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第三話 中華な彼女の閃光乱舞

「転校生を紹介する! さあ入って! 自己紹介!」

「小辣油というものネ。仲良くするヨロシ」


 今朝は教室が中華臭に満たされていた。転校生がやってきたのだ。中国からやってきた彼女は華奢であどけない笑顔を振りまいてみせる。そわそわしている男子たちがいつもより子供っぽく見えてくる。ああいうのがいいのかねえ。


「しゃおらーゆ? なんか覚えにくいからラユ子でいい?」


 彼女の席はあたいの隣だったので、早速馴れ馴れしく話しかける。馴れ馴れしいふてぶてしいが、円滑なコミュニケーションを生んだりするもんだから面白い。ま、あたいはそこまで考えてやってるわけじゃないんだけどね。


「オウ日本のアダ名ネ! ワタシアダ名初めてネ。謝謝ネ」


 両手を合わせて食事前後の挨拶のような仕草。若干猫目気味な瞳にボリューミーな黒髪をゆらゆらさせた、可愛らしい女の子。その喋り方も手伝って実にイメージ通りの中国人だ。


「にしても日本語上手だな。かなり勉強して来たんじゃね?」

「大したことないヨー。そうだ、あぶりにもアダ名付けるネ! よろしくネ、照り焼き」

「!?」


 は? え? 聞き間違い? アダ名とは到底思えないワードがこの子の口から飛び出した気がするんだけど。


「朝ごはんブリ照りだたネ。美味しかったネ」

「そんな安直な名付け方すんじゃねえ! あたいと朝ごはんに何の関係があるってんだ!」

「あらあなたも『ラユ子』なんて安直だったじゃない、照り焼き」


 おいしる子。


「どうしたの照り焼き? ツヤが足りてないわよ?」

「煽ってんの? ねえそれ煽ってんの?」

「いえいえまさかそんな」


 随分楽しそうじゃねえかしる子さん。いや、まあ待て、早まるな。あぁ、あたいの勘違いだな。うんそうだ勘違いだ。聞き間違いだ。考えてもみろよ。大親友のしる子が朝っぱらからこのあたいを煽ってくるはずがないじゃないか。この前だって帰りにクリーム白玉買ってくれたし、お詫びも兼ねてくだものゼリーも買わせたし。そんなしる子が


「あぶりの照り焼き」

「黙れ高血圧!」


 煽ってきてたわ。

 新しい友達が一人増えると代わりに一人友達を失うことを学んだ朝だった。







「ラユ子ラユ子ー。一緒に帰ろうぜー」

「チョト待つネ。教科書詰めてから帰るネ」


 勤勉なチャイナだな。置き勉常習犯で既に二、三冊失くしちゃってるあたいにゃとても真似できない芸当だよ。そういや授業中も熱心にノートとってる姿が寝惚け眼に見えてたような。そりゃあ男子もほっとかないか。


「よーしバッチグネ。帰るヨあぶり」


 お、変なアダ名はもうやめたのか。いやぁ実に関心なチャイナだなぁ。持つべきはこういう友達だ。


「あら、私は誘ってくれないの? 照り焼きちゃん」


 こいつはいつまで引っ張るつもりだ。持たざるべきはまさにこういう友達だ。






「一昨日行ったラーメン屋にCセットアルネ。あれがまたうまいネ! 中国のラーメンとは違ううまさがアルヨー。ちなみにCセットはチャーハン丼が付いてるネ」

「焼き飯オンザライス!」


 日本に来て間もない内にラーメン屋ののれんをくぐるとは、なんてできたチャイナなんだ。様式美というものをよく理解している。帰りに寄っていこうという話になって、日本のラーメンと中国のラーメンの違いについて語りながら歩いていた時だった。


「こんにちはぁ」

「你好!」


 路地を折れて少し進むと、古めかしいたばこ屋の店先に置いてあるてらてら艶めく真っ赤なポストの隣に白衣の女性が立っていた。俯いていて顔はよく見えなかったが、すれ違いざまにラユ子が挨拶を交わした。


「誰だっけあれ? ラユ子、知り合い?」

「知らないアル。挨拶されたから返しただけネ」


 律儀だなー。勤勉だし真面目だし本当にいい子だなぁ。身も心も塩っ辛い誰かさんとは大違いだ。男子じゃないけど好きになりそうだぜ。


「そっか。まあいいや。行こうぜ」

「あなたはどちら様?」


 急に声が聞こえたと思ったら後ろから着いてきていたらしいしる子が白衣の女性に声をかけていた。まじかよこいつ着いてきてたのかよ。無視して来たからてっきり一人寂しくトボトボ帰ってるもんだと思ってたのに、こいつストーカーの気がありやがる。こえーよ。


「そのポスト、どういう事かしら?」

「は? ポストがどうしたってーー」


 しる子の指摘するポストは、言われてみれば確かにどこか異質だった。それでも凝視しないと気付かないぐらいの異質さであって、しる子の目敏さが窺える。具体的にはほんの少し妙な艶があるように見える。いくら磨き上げたところでこんな路地裏に古くから置いてあるポストに艶などでないだろう。うっすら錆が浮いているくらいがお似合いだ。だとするとこの飴細工のような艶はーー


「……ってまんま飴細工じゃねえか! おいお前! スイーツ四天王だな!」

「よくわかったねぇ。でもちょっと遅いかな」


 言って白衣の女はあたいらの足元に視線を移す。つられて足元を見てみると、女のエンジニアブーツから黒い影のような腕が伸びていて、それがあたいらの足首を掴んでいた。


「なっ……なんじゃこりゃあ! また動けない!」

「どうなってんのこれ! 足ががっちり固定されて……わっ!」


 しる子がバランスを崩して尻餅をつく。それでも影は足首の拘束を解こうとはしない。


「あー……一人届かなかったかぁ」


 あたいとしる子を掴んでいないもう一本の影の腕が、獲物を求めるようにゆらゆらと揺れる。その矛先は完全にラユ子に向いていた。


「ラユ子! 逃げろ! こいつは悪い魔法使いだ!」

「なんと! 魔法使いなんて初めて見たアル! 日本すごいネ!」


 逃げるどころか感心してしげしげと目の前の女を眺めるラユ子。路上パフォーマンスかなんかだと思っているようだ。あたいだってこんな立体的な影絵があるならお金払って見に行くけどさ! こいつはそんな友好的な存在じゃない!


「見せ物じゃないよー。……ああそうだ、間違い間違い。見せ物だよー。もうちょっと近くに寄ってみようか。おいでおいで」

「行っちゃだめだラユ子!」


 影の腕を振り解こうともがくあたいの鞄の中から勢いよく何かが飛び出し、揚げ物の香りを残して明後日の方向にすっ飛んでいった。


「エビカツ!? ちょ、どこ行くのさ! 逃げんな!」

「裏切り者……」


 その背中は猛スピードで遠ざかり、どんどん小さくなって見えなくなってしまった。


「エビカツ逃げちゃった? いいねぇいいねぇ仲良しこよしじゃん」


 足首を掴む腕に力が入る。ぎりぎりと締め付ける腕とは別の一本が、おいでおいでとラユ子を手招くように揺れている。


「怖くないよー。優しいお姉さんだよー。おいでー」

「優しい魔法使いのお姉さん、名前はなんというアルか?」

「お姉さんはねぇ、ザッハザッハっていうんだよー。ザッちゃんとか呼んでね」


 にまにまと薄ら笑うこの女、ザッハザッハは確実にヤバい。それほど身長も高くないし厳つい顔をしてるわけでもないのに、間違いなくヤバいと感じてしまう底知れない威圧感を放っている。動物的な勘とでも言うのか、本能が危険だと告げているようで、体がこわばる。あまり相手をしたくないタイプだ。


「オウ素敵な名前ネ! ワタシ小辣油! もっとお姉さんのこと知りたいネ!」

「可愛い子だねぇ。よーしお姉さんなんでも教えちゃうぞー」

「なにやってんだラユ子! そいつは絶対ヤバい! 早く逃げ……」


 必死にもがくあたいに向けて、あろうことかラユ子は余裕のウィンクをかましてきた。ときめいてる場合じゃない!


「なっ、て、てめえ!」

「しっ! 何か考えがあるみたいよ。ここは邪魔しないで彼女に任せてみましょう」


 考えったってラユ子のやつ世間話してるだけじゃねえか。あんなに敵と

 楽しそうに馴れ合っちゃって、そもそも危険だし、万が一、いや可能性としちゃあありえないぐらい低いんだろうけど万が一、向こうに寝返る、なんてことになっちゃったらあたいはどうすりゃいいのさ。ラユ子に手を出すなんてできるわけない。


「よく見てあぶり。ああ見えてあの子なかなかやるわよ。さっきからいろんな情報を上手く引き出してる。私たちの足を掴んでるこの腕もザッちゃんの魔法『義理の影チョコ』だってわかったし、実家はオーストリアの片田舎で今年八十になるお婆ちゃんと二人暮らししてたらしいわ。朝が弱いからよく起こしてもらってたんだって。得意料理はお婆ちゃんから教わったグーラッシュっていう牛肉のシチューで、趣味は編み物だって。お婆ちゃん子なのね」

「順応してんじゃねえ! ザッちゃんとか言うな! そしてやっぱりほとんどただの世間話じゃねえか!」


 未だにラユ子はお遊びだと思ってやがる! ああもう! こんなことになるならもっと早く魔法女子について話しとくべきだった! エビカツもどっか行っちゃうし、今回マジでピンチじゃね?


「なーんかうるさいぞー外野ぁー。あれ? 外野? ああそうだ、外野外野。うっかりすっかり話し込んじゃってて忘れてたねぇ」


 んべ、と蛇みたいに長い舌を出す。アラサーがやっても可愛くねえ!


「あーどーぞどーぞお構いなく盛り上がってるとこ水差しちゃってすんませーん。邪魔しないんでごゆっくり井戸端っててくださーい」

「そう? じゃあお言葉に甘えて……るわけにゃあいかんねぇ。今後絶対に邪魔になる魔法女子を今ここでやっつけてしまわんと。ごめんねぇラユちゃん」

「気にしないネ」


 あたいたちの足に絡みついた腕が振り上げられ、宙吊りの格好になる。即座に横から飛んできた別の腕が大きな拳をつくり、あたいの腹に強烈な一撃を入れた。


「ぐはぁ!」

「エ! チョトなにしてるネ! パフォーマンスじゃないアルか!?」


 だからこいつはマジモンの悪い魔法使いだって言ったろ! 宙吊り状態じゃ容赦無く飛んでくるチョコレートの連撃をかわすこともできず、あたいの体はサンドバッグのように跳ね回る。


「ごめんねぇラユちゃん。よく考えたらウチら敵同士だったわぁ。仲良しこよしもええんやけどずうーっとそのまんまじゃ駄目やねぇ」

「かはぁ!」


 同じように宙吊りにされたしる子もザッハザッハのなすがまま、義理の影チョコの殴打を浴び続ける。


「ぐぇ、し、しらたマグナム!」


 しる子から放たれたへろへろの頼りない銃弾は、無情にもザッハザッハの口に消えていく。


「おいし。残念やなぁ、ショコルテのやつなら和菓子苦手やったろうけど、ウチ和菓子も和食も好物なんよ。苦手なのって言ったら中華くらいかなぁ。でも中華魔法なんて使いたくても使えんよねぇ。可哀想やわぁ。まぁ、それを知ってて出てきたんだけどねぇ」


 この時のザッハザッハの顔を、あたいは生涯忘れることは無いだろう。余力を残して追い込んでいたずらに遊んで勝ち誇る、地獄から見下す悪魔のような笑みだった。


「……いいこと聞いたビ」

「アウ! ファえ! フォえ!?」

「咀嚼するビ!」


 いつの間に戻ってきたのか戸惑うラユ子の口にエビカツが潜り込んでいた。足元には湯気の立つラーメンがひとつ。

 まばゆい光がラユ子を包み、橙色の華麗なチャイナドレスを形作る。スリットから覗く生足が目に優しい。両手には巨大で実用性の無さそうな鉄製の扇子を携えている。


「これ……ワタシの鉄扇アルか?」

「魔法で現れた武器だビ! さ、ラーメンを啜るビ!」


 エビカツが器用にラーメンを掴み湯気の立つまま口に突っ込む。焦っているため口以外にも麺やスープがぶちまけられる。


「熱っ! 熱いヨ!」

「美味いビね! 美味いビよね!? さあ今すぐ魔法だビ!」


 本当に味わったのだろうか。半ば強制的にラーメンを流し込まれたラユ子は涙目になりながらもザッハザッハに向き合い、鉄扇を構える。


「ひどいネ……口火傷したアル……。なんだかよくわからないけど友達を殴るようなやつはワタシの鉄扇の錆にしてくれるネ! 覚悟、ヨロシ?」


 ばっ、と開かれた二本の扇子にはそれぞれ『満漢』、『全席』と書かれていた。満漢全席。中国における一日かけても食べ切れないほど大量のフルコースのことだ。


「微塵切り、拉麺!」


 刹那、流れるような身のこなしで距離を詰め、目にも止まらぬ早業で怒濤の如く斬撃を浴びせていく。その全てを受け切るなんて芸当は不可能なようで、ザッハザッハも義理の影チョコ数本で応戦するも、次第に声が上がり始める。明らかにラユ子の方が早いし、手練れている。攻撃を躱し、いなし、叩いてへし折り、あっと言う間に至近距離へと到達。遠距離攻撃を主とする者は、懐に潜り込まれた途端、為す術を失う。熱い斬撃が、ついにザッハザッハの顔面に到達した。


「く……っはあ! なんで見透かしたように中華魔法がぁ……! ラーメンなんて嫌いだ! 嫌い、きらい……でも……なんだろう……醤油ベースに鶏ガラ……コシのある細麺が止まらない…………止まらないよお! ちょっと! 止めて! もうお腹いっぱい! ストップストップ!」

「まだまだ! こんなものじゃ済まないネ! 浴びるように飲むヨロシ!」

「ビ!? ちょ、ストップストップ! やめるビ! もう充分だビよ!」


 満腹感でノックアウト。倒れ込んだザッハザッハに畳み掛けるようにして尚も手を休めないラユ子を、エビカツが必死に押さえつけている。いつの間にか足枷も外れ、あたいたちは地べたに投げ出されたままでぼうっと様子を見ていた。

 あ、泡ふいた。


「はぁ、はぁ! 終わり! もう終わりだビ!」

「お疲れ様ネ。すっきりしたアル」


 ひと暴れしたラユ子より、それを宥めていたエビカツの方が明らかに疲れ果てて見えた。


「まぁぁったくとんでもないやつを魔法少女にしてしまったビ!」

「ワオ! ワタシ魔法少女アルか?あ、でももう少女違うネ。年齢的に女子だたネ」

「あの凄まじさはなんだビ! 特別美味しかったビか? あんたにとっちゃ食べ慣れたラーメンビよね?」

「友達は大事にするものと教わったネ。それに、ワタシ中国で鉄扇術やってたネ。久々に動くとやっぱり気持ちいいネ! あの鉄扇はワタシ愛用のものなんだけど……なんであれがここにあるヨ?」

「魔法の力ってすげービ! たぶんあんたの想いに反応して家からすっ飛んで来たんじゃないビか? そういうことにしておけビ!」

「……通りで妙に手慣れてたわけだ。にしてもラユ子強すぎじゃね? あっという間すぎて目が全然追いつかなかったよ」

「ふふんっ」ラユ子は得意げに胸を張ってみせた。


 改めて見るとチャイナドレスがよく似合う。スリットの効果か脚もすらりと長く見えるし、毛量の多い黒髪と橙のコントラストも美しい。巨大な鉄扇もミスマッチで危うい…………何が言いたいかってーと、つまり、スタイルがいいんだよこいつ。くそう。あと、あたいより衣装が可愛い。くそう。


「あーあ。あの時エビカツが逃げたんじゃなくてほっとしたけどさぁ。つーか逃げてたらぶちのめす。ラユ子だけラーメン食べちゃうんだもんなぁ。ずりぃー」

「んビ!? ぼ、僕は危険を察知して瞬時に判断したんだビ! すぐさまラユ子を魔法女子にして魔法を使わせるためラーメン屋に」

「いっぱい動いてお腹すいたネ! もう一杯ぐらい入るヨ」

「じゃあ行こう。ヤケ食いだ! 無駄に殴られていらいらする! しる子もぼさっとしてないでさっさと立て!」


 座ったままのしる子を引きずり白目をむいたザッハザッハをひと蹴りしてから一目散にラーメン屋へと向かった。

 エビカツがなんかごちゃごちゃ言ってるけど無視だ無視。今日の戦いのことは早く忘れてしまいたかった。ラユ子のおかげで倒せたけどあたいはなんだか負けた気分だ。







「ヤキーメオンザラーイ?」

「ヤキーメオンザラーイ!」


 ラーメン屋にて。ラユ子おすすめCセットを囲む女子会中。本当にチャーハンが白飯に乗っかっている。


「締めはもちろん?」

「イントゥスゥーップ!」

「なんなのこいつら……」


 やはり美味いものを食べたら多少は気が晴れるもんだなぁ。残りのチャーハンをラーメンのスープに沈め、おじや風にしていただいた。傷は負ったがめげないしょげない。いつかはあいつに一矢報いてやる。決意を込めた賑やかな女子会はまだまだ続きそうだ。

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