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第四話 幽霊屋敷で遊ぶ少女

 その屋敷には幽霊が出る。

 そんな噂が広まったのは秋も暮れ、長い冬の始まりを予感させる肌寒い季節だった。ヨーロッパの何処かの国から越してきた一家が住むその豪邸は、どう考えても数十人分の声が聞こえるにも関わらず、その姿を見た者は一人としていない。その広すぎる庭で少女が一人、いつも寂しそうに遊んでいるという。


「実はその女の子も幽霊なんじゃないかって話なんだけどさ! これから皆で行ってみない?」


 放課後の女子は自由奔放。その行動力は何者にも止められない。楽しそうな場所、美味しそうな店。その好奇心は縄を付けたって押し留めることはできない。


「嫌よそんなとこ。私辛気臭いとこ苦手だし」

「今日は用事あるネ! 家でじっちゃが半裸で待ってるネ」


 なんだその変態じじい。


「なんだその変態じじい」


 やべ、本音が声に出た。


「というわけでごめんネ! 先を急ぐネ! 再見!」

「あ、ちょっとラユ子ー!」


 鉄扇でひっぱたかれるかと思ってひやひやしたけど、本音を軽くスルーしてくれる良い子でよかった……。これからは少し気をつけよう。ほんのちょっとだけ。

 ラユ子はとたとたと足早に駆けていく。女子会より大事な用ってなんだろうか。半裸のじじい? いやそれよりも幽霊屋敷だ。


「しる子ぉー、一緒に行こうぜぇー」

「いーやーだ。そんなとこに行ってもし憑いてこられでもしたらどうするのよ?」

「その時はあたいのビントロイヤルが炸裂するから!」


 自慢の右腕を披露するも、しる子の視線は冷ややかだった。


「……あんたなら私諸共ぶん殴りそうね。とにかく今日はだめ。家の手伝いもあるし」

「まーた残り物の塩和菓子消化すんの? 薄情者の塩かけババア! 高血圧!」

「捨てるよりはマシでしょ。あんたもたまには親孝行とかしてみたら?」

「あたいは可愛さだけで充分親孝行してるもんねー」

「はいはい、可愛い可愛いあぶりちゃんは今日も元気に一人で遊べまちゅね。じゃ」


 捨台詞を残して脱兎の如く走り去ってしまった。激走! 高血圧の怪!

 いや、まじで? あたい一人で幽霊屋敷に乗り込むのー? でも噂はやっぱり気になるし……。


「一人じゃちょっと心細いじゃないかぁ……」

「僕が、側にいるビよ」


 どこからかイケメンボイスが聞こえたような気がして、そっと半開きになった弁当箱のフタを閉じた。







 閑静な住宅街の奥の奥、どん詰まりにその場所はあった。広大な敷地になんたら伯爵とかが住んでそうな立派すぎるお屋敷。小高い山を背にして無音の気迫を湛えた、圧倒されそうな佇まいだ。


「なんとまあ素敵な物件であられますことで……」


 びびってるわけじゃあないがそういえば今日見たい番組があったんだよなぁ、録画予約してないから今から帰ったら間に合うかなぁとかびびってるわけじゃあないが思いながら屋敷前をうろうろしていると、はて、気になる事がある。幽霊屋敷の割に寂れた雰囲気はなく、歴史のありそうな風格の建物は外装もきちんと手入れされているし、広い庭も庭園と呼べるくらいには小綺麗に整っている。いかにもな幽霊屋敷を想像していただけに、じーえーぴーに戸惑ってしまう。


「ほんとにここに幽霊が出るわけ?」

「噂なんてあてにならんビ。こんな立派なお屋敷だから誰かの妬みを買っても不思議じゃないビよ」


 エビカツのもっともなセリフに少し関心しかけたところに、唐突に風が吹いた。

 その風は周囲を回り込むようにしてあたいを中心に渦をつくる。


「な、なにこれ!」

「どちら様?」

「うぎゃあ!」

「きゃあ!」


 前触れも無く掛けられた声に思わず叫んでしまった。声の主はあたいの驚きように驚いたようで、その小さな体を更に小さく縮こまらせる。歳の頃はようやく二桁になったぐらいだろうか。小柄な女の子が立っていた。


「で、出た! 幽霊少女!」

「失礼だビ! この子はちゃんと生きてるみたいビよ!」


 薄い紫のドレスにカーディガンを羽織った少女には確かに足があった。見るからに細く軟らかそうなシャンパンゴールドの髪の毛を揺らし、ひどく怯えた様子だ。まだ幼さの残る顔つきで上目遣いにこちらを伺っている。


「あ、ごめんね、驚かせちゃって」

「い、いえ大丈夫です」

「なんかここ、幽霊屋敷とか呼ばれてるらしいからどんなもんかなって見に来たんだけどさ」

「まあったこいつはどストレートに言っちゃうしもうー!」

「ふふ、お気になさらず。ここは私の家です。別に幽霊屋敷とかじゃないですよ。ていうか、エビカツが喋った!」

「こら勝手に喋んな!」

「んなビー!」


 あたいとしたことがうっかり弁当箱のフタを紐で縛るのを忘れていた。てことはここに来るまでの間、宙に浮くエビカツを目撃されてしまったんじゃ……。幽霊屋敷より世間を騒がせるネタになってしまいそうだが、この際もういい! なるようになれだ! この時代エビカツの一匹や二匹浮かんでてもおかしくないさ! UMAだUMA!







 毛足の長い絨毯を敷き詰めた長い廊下を歩いて、これまた豪奢なシャンデリアのぶら下がった談話室まで通される。高価そうな調度品はいくつも並んでいるが、本当に人っ子一人いない。ラビオリと名乗る少女はエビカツにハイカラな紅茶を勧めていた。


「そうですか。あぶりさんは魔法使いさんなんですね」


 小さいナリで随分と大人びた話し方をする少女。あたいも若い頃はこんなだったかね、などと無為な回想をしてみるが、当然そんな過去などあるはずもない。やっぱりお屋敷住まいのお嬢様と庶民とでは幼少期からして違うもんなんだろうなぁ。


「滅茶苦茶ど阿呆な新米ビ!」

「んだとこらぁ」


 秘密なんじゃなかったのか。紅茶を啜りながらべらべらと内情を喋るエビカツ。お茶請けに出されたジャムクッキーを無遠慮に食べ散らかしている。この揚げ物、見た目年齢は全く見当もつかないが、精神年齢はこの少女よりも低そうだ。


「でも羨ましいな。悪い魔法使いをやっつけるお仕事なんて毎日が楽しそう。私、家がこんなだから友達もみんな遠慮しちゃって遊びに来てくれないし、友達の中で今何が流行ってるかもあんまり知らないし、いつもお庭で一人きり」

「魔法女子も楽じゃないよ? いつ襲われるかわかんないし殴られるし」

「でもお友達と一緒だと心強いでしょう?」

「それは、まぁ……」


 向けられた笑顔はどこか寂しげだった。この屋敷に越してすぐ、両親は仕事の都合で日本中を飛び回っているらしい。滅多に家に帰る事もないそうだ。だとすると家事やなんかはどうしているのだろう。


「それは大丈夫なんです。紅茶のおかわりを」


 ラビオリがどこへともなく声を掛けると先程ここへ訪れた時と同じような風が吹き、一瞬にして三つのティーカップが満たされた。


「執事のセバスチンです。風のように素早いでしょう? うちにはあのような使用人が三十余りおりますから」


 なるほど、これが幽霊屋敷の正体か。目にも止まらぬ使用人。手入れされた屋敷も庭も、全て彼らによるものらしい。


「はぁーなんだぁ。幽霊の正体見たりセバスチンってか。噂は噂、ほんとあてになんないねぇ」


 びびって損した。いやびびってたわけじゃあないが。ほっとして香り立つ紅茶を一すすりしようと口をつけた時ーー


 ドガァン! ガン! ガシャーン!


「なに!? なんなのさ!」

「庭の方です!」


 ラビオリに先導されて廊下に出る。最後のクッキーに手を伸ばしかけたエビカツを引っ掴んで、長い廊下を走り抜ける。







 赤と白の五月雨。

 綺麗に刈られた庭木がへし折れ、代わりに巨大なキャンディケーンが乱立していた。丁寧に整備された芝も剥がされ、一面チョコレートの石畳と化している。大小様々なマシュマロが降りしきるお菓子の庭園で、厳つい様相の女がこちらに睨みをきかせていた。


「貴様があぶりか! ザッちゃんが世話になったそうじゃあないか! 礼はきちんとくれてやらんとなあ!」


 おめでたい色調とは裏腹にトゲトゲしいキャンディケーンを振りかざし、凄まじい気迫で一直線に飛び込んでくる。


「危ない! 隠れてて!」


 ラビオリを背中に庇い、拳に力を込める。

 服装は一瞬にして割烹着、魔法女子化するには気合いで十分なようだ。


「炙りビントロイヤル!」


 女の鼻っ柱にありったけの力を込めた右ストレートが炸裂。なんとか勢いは殺せたものの、あまりダメージにはなってないようだ。


「ふん、美味い! 寿司は好物だからな! 貴様の技など俺には通用せん!」


 豪快にビントロを飲み込んで、構えたキャンディケーンを一旦背中に戻す。


「我が名はZ・ガトー! すいーつ四天王の切り込み隊長だ! 縁側あぶり! 貴様を倒しに来てやったぞ!」


『スイーツ』の発音が少々怪しいが、高らかに名乗りを上げたガトーは、腕組みをしたまま不遜な笑みを見せる。

 後ろで一本に縛った黒髪、軍服みたいなカチッとした服装に丈の長いコートを羽織ったガトーは、威圧感に満ちていた。


「……ああもう! 年増に僕っ子にサディストに今度はなんだ! 俺様か! 暴君か! キャラが濃いんだよお前ら四天王は!」

「きゃら? 質の良い沈水香木のことか?」

「それは伽羅だ! なんだお前! 馬鹿キャラなのか!」

「伽羅伽羅伽羅と……馨しい香りなのはよく知っているが、もしや貴様、今この俺を愚弄したな?」


 いつの間にか構えが元に戻り、ギラリと光る砂糖菓子の切っ先があたいを向いていた。甘い空気を介してひしひしと殺気が伝わってくる。


「あ、えーと。ち、ちなみに聞くけど寿司以外の和食は何が嫌いなのかな?」

「和食全般大好物!」


 雄叫びと共に突進、構える間も無く今度は受けるので精一杯だ。しかしお世辞にも受けきれているとは言い難い。


「くっ……馬鹿力か!」


 眼前に迫るキャンディケーンを押し返そうと必死になるほどに、みしみしと骨が鳴る。力量の差は明白、このままじゃ持たない!


「エビカツ! 和食が得意な相手にはどうやって対抗したらいいの!」

「それはあれだビ!……とにかく殴って殴って殴りまくるビ!」

「肉弾戦に賭けるしかないってことだな! くそう!」


 左にいなして転がり、距離を取る。よりによってこんな馬鹿力相手に殴り合いだなんて! しる子もラユ子も恨んでやる! くそう!

 しかしそんなことをしている場合でもない。立ち上がりざまに庭を見回すと転がっているマシュマロの中に靴を履いているものがある。……あれはおそらく使用人たちだろう。彼らがスイーツになってしまった以上、この場でラビオリを守れるのはあたいだけだ。


「かと言って他に何か手があるわけでもないし……っ! エビカツ!」

「ほいきたビ!」


 今や頭と尻と脇腹が半分ずつ失くなってしまったエビカツが、もう片方の脇腹からラビオリの口に吸い込まれていく。どんどん小さくなっていくなぁ。なんかあいつ最近食べられ慣れてきてない? ……ああもうこんなこと考えてる場合じゃないんだけど思考が散らかってしょうがない! 集中しろや! あたい!


「!? ふぁう! ふぇ!?」

「咀嚼するビ!」


 小さな体が七色に輝き始め、あからさまにパープル系の魔法少女な戦闘衣装に変化した。パニエで膨らんだミニスカートはフリルたっぷりで可愛さ満天。どこもかしこもヒラヒラだ。これでもかというくらいに魔法少女らしいコスチュームだった。魔法少女……少女、か。いいなあ。


「わわ! これ、魔法使いの格好……? 私、あぶりさんと一緒の魔法使いになっちゃったんですか?」

「ちくしょう可愛い撫でくりまわしたい……! いやいや! ごめんラビオリ! 他に良い手が浮かばなかった!」

「洋食系魔法少女の誕生だビ! 今度こそ紛うことなき少女だビ! セバスチン! パスタを!」


 エビカツが指を鳴らすと、屋敷に隠れていたらしいセバスチンが暴風と共にジェノベーゼパスタを置いて行った。どこまで有能な使用人なんだろうか。


「召し上がれビ。お嬢さん」


 出来立ての緑色のパスタがラビオリの口へ運ばれていく。無駄に格好つけているエビカツの体は四箇所をかじられていて貧相な有様だ。


「……ごちそうさまでした。これで私も魔法が使えるようになったんですね。……私も戦えるんですね。暴れても、いいんですよね?」


 魔力によって出現した杖(これまためっちゃ可愛いリボンとか付いてる)を愛おしそうに撫でながら、力強くあたいを見つめる。


「お、おう? どうしたラビオリ?」

「……これからはラビって呼んで、ね!」


 きゃははははははははは!


 人が変わったように甲高い周波数で笑いながら杖を振り回すラビ。庭に突き刺さったキャンディケーンやマシュマロに稲妻がほとばしり、あちこちで大爆発を起こしている。


「すごい! すごーい! きゃはははは! 魔法! 魔法だぁ! 魔法少女だぁ! きゃはははは!」


 覚えたての魔法を所構わず撒き散らすもんだから爆音、白煙、マシュマロが感電、なんでもありの大騒ぎ。制御のきかない暴走の被害は屋敷にまで及び、窓ガラスが割れ、屋根に穴が空き、あたいの頬を掠め、そしてガトーの背中に命中した。


「あ痛ぁ! なにしやがんだこの子ども!」

「うっさいわぁー! 雷撃ジェノベーゼ!」


 ラビの杖からほとばしった稲妻は真っ直ぐガトーの顔面目掛けて飛んでいく。痺れるような緑色をしたバジルの電撃がバチバチと音を立てて弾け飛ぶ。


「がはぁ! ……うん! 美味い!」


 ……あれ?


「これは洋食か! はいからな食べ物は好かんがこのぱすたとやらは実に美味いぞ! 気に入った!」

「なんかいつもと違うような……」


 拍子抜けするほど反応が薄い。いつもなら嫌いだった食べ物を好きになる過程で大袈裟すぎるぐらいの反応を見せるんだけど……。もしかして魔法が効いていないのか?


「食事は美味いか不味いかしかないからな! ごちゃごちゃ御託を並べるより清々しくてよかろう!」

「は、はぁ、そうすか」


 あっけらかんとしているが、まぁ、魔法はちゃんと効いてるみたいだし……終わり、か? 全身の集中力が一瞬にして抜けてしまった。


「不味いと思っていた洋食の良さを教えてくれて礼を言うぞ、子ども!」

「いーよーべっつにー!」

「ご馳走になったな! ではさらば! また会おう!」

「ばいばーい!」


 そして本当に帰っていった。なんだこの呆気なさ。山ほど溢れかえっていたお菓子の姿も消えてなくなり、跡には荒らされた庭園だけが残された。


「お、おーい、ラビ? ど、どうしちゃったのかなー……?」

「え? ああ、ラビ? ラビは元気いっぱいになりました! 今までは大人しくしてたけどもう寂しくないから元気だもんねー! あぶりと一緒の魔法少女だもんねー! これからいーっぱい遊ぼうねぇー!」


 嬉しさを全身で表すようにぴょんぴょん跳ねる。あたいの腕も上下する。なんか、あれ? あれー? あまりのじーえーぴーに着いていけない。どうしよう。とんでもない子を仲間にしちゃった。魔法、しょうじょ……。

 呆然と立ち尽くすあたいとエビカツ。はしゃぐラビと既に屋敷の修繕にとりかかる使用人たち。作業は見えないのに片付いていく瓦礫を眺めていると、録画した映像を逆再生しているかのような錯覚に陥る。ああ、幽霊というより妖怪屋敷だわ。噂に乗っかるのは程々にしようと心に決めたあたいだった。




 幽霊もとい妖怪屋敷からの帰り道、

 公園で乾布摩擦をしているラユ子とじじいの姿を見た。

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