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第十三話 友と涙と砂糖菓子 後編

 こうなってくると埒があかない。しる子は無事なようだがラビの姿が見当たらない。探したいのは山々だが、それを目の前の鬼が許してくれるとは到底思えない。まさしく鬼神の如く荒れ狂うガトー。三人がかりでも抑えきれないほどの強大なパワーは、もはやただの暴力だった。以前の戦闘とは比較にならない、完全に覚醒したガトーがこれほどの力を秘めていたなんて。見誤った。見くびっていた。甘く見過ぎていた。とんだ誤算だった。

 後悔の念を溢れさせている間も、鬼は尚暴力を振るい続ける。


「往生際が悪いぞトルテラぁ! 男ならとっとと覚悟を決めんか!」

「私もあなたも女の子でしょうよお!」


 トルテラは瓦礫に足をとられながらも逃げ惑う。時折頼みのチョコレート爆弾をけしかけたりもしているが、どれも弾き飛ばされてあちこち無関係な場所でばかり破裂している。やはりと言うか、目下ガトーの狙いはトルテラただ一人のようで、散会してからも執拗に追い回している。からと言ってこっちに被害が及ばないわけでもないので気が気じゃない。

 とりあえずあたいはまずラビの安否確認を優先することにした。見つからないよう隠れているんだから当然だが、声が聞こえないと不安で仕方ない。あの子はまだ小学生なのだ。どこかで震えていると思うといてもたってもいられない。しる子も同じように考えたのか、合流しようとはせずに手当たり次第に瓦礫をひっくり返している。少しでも人手が欲しいと思いラユ子の携帯にかけてみるが、今尚誰かと通話中みたいだ。


「ちくしょう! ラビ! どこだ! 返事をしてくれぇ!」


 激しい戦闘音にあたいの声も掻き消される。ガトーは尚も荒れ狂い、一層禍々しく伸びたキャンディケーンでトルテラの首を掻き切らんと無我夢中で破壊の限りをつくす。トルテラだけでは押し切られそうだ。くそ、どうしたらいい。このままじゃトルテラを皮切りに皆やられてしまいかねない。優先順位を入れ替えるべきか? でも、ラビが。あぁもうどうする! 突破口が見当たらない!


「45口径、求肥! 50口径、苺大福!」


 際立って鳴り響く発砲音に、ガトーの動きが一瞬止まる。同時にあたいの思考も真っ白になった。


「そうかっかしないの! 甘いものでも食べて冷静になりなさい!」


 しる子は二丁拳銃を投げ捨て、サブマシンガンに持ち替える。


「KP-10!」


 七色のサブマシンガンから放たれる色とりどりの金平糖。高速で飛来するトゲトゲの金平糖はさも痛そうだが、対象はそれら全てを背中で受け止める。全くもって「眼中に無い」を地でいく大き過ぎる背中。手にしたキャンディケーンで地面を一突きしたかと思うと、新たな毒菓子が地面から芽吹くように出現し、しる子とトルテラを突き上げる。高く高く伸びる毒菓子に絡め取られて悲鳴をあげながら上昇していく。しる子もトルテラも雁字搦めにされて身動きがとれない。さながら空中牢にでも閉じ込められたような格好だ。それでも尚片腕を突き出してサブマシンガンを連射し続けるしる子にさすがに痺れを切らしたか、ゆるりとガトーが振り返る。その瞬間。


「炙りビントロイヤルうぅぅ!」


 あたいは右腕を炸裂させる。考えるより先に体が動く。それは素早く受け止められてしまうが、構わない。少しでも注意を逸らせれば御の字だ。このチャンスをみすみす逃してなるものか!


「もも串フック!」


 体を捻って勢いをつけ、弧を描くように左腕を振り抜く。甘辛いタレの焼き鳥が、ガトーにクリーンヒットした。一本の串を刺したかのようにガトーが硬直する。その隙を突いて素早く後方に回り込みガトーの頭部を鷲掴み、そしてそのまま自分の体もろとも地面に叩きつける。「肉じゃが式ネックブリーカー」が綺麗に嵌り、その状態のままがっちりと固定する。


「しる子ぉ!」


 トルテラが自分自身としる子に向けて放った爆弾は二人を毒菓子の空中牢から解放したものの、もろに爆風をくらったために大ダメージは免れない。それでもガトーに向けた視線は逸らさない。落下しながらも最後の力を振り絞るように二人は武器を構える。

 大の字に倒されたガトーの全身に金平糖の雨が容赦無く降りそそぐ。トルテラも火薬量を調節した小型チョコレート爆弾で波状攻撃を仕掛ける。その攻撃は当然あたいも山ほど浴びることになるが、気になんてしてられない。このまま勢いで畳み掛けてあわよくば……!


「必殺! Lostビーフ!」


 突如真下に大穴が出現した。瞬時に拘束を解き崖際に掴まる。ボロボロになったガトーだけが、ぽっかり空いた大穴へと吸い込まれていく。そこは奈落に続く穴のように暗く、底知れぬ闇が支配していた。

 崖から這い上がったあたいが目にしたのは、崩れた瓦礫に潰されることなく凛とした表情で杖を振るうラビの姿だった。

 ガトーを飲み込んでも頑なに口を閉じようとしない大穴から、微かな呻き声のようなものが聞こえてくる。


「……ここは……なんだ。何も……見えない……っ! な! なんだこの肉塊は! まさかろーすとびーふ……っ! やめろ! やめてくれ! そいつを俺に近付けるな! くそ忌々しい! ああ! つまらん記憶を呼び起こすな! くぅ……っ! あいつ……あの野郎が、俺にした仕打ちが……っ。地べたに落とした肉を……くそっ! 憎たらしい! 殺してやる! そんな風に命令するな! そいつを近付けるんじゃねえぇぇ……!」


 穴から悲痛な叫び声と黒い瘴気が立ち昇る。徐々にそれらは薄くなり、やがて、消えた。

 奈落への入り口は静かに閉じる。いたずらに咲き誇っていた毒菓子たちも崩壊し、後には荒れ果てた廃工場だけが残された。憔悴しきったガトーが幼子のように震えながらうずくまっている。


「やった……のか?」


 瞬間、強張っていた体の力が抜けていく。あたいはその場にへたり込んだ。


「おそらく、洗脳は解けたと思うビ。……でもちょっとやり過ぎたみたいビね。トラウマを掘り起こす荒療治だから、しばらくは安静にしておくのが懸命だと思うビよ……お互いに、痛み分けだビ」


 トルテラとしる子も疲れ切って倒れている。衣装も体もボロボロだ。ラビは強力な魔法を使ったせいで一気に魔力を使い果たし、一人では立っていられないほど足元が覚束ない様子だ。肩を大きく上下しながら荒い呼吸を繰り返している。あたいが支えてやらないと。


「や……った、ね。あぶり。……倒した……よ」

「よく頑張ったな、ラビ。凄い魔法だった。ってお前、怪我してるじゃねえか! 応急処置を……。ここじゃ無理だな。ほら、乗っかれよ」


 気合いを入れるため強く自分の頬を張り、足から血を流しているラビをおぶってひとまずは病院へと向かうことにしよう。後のことはそれからだ。さすがに少し休憩したい。今回ばかりは、滅茶苦茶疲れた。

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