ。調子に乗ってばくばく食べるからだ。どうでもいいが冷たいものを食べた時に頭がキーンってなるやつにも名前が付いていると知った時、絶句したのをよく覚えている。世の中なんでもかんでも理由付け、説明付けしないと気が済まない連中が多いもんだ。あたいが好きなものしか食べないことに理由なんてないというのに。

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