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第二十話 最終演説

「まぁ諸君、話を聞け」


 長い眠りから醒めたばかりのノエルは、なんとも偉そうに語り始めた。背格好は小学生くらいのくせに、尊大に落ち着き払った口調なのが異質だった。怪訝な表情を浮かべるあたいたちなど意に介さず、ノエルは語り続ける。


「私は惑星カラメリゼの皇帝としてこの世に生を受けた」

「微塵切り、拉麺!」


 ラユ子がすかさず斬りかかる。ノエルの言葉など御構いなし、口を開くことも許さないように畳み掛ける。


「……良い星だったよ。それなりに上手くいっていた。しかし均衡というものはふとした拍子に崩れてしまう。諸行無常だね」

「殴打、担々麺!」


 斬っても斬れないヒイラギの葉に業を煮やして閉じた鉄扇を使った打撃に切り替える。小気味よく響く打撃音。だがその衝撃すらも葉っぱに吸収されていく。鬼気迫る形相のラユ子からはなにやら焦りの色が見えるが……。


「ある時スイーツが底をついた。言い忘れていたが我々の主食はスイーツでね、カラメリゼは甘い物で溢れていたんだ。欲張りな連中が現れた。彼らは星中のスイーツを自分たちだけのものにしようと企んだ。俗に言うクーデターというやつだね。貧困層はこれだから困る。そこからスイーツを巡って血で血を洗う戦争が繰り広げられ……結論から言うと、彼らが原因で星が一つ滅ぼされた。ああ、管理が甘かったとは言わないでくれよ? これでも結構頑張ったんだ」

「居合ーー水餃子」


 構えを戻したラユ子から、閃光が走る。一瞬に込めた気合いの一撃が音速を超えて打ち込まれる。強烈な衝撃波が音とともに飛沫を上げてノエルを飛び越えていくーーそれでも、ヒイラギの葉は揺るがない。


「残念ながら彼らとともに生きていくことは不可能だった。私は星を捨て、あてもなく宇宙を彷徨う道を選んだ。どこにあるとも知れないスイーツを夢見て。だが私は同時に幸運の持ち主であったことを思い知らされた。行き着く先がこの『地球』だったなんて! そうとわかっていれば旅立ちの日の朝の憂鬱なんて知らずに済んだはずさ。地球のスイーツは美味い。カラメリゼとは比較にならないほどだった。これほど美味い食べ物がこの宇宙に存在するなんて。ここで私は考える。そう、こんなにも美味いスイーツを生み出す地球の生物たちがもしもスイーツだったなら、どれほど素敵だろうと! この日のことは未だによく覚えている。なんたって生涯最高の一日だったからね」

「肉饅餡饅、流れ斬り!」


 手当たり次第滅多斬りに流れるように斬りつけていく。ほかほかの中華まんが縦横無尽に咲き誇る。これほどまでの連撃を浴びて、もしも相手がスイーツ四天王だったなら跡形も無く消え去ってしまっただろう。相手が、スイーツ四天王だったなら。ノエルは尚も平然と語り続ける。


「神をも讃えようかという心持ちで挑んだ大仕事だったわけだが、しかし、残酷にもこの世の神は私の味方ではなかった。地球のために動いたのだ。私の星のためには何もしてくれなかったというのに……まぁ、言っても詮無い話だがね。スイーツに命を吹き込んだんだ。名をエクレアという」

「エクレアパイセン……」


 今は亡き先輩妖精の名前が出ると力なくうな垂れるエビカツ。直に会ったことはないはずだが、その存在をとても慕っているのだろう。それだけに気勢を削がれて言い返すことすらできないでいる。


「神はエクレアを使って魔法使いを生み出した。面白い。神の息吹がかかった魔法使い。どれほど強大な力を秘めているのだろうと期待した。今は下の階でなにやら暗躍しているようだが……口ほどにもない連中だったよ。四人、揃いも揃ってまるで話にならなかった。だから再教育を施すことにした。私は根っこのところに優しさを持ち合わせている種類の生物なのでね。神を補填するように、腹の中で教育してやった。意のままに動く手駒たちの完成だ。十年という歳月を費やしたが、なんということはない。以前よりずっと強くたくましく成長した彼女らの姿には込み上げてくるものがあった。私の手塩にかけた娘たちだ。神もさぞお喜びになるだろうと思い解き放った。しかし。無情にも、神は別の形でそれに応えた。そこにふわふわと浮かぶ揚げ物の姿が見えるだろう? その不愉快なエビカツを使って、私の可愛い娘たちに歯向かおうというのだ。神は一度ならず二度までも私と敵対した。いくら私が優しい生物だと言っても、限度というものがある。娘たちが倒されていくのを見ているのは辛かった。エビカツによって生み出されていく諸君らを憎らしく思ってしまうのも仕方ない話だ。特に……先程から無意味に体力を消耗し続けている、神の使い。君のことは本当に、大嫌いだよ」


 ノエルが動いた。というよりラユ子が動かされた。大人しかった金色のモールがふいに束になって押し寄せてラユ子を薙ぎ払う。一撃。それはあまりにも、悲しすぎるくらいあんまりな力量差。場外へ放り出されそうになるラユ子を三人がかりで受け止めるのが精一杯だった。勢いを殺して崖際ギリギリどうにか踏み止まる。ノエルの演説に気を取られていて変化に気がつかなかったが、いつの間にやら足場が更に狭くなっているように感じる。プレゼントの山が端の方から崩壊し始めたようだ。


「積もる話はまだあるが、冥土の土産には十分だろう。私も暇じゃあないんでね。後に控えた食事会の準備をしなければ……。さ、そろそろお開きとしようじゃないか。なぁ? 神の使い!」


 途端足場が激しく揺れ始める。とても立ってはいられないし、かと言って支えになるものもないから這いつくばるしかない。ガァン! ガァン! と大きく揺れるたびプレゼントの山は一メートルずつ低くなり、床がみるみる近付いてくる。最後は前触れもなく全て弾け飛んでしまったので激しく叩きつけられる羽目になった。白煙で何も見えない。


「みっ、みんなっ!……生きてるかーっ!」

「……だい……じょぶ……だよ」

「いたたた……なんなのよあいつ……わけわかんない……」


 身体も痛いしこのままじゃ迂闊に動けない。視界が晴れるまで少しの間、呼吸を整えることにしようか。

 そういえばあいつ、ラユ子のことなんて呼んでた? 神の使い? なんなんだそれ。何か別の意味でもあるんだろうか。……しかし、やけに静かだ。気味が悪いくらいシーンと静まり返っている。聞こえるのはラビとしる子の荒い呼吸だけ。ノエルはどこに……?

 いや。待て。それよりも。


「くうぅ…………っ!」


 白煙が薄れ、見たくもない光景を映し出す。信じたくもない風景が現れる。


「ラユ子……!」


 ラユ子はおびただしい数のモールに雁字搦めにされた挙句、更に動きを封じるためか天使たち(今はもうその姿、悪魔のようだ)が両足にしがみついている。あいつらまだ生きていやがったのか……!


「失せろ」


 ラユ子の連撃に対してあれほど堅牢だったヒイラギの葉は主の一言でいとも簡単に枯れ朽ちて粉々になる。特等席と言わんばかりに椅子に深く腰掛けたまま金色の逆十字を眺める、ノエル。


「愉快だな。いや愉快じゃないか。聖なる夜に逆十字の神の使いとは。ククク……っ。悪魔に絡め取られた足もさぞ痛かろう。神は私を見放したが悪魔は私を放ってはおかなかったのだよ。景観を損ねるから姿形は変えさせていたがねーー彼らは少々、紅すぎる。……ふふ。君のためにあつらえた舞台だ。存分に踊ってくれよ!」


「ああああああああああああっ!」


 ギチギチと音を立てながらモールはラユ子を締め上げる。悲痛な叫びを嘲笑うように、悪魔たちは顔を歪める。その醜く紅い顔を更に醜く歪ませる。燃えるような真紅に足を焦がされて、それは、さながら、魔女狩りーー


「やめろおおおおお! もうやめてくれえええええっ!」

「楽しいなぁ楽しいなぁ。オーディエンスも沸いてきた! さぁさ踊れ! もっとだ!」

「狙撃銃ーー」


 ーー宇治金時。

 きぃん。風鈴の如く響いたそれは迷いなくノエルの額を貫いた。ヒイラギの葉とともに例のバリアも消失しているようだ。嘲笑う不愉快な表情のまま硬直する。


「いい加減に……いい加減に、しなさい……」


 煮え滾る感情を押し殺すかのようにしる子が震えるたび、スナイパーライフルから昇る煙が揺れ動く。


「……………………いい加減に。……いい加減に、どうしろと言うつもりかな?」


 硬直したのも束の間、ノエルはぐるりとこちらを向いた。確かに後頭部まで抜けていたはずの額の傷が、一瞬にして跡形もなく消え失せている。


「……かき氷は美味いものだ。中でもとりわけ宇治金時には目がなくてね。よく口にしていた。こざっぱりとはしていたけれど、今のは少々あずきの塩気が強かったな。より甘ければ丁度いい……ああ。もしかするといい加減に塩辛い和菓子も嗜んだらどうかと言いたかったのかね? それならば残念だ。私に被虐趣味はない」

「効いて……ない、のね」

「ら、ラビがやる! くらえホーリービシソワーズ!」


 しる子を押しのけるようにラビが矢面に立つ。真っ白い冷製スープが頭上に現れた王冠から波紋のように広がって、満遍なくノエルの顔面を埋め尽くしていく。


「スイーツじゃないなら、効果あるでしょ!?」


 辺り一面に広がる大魔法。そこらの敵を一掃できそうな魔法だが、ゆえに消費する魔力も計り知れない。連発不可能であろうほどの強大な魔法を受けて、今度こそノエルは……。


「ほう。デザートの後に前菜が現れるとはなかなか面白い趣向だ。とは言えこの場合『変わっている』の意味を含むが。人の話を聞いていたかな? 我々はあくまでも主食がスイーツなのであって、その他を口にしないわけではないのだよ。まして地球の料理……どれもこれも美味いものだらけだ。それにひきかえこのスープときたら。乳臭くてたまらん。修行の足りないお子様に私のコックは務まらないのだよ」

「じ、自分だってお子様のくせにっ!」

「見た目が全てではない」


 ノエルは不敵に微笑む。しる子の魔法も、ラビの魔法も、まるで効果がなかった。あたいの魔法は……考えるまでもない。どうすれば。どうしたらいい。こういうのって何度目だ? いつもいつもあたいは後手に回って地団駄踏んで、大切な仲間を守れなくって、結局あたいは、何も、何も成長なんかしてないじゃないか。勝手に成長した気になって浮かれていただけじゃないか! こうしてる間にもラユ子はどんどん傷付いて、ああ、もう、どうすりゃいいーー


「怯えてんじゃないビあぶり!」


 え、エビカツ。


「あんたがやらなきゃ他に誰がやるビか! 僕らだけの問題じゃない、町の人たち、地球の未来が賭かってるんだビよ!?」

「そんなこと言われても! あたいに何ができるってんだよ!」

「黙らっしゃビ! この期に及んででもでもだってちゃんは許されないビよ! あんたは馬鹿なんだから馬鹿みたいに一直線に突っ込んで、やられたらやられたで、それでいいビ! 本当はよくないけど、でもいいビ! 単純で単細胞なあんたが百回悩むより、一回でも行動する方がずっといいビ! とっとと腹決めて行ってくるんだビ!」

「……は? 誰が馬鹿で単純で単細胞だこらぁ!」

「うっ……、ぼ、僕はもうそんなんじゃ気圧されないビよ! エクレアパイセンの死を乗り越えた僕は、あ、あんたより強いんだビ! へっへーん! ざーこざーこビ!」

「…………随分偉くなったなぁ、お前。舐めた口ききやがって……」


 挑発するような踊りをこれ見よがしに見せつけてくるエビカツに殺意すら湧き始めたが、しかし止める術を知らない。やべえ、イライラする。普通にムカつく。殴りてえ。ぶん殴りてえ。振りかぶってぶっとばしてえ。


「でも今は、……この怒りをぶちかます相手を……間違えるわけにはいかねーんだよな! おいこらぁ! 覚悟できてんだろうな!」


 全身全霊あたいの持てる全ての力を根こそぎ集めてまとめて固めてお前を倒す!


「ブッシュ・ド・ノエルゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

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