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第二十一話 魔法女子ってなんですか?

 あたいはどうしてこんなことをしてるんだろう。痛いし辛いし、そもそもただの女子高生だし。気付いたら地球の危機を救うヒロインになってただけで、別にあたいが無理して続ける必要もなかったはずだし。そしたらエビカツも違う魔法使いを探しに行っただろうし。それでよかったはずなのに。あたいはどうして、こんなことをしている?

 成り行きで? 断れよ。

 あたいにしかできない? 他にもいっぱいいるじゃん。

 趣味? 違うだろ。

 人助け? 重すぎる。

 金になる? ならねぇよ。

 だったらどうして? ……それは。


「……やっぱ、やってて楽しいからなんじゃない?」


 そうだ。魔法女子は楽しい。いっぱい食べて、魔法が使えて、仲間が増えて、敵を倒して。どれをとっても今までの日常では考えられないことばかり。変わらない安心感に包まれた怠惰な日々を送っていた頃より、ずっと楽しい。はっきりと言葉にできなくて長い間もやもやしてたけど、多分、あたいが求めていたのはこんな生き方だったんだ。そっかぁ。そりゃあ、悩んでたって解決しないわな。やってみなけりゃこんなのわかるはずねえよ。痛くて辛くて苦しいけどさ、そんなの気にならないくらい今が楽しい。あの頃に戻りたいなんて思えないくらい今が楽しい。せっかくそんな楽しい場所にいられるんだ。


 全力で楽しもう。


「ノエルゥゥゥゥゥ! あたいが今から、お前をぶっ倒してやるからな! お前どうせ殴られたこともねーんだろ! 滅茶苦茶痛ぇ初めてをくれてやらぁ!」

「よっしゃあ行くビよあぶり! 魔法女子の根性見せつけてやろうビ!」


 向こう見ずなロケットスタートを決めながら今まで食べてきた料理に思いを馳せる。あたいの軌跡。楽しかった思い出たち。

 炙りビントロ。一番最初に覚えた魔法。あれ美味かったなぁ。エビカツはどこであんな寿司折買ってきたんだろ。見るからに高級そうだったし、まず間違いなく回らない寿司屋だろうな。あたいもいつかそんなとこに通えるようになりたいなぁ。

 もも串。とり皮もいいけど焼き鳥と言えばやっぱもも串っしょ。塩の良さがまだわからないあたいは断然タレ派だね。ちょっと焦げて黒くなってるくらいが堪らなく美味い。大人になってお酒が飲めるようになったら、その時は塩にも挑戦してみようかな?

 天ぷら。海老とかさつまいもを喜ぶお子様と違って、あたいは大葉好きの通なんだぜ。蓮根も大好きだ。天つゆに大根おろしを溶かして……あぁ、よだれが出てくる! 抹茶塩、なんて粋な食べ方をする人もいるらしいし、機会があればしる子にでも食べさせてみたい。

 考えだしたら止まらない、幸せな記憶。あの時食べた料理たちが今のあたいを元気付けてくれる。


「ふむ。考え事をしながらとは余裕だな。私の影があまりに大きすぎるものだから、一体自分が誰の前に立っているのか理解することもできないのだろう。可哀想に」


 いくら攻撃を重ねてもことごとくモールに阻まれてノエルには届かない。悔しいなぁ。こっちがこんなに必死になっても、向こうは座ったまま退屈そうな顔を浮かべるばかり。なかなか届かないこの想いは、まるで片想いだ。

 それでもやるしかないんだよ。あたいが選んだこの道を、全力で楽しむって決めたから。


「これならどうだぁ!」


 蠢くモールを踏み台に飛び上がり、渾身のドロップキックを突き刺す。

 生姜焼き。鉄板メニューだよなぁ。ごはんに合うおかずナンバーワンの称号にふさわしい。やったことはないけど、もしかしたら毎日食べても飽きないかもしれない。でも絶対に付け合わせはキャベツ。これだけは譲れねぇ。


「……見ていられないな。そろそろ学習しても良い頃合いだが」


 溜め息混じりのノエルが長いマントを翻し、ついに重たい腰を上げる。ノエルの視線がわずかに下がる。来た。この瞬間、この時を待っていた! 素早くノエルに背中を向けて、逆十字の根元へ飛び掛かる。


「肉じゃが式ネックブリーカー!」


 圧倒的有利状況に油断しきっていた悪魔たちにはいとも簡単に技が決まる。理解不能な喚き声を上げながら、へし折れた首をどうにかしようとのたうち回る。どうにかなんてなるものか。なんたって肉じゃがはあたいの大好物だ。もはや言葉なんていらない。込められた想いのレベルが違う。

 自由になった両足で華麗なステップを踏みながら、上半身に絡み付くモールの束をズタズタに斬り刻み、その切っ先をノエルに向けて、


「ワタシの名前、知ってるカ?」


 威風堂々ラユ子が名乗る。


「小辣油。天使を本気にさせたこと、後悔してももう遅いネ」


 眩く光るその背中から、純白の翼が現れた。











「いやはや恐れ入った。存外骨のある連中じゃないか」


 微笑みながら控えめに手を叩くノエルを全員で取り囲む。モールはひとつ残らず根元から斬り裂かれ、悪魔たちも再起不能。ノエルに味方する者は誰もいないこの状況で、それでもノエルの態度は変わらない。


「……住んでる星が違うネ。常識は通用しないアル」

「て、天使さま……ビか?」


 全身発光しっぱなしのラユ子は照れたようにはにかむ。


「隠しててごめんネ。神様に言われて人間のふりしてたの。地球担当はその方が都合がいいって」


 天使、神様、地球担当。なるほど。ラユ子の規格外の強さはそういう部分に起因するのか。さしずめノエルによって存亡の危機に瀕した地球を守るため、派遣されたってところだろうか。しかし翼が生えたことによって、チャイナドレスが急にコスプレっぽく見えてきた。


「ラユちゃんすごく綺麗!」

「どうりで初めから強いわけだわ……反則でしょそんなの」

「天使さまに向かってなんたる口のききかたビか! 恐れ多いビ! もっと恭しくするビ!」

「天使だろうとなんだろうと、ラユ子はラユ子だ。あたいらの友達に変わりねぇだろ?」

「……ありがとネ、あぶり。今度照り焼きバーガー奢るアル」

「照り焼きって言うな! それいつまで覚えてんだよ!」

「私はチーズバーガーで許してあげるわ」

「ラビはバジルポテトが食べたーい!」

「さて」


 小さな咳払いとともにノエルが両腕を大きく開く。


「私には何を食べさせてくれるのかね?」


 その言葉には鉄扇を。

 その言葉には鉄拳を。

 その言葉には銃口を。

 そしてマジカルステッキを。


「よりどりみどりの食べ放題だ。お代はサービスしてやるよ」

「……悪くない」


 銃声を皮切りにありとあらゆる魔法が雪崩の如く炸裂する。雷撃、水流、火炎。白玉、求肥、金平糖。拉麺、肉饅、水餃子。ビントロ、枝豆、三段重。轟音と七色の爆風が中心地点を蹂躙し、想いと匂いが荒れ狂う。ノエルを支えていた仰々しい椅子も木っ端微塵に爆散し、モミの木や飾り付けをまとめて薙ぎ払っていく。手加減なしの魔法の嵐でクリスマスパーティは完全に崩壊した。

 この勢いを逃さない。もうもうと立ち込める煙など御構いなしに突入していく。ノエルは、ノエルはどこだ。最後までトドメを刺さないと終われない。全力でぶっ潰さないと終われない! ……いた。爆心地でふらふらと倒れかけている。よし、一気に畳み掛けてやるーー


「福音」


 ぐわぁん、と、視界が歪む。脳が、揺れる感覚。荘厳な鐘の音に、頭が、体が、鷲掴みにされる、震えて、震えて、動けなく、なる。

 鐘の音は煙を払い、一面を支配する。頭上に佇むノエルの手には大振りなクリスマスベルが握られていた。


「さぁもう、お開きにしよう。諸君らはよく戦った。疲れてるだろう。ぐっすりと眠るがいい」


 幸福な記憶を呼び起こすような荘厳な鐘の音が、絶望を知らしめるように鳴り響く。幸か不幸か、そんな些細な問いかけなんて蹴散らすほど強引に傲慢に…………んなもん知るかよ。


「ド根性ぉ!」


 漲る気合いを足に込め跳ね上がる。あたいは、負けない。もう二度と、どんなことがあろうと、絶対に負けない。楽しい世界で生きていきたい。楽しみながら生きていたい。


「ほう? まだ続けようというのか」

「うっせえ! この世は楽しんだもん勝ちなんだよ!」

「気合い入ってるネ! あぶり、ワタシに続くアル!」


 回転しながら突撃するラユ子を追って再びノエルに立ち向かう。ノエルはベルで応戦するが、天使の姿に戻ったラユ子のあまりの手数の多さに反撃には至らない。元々速かったスピードが今や倍以上に跳ね上がって見える。目で追うことも不可能なのに、それらを全て防ぎきってしまうノエルもやはり底知れない。鉄扇とベルが擦れ合う金属音は、さながら真剣同士で斬り合っているかのようだ。ノエルを挟む形で回り込み、背後から奇襲をかける。あたいの右ストレートが初めてまともに入った。続けざまにラッシュをかけるが、それらも全て入った。沈み込むように深く。飲み込むように深く。


「だから言っただろう、無意味だと」


 ノエルは振り返りもせず言い放つ。くそっ、足止めにもなりゃしねぇ。なんなんだこいつ! だとしたらどうするよ。考えろ。考えろ。


「燃えてきたビぃー! かつてないほど熱く滾ってるビぃー!」

「っ……! ラユ子! 少し任せた! ラビぃ! しる子ぉ! 当たらないように援護してやってくれ!」

「誰に言ってるのかしらね。任されたわ」

「ラユちゃーん! ちょっと痛いけど我慢してねぇ!」


 前線を離れエビカツの元へ駆け寄る。ノエルはラユ子との戦いに夢中であたいには目もくれなかった。


「なぁエビカツ、あたいはどう動いたらいい?」

「そりゃあもう馬鹿みたいに何も考えず」

「それはさっき聞いた! あたいの魔法じゃ足止めすらできなかったんだ! 皆の魔法でもダメージ入ってねぇし!」

「ビビ! そ、そうビか。もう押せ押せムードだったからてっきりこのまま終わるんだと思ってたビ……」

「お前っ……そういやぁさっきあたいよりも強えとか抜かしてたよなぁ。ぁあ?」

「ビっ! そりゃ、ぼ、僕だって神様に揚げられたエビカツなんだビ! 神様からの期待度としてはラユ子と同じかそれ以上……」

「じゃあこの状況を打破するなんてお前にとっちゃかーんたんってわけだ!」

「も、もちろんだビ! 僕を侮っちゃあいけないビよ? 揚げ物界のスーパースター、エビカツ様にひれ伏すがいいビ!」


 腕組みをして踏ん反り返るエビカツ。それでいい。エビカツは適度に煽ててやればすぐ調子に乗ってくれる。単純なあたいだから、単純な奴の扱い方もわかるってもんだ。


「エビカツ様ならどうするか、是非ともお聞きしたいもんだねぇ」

「簡単だビ! クライマックスはド派手にやると相場が決まってるビ!」

「ド派手に?」

「あんたら一人ひとりの想いで届かないなら、全部まとめてぶつけてやればいいんだビ!」


 まとめて……。でもさっきのじゃ駄目だったぜ?


「わっからない奴ビねぇ。和食、和菓子、中華、洋食。魔法の系統は皆バラバラビ。だけど一つだけ、共通する点が一つだけあるビよ! よく考えてみるビ。あんたらは今まで、誰のおかげで戦ってこれたんだビか? 偉大なる存在は、意外と近くに隠れてるもんだビ!」


 ……そうか。なんだ、そんなことだったのか。気付いてみれば笑えるほどに単純で、今の今まで思い至らなかったのが不思議なくらい明快だった。


「愚かだな。見当違いな努力ほど滑稽なものはない。かと言ってその力、方向さえ誤らなければ利用価値がないでもない。どうだ神の使い。私の駒にならないか?」

「死んでもお断りネ! お前に使われるくらいなら二度と拉麺食べられなくなる方がまだマシアル!」

「そうか。ならば死ね。元々君のことはどこまでも嫌いだった」


 ノエルの手にするクリスマスベルが黄金に輝き始め、ラユ子に向けて静止する。その動きに呼応してラユ子も素早く距離をとる。


「……クリスマスは良い。この星が祝福に満ちているようで」


 一際大きな鐘の音と共に放たれた極太の光線はラユ子目掛けて一直線に飛んでくる。間一髪で躱した先に、二発目、三発目が立て続けに撃ち込まれる。


「速い……! でも、負けないネ!」

「クリスマスだけだ。笑顔と笑い声が福音のように響き渡るのは」


 ノエルはぐるりと向きを変え、しる子とラビにも光線を放つ。二人は焦りながらも物陰を利用してどうにか避けていた。


「クリスマスだからこそ。……君たち人間が最も美味いスイーツに化けるのだよ」


 再びベルはラユ子を捉えて光輝く。しかしラユ子はその軌道の変化を見過ごさなかった。持ち前の身軽さを武器にステップで躱そうと踏み出した足に何かが引っかかる。ああ、これが天使の宿命とでも言うのだろうか。倒しても倒しても、文字通り足を引っ張り続ける。奇しくもそれは、紅い悪魔の亡骸だった。


「……まずいアルネェ」

「ラユ子ぉ!」


 光と音に包まれて、ラユ子の姿は見えなくなった。

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