第十四話 激闘! vs魔法女子!
魔法女子の回復は早い。どんなに疲れて帰ってきても、翌朝にはケロッと復活する。でもさすがに今回の戦闘ではそうも言ってられないみたいで、各々の帰路につく顔は暗かった。
「ま、まあみんなよく頑張ったビ! この短期間でスイーツ四天王のうち二人を倒すなんてすごいハイペースだビ! だから焦らずに、今はしっかり休むビよ? いいビね?」
エビカツのぎこちないフォローには誰も反応する気配がない。病院からの帰り道、一人また一人と散り散りに減っていき、あたいの側にはエビカツだけが頼りなく浮いていた。
少し調子に乗り過ぎていた。Z・ガトーとの戦闘を思い返すと、明らかに油断しきっていた。相手は侵略者だ。洗脳されているとは言え元魔法女子、年季の入った格上の相手だ。はっきり言って舐めていた。ガトーの「仲間想い」という特性を完全に忘れて飛び込んでいくなんて。あれだけ変貌するというのは予想外だったけど、それでも事前に一度戦った相手、情報は得ていたはずだ。それなのにあたいときたら……作戦通りにやってれば被害は最小限で済んだはずなのに。
「……エビカツ」
「ど、どうしたビ?」
「あたいは……あたいはどうしたらいい?」
「今は疲れてるだろうからしっかりと休息を……」
「そんなのんびりしてらんねえよ! 見てたろ! あたいのせいでみんなが!」
「あぶりのせいじゃないビ! ……責任感じるのはわかるビ。でも、焦ったって何も変わらないビよ?」
「でも……でもあたいは……」
ちくしょう。どうすればいい。悔しい。歯痒い。情けない。いくら魔法が強くなろうとあたいがこのままじゃ次の戦闘でもまた同じように被害がでるだろう。その度にこんな情けない思いをし続けるのか? 助けられてばかりなのか? ……そんなのは、もう嫌だ。
「あたいは、……もっと強くなりたい」
そう、肉体的にもーー精神的にも。
「エビカツ。頼みがある」
「ビ! なんでも引き受けてやるビ!」
「あぁー違う! そうじゃないビ! 踏み込みすぎビ! もっと間合いをビね! んもうお前は猪かビ! 違うって言ってるビよ!」
翌日、あたいはみんなを連れて海岸に来ていた。滅多に人が来ることのないこの小さな砂浜は、あたいだけが知ってる秘密の隠れ家みたいで、たまにふらっと訪れていたお気に入りの場所だ。海風に浸食されていびつに変形した黒い岩が砂浜を覆い隠すように存在感を放っているので、ここで何をしようと人目につくことはないだろう。魔法だろうが揚げ物だろうがどんなものが飛び交っていたって問題ない。
最初の相手は缶乃しる子だ。
「ああっもうそこじゃないビ何やってんだビ! 遅い! ちゃんと相手の動きを見て次の予測をするビ! んああー!」
しる子の弾丸が頬を掠めて飛んでいく。和菓子のシャワーをかい潜りながら懐に踏み込んで攻撃するが、すんでのところで躱される。その隙を逃すことなく撃ち込まれたマグナム弾になす術もなく倒される。
「なーにやってんだビこらぁ! 立て! さっさと立たないと畳み込まれるビよ!」
「……あぁ!」
素早く起き上がると同時にステップでジグザグに距離を取り、しる子の照準をずらす。間合い、予測、対遠距離。ここでスタミナを奪う目論みでマシンガンの追撃が来ると予測し、しる子を中心に弧を描くように走りながら距離を詰める。案の定あたいの走った後から金平糖の弾丸が着いてきている。よし、このまま一気に潜り込んで炙りビントロイヤルをーー
「50口径、苺大福!」
素早く持ち替えたピストルに射抜かれ、あえなくダウンを取られてしまった。
「ああー惜しい! あとちょっとだったビ! でもまだまだ動きが単純すぎるビ! 状況把握と対応力はしる子の方が上だビね」
「ふぅ、危なかった。大丈夫あぶり?」
「……なんてことない。ありがとうな」
そう、お気づきかと思うがあたいは皆に手合わせを頼んだのだ。エビカツに言わせればあたいの魔力は感情に任せ過ぎていて不安定で、多くの場合そのほとんどを発揮できていないらしい。そのせいで皆よりも弱い、とはっきり言われてしまった。だから少しでも学べるように、体に直接叩き込むことにしたのだ。
「ほらほら、休んでる暇はないビよ! 次、ラビオリ!」
「だ、大丈夫なの? あぶりぃ、そんなに無理しなくても……」
エビカツに教官を頼んだはいいが、あいつやるとなったら容赦ねえ。ダメ出しが多過ぎてイライラするが、これも我慢。精神的な鍛錬も必要なんだ。
「気にすんな、ラビ。いいから全力でこい。手ぇ抜いたら許さねぇぞ」
「う、うん……わかった。ごめんね、あぶり。痛かったら言ってね!」
素早く戦闘モードに切り替えたラビから容赦無い雷撃が繰り出される。転がりながら躱していくが、杖から繰り出される雷撃はマシンガンと違って軌道が読めず、予測することが難しい。近付こうとすれば阻まれ、離れ過ぎると今度は防戦一方だ。オールレンジな魔法は相手にしてみて初めてわかる、滅茶苦茶やっかいだ。幼さゆえの体力的なハンデもスイーツ四天王戦を繰り返すうちに取り払われ、今では少々魔力を使い過ぎてもへこたれない立派な魔法少女に成長している。
こうも攻め込む隙が無いと逆にこちらの体力がもたない。大技、予測不能、対オールレンジ。長引かせるのは得策じゃない。こうなりゃ少しぐらい当たってでも近付いて、一気に仕留めるしか方法は無い。
「ハイドロドリア!」
だが読まれていた。無理して詰めた距離を水流で再び離される。
「からの、雷撃ジェノベーゼ!」
濡れた体への電流は、恐ろしく効果的な連係だった。これを狙って撃ったというならば、戦略までもが成長している。伸び代が計り知れない。あたいが痺れて動けないのをいいことに、さらなる大技で決着をつけようとしてくる。
「Lostビーフ!」
足元にぽっかり空いた大穴は、Z・ガトーを打ち破った大魔法。しかし大魔法であるがゆえ、発動までにタイムラグが生じることを前回の戦いで見知っているので、奈落に飲み込まれる前に移動する。あたいも伊達に攻撃を受けてきていない。この程度で動けなくなるような足じゃないんだ。今度は大魔法を外した隙を、こっちが逆についてやる。しる子の時より複雑に走り回ってラビのすぐ隣まで来たがーー
「ええいフレイムラタトゥイユ!」
ラビの周囲を取り巻くように出現した炎に焼かれ、ついに一撃も当てることなく倒されてしまった。と同時にラビもすとん、と腰を下ろし、杖を放り投げて大の字に伸びる。
「つかれたー!」
「そんな隠し玉持ってたのか……やられたよ」
「えへへ、あぶり倒しちゃった! ごめんね!」
「いい所までは行けるんビけどねぇ……。まだまだ修行が必要みたいビ。相手の手の内を全部知ってると思い込んで油断したビね。それにしても遠近ともに戦えるラビはすごく強くなったビねぇ! でも一つひとつが大技過ぎて、もっと素早い相手だったら躱されるビよ! 一撃でも受けたらその体力じゃ戦えなくなるビ! ラビは絶対に近寄らせない戦い方を身につけるんだビ!」
「はーい、りょうかいー」
言いながらラビは大の字のまま動かない。体力を使い果たして起き上がることもできないようだ。しる子がラビを抱きかかえて岩場の影に退避させる。
「あぶり、まだやれるビか?」
「おうよ。あたいはやるしかないんだ」
とは言えそろそろ限界が近い。まともに魔法を使えていないからそっちの方の消耗は大したことないんだが、砂浜を走り回ってるせいで大きく体力が削がれてる。ここで気になるのは最後の相手だが、果たして。
「じゃあ次、ラユ子。準備はいいビね?」
「いつでもいいアルヨー」
向こうの大将はラユ子。当然と言えば当然だ。あたいたち魔法女子の中で一番の魔力を持っていて、その上身体能力も抜群に高い。久々に見たラユ子は不敵な笑みを浮かべながら準備運動をしている最中だ。心なしか以前より凄みが増しているようにも見えるが……でも。
「強い相手ほど燃え上がるってな! こいよラユ子! あたいの腕を見せてやる!」
「もう充分見せてもらったネ」
言うが早いかラユ子の体は瞬時に眼前にまで迫り、得意の鉄扇で斬りかかってくる。ガードにガードを重ねるがなお足らず、攻撃に転じる暇もない。無駄の無い連撃は次から次へと繰り出され、体がそれに追いつかない。目で追うのがやっとだ。
「は、早いビ! なんて早さだビ! 一つの攻撃の終わり動作を次の攻撃の始めへと繋げてるから勢いが止まらないんだビ! 更に鉄扇の先端に魔力を集中させることで消耗を抑えながらも高い攻撃力を実現してるビ……。や、やっぱりラユ子は格が違うビね……」
これは、まずい、このままじゃ、やばい。一撃加えるどころかガードも間に合わなくなってきてる。対するラユ子は呼吸ひとつ荒げることなく踊るように攻め立ててくる。
「いいカ? ワタシとあぶりじゃ実力が違うネ。そんなんじゃこれから先の戦いを乗り越えることはできないアル。さぁ、反撃するネ。さぁ、さぁ」
喋りながらも手を休めることはない。むしろ一層速さが増したようだった。このままじゃ駄目だ。何か打つ手は、何か方法はないのか。「一つの攻撃の終わりと次の攻撃の始めを繋げる」のが上手いラユ子。それなら上段から斜めに二連撃ち込まれたこの次の攻撃はーー予測できる。
「っ! ……やるネ」
鉄扇をガードすることなくやり過ごすには、飛んで躱してもいいはずだ。下段を薙ぎ払うラユ子の鉄扇が初めて空を切った。
「生姜焼きドロップキック!」
すかさず渾身の一撃を加えたが、それはすぐにガードされる。間合いを取ってこちらには追撃を許さない姿勢を示す。
「恐れ入ったネあぶり。ワタシにガードさせたのはあぶりが初めてヨ。すごいアル。すごいアルネェ!」
ラユ子の表情がみるみるうちに変貌していく。それはまるで鬼のようなーー鬼神のような形相へと。途端弾き出される冷気を帯びた地獄のような覇気。底知れないどす黒い何かが渦巻くようなこんな顔は、敵にすら見たことがないほどに歪んでいた。なんだ、これは。これはなんなんだ? あたいは、何を敵に回してしまったんだ?
「ちょ、ちょっと待つビラユ子! これは模擬戦! 手合わせ! 冷静になれビ!」
エビカツの声が張り詰めた空気を一新する。瞬く間にいつものラユ子が帰ってきた。先ほどまでの血走った瞳は消え失せ、猫目っぽい普段通りのラユ子に戻った。まるで鬼の百面相を見てるかのようだ。エビカツの言葉が耳に届きもしなかったらどうしようかと思った。……それほど、あたいの腰は引けていた。
「あ、ごめんネあぶり。つい本気になっちゃうとこだたアルヨ。もう落ち着いたから安心してかかってくるヨロシ」
にっこりと微笑みながら両腕を広げて敵意は無い、みたいなポーズを取ってみせるラユ子だったが、その手に握られている鉄扇が今となってはとても恐ろしいもののように見える。
「びびってんじゃないわよあぶり! 大丈夫! 死にはしないはずだから!」
「あぶりぃー。頑張れぇー」
……いかん。すっかり戦意を削がれてた。気圧されてる場合じゃない。あたいは強くなるんだ。みんなを守れるぐらい、強くなるんだ!
「……っしゃあああ! あたいは負けねえぞラユ子ぉ!」
「その息ネ。次はガードも崩してワタシに一撃入れるがヨロシ!」
大丈夫。いける。問題ない。強く頬を張って気合いを入れ直す。速攻、予測可能、対近接。
動きを読めば大丈夫。心を強くもてばいける。向こうの攻撃範囲はこちらの範囲と同じだから問題ない。もう一度頬を張って覚悟を確かめる。倒す、倒せる、絶対勝つ。
「うおおおおおおおおおお!」
潮風が砂浜に横たわったあたいたちの傷にしみる。エビカツに中断されて結果は引き分け。これ以上やると本番に差し支えるとのことだった。スイーツ四天王は神出鬼没が基本型、安静にしていられる時間は決して長いとは言えないのだ。
それにしてもラユ子は本当に強かった。それと引き分けたんだからあたいもよくやった、そうやって褒められはしたものの、あのまま戦い続けてたら勝敗は目に見えて明らかだったろう。それにあの覇気。あんなものの前ではとてもじゃないけど平静を保つことはできそうもなかった。一体どうしてラユ子にあれだけ恐ろしいものが備わっているのか気にはなるものの、深入りすると帰ってこれなくなるような予感がするのでやめておこう。ラユ子のじじいがやってたヤバイ仕事とやらが関係しそうで怖い。そうなってくるとラユ子自身もその仕事に関わってるんじゃないか……なんて仮説を立ててみるものの、真相を確かめようとは思えない。
とにかく今回はためになった。仲間と戦うことで得られるものも多かった。今度こそしっかり休息をとって、本番に備えることにしよう。




