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第一話 登場! 和食系魔法女子!

 あたいの名前は縁側あぶり! みんなの大好きな女子高生だよん。いつものように授業を受けてたら窓から入ってきた変な物体と顔面衝突! なんじゃこりゃあ! って触ってみたら、油でべとべとしてるけどいい匂い。かじってみるとなんだか揚げ物みたいな味がする。


「ビビッ! 食べちゃったビ!?」


 揚げ物が喋った! 驚いた途端体が光りだして……



 あたいは和食系魔法女子になっちゃったのだ!



「……たのだ……のだー、のだー……だぁ……はいいんだけどさー。なに? 魔法? 和食? あんた誰? 制服どこ行ったの?」


 あたいの可愛い可愛いJK装備が跡形も無く消え去って、代わりにシンプルな燕脂の着物とその上から割烹着をつけているという「古き良き居酒屋の女将」スタイルに変化していた。


「そっちこそ誰だビ! 僕は立派な魔法使い見習いを探してる途中なんだビ! なのにどこの馬の骨ともわからんあんたが勝手にかじってくれちゃうから台無しだビ! どうしてくれるんだビ!」


 宙に浮かんだ揚げ物が短い手足をばたばたさせてわけのわからないことを口走る。なんだか怒ってるみたいだけどナリがナリだけにいまいち真剣味が伝わってこない。ぷんすこぷん、って感じ。はっきり言って、場末の食品メーカーが苦肉の策で生み出した間抜けなマスコットキャラクターかなんかみたいだ。


「……ビービーうるせえなぁ、てめぇ誰なんだって聞いてんだよ、あ?」凄みを利かせると揚げ物は少したじろいだ。


「ビビッ! ぼ、僕はエビカツだビ! あんたが僕を食べちゃったから契約が完了してしまったビ! あんた今日から魔法少女ビ!」


 契約だか魔法だか知らないけど、それよりも先に否定しておくべきワードがそのセリフには含まれている。


「いやあもう少女って歳じゃないからさぁ……その辺弁えてるっていうか……」


 女子高生にもなって少女ってのはさすがにないわ。あたい、少女あぶり! きゃぴっ! ……ないわー。


「じゃ、じゃあ魔法女子だビ! こうなったらもうあんたで我慢するビ! なんでもいいから早く悪い魔法使いをやっつけてほしいビ!」

「は? 悪い魔法使い? 何言ってんの? あたいはただのJKだよ?」

「だまらっしゃビ! 僕ももう諦めたからあんたも観念するビ! 契約しちゃった以上魔法女子のあんたが使命を果たすんだビ!」

「ええーマジでぇーだっりぃー」


 必死な形相でまくしたてるエビカツとは対照的に、あたいのテンションはいまいち上がりきらない。ていうかまだ状況が飲み込めてない。契約、魔法、使命……だめだ、眠くなる。


「縁側! さっきからうるせえぞ! なんだその物体は!」


 教師が目敏く異変に気付く。そりゃあそうだよなあ。今まで普通に授業受けてた生徒がいきなり女将に変身して、挙句宙に浮く変な揚げ物と会話し始めたんだから。目敏くなくても誰でも気付くわ。気になりまくるわ。


「あ、いやっこれ? 早弁っすよ早弁」


 エビカツの肩を持つわけじゃないけど(そもそもエビカツに肩って)、とりあえず無難にこの場を切り抜けるために弁当扱いしてみよう。エビカツを掴んで口に放り込む。まだ何か物言いたげな顔をしながらも、教師は板書に向き直ってくれた。


「ぎゃー! 痛い! 痛いビ! ガチ食いすんなビ!」

「静かにしてろって……お? お前意外と美味いじゃん」

「え、そ、そう? ……じゃないビ! なにしっかり味わってんだビ!」


 すぽーんと口から飛び出たエビカツは、そのまま窓を抜けてどこかへと消えてしまった。なんだったんだろう。夢か? 妙にリアルな夢だなぁ。それなら夢の中で寝たらどうなるんだろう、とか考え始めたら、急な眠気に襲われてーー






 放課後までが早い早い! せっかくならあの変な揚げ物全部食べとけばよかったなー。おなかすく季節だもんねえ。食べなきゃやってられないって感じ。喋る揚げ物と遭遇するわ皆の前で生着替え披露するわいつの間にか元に戻ってるわで女子高生のストレス事情も結構大したもんなんすよ。いったいどんなシステムなのやら。そういや魔法とか契約がどうとか言ってたなあ。


「……あんたの腹事情は知らんビ。せいぜい太って丸くなって男子から白い目で見られればいいビ」


 飛び出したはいいものの結局行く当ての無かったらしいエビカツは、今はあたいの側に戻って不機嫌そうにしている。どうやらさっきからの一連の流れは夢じゃあなかったらしい。トイレで鏡見たとき唇テカってたもんな。


「あたいは男子になんて興味ありましぇーん。色恋沙汰より腹ごなしってな。それよりあの割烹着ってなんだったの?」

「あれは和食系魔法女子の正装ビよ! 僕も初めて見たビが、たぶんそうビ!」


 おいおいいい加減だなあ。大丈夫かなあ。


「ふーん……それで? 悪い魔法使い? ってどこにいんの?」

「やつらは神出鬼没ビよ。いつどこに現れるかわからんビ。困ったものだビ」


 短い腕で腕組みをしてやれやれ、みたいに首を振るが、あたいにとっちゃお前の方が「困ったもの」なんだけど。


「じゃあ和食ってのは?」


 とりあえず引き出せる情報は引き出しておきたい。ただでさえわけのわからない状況だし、いったい何がどうなっててこれからどう転ぶのか、考える材料が欲しい。あれ、意外と大人じゃん、あたい。


「次から次へと……もうちょっと落ち着いて質問してくれビよ。僕は食べた人を魔法使いにすることができるビ。あんたの場合はたまたま和食系魔法が使える魔法使いになったビね。あんたがこれから食べる和食が全部魔法になるビ! だからいっぱい和食を食べてレパートリーを増やして強い魔法女子になるんだビ!」

「ふいーん。変わった魔法もあるもんだねえ。まああたい和食好きだから丁度いいや。じゃあ大好物の肉じゃがを出す魔法いってみよう! はいどーん!」


 勢いよく人差し指を突き出してみるが、しかし何も起こらない。


「いやまだ魔法使えないっビよ……。それに使えるのは攻撃魔法だけだビ。何かを召喚したりする系の魔法使いと一緒にしてもらっちゃ困るビ。話はちゃんと最後まで聞くもんだビ。魔法を使うにはこれまでに食べたものじゃあだめなんビよ」ちっちっち、と指を振るエビカツ。腹立たしい。


「じゃあ戦えないじゃん! いきなりここに悪い魔法使いが現れたらどーすんのさ!」

「これから何か食べるしかないビね……。おなかすいてるビか?」

「うっぷ」

「だめビね」


 やべえ。一口かじっただけなのに揚げ物(エビカツ)が胃にもたれてる。せっかく帰りにさち屋の甘栗どら焼き食べようと思ってたのに……。

 ああ! 秋とはなんたる小悪魔的季節か! あれに見えるは焼き芋ののぼりじゃないか。おやあそこに見えるはアップルパイの網目じゃないか。絵に描いたような甘い幸せがあたいを手招いてるってのにあたいときたら変な揚げ物なんかに不覚をとっちまって……。


「不甲斐ねえぜ……」

「なんか失礼なこと考えてないビか?」

「サンキューエビカツ!」


 親指を立ててみる。


「誤魔化すなビ!」

「じゃあグッジョブエビカツ?」


 今度は中指を立ててみる。


「言ってることとやってることが真逆だビ!」


 エビカツをからかっていると微かに甘い匂いを纏った風が吹き抜けた。焼き芋かな? アップルパイかな? と思って見回すと、ぷんすか怒るエビカツの頭上に見知らぬ誰かが立っていた。ていうか、浮かんでやがる。


「やっほーい! スイーツ四天王がひとり、トルテラちゃんのおでましよん!」


 熟女だ! 熟女が空中にふわふわ浮いてピースしてやがる! どういう神経してんだろ。ピンクと焦げ茶のいわゆるゴスロリチックなドレスを着込んで年齢を誤魔化そうとしているが、大量のフリルと厚化粧による必死な努力が痛々しい。なんて無惨な若作りの熟女だろう!


「なんだお前! 美魔女か!」

「ある意味合ってるビね……いやいや! あいつがさっき話した悪い魔法使いビ! もうきちゃったビか! まずいビ! なんとかするビ!」


 こいつが敵? 悪い魔法使いというより痛いアラサーなんですけど。まあでも確かに魔法は使えるんだろうな。なんか浮いてるし。二つの意味で。


「あらあらだあれえ? エビカツちゃあん、そんな女の子たぶらかして遊んでんのお?」

「ちがうビ! 僕は硬派なエビカツビ! こいつはあんたを倒すため生まれた魔法女子だビよ!」

「まあこわあい。よろしくねえ新米魔法使いさあん」


 にんまり可愛く笑って見せるが、小じわが隠しきれていない。もういい! 休め! お前はよく頑張った!


「早くなんとかするビ!」

「おらあ! アラサーがしゃしゃってんじゃねえ!」

「きゃん! いたいけな女子にいきなり手を上げるとかなんて野蛮な子なのお!」


 さっさと引っ込んでもらうべく軽く小突いてやったつもりが、思わぬぶりっ子な悲鳴にこちらがやられそうだ。いや、いたたまれなくて見ていられないって意味で。


「こらー! あんたは脳筋ビか! 拳でなんでも片付くと思ったら大間違いだビ!」

「だってまだ魔法使えないんでしょ? だったら肉弾戦するしかないじゃん!」

「うっ……仕方ないビね、後で食べようと思ってた寿司折があるから、ほれ早く食べるビ! ひとつぐらいなら入るビ!」


 いつの間にかエビカツの手には寿司折を包んだ唐草模様の風呂敷がぶら下げられている。あれ? そんなの持ってたっけ? まあいいか、四の五の言ってる場合じゃない。早くこの痛いアラサーを退場させてやらないと。最早可哀想になってきた。


「うっぷ。いただきます……あ、うまい! うまいじゃん! これどこに売って……ってな、なにこれ! 体が光って……」


 再び割烹着姿へと変身してしまう。アニメとかにありがちな、変身シーンという名のサービスショットも挟めない、一瞬の出来事だった。


「今だビ! 寿司の美味しさを噛み締めながら、早く呪文を唱えるビ!」


 まばゆい光が徐々にビントロの形になりながらあたいの右腕に集まってくる。温かくて不思議な感覚。脳内に謎の呪文が流れ込んでくる。あ、今なら出せそう。あたいの至高の右スト……。


「炙りビントロイヤル!」


 ビントロを伴った右ストレートがトルテラの頬をとらえる。酢飯が炸裂し光のシャワーとなってあちこちに降り注ぐ。


「きゃあん! び、ビントロは苦手……でも、この味、脂っこくなくて香ばしく、それでいてふくよかな身のとろけ具合……くせになりそお……。お、覚えてらっしゃい! ごちそうさまあ!」


 トルテラは恍惚の微笑みで飛んでいった。なんだあいつ、変態か?


「やったビ! 追い返したビ! あんたやればできる子ビ!」

「へぇーあれが魔法ねぇ……ただ殴っただけな気もするけど。それにこうもあっさり終わっちゃうなんて」


 魔法ってもっと、こう、ほんわかして可愛らしいきらきらしたものだと思ってたけど。まさかそのきらきらが銀シャリだとは夢にも思わなかった。


「それはまあいいんだビ。やつらの苦手な食べ物を、あんたの『好きだ』って気持ちで克服させてやれればなんでもいいビ。今回はたまたま和食嫌いのトルテラが相手で助かったビ! あ、それと魔法の発動は使い手の性格に依存するから、右ストレートの形になったのはあんたが野蛮なだけビよ」

「あ?」まさしく野蛮に睨みつけてやる。


「さ、敵もやっつけたし、さっさと帰るビ!」


 慌ててそっぽを向くエビカツ。


「なんかなぁ。ま、とりあえずすっきりしたし、いっこ目の魔法使えるようになったし、良しとしますか」


 腑に落ちない風を装って、内心ちょっと喜んでるのは事実。人には言わないけど実はこっそりとこんな非現実的な状況を望んでたりもしたんだ。つまんない日常を繰り返すより、刺激がある方が楽しそうだし。まさに願ったり叶ったりってやつ!


「その感じで次も頼むビよ! トルテラはスイーツ四天王の一人だからあんな感じのがあと三人いるビ! 張り切っていくビよー!」

「マジか。アラサー四天王ねぇ……。なんかおなかすいたなー。残りの寿司折もおくれよぉ」

「んビ!? あげないビ! これは僕が食べる分だビ! ただでさえ楽しみにしてたビントロ食べちゃってもうー!」慌てて後ろ手に寿司折を隠す。ナリが小さいもんだから隠しきれてないけど。


 こいつっていわゆる魔法少女もののアニメに出てくる使い魔? 的な存在なんだろうか。確かに小さいしぷかぷか浮かんでやがるけど、揚げ物だ。エビカツだ。食品じゃねえか。食品が使い魔? やれやれ、いまいち格好がつかない魔法使いをやらされる羽目になったもんだ。それにしても。


「寿司折食べるエビカツ……共食い?」

「だまらっしゃビ!」


 短い両手を上げて威嚇してくるエビカツであった。

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