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第ニ話 和菓子が塩辛かった時の絶望感

 目覚めるとそこにはエビカツの尻。歯型を残して欠けている。あ、あたいのか。


「おはようビぃー」

「さむい。ねる」

「二度寝は女子のトモダチだけど駄目ビよ! さっさと起きて登校がてら見回りだビ!」

「うえーなに? 魔法女子って今日も今日とてパトロールに行ってきます! ごっことかすんの?」

「仕方ないビよ。スイーツ四天王はいつどこに現れるかわからんビ」


 めんどくせえ集団だなあ。


「そもそもあいつらの目的ってなんなのさ」

「やつらは地球をスイーツの海にするためにやってきた自分勝手な侵略者だビ! 早く倒さないと何やってくるかわからんビ! もしかしたら地球上の生き物と食べ物が根こそぎスイーツに変えられてしまうかもしれないビよ!」

「それはそれで幸せかもなぁ」

「本当にそう思うビか? カツ丼や生姜焼き定食が甘々の砂糖菓子みたいになっても平気ビか?」

「いくよエビカツ! 地球の平和と胃袋はあたいらにかかってんだ!」

「んビ」






 魔法女子の朝は早い。九月だってのにもう随分と寒いなあ。こんなことなら制服の下にもっと厚着してくればよかった。若干の後悔を残しながら学校への道のりをひた歩く。

 宙に浮いてるエビカツを目撃されたら確実につぶやかれて瞬く間に拡散してしまうので、弁当箱に押し込んでの登校だ。それについては一悶着あったんだけど、みっともないからあえてここでは語らない。


「おっはよー」

「おはよう」

「なんか元気ないね。どしたの?」

「朝から売れ残りのおはぎ四つも食べさせられて胃の中でラインダンスやってて吐きそう」


 ただでさえ全体的に白くて細くてもやしみたいなのに、やたら長い漆黒の艶髪と相まって一層顔色が青白く見えるこの女の子はあたいの友達、缶乃しる子。

 しる子の家はさち屋って和菓子屋さんで、名物の甘栗どら焼き以外は砂糖と塩の配分間違えてんじゃねーかってぐらいしょっぱいから全然売れない。売れないのに売ってる。わけわかんない。今日もしる子は廃棄の山を崩すべく、塩おはぎと格闘するのであった。


「ひとごとだと思って……少しはあなたも手伝いなさいよ」


 ラップに包まれた二つのおはぎが、机の上で悲しそうな目をしてこちらを見上げている。


「あ! 今日の一時間目給食じゃね? おなかすかせとかないと!」

「そんなわけないじゃない!」


 しる子は溜め息混じりでおはぎの包みを解き、観念したのか潔く開けた大口に放り込む。涙目でおはぎを咀嚼するような機会は、できることならあたいの人生には訪れないでもらいたいものだ。普通の家に生まれてよかったわー。たわいもない女子高生の一日は今日もまた平和に過ぎて行く。






「……で? スイーツおばさんを倒したら次はどんなのが現れるの?」

「それがまだわかんないんだよー。陽気なあたいのJKライフにとんだ波瀾万丈ですわ」


 昼休みに食事をするべく中庭まで来たのはいいけれど、あたいたちの会話に割り込むように鞄の中からどたばたと何かが動く気配がする。ったくじっとしてらんねえのかよ。


「弁当箱が騒いでるわよ。その中にエビカツってのが入ってるわけ?」


(ほっといたらべらべらと好き勝手しゃべくっちゃってもうー!)


「えー? なにー? くぐもっててよく聞こえないー」


 紐で縛った弁当箱からエビカツの抗議の声が聞こえる気がするが、こんなところでフタを開けるわけにはいかない。つぶやく、拡散、炎上!

 中庭には弁当を食べる生徒たちの山が二、三散らばって点在している。あたいとしる子もその中のひとつだ。もちろんエビカツ入りの弁当箱とは別にちゃんとしたお弁当も持ってきている。あたいのはママン特製愛情弁当……という名の冷食詰め合わせ。しる子のは見るからに胃もたれしそうな塩和菓子のオンパレードだった。


「げっ。朝も食べてたじゃん。よくもまあ毎日毎日飽きもせずそんなんばっか食べられるよねぇ……」

「はぁ、事情知ってるくせに。よかったらデザートにおひとついかが?」


 恨みがましい目で薦めてくるが、冗談じゃない。一度好奇心に負けて食べてみたことがあるけど、あれはおかずになるレベルの塩気だった。まかり間違ってもデザートとして提供されていいものではない。


「ごめんこうむる。あたいにゃ可愛い可愛い白玉にゃんがいるもんねぇ」


 デザート用にコンビニで買ってきた愛しのクリーム白玉に頬ずりをする。プラスチックカップがぺきぺきと音をたててひしゃげてゆく。これが正しいデザートの姿ですよ。しる子が恨めしそうにこちらを睨みながら三色団子を頬張った時だった。

 風の音が途切れ、ふいに無音になった空間に、ただ甘ったるい匂いだけが満ちている。しる子の弁当だろうか、いやあれは塩だ。強すぎる匂いに辺りを見回すと、それはあった。

 スイーツ。パフェやチョコバナナにコーヒーゼリー。それも異常なくらいビッグサイズのスイーツが、固まってニ、三箇所に鎮座していた。

 丁度先ほどまで弁当を食べていた生徒たちと、同じ位置に。


「おや、僕としたことが。うっかりスイーツタイムにお客さんを招いてしまったようだね」


 あたいとしる子以外に人間の居なくなった空間で、そのいやに冷たい声の主は巨大なハニーチュロを舐めていた。


「もっとも招かれざる客、なんだけれど」

「あなたはなに? 誰? あなたがやったのこれ?」


 混乱しているしる子、何かやたら騒いでいる弁当箱から察するに、こいつはおそらくそうなんだろう。


「スイーツ四天王……」

「ご名答。スイーツ四天王がひとり、ショコルテ。砂糖菓子の甘みに浸る甘美な時間を邪魔しないでくれないかな」


 見下すような視線。感情のない静かな声。青みがかったショートヘアにワイシャツ、ご丁寧にネクタイまで。焦げ茶色のショートパンツにローファーと、ボーイッシュな出で立ち。服装と相まって、一層冷たい女に見える。


「砂糖菓子って……あなたそれ元は人間じゃないの! お弁当食べてた女の子たちでしょう!」

「知らないのかい? 僕らは侵略者だ。甘ったるいスイーツに溺れる、宇宙から来た魔法使いさ。同時に僕らは捕食者でもある。甘い甘い、君たちの体を這いずり回る舌を持つ」


 突如ショコルテから放たれた無数の透明な針を避けることもできず、あたいの体は大木に磔にされた。命中しなかった針の残骸があちこちに散らばっている。


「あぶり!」

「動けない……! くそ、やっとそれっぽい悪役がでてきたってのに!」


 せめてもの反撃として睨み付けてやるが、ショコルテの冷たい瞳は微動だにしない。なんとか磔から逃れようとじたばたしていると、弁当箱のフタが勢いよく弾け飛んで中身のそれがしる子の口にぶっ刺さった。

 エビカツが頭から刺さってる!


「そうか! あいつの攻撃で弁当箱を縛ってた紐が切れたんだ!」

「早く僕を咀嚼するビ!」

「もふぁー!」


 もがき苦しむしる子の体が光に包まれ、見慣れた制服がみるみるうちに小綺麗な着物へと変わっていく。深い緑をベースに大柄の花が並べられ、オレンジチェックの帯で纏めている。ベレー帽をちょこんとかぶり、足元は焦げ茶のブーツ。全体的にレトロでハイカラな雰囲気だ。


「やったビ! 和菓子系魔法女子の誕生だビ!」

「今度は和菓子なの? 和食じゃなくて? ていうかあたいの衣装より可愛いってどういうことだよ!」

「えっへん。実は僕は食べられるごとに何系の魔法使いになるかが変わるんだビよ」


 頭を半分失ったエビカツがえらそうに踏ん反り返って説明する。間抜けである。


「ごほ、ぐへ、へ、へぇ、これが魔法女子なんだ。確かに少女って格好じゃないわね……。どう? なかなか似合ってると思わない?」

「へーへー似合ってる似合ってる。しる子と違ってあたいは女将だし身動きとれねーんだよこんちくしょう早く助けやがれ」

「少しは『わー! かわいいねー!』とか『素敵! 惚れ直しちゃう!』とか言えないのかしらね」


 しる子が透明な針を抜こうと手をかけ、飛び退いた。鋭い音が響き、今まさにしる子のいた場所が針山と化している。やろう、あたいらを標本かなんかにする気か!


「僕を忘れて日常を繰り広げている場合かな? これでもそれなりに存在感を放っているつもりなんだけれどな。まだまだ詰めが甘い、か。うっかり二人目の魔法使いを誕生させてしまった。僕としたことが……ね」


 鋭い連撃がしる子を襲う。着物とは思えない華麗な身のこなしでそれらをかわし、じっとショコルテを見据える。すげえ。変身すると身体能力も上がるのか。もやしのしる子にあんな動きができるとは思えないもんな。


「生まれたての君には悪いが、消えてもらうよ」

「私が従順な女に見える? エビカツ、魔法いくわよ!」

「まだ使えないビ!」


 ズコーっとしる子が喜劇よろしく派手にずっこける。ハイカラレトロが台無しだった。

 関係ないが着物で転ぶと起き上がるのに一苦労しそうだよな。ほら、めっちゃ時間かかってるし。


「なんでよ!」

「あんたは和菓子系魔法女子だから何か和菓子を食べないといけないビよ!」

「先に言っておきなさいよ! 困るでしょうこの状況!」


 攻撃を避けるため少し離れてしまっていた自分の弁当箱の元へ駆け戻っていくしる子。帯が少し緩んだのか足取りが軽快だった。


「はは! 随分間の抜けた魔法使いさんだね!」


 ショコルテが不快に笑う。口角を微塵も上げず笑う姿が不気味で不快だし、刺さった針がなかなか抜けなくて不快だし、しる子がなんかあたいより可愛くて不快だしあーもうとにかく不快だ。

 全部まとめてあいつの事大っ嫌いになったわ。後で絶対ぶっとばす。

 そんなあたいの決意をよそに、しる子は塩和菓子フェスティバルな弁当箱の中からきな粉もちを掴んで口に放り込んでいた。


「うぇまず……これでいいでしょ! きな粉魔法!」


 しる子の伸ばした指の先から黒い光がほとばしりーーぷすん、と消えた。ショコルテがまたも不快に笑う。


「駄目じゃない! 役立たず!」

「んなビー! 役立たずとはなんだビ役立たずとは! いいビか! 自分が美味しいと思って食べるものが魔法になるんだビ! 魔法とは気持ちだビ! 自分が美味しいと思えない食べ物じゃ、ショコルテの苦手を克服させることなんてできないビ!」

「そんなこと言ってもしょうがないでしょう! 私のお弁当はしょっぱい和菓子ばかりだし!……あぁ」


 チラ、と。


「あらぁ。あぁんなところにあぁんなものが」


 しる子はやけににやつきながらいやらしい口調でゆっくりと近付いてきて、その視線の先、つまりあたいの真横に転がるーー


「や、やめろおぉ! それだけは!」

「いただきます!」


 ーークリーム白玉を豪快に頬張った。


「あああああ!」

「う……んまああい! なにこれ! 塩と砂糖の配分間違えてんじゃないの!? だめ、好き! これ好き! 愛してる! 最高!」


 実に美味しそうにばくばく食べまくる。

 あたいの……あたいの白玉にゃん……。あたいの胃袋に収まる予定の白玉にゃん……。和菓子屋の娘のくせにコンビニスイーツにうつつをぬかす女なんかの口に入れられた白玉にゃん……。

 あ、あたいこの女の事も嫌いになったわ。後で絶対ぶっとば……すのはちょっと可哀想だからやめとこうかなでもそしたらあたいのやりきれないこの感情をどこにぶつければいいのって話になってくるわけで相変わらず動けないからショコルテにもエビカツにもぶつけられないしかと言って他に誰がいるわけでもないしじゃあ白玉にゃんの敵討ちを諦めますかっていうとそんなのありえないし白玉にゃん食べたかったしていうか白玉にゃん食べたかったし。


「……うわーん!」

「ごちそうさまでした! ん? なに泣いてんのよ。さ、待たせたわねショコルテ! 私の魔法をくらいなさい!」

「甘いものを初めて食べた子供のようなその感情をぶつけてやるビ!」

「うっさい! しらたマグナム!」


 しる子の手の中に集まりだした光の粒はあたいの涙に反射してきらめき、次第に目深帽子と顎ひげの真っ黒い腕利きガンマンを連想させる拳銃の形を作っていく。派手な音と共に射出された弾がショコルテの口に直撃する。命中精度までそっくりだ。


「くはっ! な、なんだそれは! 僕の口に何を…………この口内に広がる無駄なもちもち感……白玉か! くっ……でもその後にくる生クリームとの絡み具合が見事なハーモニーを醸して……駄目だ、苦手だった白玉が、お、美味しい……!」


 口角がぴくぴく動いて釣り上がり、これまでほとんど無表情だったショコルテの顔に微かな笑顔が生まれつつあった。


「はっ! き、今日のところはお暇させて頂くよ! ご馳走様!」


 両手で顔を隠しながら逃げるように消えていった。同時にあたいに刺さった針も消え、中庭の巨大スイーツたちも人間に戻り始めた。四天王共を追い返すと周囲にかけられた魔法も解けるらしい。生徒らが何事も無かったように食事を再開しているあたり、スイーツに変化していた間の記憶はどうやら無いようだ。エビカツもしる子の変身シーンも誰にも見られてないみたいだ。

 そんなことどうでもいいなあ。ショコルテ美味しそうに食べてたなあ。そうだ、あたいに魔法かけてもらえばよくね? 痛いだけかなあ。痛い白玉にゃんはいやだなあ。


「やったビ! 追い返したビ!」

「ふう、案外うまくいくものね。初めてにしては上出来じゃない?」

「よっぽど美味しかったビね。すごい威力だったビ!」

「そりゃああんなに甘いお菓子なんて久しぶり……ってう、うるさいわね!」

「うわーん! あたいの白玉にゃん! あたいの白玉にゃん! にゃんにゃんにゃおーんする予定だった白玉にゃあーん!」

「ああもう、泣かない! 悪かったわ! 後で買って返すから!」

「後でじゃだめなんだあ! 今食べたいんだあ! うわーん!」

「わ、わかったわよ! 買ってくるから、泣くのをやめなさい!」

「僕はおせんべいがいいビ」

「あーもうこいつらあぁ!」

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