第十二話 友と涙と砂糖菓子 前編
作戦会議の末、次のターゲットはZ・ガトーに決まった。彼女はスイーツ四天王の中でもとびきりの破壊力を持つ暴君なので、味方につければ非常に心強い戦力になるという考えからだ。戦力が増えれば今後の戦いも少しは楽になるだろう。問題はいかにしてあのパワーを打ち破るかだが……。
「なんとかなんじゃね? あいつ馬鹿だし」
「ラビの魔法でイチコロだったしぃー!」
「あなたたちには先輩に対する敬意ってものがないのかしらねぇ……」
昨日の敵は今日の先輩、みたいに言ってる順応性の高いしる子は置いといて、ガトーに関しては勝算があった。そう、あたいには策がある。以前ラビオリ邸で一戦交えた時の記憶だと、あのパワー馬鹿は猪突猛進に突っ込んできて大振りな攻撃をすることが多かった。武器を振るう腕に力を込めれば込めるほど、重心はずれ、隙が生まれる。ガトーの一撃をどうにかして受けるか、あわよくば躱してその隙に背後からラビの魔法をぶちまけてやれば案外いけるんじゃないかと。ガトーの苦手な洋食魔法使いのラビがいる今、以前みたいにてこずることもないだろう。あたいの作ったスイーツ四天王倒しやすいランキングだと、Z・ガトーは二位にランクインする。ちなみに一位はトルテラ。残り二人については苦い思いをさせられているので、簡単には行かないかもしれない。
「私はガトーについてよく知らないのだけれど、どうしたらいいかしら」
「あいつは洋食が苦手なはずだからとどめはラビに任せるとして、しる子は……どうしよっか?」
「お姉さんと一緒に遠距離から狙撃してぇ、行動範囲を狭めるっていうのはどお?」
「てめえの爆弾があたいに当たったらどうすんだ! 痛いんだってあれ!」
「小さいハートにしたげるから大丈夫よぉ。威力も小さめ、範囲も狭いしコントロールには自身あるんだからあ」
「後方射撃で援護するのね。あぶりとガトーが一騎打ちできる状況を作り出す」
「ラビは物陰でこそこそしてるー!」
さて、作戦は粗方決まったが、うまくガトーと対峙できるだろうか。これまでの戦闘はスイーツ四天王からの神出鬼没な、いわば闇討ちばかりだったわけで、こちらが相手を選ぶ余裕は無かった。いざこっちから仕掛けようと思ったら、はて、どこへ行けばいいんだ? 探しに行くとしても一体どんな場所を探せば……。あ、海とかに居そう。馬鹿だし。季節感なんてワード聞いたこともなさそうだし冬でもお構いなしに泳いでそう。
「それについては心配無用よぉ。連絡先知ってるから魔法の携帯電話でいつでも好きな場所に呼び出せちゃうの!」
宿敵との決闘にも電話一本。いやはや便利な時代になったもんだ。呼び出しにほいほい応じるガトーの姿が目に浮かぶようだった。
決行は明日。今日の戦いで疲れた体を肉でたっぷり癒してからだ。
「……遅ぇ。ちゃんと電話したのか? 番号間違えてて救急車とか来たらぶち込むからな。大変! 厚化粧が割れて顔面崩壊したんです! つって」
「失礼しちゃうわぁ! 仲間に連絡取るぐらいでそんなへまはしないわよお!」
ラビなんかは待ちくたびれて近くにあった鉄パイプで地面に落書きを始めている。郊外の廃工場。プラスチックだかなんだかを扱う工場だったかな。錆び付いた建造物に巨大な煙突みたいな鉄塔がひしめいている。頭上には何本ものパイプが通り、工場の周囲を駆け巡っている。ところどころ穴が空いて水なのか何かの薬品なのか区別のつかない液体を垂らしている。昼間だというのに薄暗く、気味の悪い廃工場。
この場所を選んだ理由は第一に、周囲に被害が及ばなそうだから。ガトーの破壊力を考慮すると被害を最小限に抑えるためにある程度は広い場所で戦う必要があるだろう。その点ここは廃工場なので従業員は当然おらず、辺りに民家も無い。人っ子一人いない静かな空間。
そういった物件なら他にもあったのだが、この廃工場に決定した第二の理由はエビカツにある。
「せっかくなら雰囲気を楽しみたいビねぇー。おお! なんという荒廃感! これビこれビ! いやー実に退廃的だビ! 雨露に濡れて流れるように浮かんだ錆がいい仕事してるビねぇー! 今にも崩れそうでなんとか持ちこたえてる健気な廃工場! いやはや実に絵になるビ!」
「こんなオンボロ工場のどこがいい仕事なんだよ。お前のセンスはどうかしてるぜ」
「とか言いながら結局押し切られてここまで来ちゃうあたり、あぶりもお人好しね。廃工場に連れてこられる女子高生と小学生だなんて洒落にならない……。まさかエビカツが廃墟マニアだったなんて」
「あらあら、エビカツちゃあん? もしかしてこおんな野外で行う特殊な性癖でも持ってるのかしらあ?」
「せーへきってなにー?」
「ち、ち、ちがぁうビ! 神聖な廃墟を馬鹿にすんなビ! あんたらにはこの廃れゆく切なさがわからんビか! 背徳的な美しさを! 物言わぬ圧力を感じないビか! 時代の流れに取り残された寂寥感にふと気がつけば涙を流すことはないビか!」
「ねーよオタク。どうせ取り壊す金も無いまま夜逃げしたってオチだろ」
「わからなくもないけどそこまで熱く語られると、引くわね」
「ねー、せーへきってなぁにぃー!」
「あなたは知らなくていいの! ラビオリは私達から離れすぎない場所に隠れて待ってるのよ! 危ないから!」
「っかぁーどいつもこいつも! まるでお話にならんビ!」
どこからか取り出した一眼レフでパシャパシャと忙しなく工場の全景を映し始める。見ればそれなりに値が張るだろう立派なカメラじゃないか。丸腰の揚げ物のくせして毎度毎度そういうアイテムどこに隠し持ってんだ。
と。ふいに耳慣れない音が聞こえた気がした。工場内を吹き抜ける風の音だろうか? それにしては断続的に、きぃ、かん、からん、きぃ、からん、と金属音が遠くから、こちらへ、徐々に徐々にゆっくりと、近付いてきている。これは環境音では、ない。
「……来たようねえ」
トルテラに先導されるように全員の視線が一点に集まる。今にも倒れそうな錆び付いた鉄塔をその大き過ぎる武器、トゲトゲしいキャンディケーンで叩きながら、静かに、しかし着実に距離を詰めてくる。切れ味の良さそうな眼光が、既に完全に臨戦態勢に入っていることを示している。Z・ガトーがそこにいた。
「……トルテラよ。貴様から連絡を寄越すとはどういう風の吹き回しかと、疑って正解だったようだな。よもや貴様が裏切るとは、さすがの俺でも予想できなかったよ」
「あぁらひどいこと言うのねえ。裏切ったんじゃないわよ? これが本来あるべき状態だったのよお」
ガトーの瞳に冷たい炎が燃えていた。これがかつての仲間に向ける視線だとでも言うのか。頻繁に連絡を取り合う間柄ではなかったにせよ、ここまで露骨に敵意を剥き出しにするなんて。ただの御しやすい馬鹿だとばかり思っていたが、とんだ勘違いをしてしまっていたようだ。情に熱い馬鹿は、時にどんな獣よりも恐ろしく手がつけられなくなる。ガトーはどうやらそういう類いの馬鹿だったらしい。
「たった今、貴様は俺の敵となった。……武士の情けを一度だけくれてやる。トルテラ。本当に貴様は、そちら側につくことに後悔はないんだな?」
「うふふ。そんなのあるわけないじゃなあい!」
いやらしさたっぷりに投げ掛けた言葉に返答はなかった。ガトーは瞬く間に眼前にまで迫り牙を剥く。キャンディケーンを一薙ぎすると凄まじい衝撃波があたいら三人をいっぺんに吹き飛ばした。
「きゃぁっ!」
「やられたビ! べらべら喋ってたから作戦通りの配置につくのが間に合わなかったビぃ!」
「誰のせいだ! くそっ!」
「くっ……今からでも間に合わせるわ! みんな、散会して!」
しる子の掛け声に皆散り散りに走りだす。ラビを含めて四対一。標的が定まらないように別々の方向へ散らばって撹乱するつもりだったが、割れんばかりの轟音と揺れに堪らず足を止めてしまう。
鉄塔が崩れた。幾本もの鉄塔が根本からぽきりと折れ、所構わずその巨体を横倒しにする。あんな物に押し潰されたら一巻の終わりだ。舞い上がる埃と砂で目も利かない中、安全な場所を求めて闇雲に走り回る。ラビは無事だろうか。鉄塔の下敷きになってなけりゃいいが……。
「本当は小細工は嫌いなんだがな。……少し先手を打たせてもらった。トルテラよ、わかるか? 友に裏切られた気持ちが。あらかじめ鉄塔に傷を入れて貴様らを待ち続ける俺の気持ちが。ひいふうみい……何人いようが関係ない。俺は貴様を『新しいお仲間』と共にあの世へ送ってやらんと気が済まんのだ!」
激しい地鳴りが響き渡り、次々と先ほど倒れた鉄塔よりも遥かに巨大なキャンディケーンが地面を割って乱立する。その度に衝撃波があたいたちを襲う。憎悪にまみれた紫と緑の毒々しい砂糖菓子。ガトーの心情を映し出すかのように、その砂糖菓子はいびつに歪み、誰の目にもおめでたい色調には映らないほど禍々しい様相を呈している。廃工場は今や毒に侵された砂糖の檻のような有様だった。一人たりとも逃すつもりはないらしい。
「や、やってくれる、じゃなぁい……。少しはこっちの言い分も聞いたらどうなのかしらあ……?」
衝撃波によって鉄塔に打ち付けられたらしいトルテラが息も絶え絶え言葉を振り絞るも、かつての仲間は微動だにしなかった。作戦失敗。不穏なワードが脳裏をよぎる。新たに策を講じる暇も、今のところはまるで無い。
怒りを通り越し、もはや怨恨に飲まれてしまったガトーには誰の声も届かない。濁った瞳で虚空を見つめ、ただ強く、強く己の武器を握り締めるだけだった。
一筋の涙を流して。




