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前編

   序     アヤカシ町霊丁目


 普通ではないお困り事、承り〼。

 どなた様でも、お気軽にお越し下さい。

 雑踏から遠ざかり、ごゆるりと。

 お客様の幸いのため、尽力致し〼。

           ことほぎ屋




   第一譚     厄日


 夏の気配が強まってきた、五月下旬の放課後。

 御隈利みくまり高校、三階の空き教室。

 天野蓮華あまのれんげは週の始めだというのに、盛大にため息をついた。それはもう、絶望に打ちひしがれた表情で。

「一週間も補修……」

 手元のプリントには『赤点の者は今週一週間、放課後に補修を行う。出なければ成績はつかないと思え』とデカデカと脅すように印刷されている。決して、高校に入って初めての英語のテストが赤点だったわけではないのだ。答案用紙に名前を書き忘れただけで。英語は苦手科目なので、詰め込んだ内容を忘れないようにと問題に取りかかった結果がこれである。

周りの十数人の生徒達も面倒臭そうな表情だ。八つ当たり気味に、蓮華はプリントを乱雑に折ってカバンに突っ込む。せめてもの救いは、今日は説明だけで終わったことだろうか。

補修を担当する男性教諭はサボったりするなよ、と釘を刺して出て行った。

「一週間かぁ………」

 蓮華はハーフアップにした髪をかきあげて、再びため息をついた。もう帰りたい。いや、帰るが。

憂鬱で仕方ない原因は、もう一つある。教室の最前列に座っている、いかにもチャラそうな茶髪の男子生徒。他クラスなので、もちろん名前など知らない。問題は彼に纏わりつく、どす黒い靄のようなモノだった。

それを認識した途端、鼻をつく生臭さと軽い吐き気に襲われ、蓮華は口元を押さえた。腕にもぶわりと鳥肌が立ってしまっている。彼と同じクラスでなくてよかった。間違いなく──何かに憑りつかれている。

 蓮華には小さい頃から、俗に言う霊感というものがあった。周りには見えていないものが視え、聞こえないものが聴こえる。

両親は当時、鹿が生息しているはずのない林で立派な鹿を見た、川の上に立っている女の子がいる、などと蓮華が言うので随分気を揉んだようだ。外ではそういうことを話してはいけない、と再三言われた。鹿に関しては、遠目でも神々しく視えたのを今でも覚えている。

 何より厄介なのは、その霊感があまり強くないことだ。精々、中の上くらいである。力の強い相手では、そこにいるのは分かっても本性や正確な数が分からなかったりするのだ。残念ながら、祓う力もない。

《良いモノ》か《悪いモノ》かは感覚で分かるので、《悪いモノ》ならひたすら近付かない、もしくは逃げるだけだ。そのせいか、追いかけられるようなことはあまりなかった。霊感よりも、この感覚──《良し悪しセンサー》の方が便利だと蓮華は思っている。知っている人が少ないので、ネーミングについては分かりやすさ重視だ。

 先程の吐き気や鳥肌は、《悪いモノ》に遭遇した時の反応である。このまま蓮華が、そして彼が一週間補修に真面目に出るならば、この吐き気にずっと耐えなければならないだろう。いくらなんでもキツい。泣きっ面に蜂どころか悪霊だ。

お守りやお札もカバンに忍ばせてあるが、効果はいかほどか。センサーは、中学校に入ると同時にこの御隈利市に引っ越してきてから、どうにも過剰反応気味である。小学生の時までは、ここまで臭いや吐き気は感じなかったというのに。

 そそくさと教室から抜け出すと、廊下の開いた窓から入り込んだ風がセーラー服のスカーフを巻き上げた。空気が変わり、少し気分が楽になる。

蓮華はスカートのポケットからエメラルド色の折りたたみ携帯電話を取り出した。親友の倉岡入梅くらおかついりに愚痴るために。入梅は蓮華に霊感があることを知っている、中学からの友人だ。

 入梅にどこにいるか問うメールを送信し、一応四階の自分達のクラスに足を向ける。窓からの西日に目を細めながら廊下を歩いていると、吹奏楽部の練習が聞こえた。校門を見れば、陸上部が外周を走り込みをしている。御隈利高校は田んぼのど真ん中にあるので、見晴しだけはいい。暗くなると様々なモノと遭遇しやすくなるので、蓮華は帰宅部だ。校門の横で、陸上部員達を見守るように佇んでいる白い影から蓮華は視線を戻した。

 ふとした瞬間に、自分の居場所は本当にここでいいのだろうかと思ってしまう。普通に紛れることも、霊感を活かすこともできない。

「入梅、まだいるー?」

 蓮華が教室を覗くと、女生徒三人しか残っていなかった。残念ながら、その中に入梅はいない。

「入梅なら、さっき帰ったわよ」

「急にバイト入ったんだって」

 上田香帆と間宮祥子が振り返り、蓮華に答えた。

「ありゃ、マジか」

 肩を落とすと、手元の携帯が振動した。入梅からの返信で、今教えられたのと同じ内容が謝る顔文字と一緒に並んでいる。

「蓮華ちゃんは補修だったんだっけ?」

「うん、まぁ……」

「名前書き忘れるなんて、マンガみたいだよね!」

 きゃたきゃたと杉本紗菜は悪びれた様子もなく笑った。その通りなので、返す言葉もない。

「皆は何してたの?」

 三人は一つの机を囲むように座っていた。机に歩み寄ると、そこにあったのは雑誌でもマンガでもなく、一枚の紙だった。鳥居と丸い字で数字や五十音が書かれた、シンプルなもの。脇には十円玉もある。

「ちょ、これ……!」

「コックリさんをやってみよう、って話してたんだ」

 祥子が眼鏡の位置を直し、真顔で言う。

 コックリさんは、降霊術の一つとされるものだ。十円玉に人差し指を乗せ、霊を呼び質問をすると、答えの言葉に十円玉が移動するというものである。最後に呼び出した霊には帰ってもらうのだが、怪談などでは帰ってもらえず狐憑きになってしまうものが多い。

どうやら彼女達は、それをこれから行うつもりらしい。

「やめなよ、危ないって!」

「蓮華って、迷信とか信じるタイプ?」

 香帆が興味深そうに聞いてくる。

 信じるタイプというか視える人です、と言いたくなるがグッと堪える。当然そんなことを言い出しても、電波扱いだろう。始まって間もない高校生活で、それは避けたい。

「ちょっとだけだし、大丈夫だよ」

「いや、そういう問題じゃなくて!」

実際には怪談のように、何かが来ることは滅多にないはずだが、変なモノが来ないという確証はない。触らぬ神に祟りなし、なのだ。真面目に。

「そうだ!ツイてない蓮華ちゃんに、いい出会いがないか聞いてあげる」

「いいから!そんな気遣いはいらないから!補修で一杯一杯だから!」

 紗菜はいいこと閃いた、という顔をしたがちっとも良くない。むしろ事態は悪化している気がする。

「それじゃ、最初の質問はそれね。コックリさんコックリさん……」

「え、ちょ……!」

 蓮華が顔と両手を振って全力で拒否したというのに、三人はコックリさんを始めてしまった。一度始めてしまった以上、下手に中断させるのも危険だろう。何もないよう、祈るしかない。今日はきっと厄日だ。これじゃ本厄の年どうなるかな、と蓮華は女子高生らしからぬ思考を巡らせた。

「コックリさんコックリさん、蓮華にいい出会いがあればお教え下さい」

 この際、「ない」でいいのでさっさと終わってほしい。しかし、三人の人差し指が置かれた十円玉は、何も書かれていないところでピタリと止まった。

「あれ?」

「コックリさんにも分からないのかしら」

 それはそれで腹立たしい。特に《良し悪しセンサー》も反応しないので、変なモノが来たわけではなさそうだ。

「ほら、コックリさんなんてそんなもの……」

 そう言いかけて、蓮華は固まった。窓の外から──狐が山吹色の瞳でこちらを覗いていた。いや、ここは田んぼのど真ん中にある高校だ。狐が出てもおかしくはない。近隣で狸が出た、という話を前に担任がしていたし。

 蓮華は必死にそう思い込もうとしたが、重大な事実に思い至ってしまった。ここは四階である。一階ならまだしも、四階まで野生の狐が登って来るとはとても考えられない。一気に《良し悪しセンサー》が反応し、冷汗が背中を流れ動悸が激しくなる。思い切り狐から目を逸らし、蓮華は視なかったことにした。

「わわわ、私のことはいいから、さっさと終わらせちゃいなよ」

 どもりながらも声を絞り出し、努めて明るく言う。けれど、三人は異常なくらい反応しない。

「……どしたの?」

 不審に思い、それぞれの顔の前で手を振ってみるが、うんともすんとも言わない。軽く頬をつついてみるが、それでも微動だにしない。気付けば、三人は瞬きすらしていなかった。まるで時間が止まったかのようだ。予想していなかった事態に、足が震えてくる。やっぱり今日は厄日に違いない。

 蓮華は窓に視線を戻してみたが、狐はもういなかった。狐に化かされた時は煙が効くって聞いたような、とうまく働かない頭から情報を引っ張り出してみる。だが、煙を出せそうなものなど持ち合わせていない。使えそうなものはないかと教室中を見回し、チョークで真っ白な黒板消しが目に入った。

「煙じゃなくて、チョークの粉でも何とかなるかな……」

「あらぁ、面白いこと考えるのね」

「ひょわっ!?」

 突然背後から艶っぽい女性の声がして、蓮華は奇声を上げて飛び上がった。リアルに数センチほど。

「何よぅ、そんなに驚かなくてもいいじゃない。アナタ、視える子なんでしょ?さっき目が合ったじゃない」

 恐る恐る振り返ると、やはりというか悲しいかな、すぐ後ろにさっきの狐がいた。何本もあるしっぽがうねうねと動いていて、まるでそれぞれに意思があるようだ。

人語を話す物の怪は多いと聞くので、そこには驚いてやらない。蓮華とて、伊達に霊感を持って今まで生きていないのだ。

むしろ、

「……何、その後ろ脚」

 大型犬より大きいであろう狐の、後ろ右脚にビッシリお札が巻かれていた。腿の辺りはもはや、毛が見えないくらいだ。そこだけ見ると、軽いホラーである。狐の妖怪と対峙している現状は悲しいかな、本格的なホラーだ。

「これ?これは、ある種の勲章みたいなものよ」

 楽しげに狐は言う。

妖怪にも勲章ってあるのか、どう見てもお札なのにどういうこと──余計に疑問が増える。それでも蓮華はカバンを盾のようにして、警戒しつつ本題に移ることにした。

「……私達を食べても、美味しくないと思うよ」

「あらぁ、人間を取って喰ったりなんかしないわ。近くを通りかかったら、喚ばれる気配があったから様子を見に来ただけよ」

 険しい表情の蓮華を気にした様子もなく、狐はカラカラと明るく笑った。これだけの近距離でも、いつものような怖気や吐き気はない。鳥肌と冷汗はひどいが、《悪いモノ》ではないのだろう。もしかしたら、後ろ脚に巻き付いているお札で抑えられているのかもしれない。わずかに花のような甘い匂いが漂っている気さえする。

だが、妖怪とこんな風に会話をしたことなど一度もないので、どう対処したらいいのかまるで分からなかった。

狐は鼻をヒクヒクさせて一歩近付いて来たので、蓮華は無言で一歩下がる。

「アナタの荷物から、いい匂いがする……。何か食べ物入ってるわね」

「は?……あ、あぁ、クッキーかな」

 思わず怪訝な顔をしてしまったが、食べる食べないの話を出したのはこちらなので、蓮華は大人しくカバンを漁った。昼休みに封を開けたクッキーがまだ残っていたはずだ。

「これあげたら、皆を元に戻してくれるの?様子見に来ただけなんでしょ」

 飛びかかられないよう、蓮華はクッキーの入った袋を高く掲げて尋ねた。

「そのつもりだったけど、気が変わったわ。それをもらって、占いをしてからね」

「占い?」

「そのために、アナタ達が喚んだんでしょ」

 そういえばそうだった。あまりの事態に蓮華の頭からは吹っ飛んでしまっていたが、この狐はコックリさんで来たモノだ。けれど、蓮華はコックリさんに賛同したわけでも、参加したわけでもないので含めないでもらいたい。

「アタシの占いはよく当たるのよ?人間なんて滅多に占ったりしないんだから、ありがたく思いなさい」

「うえぇ……」

 最早、そんなことはいいのでさっさとお引き取り願いたいのだが、これで本人が納得するなら我慢するしかない。

狐が尻尾をワッサワッサ揺らすと、何かがことりと蓮華の足元に転がってきた。透明で様々な角度に煌めくそれは、五センチほどの研磨されていない水晶の原石だった。狐はそっと右前足を水晶に乗せ、淀みなく唱え始める。

「九天の空に吉凶禍福を示せ。淀みを流し、新たなる遭逢を」

 唱え終わると同時に狐が前足を下げると、水晶がその場でくるくると回転し出した。夕陽を浴びて、透明なはずの水晶が金色に輝く。しばらく回転した後、水晶は尖った方を黒板に向け止まった。

「ふぅん、西の方に行くと吉みたいよ。行く行かないはアナタ次第だけど」

 黒板を、恐らくはその向こうを一瞥し、狐は水晶をくわえると器用に尻尾の中にしまった。

「さ、それ頂戴」

「え、あ、うん」

 蓮華はへっぴり腰になりつつも、クッキーの袋を床に置いた。狐はもう一度匂いを確認した後、袋に顔を突っ込んで豪快に食べ始めた。袋の中からザクザクとクッキーを噛み砕く音が聞こえてくる。半分も残っていなかったクッキーは、あっという間に全部食べられてしまった。元々は、夜食用に残しておいたのに。

「こういう食べ物も、たまにはいいわねぇ」

 狐はベロリと口の周りを舐めると、満足げにそう言った。途端、眩暈がして蓮華の意識が遠くなる。視界が霞む中、「アナタが変わりたいと強く望むなら、行くことを勧めるわぁ」と聞こえた気がした。


*   *   *   *


「……げ」

「……れん……ってば……」

「蓮華!」

 大声で呼ばれ、蓮華ははっと我に返った。目の前では、コックリさんをやっていた三人が心配そうな顔をしている。

「あれ、えっと……私どうしたんだっけ?」

「蓮華ったら、コックリさんの途中で固まっちゃったんだよ!」

「狐にとり憑かれちゃったのかと思って、ヒヤヒヤしたんだから!」

 どうやら、あの狐に化かされたのは蓮華の方だったらしい。三人は盛大に安堵のため息をついた。少し申し訳なくなる。

「ご、ごめん、ぼんやりしてただけだよ。コックリさんは終わったんだっけ?」

「とっくだよ!『西が吉』って出たの見てなかった?」

 結果は、やはり西に行くことらしい。三人には補修の説明で疲れただけだから、と適当に言い訳をして帰ることにした。もちろん、もうコックリさんはやめた方がいいと念を押して。下駄箱でカバンの中を確認すると、クッキーは袋ごと消えてしまっていた。そこら変にポイ捨てしていなければいいのだが。

 蓮華は靴を履き替え、自転車置き場へ向かいながら言われた西を見やった。オレンジ色の夕陽は、まだ明るい。

普段は通らない方向な上、よくよく考えると方角だけなんてアバウトすぎる。せめて地名か、距離くらい問い詰めるべきだった。

「……出会いって、人間じゃなかったらどうしよ」

 青々しく広がる田んぼの中を走り出してから、蓮華はそこに思い至った。『いい出会い』なので、《悪いモノ》ではないはず……だと信じたい。というかひたすら信じるしかない。

下校時間から大分ずれているので、人通りも車も通らない畦道を蓮華はうんうん唸りながら進んだ。心は躊躇っていても、思いの外自転車の進みは早く、気が付けば隣町近くまで来ていた。畦道はまだしばらく続くが、これ以上行くと家に着く頃には完全に暗くなってしまう。

出会いとやらはもう少し先なのか、まさか通り過ぎてしまったのだろうか。自転車のスピードを緩めたところで、蓮華は先の方で用水路にしゃがむ人影に気付いた。田んぼの持ち主かと思ったが、よく見かける長靴にズボンではなく紺の着流し姿だ。暗くなってきてしまったので、顔や何をしているかまでは見えない。

着流しの人物は蓮華には気付かず、空を見上げてゆっくりと立ち上がった。つられて蓮華も上を見上げる。ふわりと、光る玉のようなものが一つ空へ昇っていくのが視えた。蛍ではない。成仏したんだ、と蓮華は感覚的に思った。過去にも何度か見たことがある光景だ。見ず知らずの相手でも、この瞬間は何かが胸にこみ上げてきて泣きそうになってしまう。決して、悪い感覚ではないのだが。

「もしや、視える方ですか?」

 いつの間にか自転車を止めて空を見上げていた蓮華は、低く穏やかな声で話しかけられた。視線を下ろすと、着流しの男性がこちらに歩いて来ていた。和服だからきっと年配の方だろうと予想していたが、夕陽に照らされた顔は随分若く二十代半ばくらいに見える。墨色の髪は背中まであり、後ろで緩く束ねていた。切れ長の目が、柔和に細められて蓮華に向けられている。

「えっ、あの、まぁ……」

「ああ、ご心配なく。怪しい者ではありませんので」

 自分でそう言う人はだいたい怪しいのだが、男性は至極真面目な顔をしていた。何より、さっきの様子からしてこの男性も視えているのだろう。男性は懐に手を入れると、ごそごそと漁り始めた。

「……あれ?ない?すみません、ちょっと待って頂けますか!」

「……大丈夫ですか?」

 焦り出す男性に、蓮華は冷静に声をかけてしまった。どうやら探し物が出てこないらしい。袂を振ったり、懐の奥まで手を入れて必死に探している。怪しい怪しくない以前に、何だか心配になってきた。

手伝おうかと蓮華が思い始めたところで、懐からヒラリと紙が落ちた。

「あっ!よかった、ありました!」

 男性は紙を拾い上げると、嬉しそうにそれを蓮華に差し出した。

「私はこういう者でして!」

「はぁ……」

 受け取ったそれは、和紙の名刺だった。仄かにお香のようないい匂いがする。

《ことほぎ屋店主・七枝境也ななえだきょうや 普通ではないお困り事、承り〼。どなた様でも、お気軽にお越し下さい。》

 このご時世には珍しく、やたら達筆な字でそう書かれていた。もちろん蓮華は名刺をもらったことなどないので、憶測でしかないのだが。それより、普通ではない困り事とはどういったものを指しているのだろう。

「えーと、この困り事って……?」

「怪異や、呪いなどです。先程のように、多くの人には視えないようなものですね」

 男性──境也はもう一度空を仰いで言った。所謂、祓い屋のようなものだろうか。名刺を探していた時とは打って変わって、境也は力強い瞳をしている。

「貴方も、何かお困りなのではありませんか?」

 蓮華はふと、補修に出る男子生徒に纏わりついていた靄を思い出した。

「困り事は……あると言えばあるんですけど、私にはどうしようもないというか」

 歯切れ悪く、蓮華は答えた。せめて蓮華の霊感がもう少し強くて、正体が分かればまた違ったのかもしれない。境也は蓮華の返答に何か考え込むと、今度は袂から一発で何か取り出した。

「では、これをお持ち下さい。効果は長く続きませんが、多少は役には立つはずです」

 差し出されたのは、小さく可愛らしい和柄の匂い袋だった。名刺についていた匂いの元はこれだったようだ。冷たい清流を思わせる、涼やかな匂いがする。

「では、陽も暮れてきてしまったので失礼しますね。貴方もお気を付けて」

「えっ、これ、もらっちゃっていいんですか?」

 踵を返そうとする境也に、蓮華は急いで声をかけた。店をやっているなら、これは商品なのでは。

「お困りなのでしょう?」

「で、でも」

「もしお暇でしたら、店に遊びに来て下さい。この先の水恵商店街から横道に入った所にありますから」

 悪戯っぽく笑って、境也は畦道の先を指差した。街頭は数えるほどしかないため、夜の帳が降りてきた今はぼんやりとしか建物の輪郭が分からない。

「それでは」

「あ、あの、住所とかは!」

 さっきの反省を活かし、歩き出した境也に蓮華はほとんど叫ぶようにして尋ねた。

「《アヤカシ町霊丁目》です」

 境也は宵闇に紛れるように去って行った。蓮華はしばらく立ち尽くした後、手元の名刺と匂い袋を見る。

 狐の言った出会いはこれだろうな、と蓮華は確信して境也の背中を見送った。




   第二譚     決意


 今日さえ耐えれば、補修が終わる金曜日。

「明日、その店に行ってみる気なの!?」

 入梅がキャラメル色のボブカットを振り乱して叫んだ。目の前で大声を出されたので、蓮華は思わず顔をしかめる。教室を見回せば、放課後とはいえ疎らに残っていたクラスメイト達が何事かとこちらを見ていた。

「……だって、もらった匂い袋のおかげで、補修乗り切れたんだよ」

 少し声をひそめて蓮華は言った。

 蓮華と入梅は中学からの付き合いなので、霊感や《良し悪しセンサー》については全部話してある。そもそも、蓮華の感覚に《良し悪しセンサー》と名付けたのは入梅だ。ネーミングセンスがないのではなく、二人でああでもないこうでもないと話し合った結果、分かりやすさを優先しただけである。

出会った当初は変な子だと思われていたようだが、蓮華といると稀にプリクラの写りがおかしかったり、映画館で突然スクリーンが点滅したりといった現象に遭遇するため、今では信じてくれている。

「この小さい匂い袋だよね?確かに、いい匂いだけど……」

 机の上に置いた匂い袋を、入梅がちょいと摘み上げる。先日、蓮華が境也にもらったものだ。最初は使い道が分からずカバンに入れていたのだが、補修中匂い袋の匂いが男子生徒に纏わりつく《悪いモノ》による生臭さと吐き気を弱めてくれていることに気付いたのだ。こっそり机の上に出すと涼やかな匂いが強く漂い、《悪いモノ》の方はほとんど気にならなかった。補修の最終日だった今日は、心なしか男子生徒の周りの黒い霧が薄くなっていたようにも視えた。

「今までのお守りとお札と違ってすごい効いたんだよ。あの人、多分本物だと思う」

「本物、ね……」

 蓮華の言葉に、入梅は心配そうな顔をした。中学の頃を思い出したのだろう。

 中学校に入学と同時に引っ越してきてから、蓮華の《良し悪しセンサー》はなぜか精度を上げた。

視えるモノ、聴こえるモノは変わらないのに、事故現場の近くを通れば吐き気を催し、学校内でも空気がどんよりした場所にいると眩暈を起こす。そうなると保健室のお世話になることが多く、入梅には当初病弱だと思われていたらしい。体は丈夫な方だというのに。

 流石に両親も見かねたようで、霊能力者と言われる人達のところへ連れて行かれもした。大半は詐欺で、とんでもない額のお札や壺を買わされそうになり、丁重にお断りして帰って来たものだ。「あなたは玉ねぎに祟られています!」と言われたこともあった。嘘と分かっていても、それはそれで恐ろしい。

中には蓮華よりよく視えている人もいたが、蓮華で言う《良し悪しセンサー》はないらしく、醜い姿をしている《良いモノ》を祓ってしまっていた。

結局、有名どころのお札やお守りをいくつか集めただけで、根本的な問題は解決していない。

「そもそも、住所からして怪しくない?土日バイト入れてなければ、あたしも一緒に行ったのになぁ」

 入梅は大きくため息をついた。バイト先の駅前のコンビニは人手不足らしく、今日も一時間後からシフトが入っているらしい。

 蓮華はカバンから名刺を出し、裏面を見た。もらった時は気付かなかったが、表と同じ達筆で《アヤカシ町霊丁目までどうぞ》と書かれている。始まりが狐の占いなので、怪しいと言えば怪しさ爆発ではある。

「《アヤカシ町》ってのは、私も気になったけどね。ネットで調べたけど、そんな地名出てこなかったし」

「《霊丁目》っていうのも変だよ。せめて《零丁目》じゃないの?番地もないんでしょ?」

「でも、水恵商店街から横道で行けるって言ってたよ。水恵商店街なら、何度か通ったことあるしデタラメってことはない……と思うんだけど」

 最後の方は尻すぼみになりながら、蓮華は名刺と睨めっこをする。柔らかい雰囲気で真摯な態度だった境也が、嘘をついているとは思えなかった。《良し悪しセンサー》の一環としてか、蓮華の直観がはずれたことはほとんどない。テストの山も当てられればいいのだが、そう都合よく働いてくれないのが玉に瑕だ。

「あっ、ヤバイ、もう行かなきゃ!パートのおばちゃんが、時間にすっごいうるさいんだよね……。怪しいと思ったら逃げてよ!」

 携帯の時間を見て、入梅は椅子から勢いよく立ち上がった。

「分かってるって。バイト頑張ってねー」

「蓮華は気を付けてよ!色々と!」

 慌ただしく去っていく親友を、蓮華はのんびり見送る。中学時代に蓮華がしょっちゅう体調を崩していたせいか、入梅はやたら心配性だ。

まだカバンに入れてあった匂い袋を、そっと取り出す。効果は長くないと言われた通り、匂いはかなり薄くなっていた。


*   *   *   *


 翌土曜日、午前中。

 蓮華は水恵商店街を先程から三往復ほどしたが、それらしき横道は見当たらなかった。店案内の看板なども見当たらない。昼前の買い物をする主婦達や、遊びに行く子供達が自転車で通り抜けて行く。非日常の気配はどこにもない。

いっそ、商店街の店の人に聞いた方がいいのだろうか。だが、何言ってんだコイツみたいな反応をされると辛い。怪しいのは蓮華もよく分かっている。

「うーん、どうしよう……」

 落ち着いて商店街を見通すと、靴屋と時計屋の間の街路樹だけがサワサワと揺れていた。そこだけ、どこからか風が吹いてきているようだ。他の樹は葉を動かすこともなく、大人しく立っている。蓮華の直感が、あそこだと告げた。

近付いてみると、二軒の間には路地があるものの建物の影になっていて暗い。その上、バケツやエアコンの室外機が置かれているせいで歩きにくそうだ。

 躓かないように足元を見ながら進むと、急に舗装されていない砂利道に変わった。視界も開けて明るくなったので顔を上げれば、近くに蔦の巻き付いた木製の電信柱が立っていた。電信柱には《アヤカシ町霊丁目》と書かれた、藍色の錆びついた住所表示がついている。ふわりと涼やかな風が吹き抜けて、何だか空気も変わった気がした。

「よかった、合ってた!」

 道の先を見れば、立派な門構えの古い平屋の日本家屋が見えた。他に道がないので、あれが店で間違いないだろう。しかし、あまり店っぽく見えない。ただの由緒ありそうなお屋敷だ。

「こんにちは、どなたかいらっしゃいますか?」

 呼び鈴も見当たらないので、蓮華は門の一歩外から声をかけた。留守なのか、返答は聞こえない。

「営業中か閉店中かくらいは、分かるようにしておいてくれればいいのに……」

 蓮華はぼやきながらも、そっと敷地を覗き込んだ。左側に広々とした庭と蔵、小さな祠、物干し竿、そして長い縁側が見える。洗濯物が干しっぱなしになっているので、少なくとも朝は人がいたようだ。蓮華は干し物が気になったので、悪いと思いながらも庭に足を進めた。正確に言うならば、干してある物ではなく、干し方である。

「斬新な干し方……」

 ハンガーがないのか、よもぎ色の長着が直接竹竿に通されている。タオルや靴下も紐にかけられているだけで、洗濯ばさみで止められていない。風で落ちたりしないのだろうか。まるでテレビで見る明治や大正時代のようだ。紺のトランクスは見なかったことにする。蓮華がバランスが危うくなっている靴下を直していると、背後で何か落ちたような音がした。振り返っても、庭には何もない。

「やっぱり誰かいる……?」

 縁側に近寄り、蓮華はもう一度声をかけてみる。

「あの、誰かいらっしゃいますか」

 はっきりと返答はないが、耳を澄ませると小さな話し声のようなものが聞こえた。怒られるかもしれないが、靴を脱いで障子に手をかける。

「すみません!」

 障子を開けた先は、居間だった。使い込まれたちゃぶ台と、陽に焼けた戸棚が落ち着いた雰囲気を出す中、大型のデジタルテレビが異彩を放っている。ご丁寧にレコーダーまである。部屋には誰もおらず、つけっぱなしのテレビがバラエティーを延々と流しているだけだった。

「何だ、テレビの音か」

 怒られる覚悟をしたのに、拍子抜けだ。消すのを忘れて出掛けてしまったのだろうか。付けたままにしておくのは忍びないので、蓮華はリモコンを探した。すぐに、ちゃぶ台の下に何か転がっているのが目に入る。

「こんなところにあっ……」

 蓮華はリモコンに手を伸ばしたところで固まった。リモコンのすぐ横に、手の平サイズの白い毛玉が落ちていたのだ。瞬時にうなじがザワリとし、《良し悪しセンサー》が毛玉を妖怪の類だと感知する。存在が微弱すぎるのか、《良いモノ》とも《悪いモノ》とも判断できないが、リモコンを掴んで勢いよく身を引く。蓮華の気配に気付いたのか、毛玉がもぞりと動いた。

「……何じゃお主、そんなところから入ってきよって」

 見かけに反し、毛玉はやたら渋い声でしゃべった。もさもさの毛で分かりにくいが、ちゃんと目も口もあるようだ。

「何このカビ大福!?」

 蓮華はつい、全力で叫んでしまった。ここは怪異などの困り事を解決する店ではなかったのか。毛玉は蓮華の言い方が癪に障ったのか、ピョンと蓮華の方に跳ねて怒鳴り返してきた。

「勝手に入り込んできて、カビ大福とは何じゃ!ワシは……ワシは!」

 小さい体を恐らくは怒りで震わせて、毛玉は叫んだ。

「この店の、ふくてんひゅくじゃ!」

「……………………………………は?」

 謎の単語に、思わず聞き返す。

「か、噛んでしもうた……。副店長、じゃ!」

 毛玉は一瞬しょんぼりしたが、すぐに気を取り直して威厳たっぷりに言った。直前の言い間違いと外見のせいで、その威厳はあってないようなものだが。

「副店長?アンタが?」

「そうじゃとも!娘っ子、お主は何故ここへ来た?」

「えっと、店長さんに名刺をもらって。良ければ遊びに来てほしい、って言われたんだよ」

 妖怪に不審者だと思われては敵わないので、蓮華はカバンから名刺を出してビシッと突きつけた。毛玉はそれを見ると三回ほど跳ねてちゃぶ台の上に乗った。どんな身体構造をしているのだろう。

「ではお主が、境也の言っていた匂い袋をやったという娘か」

「そうそう、匂い袋も持って来たよ」

 もうほとんど匂いのしなくなってしまったそれを、毛玉の前にぽんと置く。鼻があるのか不明だが、毛玉は匂いを嗅ぐような仕草をした。

「一週間でこんなに匂いが薄れたのか。厄介なのが近くにおったんじゃな」

「みたい」

 蓮華は毛玉をつついて苦笑した。怪異などの困り事を扱う店の副店長が、大福の妖怪とはアリなんだろうか。しかも、当人は真面目に分析している。

「ところで、副店長さんは何で床に転がってたの?」

「ワシか?てれびを見て笑い転げていたら、りもこんと一緒にちゃぶ台から落ちてしもうたんじゃ」

「…………へぇ」

 妖怪もテレビを見る時代になったのか。さっき聞こえた何か落ちるような音は、その時の音だったらしい。

「ふむ、娘っ子……お主のカバンから食べ物の匂いがするようじゃが。何か持っとるな?」

「え?あぁ、ポテトチップスだけど……」

 またこのパターンか、と思いながらも、蓮華は来る途中スーパーで買った未開封のポテトチップスを取り出した。毛玉は匂い袋を出した時よりも興味津々で近寄って来る。

「それは美味いのか?何でできておる?どんな味じゃ?」

「んーと、ジャガイモを薄切りにして揚げたもの、かな。味は色々あるけど、これはコンソメ味だよ。私はこの味が一番好きなの。……コンソメって分かる?」

「食ったことはないが、料理番組で見たことがあるぞ!」

 自信満々に毛玉は言う。情報源がテレビ番組というのが、何とも言えない。百聞は一見にしかず、ということで封を開けてやる。

「はい、どうぞ」

 小さめの欠片を毛玉の前に差し出すと、匂いを確認してからぱくついた。しばらくモゴモゴと咀嚼した後、ゴクンと飲み込む音が聞こえた。

「ほほぅ、これは……」

「気に入った?」

「もっとくれ」

 要するに、気に入ったらしい。今度は大きめのチップスをあげてみると、グワッと大口を開けられた。細かい歯がびっしり生えているのが見え、さしもの蓮華も驚く。噛みつれたら地味に痛そうだ。指まで食べられないようにしなければ。

「店長さんは、お仕事に行ってるの?」

 蓮華もポテトチップスを頬張りながら、もう一度部屋を見回す。

「いや、境也は昼食の買い出しに行っとるだけじゃ。沢庵がもう無くてな」

「たくあん?」

 米やパンではなくて、沢庵とはどういうことだろう。好物なのだろうか。とりあえず、さっき抱いた疑問をぶつけてみる。

「ねぇ、ここお店なんだよね?全然それっぽく見えなかったけど」

「ふぃふぉんふぇひひふぁふぁひふぁのふふふぉふぁふぁふぁふォ」

「……食べ終わってから話してくれない?」

 蓮華は口をもぐもぐさせたまま話す毛玉に、軽くチョップを入れた。何を言っているのかさっぱり分からない。

「んぐ。基本的にはワシらの住居じゃからの。客はそう多くはない。いつもなら誰か来たら気付くんじゃが、今日はてれびに夢中になりすぎてしまったようじゃ」

「職務怠慢……」

「じゃが、お主は遊びに来たんじゃろ」

 むぐぐ、妖怪に正論を言われるとは。

「なぁ、もっと菓子をくれ」

「こら、全部食べようとしない!」

 ポテトチップスの袋に突進しようとする毛玉と、蓮華は必死に攻防戦を繰り広げた。手足はないようなのに、どうやってちゃぶ台に踏ん張っているのだろう。一人と一匹(?)でぎゃいぎゃい騒いでいると、引き戸を開ける軽い音がした。蓮華が体勢を立て直す間もなく、襖が開く。

「フクさん、ただいま帰りました」

「あっ、お邪魔してます……」

 部屋に入ってきた境也は、この間と同じように着流しだった。洗濯物からしても、洋服は好まないのかもしれない。蓮華が毛玉を押し留めながらお辞儀をすると、境也は驚いた顔をした。

「これはこれは、いらしてたんですね。玄関に靴がなかったようですが……」

「あっ、色々あって縁側から入っちゃって」

 変なところから侵入したことをすっかり忘れていた。これで面識がなかったら、不審者以外の何者でもなかっただろう。

「おい境也、この菓子美味いぞ!今度買ってきてくれ!」

「フクさん、お客さんにたからないで下さいよ……」

 境也は眉を下げてスーパーの袋をちゃぶ台の上に置いた。この毛玉の名前は、フクというらしい。

「本当に来て下さったんですね。せっかくですから、昼食でもご一緒にいかがですか?」

「えっ、いや、そういうわけには」

 蓮華はそこそこ朝早く家を出たつもりだったが、横道を見つけるのに思いの外時間がかかったせいで、もう昼前になっていたらしい。

「お菓子をほとんどフクさんが食べてしまったようですし、お詫びも兼ねてです」

「沢庵買ってきたんじゃろうな」

 げふ、とフクがポテトチップスの袋から這い出してきた。見れば、境也の言う通り袋の中は空に近い状態になってしまっていた。一体この小さい体のどこに収まったというのだろう。

 境也はスーパーの袋から卵のパックと沢庵を出すと、はっとしたように顔を上げた。

「そういえば、まだきちんと名乗っていませんでしたね。私はこの《ことほぎ屋》店長の七枝境也と申します。こちらは副店長のフクさんです」

「なんじゃ境也、またやらかしたのか」

 フクは毛についたポテトチップスの粉を払うように、体をふるふると揺らした。境也は困ったように後ろ頭をかいた。

「この間お会いした時は、名刺を渡すので一杯一杯になってしまいまして」

「ああ……すごく名刺探してましたよね」

 蓮華も思い出しながら頷く。名刺を探すだけで、境也はかなりテンパっていた。また、ということは似たようなことが度々あるのかもしれない。

「あっと、私は天野蓮華です」

 自分も名乗っていなかったことを思い出し、蓮華は慌てて自己紹介した。

「蓮華さん、ですね。この間の匂い袋は役に立ちました?」

「はい、おかげで助かりました」

 正座をし、蓮華は深く頭を下げる。境也はそれを聞いて、穏やかな笑みを浮かべた。

「ならよかったです。……昼食はざるうどんのつもりなんですが、かまいませんか?」

「全然大丈夫です!っていうか、手伝いますよ」

「そんな、お客さんですので……」

「客って言っても、遊びに来ただけですから」

 遠慮する境也に、蓮華は明るく返した。料理の腕に自信があるわけではないが、たまに母の手伝いをするので役には立つはずだ。最悪、洗い物をするつもりで境也の後を追う。

「蓮華は料理ができるのか?」

 足元からの声に、蓮華は振り向いた。フクまでヒョコヒョコ小さく跳ねながら後ろをついてきている。

「すごくできるってわけじゃないけど、カレーとか簡単なのなら」

「ほぅ……かれーか」

 独り言ちるフクの反応を気にしつつも、蓮華は広い台所に通された。台所もまた、時代を感じさせる造りだった。壁も、食器棚も、流し台も、見るからに傷だらけで古い。流石にかまどではなくガスコンロだが、漂う昭和臭がすごい。流し台の上の棚に置かれている鍋達も、穴が開いたのを直したような跡がある。そんな中、居間と同じように冷蔵庫だけが最新型だった。

「ではすみませんが、蓮華さんはうどんを茹でるお湯を沸かして頂けますか?鍋はそこの中くらいのを使って下さい」

「はーい」

 蓮華は少し背伸びをして、鍋に手を伸ばした。その横で、境也はどこから出したのか白い襷で着流しの袖をまとめ、さっと襷がけにした。その動作があまりに流れるようだったので、蓮華はひねろうとした蛇口に手をかけたまま見惚れてしまった。

「……蓮華さん?どうかなさいましたか?」

「あ、いえ、ナンデモナイデス」

 棒読みで答え、蓮華は今度こそ蛇口をひねって水を出す。蓮華の父親はお湯もろくに沸かせないので、つい感心してしまったのだ。

境也は冷蔵庫に卵と沢庵をしまい、代わりにネギとうどんを取り出した。

「あの、いつもそうしてるんですか?」

「はい?……ネギはお嫌いでしたか?」

 境也は蓮華の質問の意図が分からなかったらしく、手元のネギに視線を落とした。もちろん、うどんのトッピングの話ではない。

「そうじゃなくて、襷がけです。この前も洗濯物も、和服しかなかったので」

「ああ。洋服より、こっちの方が落ち着くんです」

「境也はほとんど着流しじゃよ」

 境也の返答に、流しの端に飛び乗ったフクが言い足した。場所が場所なので、本当に何かに白カビが生えたように見えてしまう。そうなんですか、と呟いて蓮華は蛇口をひねり、鍋の八分目までで水を止めた。

「……あれ?何故蓮華さんが私の洗濯物を……?」

 まな板と包丁を出したところで、境也は動きを止めた。そこで、蓮華も自分の失言に気付く。鍋をコンロに置き、蓮華は気まずいながらも口を開いた。

「ごめんなさい、来た時に誰もいないのかと思って覗いてみたら、ハンガーもなくダイレクトに干してあるのを見ちゃったんです」

「これはお恥ずかしい。普段洗濯物は私の分しかないので、ハンガーはないんですよ」

 怒った様子もなく、境也は手際よくネギを刻み始めた。蓮華もつまみを回して火をつける。

「他に誰もいないんですか?店員さんとか」

「たまに仕事を手伝ってくれる方はいますが、ここに住んでいるのも店員も私とフクさんだけになります」

「そうなんですか……」

 この屋敷は随分と広そうなので、何だかもったいない気がする。掃除も境也一人では大変なのでは。それとも、フクが転がり回って全身の毛に埃を集めたりしているんだろうか。鍋の中身がふつふつしてきたところで、当のフクに声をかけられた。

「蓮華、そろそろうどんの用意をせい。三人分頼むぞ」

「さっきあんなにお菓子食べたのに、フクさんも食べんの?」

 蓮華は厚かましく言う毛玉を睨みつけた。いちいち副店長というのは面倒になってきたので、境也と同じように呼ばせてもらう。

「当然じゃ。菓子は別腹じゃからの」

「アンタは女子か」

 この妖怪に性別があるのかは分からないが、声と口調が渋すぎて可愛げは皆無だ。例え声が可愛かったとしても、あの食べっぷりでドン引きだろう。文句を言っても仕方ないので、うどんの封を開けると境也が吹き出した。

「え、私、何かおかしかったですか?」

「違うんです、すみません。あんまりフクさんと蓮華さんが仲良さそうだったもので、つい」

 境也は頬を緩めたまま、もう一度すみませんと謝った。

 思い返してみれば、蓮華が妖怪と会話をしたのはこれで二度目だ。一度目はこの間の狐。それまではどんなモノであっても、なるべく近寄らないようにしてきた。狐の時は状況が状況だったために随分警戒したが、フクとは普通に話してしまっている。

「うーん、フクさんは《良し悪しセンサー》が大して反応しなかったし。最初のカビ大福のイメージが強すぎるのもあるけど」

「だから、誰がカビ大福じゃ」

 不服そうに、毛玉が跳ねる。

「ええと、《良し悪しセンサー》とは……?」

 蓮華の言葉が気になったのか、冷蔵庫からめんつゆを取り出した境也が振り返った。いつの間にか、三つのガラスの器と沢庵が用意されている。

「あっ、えっと、あの!何となく悪霊系とそうでないものが分かるので、その感覚をそう呼んでるんです!」

 わたわたと挙動不審な動きをしながら、蓮華は言い切った。ネーミングについては、もう開き直るしかない。ここに入梅がいたら、どれだけの紆余曲折を経てこの名称になったか説明してくれただろう。

「その感覚とは、どういうものですか?」

「え?」

 名前に突っ込まれると思っていたので、蓮華は思わず聞き返してしまった。しかも、境也は真顔である。

「えっと、《悪いモノ》は吐き気とか眩暈がしたり、生臭い臭いを感じたりします。《良いモノ》には、暖かい気持ちになったり……こう、手を合わせたくなる感じで」

 蓮華は小さく合掌して見せた。昔入梅に説明した時もそうだったのだが、こればっかりは本当に感覚でそう思うのでうまく言い表せない。自然と拝みたくなるのだ。

「《良いモノ》というか、そういうのには滅多に遭わないんですけどね」

「湯が沸いたぞ」

「……おい、毛玉」

 せっかく蓮華が四苦八苦しながら説明しているのに、フクに横から話の腰を折られた。見れば、確かにお湯がグツグツ沸いている。

「失礼ですが、蓮華さんはどの程度お視えに?」

 境也は神妙な顔のまま、うどんを鍋にそっと入れた。一瞬、蓮華は境也の表情と行動の差に戸惑ったが、じっと見つめられているので続ける。

「そうですね……相手の力が強いと、はっきり視えなかったりします。靄がかかってたり、陽炎みたいに視えたり。声もノイズみたいのが混じったりしますね。あと、ご存じの通り祓ったりはできないです。それと……」

 ぽつぽつと、悩みも一緒に零してみる。

「視えるモノ自体は昔から変わらないんですけど、その……センサーは三年前に引っ越してきてから過剰反応気味で」

「過剰反応と言うと?」

 鍋を菜箸でひと混ぜし、境也は続きを促した。

「さっき言ったような吐き気や臭いは、昔はそこまで感じなかったんです。嫌な感じがするな、空気が重いな、って思うくらいでした」

「三年前に、引っ越し以外に変わったことはありましたか?」

「中学に上がって、環境が変わったくらいです」

 蓮華も当時、知らない間に何かやらかしたのかと思いあれこれ調べたのだ。引っ越し前の人間関係に問題はなかったし、引っ越しの時にバチ当たりなことをしたわけでもなかった。

 中学時代は保健室の住人だったこと、霊能者にも調べてもらったが詐欺だったり、結局解決しなかったことも話した。

「そうだったんですか……」

 境也が真剣に頷くと、フクが大きく飛び上がった。

「おい、吹きこぼれそうじゃぞ!」

「えっ、あっ!」

「忘れていました!」

 蓮華とほぼ同時に鍋を見て、境也は慌てて火を消した。吹きこぼれる寸前でかろうじて間に合ったが、うどんはどう見ても伸びきってしまっていた。


*   *   *   *


「では、いただくとするかの」

「はい、いただきます」

「い、いただきます……」

 伸びたうどんを、蓮華は遠慮がちに口へ運んだ。家のものよりいい出汁を使っているのか、風味がいい。

「境也、ワシのはネギ多目で頼むぞ!」

 つゆの入ったガラスの器の前でフクが跳ねた。そもそも、腕もなく箸も使えないのにどうやって食べるのだろう。境也はフクの注文通りネギをたっぷりつゆに入れ、さらにそこにうどんを一人分入れた。瞬間、フクは器に大きな口で襲いかかり、ズズズズズとうどんを一気に吸い込んだ。あまりの勢いに蓮華もビビる。

「ひっ、一口で……」

 まるで、SF映画のワンシーンのようだ。目の前だったので、3Dで迫力ありすぎである。

「む、やはり茹ですぎたせいか柔いのぅ」

 ゴクリと飲み込んだ後、毛玉は淡白に感想を述べた。

「それにしても、幼い頃視えていたモノが大人になると視えなくなったという話や、その逆は聞いたことがありますが……。視えるモノは変わらないのに、感覚だけ強くなったというのは珍しいですね」

 考え込みながら、境也もうどんを啜る。やっぱり普通ではないらしい。

「小さい頃も視えたら近付かないようにしてたんですけど、最近はその上を行く勢いですね……。そういえば、フクさんは平気だったけど」

「ほぅ、そうか」

 心なしか嬉しそうに、フクが呟いた。口の周りがネギまみれになっていることには、気付いていないようだ。

「蓮華さんの場合、どうにも特殊のようですね」

 フクの器にうどんとネギを足して、境也は唸った。

「便利と言えば、便利じゃがのう」

「真面目に困ってるんだよ……」

 感心したように言うフクを、蓮華は強めにつついた。感触は堅めのクッションのようだ。蓮華が大きくため息をつくと、境也は箸を一度置いて蓮華に向き直った。

「では、しばらくうちへ通って頂けませんか?現状では原因が分かりませんが、様子を見ている内に何か分かるかもしれません」

「ここへ、通う……ですか?」

 意外な申し出に、蓮華は目をぱちくりさせた。ご都合のつく時でいいですので、と境也はひどく穏やかに微笑む。

「一、二週間に一度程度でかまいませんよ。日常生活に支障があるのは、よくありませんからね。それに、フクさんの話し相手になっていただけると嬉しいです」

「そうじゃな、お勧めの菓子なんかを聞きたいのぅ」

 器のうどんを再び空にして、フクは口の中身をゴクンと飲み込んだ。蓮華は恐怖も嫌悪感もしない毛玉を見つめる。お菓子の話は本音だろうが、実際に話し相手は境也しかいないのだろう。ふと、『変わりたいと強く望むなら』という狐の言葉を思い出した。

「ここ、店員さんは他にいないんですよね?」

「はい、ですから気兼ねなく……」

「じゃ、私ここでバイトしたいです」

「………………はい?」

 境也の言葉を遮って、はっきり蓮華は言った。フクはほほぅ、と面白がるように蓮華を見上げてから沢庵にバリバリ食らいつく。もう少し落ち着いて食べてもらいたい。

完全に目が点になっていた境也は、混乱した様子のまま確認してきた。

「れ、蓮華さん?バイトって……アルバイトのことですか?」

「そのバイトです。私はお小遣いがそんなに多くないので、もしセンサーの原因が分かったとしても代金が払えるか分かりません。なのでここでバイトしつつ、原因も分かったらいいなって」

 入梅は携帯電話の料金を、自分のバイト代で払うことにしたと言っていた。中学の時に親には散々迷惑をかけたので、蓮華も今回は自分でどうにかしたい。

何よりも、

「そんなに強くはないですが、視えることは視えるので、簡単なお手伝いくらいならできると思います」

 役に立てたらと思う。

 コックリさんの狐やフクと話して、彼らともちゃんと意思の疎通ができると分かったことも大きい。

「しかし、危険なこともあります!」

「指示にはちゃんと従いますよ。ただ、センサーの反応が出ちゃうと、何もできないかもしれないですけど」

 うろたえる境也に、蓮華は苦笑した。自分で言い出しておいて何だが、こればかりはどうにもならないので素直に言う。境也は蓮華の意志が固いことを悟ったのか、フクに助けを求めた。

「ふ、フクさん……」

「よいのではないのか。人手が足りん時もあるからの。ひょっとすると、蓮華もしょっく療法とやらで元に戻るかもしれんぞ」

 のんびりと毛玉は言う。その発想はなかった。

「ですが!」

「境也が危ないと思ったら、近付けないようにすればいいじゃろう」

 一瞬無言の問答があったが、境也は諦めたようにため息をついた。

「……分かりました。でも、蓮華さんのご両親が認められたらですからね」

「はーい。じゃあ、連絡先を教えてもらえますか?」

「そうですね。ちょっと待って下さい」

 ゴリ押し成功である。両親については、帰ってからひたすら説得せねば。

 メモメモ、と立ち上がった境也に後ろからフクが声をかけた。

「すまーとほん、はどうしたんじゃ」

 もしかしなくても、スマートフォンのことだろう。境也は言われて思い出したらしく、袂をゴソゴソと漁った。本当に、電化製品ばかり時代を間違えたかのように最新のものだ。

「すみません、まだ使い慣れていないもので」

 取り出したスマートフォンと、境也は真剣な顔で格闘を始めた。蓮華は生憎折り畳み式の携帯電話なので、アドバイスすることができない。待っていると、フクにうどんを催促されたので器に大盛りで入れてやった。いつの間にか、小皿にあった沢庵が一つもない。

「フクさん、沢庵全部食べちゃったの?一切れくらい残しておいてよ」

「沢庵はワシの主食なのでな」

「絶対、塩分の取り過ぎだって……」

 妖怪に人間の生活習慣病のようなものがあるのかは分からないが、体によくはないだろう。凄まじい勢いでうどんがフクの口に消えるのを眺めていると、境也がありました!とスマートフォンの画面を見せてきた。

「これが携帯電話の番号、のはずです!」

「………………」

 一抹の不安を覚えながらも、蓮華は自分の携帯電話に番号を登録した。

「試しにかけてみますね」

「はい、お願いします」

 間違って違う人にかかったら、すぐ切って着信拒否にしよう。そう決意して、蓮華は耳元の呼び出し音に意識を集中した。数回の呼び出し音の後、境也のスマートフォンから着信音が鳴り響いた。

「大丈夫みたいですね」

「よかったです……。それと、店の固定電話の番号も登録しておいて頂けますか。携帯電話は置きっぱなしにしたり、置いた場所を忘れたりするので」

境也は苦笑して言う。よく聞く年寄りの話のようだ。

「携帯電話を携帯せんでどうするんじゃ、全く」

「分かってはいるんですが、つい……」

 固定電話の番号は暗記しているらしく、境也は諳んじてみせた。二、三度繰り返してもらってこちらも登録する。確認のため番号にかけてみると、玄関の方からジリリリとダイヤル式黒電話の音がした。固定電話だけは、最新のものではないらしい。




   第三譚     初仕事


「えっ、バイトすることになった!?どうしてそうなったの!?」

 月曜日の昼休み、先週末と同じように入梅が叫んだ。今回は仕方ないかな、と蓮華も思う。あの後帰宅してから驚く両親を説得し、しっかり働いてきなさいと許可を出してもらったのだ。過去に詐欺師まがいの霊能力者ばかり見てきたせいかもしれない。

「しばらく様子を見てる内に、《良し悪しセンサー》が強くなった原因が分かるかもって言われたんだよ。ついでに原因が分かった時の代金を、あのお店で稼げたら一石二鳥かなって」

「えええ……。色々大丈夫なの?副店長が妖怪って時点で、あたしはアウトだと思う……」

「フクさん?ただの大食いカビ大福だよ。《悪いモノ》じゃないし」

 おろおろする入梅に、蓮華は言った。カビ大福から微妙にグレードアップしたのは、誰よりもしっかり昼食を食べた後、三時のおやつもいけしゃあしゃあと要求したためだ。

「そうなの?妖怪なんでしょ?」

「私にもよく分かんないけど、小さいし力が弱すぎるんだと思う」

 フクと遭った時に思ったことを、蓮華はそのまま返した。納得したのかしないのか、入梅は頬杖をついて考えるように言った。

「じゃあ、気分悪くなったりしなかったんだ?」

「むしろ、生まれて初めて妖怪に触ったよ。こう……もさもさしてるというか」

 両手をわきわきさせながら、蓮華はフクの感触を表す言葉を探した。毛の感じは、長毛種の猫に近いかもしれない。食事で毛が汚れると、布巾に顔をくっつけてゴシゴシ拭いていた。手も足もないので、あれでは毛繕いもできないだろう。

「害がないなら、いいけど」

「今のところはね」

「ま、蓮華がちゃんと考えて決めたなら仕方ないか。世の中とんでもない客もいるから、頑張りなよ」

「……ご忠告痛み入ります」

 既にアルバイトをしている入梅の言葉は重い。実際、既に何度も愚痴られた。理不尽なことを言う客が来ないよう、蓮華の想像を越えるような仕事が来ないよう、願うばかりだ。

「蓮華が仕事に慣れて、あたしの都合が合ったら遊びに行こうかな」

「慣れるほど仕事来るのかな……」

 確か、客は頻繁には来ないと言っていた。

「それはそれで、店としてどうなの?」

 本当に大丈夫なのかと、入梅にもう一度問われてしまった。


*   *   *   *


 放課後、蓮華は学校から直行した《ことほぎ屋》の居間で二枚の紙を渡された。両親の許可を得たことは、昨夜既に電話して伝えてある。

「雇用契約書のようなものですが、形式ばったものではないので気楽に目を通して下さい。出勤日は、蓮華さんにお時間のある日で構いません。仕事が入った時は、こちらから連絡します」

 境也はお茶を出しながら言った。契約書とやらは名刺同様、全て手書きである。書かかれてあることは二枚とも一緒でそう難しくなく、仕事内容に危険が伴う場合があるので必ず指示に従うこと、無茶をしないこと、仕事をすることに同意するか、などだ。一番下に署名する場所があるので、蓮華はカバンから筆箱を取り出した。

「これでいいの?」

 黒のボールペンで名前を丁寧に書き、煎餅を齧っていたフクに見せる。

「……こうして見ると、お主の名前は画数が多いな」

「そうなんだよー。小さい頃はバランス崩れるし、うまく書けなくって」

 蓮華も一枚煎餅をもらい、お茶をすする。よく蓮の字の草冠を書き忘れて、『連華』になったりもした。先日のテストでは、とうとう名前を書くことすら忘れたくらいである。

「よいか、人でないモノに安易に名を教えてはならんぞ。特に、良くないと思ったモノにはな」

「名前を?何で?」

「場合によっては、魂を取られることになりかねん。昔は、本名は忌み名とされて家族だけが知り、普段は字という別名を使ったりしたんじゃ」

 フクの言葉に、蓮華はお茶を持ったまま一時停止した。そのまま、じっと毛玉を見つめる。

「……何じゃ」

「今のところ、私の名前を知ってる妖怪はフクさんだけなんだけど」

 これまでは徹底的に避けてきたので、名前を聞かれたことも教えたこともない。

「ワシは魂を取ったりせんわ!」

 そもそも、この毛玉にそんな芸当はできない気がして、蓮華は小さく笑った。

「すみません蓮華さん、名前の横に血判も頂きたいんです」

「血判?拇印じゃなくてですか?」

 一応判子は持って来たのだが、血判とは予想外だ。いつの間にか境也はカッター、ティッシュ、消毒液、絆創膏と準備を整えていた。

「すぐに済ませるので、右手の親指をよろしいですか」

「は、はい」

 何だか注射を受ける時のようで緊張する。境也の言葉に従い右腕を差し出すと、優しく手を取られた。まじまじと見ると、境也の手は蓮華より一回りも大きい。爪の形が綺麗だなと思っていると、カッターの刃がそっと近付けられ、一瞬親指にチクリと痛みが走った。すぐに一センチほどの傷から血が滲んできたので伸ばし、蓮華は二枚の書類それぞれに親指を捺しつけた。

「ありがとうございました。一枚は蓮華さんの控えになるので、お部屋にでもしまっておいて下さい」

 境也は手早く蓮華の指を消毒液で湿らせたティッシュで拭き、絆創膏を貼った。捺したばかりの血判は鮮やかな赤だったが、乾く頃には黒ずんだ臙脂色に変わっていた。軽く触って指に色がつかないことを確認して、ファイルにしまう。

「と言っても、今すぐにやるような仕事はないんじゃがな」

 煎餅を大きな音を立てて噛み砕き、フクは言った。小さな体から、バリゴリと煎餅を噛む音がくぐもって聞こえるのが面白い。

「こればかりはお客さんが来ないと、何とも言えませんからね。まずはうちの案内をしましょう」

「はい、店長さん」

 蓮華が立ち上がろうとすると、境也は一瞬思案するような顔をした。

「店長なんて名ばかりですから、フクさんと話すようにして下さって構いませんよ。その方が蓮華さんも楽でしょうし」

 つまり、タメ口でいいということだろうか。なら、何と呼べばいいのだろう。『七枝さん』だろうか。蓮華は心の中で唱えてみたが、少し言い難い。いきなり『境也』、『境也さん』はハードルが高すぎる。どうしようかと迷っていると、次の煎餅に食らいつく毛玉が目に入った。

「えっと……じゃあ、境さんでいい?フクさんとお揃いな感じで」

「まとめられると、一昔前のお笑い芸人のようじゃな……」

 『境さんフクさん』ということだろうか。どう考えてもボケは境也だろう。

「私はそれで構いませんよ」

 当人は気にしていないようで、目を細めて微笑んだ。

「境さんもタメ口でいいのに」

「境也はそれが素じゃ」

 口の中の煎餅を飲み込み、フクがのんびり言う。考えてみれば、境也は親しいのであろうフクにも敬語だ。

「昔からこうなので、染みついてしまって」

 実はいいとこ育ちなのだろうか。それにしては料理に手馴れていたし、よく分からない。あまり詮索するのも失礼な気がしたので、蓮華は話題を変えた。

「そうだ、ハンガーと洗濯ばさみはやっぱり買うべきだと思うよ。さっきも落ちそうだったし」

 学校からそのまま来たので自転車を庭に止めさせてもらったが、洗濯物は風に吹かれ危なげに揺れていた。服屋と時計屋の間の路地を通るのにはかなり苦労させられたが、気合で乗り越えた。

「買おうとは思うんですが、いつも忘れてしまうんですよね」

「何じゃ、まだ洗濯物を取り込んでおらんのか?」

 フクの言葉に、蓮華も境也もはっとする。

「そうだよ、もう夕方じゃん!」

「書類の用意で忘れていました!」

 来た時に言えばよかった。バタバタと縁側に出る境也を手伝うべく、蓮華は玄関に自分の靴を取りに行く。縁側にサンダルは一足しかない。今日はちゃんと玄関から入ったのに、それが仇になるとは。

「慌てると転ぶぞ!」

 背後で聞こえたフクの声はやたら楽しそうだ。実際廊下で滑りかけたので、蓮華は壁に手をついて転倒を避けた。

「境さん、手伝うよ!」

 玄関から駆けだして声をかけると、庭の真ん中に境也が派手に倒れていた。

「境さん!?」

「じゃから、転ぶと言うたのに……」

 縁側からフクがため息交じりに言う。さっきの注意は、蓮華だけに向けられたものではなかったらしい。サンダルが片方だけ離れたところに落ちているのは、転んだ時に吹っ飛んだのだろう。

「あいたたた……。でも、洗濯物を持つ前でよかったです」

 体を起こして境也は苦笑する。入梅ではないが、この店は本当に大丈夫だろうか。

「へ、平気?」

 蓮華が落ちていたサンダルを渡すと、境也は砂を払って立ち上がった。色々入っているらしい袂がガシャリと音を立てる。

「驚かせてしまってすみません。頑丈なのが取り柄ですから」

 境也は苦笑して答えた。二人で洗濯物を取り込み、今度は転ばないようゆっくり縁側に運んだ。洗濯物自体は境也のものだけなので、畳むのに時間はかからなかった。

「蓮華の畳み方は、ちと乱雑じゃな」

「……そんなに慣れてないんだもん」

 品定めするように、フクは畳み終わった洗濯物を見た。境也がピシッと綺麗に畳んだものに比べれば見劣りするが、何もしてない毛玉に言われたくはない。

「いえいえ、助かりますよ。ついでに、蔵を案内しておきましょう」

 境也は洗濯物をまとめると、戸棚の引き出しから小さな鍵を取り出した。古いのだろう、赤茶色に錆びている。

「おい蓮華、ワシも連れて行け」

「いつもみたいに、飛び跳ねればいいじゃん」

「毛が砂で汚れるじゃろ」

「…………カビ大福め」

 フクを軽く睨み、蓮華は小さく呟いた。

「フクさん、私が連れて行きますよ」

 蓮華の嫌そうな顔を見かねたのか、境也が申し出たが、

「さっきのように転んで、押し潰されては敵わん」

 と、主張した。仕方なく、蓮華がフクを抱き上げる。思ったほど重みはないので、毛の下の本体は見かけより小さいのかもしれない。

「立派な蔵だね。広そうだし」

 蓮華は広い庭の一角にある、家同様に年季の入った建物を見上げた。白塗りの壁は、夕陽で茜色に染まっている。門の錠前は、鍵と正反対に立派で細かい装飾が施されていた。鍵穴だけが鍵と同じように小さい。

「ここには色々しまっているんです。蓮華さんにもどの辺りに何があるか、大まかにでも覚えて頂けると助かります」

「境也は時々引っくり返すしのぅ」

 蓮華の腕の中で、フクが小さくため息をつく。境也は錠前に鍵をさすと、一呼吸置いた。

「この錠前は古いので、開けるのにちょっとしたコツが必要でして。鍵をグッと奥まで押し込まないと、回らないんです」

 そう言って、境也は普段からは想像のつかない低い声で「てやっ」と呟き、鍵を力いっぱい押し込んだ。続いて鍵を回すと、錆びついた音がした後ガチャリと錠がはずれた。

「無事開きました!」

 いつも通りの穏やかな声と共に、境也が振り返る。先程の、地獄の底から響くような声はどこから出ていたのだろう。蓮華の動揺を知ってか知らずか、境也は蔵の戸を開けた。瞬間、蓮華は普通ではないものがたくさんあることを感覚で識る。開け方に難あり、なのに使い続けている錠前は、何らかの封印を兼ねているのかもしれない。

 蔵の中は時間のせいか真っ暗で、埃っぽくひんやりとしていた。木の匂いに混じって、甘いような薬のような匂いがする。

「今電気を点けますね」

 境也が戸の横の内側の壁に手をやり、しばらく漁った後スイッチがカチッと鳴る音がした。暗闇に多少は目が慣れてきたところだったので、電球の明かりが眩しい。

「うわぁ……」

 蔵の中を見て、蓮華は感嘆とも驚嘆ともつかない声を出した。古い棚には扇子やら香炉が並べられ、奥には枯れ木をまとめたものや大きな葛籠がある。葛籠の上の瑠璃色の小箱からは涼しげで落ち着く匂いがするので、匂い袋か元になる香が入っているようだ。棚の横には薬箪笥があり、一つだけ引き出しに《劇薬注意》と紙が貼られていた。できれば開けたくない。

さらに、二階からはただならぬ気配がいくつもした。良いも悪いも関係なく、ひたすら存在感の強い気配が。

「二階が気になるか」

 ちらちら二階を見ていると、腕の中のフクが蓮華を見上げた。

「……色々ありそうだね」

「上には特殊なものや、すぐには手を出せないものがありますから、気を付けて下さい。蓮華さんは一階だけ覚えて頂ければいいですよ」

 境也も二階にはあまり行かないのか、階段には薄らと埃が積もっていた。きちんと対処してあるのか、気分が悪くなったりはしない。

「先日蓮華さんにお渡しした匂い袋は、この小箱に入れてあります。基本的な効果としては、怪異を遠ざけたり、場を清めたりするのに使います。ご存じかと思いますが、完全に祓うものではありません」

 境也は瑠璃色の小箱を持ち上げ、蓋を開けた。中には色とりどりの匂い袋が詰まっていて、一気に蔵の中に匂いが充満する。

「この入れ物の袋、可愛いよね。どこで売ってるの?雑貨屋さん?」 

「いえ、私が作っています」

「えっ」

 衝撃の事実に、蓮華は匂い袋を二度見てしまった。小箱に入っているだけでも、かなりの数がある。

「ミシンは……」

「ないです」

 境也は淀みなく即答した。一つ一つ、全て境也がチクチク縫ったというのだろうか。

「みしんなんぞ、危なっかしくて境也に使わせられんわ」

「分かる気がするよ、フクさん……」

 蓮華はきょとんとする境也を見て、フクに同意した。スマートフォンを使いこなせず、自宅の庭でこけるような天然ドジ体質な人だ。手ごとミシンに通す事故を起こしかねない。

「ねぇ、今までで大変だった仕事って何?」

 蔵のあちこちを観察しながら尋ねると、境也は苦笑した。

「大変というか、対応に困ったことはありますね」

「すごく面倒臭いお客さんだったとか?」

「それが、スズメバチ退治が追加されたんです」

 恐々蓮華が尋ねると、予想しない答えが返ってきた。

「スズメバチ?どゆこと?」

「良くないことが立て続けに起きるので調べて欲しい、という依頼で、確かに床下に呪物が埋められていたんです。ですが、埋められた場所の近くにスズメバチの巣がありまして……」

「……それも呪物のせい?」

「かもしれませんね……」

 余程堪えた仕事だったのか、境也は大きく息をついた。

「スズメバチも境さんが退治したの?」

「いえ、流石に役所に連絡しました。退治のお手伝いはしましたが」

「そんなこともあるんだ……」

 滅多にありませんよ、と境也は力なく言った。境也にとっても、予想外の仕事だったに違いない。世の中は常に、未知とのエンドレスエンカウントである。

「普段はどんな依頼が多いの?」

 蓮華としては、こちらも気になるところだ。難しいものや知識がたくさん必要なものだと、できることは限られてしまう。

「そうですね……。曰くつきの物件を視てほしいとか、心霊体験をしたので相談したいと言われたり……妖怪に命を狙われているので助けてほしい、とかでしょうか」

 境也は腕を組んで考え込みながら答えたが、最後が聞き捨てならない。途中まではよくありそうな話だったのに。何より、このご時世に多い依頼だというのも驚きだ。

「何それ、怖いんだけど」

「自業自得なことも多いがな」

 不機嫌そうに、フクが小さく零した。それに気付かなかったのか、境也はサクサクと説明を続けていく。

「こちらの薬箪笥にあるのは気付け薬や、解毒剤などです。扱いには注意して下さいね」

「私が使うようなことにならないでほしいな……」

 さらりと言われ、蓮華は薬箪笥を上から下まで眺めた。引き出しが多く、どこに何が入っているか覚えられる気がしない。薬局で売っている薬とは勝手が違うだろうし、一歩間違えば大惨事になりかねない。

「私かフクさんがついていますから、大丈夫ですよ」

「指示くらいは出してやるぞ」

 蓮華を励ますように、天然ドジ体質と大食いカビ大福が力強く言った。不安は増す一方だが。

「……その時は、よろしく」

 仕事らしい仕事をしたわけでもないのに、蓮華は早くも疲労感がひどい。主に精神的に。古い木の棚に目をやると、蓮華は夕焼け色の扇子が目に留まった。

「この扇子、綺麗だね。これも何かに使うの?」

「ああ、これはですね……」

 境也は扇子を手に取ると、言葉を切って何か考え出した。説明に困るほど特殊なものなのだろうか。

「……フクさん」

「よかろ。何かしら用意せねば、とは思っておったからの。蓮華自身が気付いたんじゃ、それも縁じゃろう」

 蓮華を蚊帳の外に、境也とフクは謎のやり取りを始めた。用意って何だ。縁って何だ。

「えっと……?」

「蓮華さん、こちらの扇子は差し上げます」

「えっ、いいの?」

「匂い袋より役に立つはずじゃ、認められればな」

 認められるって、誰にだ。話の流れからして、境也とフクではないだろう。扇子を受け取ると、わずかに《良いモノ》の気配がした。どこかの神社か、お寺にでもあったものなのかもしれない。

扇子を広げてみると、扇子の右側に雲に隠れかけた月が描かれている。全体の色は上が濃く下が薄く、グラデーションになっていた。かなり古い物のようで少し色が褪せているが、十分美しい。

「できれば、常に持ち歩いて下さいね」

「うん……?大事にするね」

 よく分からない忠告をされ、とりあえず蓮華は頷いた。

「おや、もう大分暗くなってしまいましたね」

 境也に言われ外を見ると、空はとっくに群青色になっていた。こんな時間まで外にいるのは久しぶりだ。寄り道をしても遅くなり過ぎないようにしてきたし、最近は入梅が忙しくて寄り道もしていなかった。

「今日はここまでにしておきましょう」

「はーい」

 やっと抱き抱えたフクから解放されるので、蓮華は元気に返事をした。重くはないが、腕が疲れてきてしまった。足取りも軽く、蔵の外に出る。通り過ぎていく風から、夜の気配がした。


*   *   *   *


 出勤日は自由だと言われたが、結局蓮華は毎日のように店を訪れた。急に依頼が来るかもしれないというのと、フクと境也を放っておくのはどうにも不安だったからだ。今までどうやって生きてきたんだろう、と思うくらいには。

毎回お茶とお菓子を出してもらえるというのも要因の一つだ。持ち歩くよう言われたので、扇子はいつもカバンに入れている。この季節、体育の授業の後などに重宝している。

 依頼が来ないまま数日経ち、蓮華は一つ行動に移すことにした。

「境さん、家から使ってないハンガーと洗濯ばさみ持って来たから!」

 《ことほぎ屋》に来て早々、境也に紙袋を突きつける。

「れ、蓮華さん?」

「フクさんに聞いたよ、やっぱり風で洗濯物落ちたこと結構あるんでしょ」

 何度言っても買う気がないようなので、蓮華はとうとう洗濯物用品を自宅から持参した。依頼が来ないなら、日常的なことでもいいから何かすべきだろう。

「し、しかし……」

「家では使ってない分だから。足りない分はちゃんと買ってね。洗面所に置いとくよ」

「大人しくもらっておけ、境也」

 困惑する境也に、ピシャリとフクが言った。大体の間取りは覚えたので、蓮華はずかずかと手洗いついでに洗面所に向かった。

洗面台の横にある、小綺麗な洗濯機の前に紙袋を置く。やはり電話以外の電化製品は最近のもので、玄関横にある黒電話だけがダイヤル式の黒電話だった。境也が言うには、FAXを使わないので事足りているらしい。携帯電話だけで、固定電話を置かない家も増えているというから、境也の言い分は間違っていないのかもしれない。

 居間に戻ると、いつも通り境也がお茶の準備をしていた。フクが駄々をこねたのか、今日のおやつはポテトチップスだった。コンソメではなく、のり塩だが。

「すみません、蓮華さん。明日から使わせて頂きますね」

「境さんは生活力があるのかないのか、よく分かんないよ……」

 境也は魚も捌けるのに、洋食はさっぱりでカレーも作ったことがないという。嫌いなわけではなく、外食やレトルトは普通に食べるらしい。

「蓮華が前に持って来たのとは、味が違うな」

 チラシの上に小分けに出されたポテトチップスに、早速フクが齧りついた。蓮華も座布団に座って、手を伸ばす。

「この前のはコンソメで、これはのり塩だね」

「種類が多くて迷ってしまいました。これが一番量が多かったようなので、選んでみたんです」

 境也も一枚つまんでから、パッケージを見せてきた。商品名の横に、『20%増量中』と書かれている。フクのせいか、やはり量は重要なようだ。

「こういうのはあまり買わないんですが、美味しいですね」

「もっと、蓮華に美味いものを聞くべきじゃな」

「食べないわけじゃないんだよね?」

「境也が買うと、不可思議な味のものを選んでくることが多くての。今回は珍しく当たりじゃ」

 期間限定もののトンデモ味か、輸入物の着色料たっぷりなお菓子でも買ったのだろうか。大食いなだけでなく、味にもうるさいのでこの毛玉は面倒臭い。

「そうそう、まだ境さんのメアド聞いてないから教えてよ」

「構いませんが、メールを打つのは苦手で……」

「うん、だと思った」

 申し訳なさそうに言う境也に、蓮華はもう驚いたりはしない。電話をかけた時も操作ミスで切られたりしたので、予想通りだ。そのために、入梅におおまかなスマートフォンの使い方を聞いてきたのだ。

「いつでも電話に出られるとは限らないし、練習するべきだよ!」

「そうでしょうか……」

 境也の隣に移動し、初期設定のままの待ち受け画面を覗く。

「待ち受け変えないの?」

「変え方が分かりませんし、変える画像もないので……」

 蓮華は出かかった取扱説明書を読め、という言葉を飲み込んだ。きっとこの人は読んでも理解できない気がする。

「写真とか撮って、待ち受けにしたら?」

「これに、カメラついてるんですか?」

 メール以前に、そこからなのか。蓮華は先が長いことを悟った。

「……前のケータイの時はどうしてたの」

「前の携帯電話には、カメラ機能はありませんでした」

 境也はスマートフォンを不思議そうに引っくり返して言った。いくらなんでも、このスマートフォンが一代目というわけではないらしい。だが、カメラ機能のない携帯電話となると、一体どれだけ前のものになるのか考えたくもない。考えたくもないのに、フクがポテトチップスを飲み込んで言った。

「前のけーたいは、十年近くも使っていたからな」

「流石に壊れてしまってお店に行ったら、受付の方にとても驚かれました」

 何でもないように境也は言うが、蓮華は眩暈がしてきた。二、三年で買い替えることがほとんどなのに、よくそこまで持ったものだ。物持ちがいいという次元ではない。蓮華は考えることを放棄して、とりあえずカメラについて教えることにした。

「ここをこうして、これを選択するとカメラが起動するから」

「本当ですね、初めて知りました!」

 画面をタップして操作して見せると、純粋に驚いたようで境也は部屋中にカメラを向けて撮り始めた。

「……動画も撮れるよ」

「最近の電話ってすごいですね!」

 それは、カメラ機能がついたばかりの頃の携帯電話にかけてあげるべき言葉だろう。スマートフォンに人格があったら、地団駄を踏んで怒りそうだ。音楽も聞けるし、ゲームもあれこれできるのに。

テンションの上がってきた境也に触発されたのか、フクもスマートフォンに近寄った。

「どれ、ワシにも見せてくれ」

「ほら、フクさん!戸棚が綺麗に撮れました!」

「写真写りはいいが、斜めっとるぞ」

「練習しないといけませんね!」

 フクに角度やブレを指摘され、境也はハイテンションのまま、さらにパシャパシャ写真を撮った。新しいおもちゃを得た子供のように、どちらも実に楽しそうである。

 二人が楽しんでるなら、もうそれでいいや。

 蓮華は孫を見守る老人の気分でそう思った。


*   *   *   *


 翌週日曜日、蓮華は境也からの電話で起こされた。内容は十時頃に来るように、というものである。身支度をし時間通りに店の玄関を開けると、得意顔の境也に迎えられた。今日はちゃんと羽織を着ているので、店長っぽく見える。

「蓮華さん、出掛けますよ!」

「……買い出しに?」

「違います、仕事が入ったんです!」

 玄関の戸に手をかけたまま蓮華が問うと、境也は胸を張って言った。電話があった時にそうだろうとは思ったが、叩き起こされた腹いせで言ってみたのだ。

「どこに行くの?」

「知り合いの骨董屋さんです。朝、電話がありまして。難しい依頼ではないので、安心して下さいね」

「はーい」

 境也は藍色の鼻緒の下駄をはくと、屋内を振り返った。境也の影になっていて最初は見えなかったが、フクがちょこんと見送りに来てくれていた。

「それではフクさん、行ってきますね」

「携帯電話はちゃんと持ったのか」

「もう三回も確認したじゃないですか」

「財布は」

「持ちましたよ!」

 繰り広げられる会話は、傍から聞くと夫婦か何かのようだ。実際は、人間と妖怪のやり取りである。心配されている方が人間だが。

「蓮華、気を付けてな」

「うん、行ってくるね」

「境也が何かやらかしたら、手を貸してやってくれ」

「……頑張るよ」

 蓮華はフクに手を振り、若干の心もとなさと共に店を出た。蓮華にできるのは、前方後方注意くらいだ。隣を歩く境也に視線をやれば、姿勢よく真っ直ぐ歩いていた。下駄の音が商店街のコンクリートにカラコロと響く。

「骨董屋さんまで、どれくらい?」

「徒歩で三、四十分ほどです」

「バスとかは?」

 まだ午前中とはいえ、六月に入ったので陽が当たると蒸し暑い。車もバイクもないのは蓮華も承知しているし、そもそも境也が免許を持っているのかどうかも怪しい。

「バスは普段乗らないので、どれに乗ったらいいのか分からないんですよね」

「自転車は?買い物もいつも歩きだよね?」

「ブレーキが壊れているのに気付かずに乗って、川に落ちてからフクさんに止められているんです。完全にハンドルがひしゃげてしまって。前の携帯電話もその時にどんぶらこ、と流されてしまって。慌てて回収したんですが、やはり壊れてしまったんです」

「ひしゃげ……。っていうか、『どんぶらこ』を桃太郎の話以外で初めて聞いたよ!」

 ツッコミどころが多すぎる。もしや、前の携帯電話は川に落ちなければまだ使われていたのだろうか。

「で、でもやっぱり不便だし、自転車くらい新しいの買うべきだと思うよ。乗る時は注意してさ」

 詳しく聞くと頭痛がしそうだったので、蓮華はさらりと流した。出掛けに声をかけてきたフクの心中を察する。

「そうですよね、お米を買う時は自転車があった方が便利ですし!」

 重要なのはそこではないが、境也は一人うんうんと納得したようだった。


*   *   *   *


 境也の知り合いだという骨董屋は、大通りではないがそれなりに人通りのある道に面していた。《ことほぎ屋》とは正反対で、レンガの壁に赤い屋根という洋風で可愛らしい外観をしている。軒下の吊り看板には《アモル》と書かれていた。

「へぇ!骨董屋って言うから、うちの店と似たり寄ったりかと思ったけど、お洒落だねー」

「うちはお洒落でなくて、すみません……」

蓮華が何気なく感想を言うと、境也はどことなくしょんぼりした。仮にも相手が店長だったことを思い出して、蓮華は慌てて弁解する。

「ま、まぁ、扱ってるものが違うから!そう、お店の方向性の違いだよ!」

「どうにも、私はセンスというものがなくて……」

「そんなことないって!」

さらに蓮華が口を開こうとすると、店のドアが軽いベルの音と共に開いた。

「おや、騒がしいと思ったら七枝さんか。その子がアルバイトの子かい?」

 顔を出したのは、境也より少し年上くらいのイケメンだった。声すらもイケメンだった。蓮華の人生史上一番のイケメンだった。

白皙の顔はすっきりと鼻筋が通っており、形の良い唇は薄紅色をしている。眉もきちんと整えられていて、黒目がちの瞳はヘーゼル色だ。ジャケットにジーンズという格好も決まっており、店の外観と相まって雑誌の一ページのようだ。あまりのイケメンぶりに唖然としてしまう。

「これはこれは、お久しぶりです」

「立ち話もなんだ、二人とも中へどうぞ」

境也が会釈したので、蓮華も慌ててそれに倣った。

モデルか何かかと思ったが、境也を知っているというと骨董屋の店員だろう。イケメンすぎて、もはや眩しいくらいである。

イケメンは快活に笑い、ドアを大きく開けてくれた。行動もイケメンである。

 店内はどこか《ことほぎ屋》の蔵の中に雰囲気が似ていた。こちらの方がずっと綺麗で洗練されているが。

蓮華も古い物は嫌いではないので、ゆっくりと店内を見回す。

美しい絵柄の食器や花瓶が見やすいよう戸棚に並び、天井から下がっている小さめのシャンデリアも売り物なのか値札が下がっている。奥の壁には、それぞれ大きさも形も違う振り子時計が五つ並んでいた。戸棚の上にも、絵や動物を模したと思しき人形が数体置かれている。部屋の真ん中のテーブルには、アンティークの日用品が所狭しと犇めき合っていた。

 雰囲気が似ていると思ったのは、古めかしいものがあるからではなく、多少だが《良し悪しセンサー》が反応したからだ。漠然として正確には分からないが、心がざわざわして落ち着かない。

「お嬢さんには、こういうのは物珍しいかな?」

 イケメンに話しかけられ、蓮華は我に返った。仕事で来たことをすっかり忘れてしまっていた。

「あの、すごく色んなものがありますね」

「僕の趣味で集めているようなものだから、偏りがあるけどね。ほら、そこの椅子にでも座って」

 イケメンの指した先の木製の丸椅子にも、値札がついていた。境也は既に、隣の一人がけソファに座って店内を眺めている。

「えっと、これ、売り物なんじゃないですか?」

「構わないよ、何年も置きっぱなしだから」

 イケメンは蓮華を丸椅子に座らせると、茶を淹れると言って奥へ引っ込んだ。改めて店内を見ると、イケメンが言ったように品物に偏りがあり、洋風のものが多い。

「……何か、境さんが場違いに見えるよ」

「そうですか?」

 和服でソファに佇む姿は、どうにもちぐはぐだ。今がいつで、ここがどこか分からなくなる。時の流れが入り混じったような、そんな不思議な感覚。アンティーク一つ一つから、時間が零れ落ちている気さえする。

蓮華がカバンから扇子を出して扇いでいると、店主が戻って来た。

「今日は蒸し暑いから、アイスティーにしたよ」

「わ、ありがとうございます!」

 実は喉がカラカラだったので、蓮華はグラスを受け取ると一気に飲み干した。最近は緑茶ばかりだったので、紅茶の味が懐かしい。

「そんなに喉が渇いていたのかい」

「す、すみません……」

不躾だっただろうか。境也を見れば、ゆっくりグラスを傾け上品に飲んでいた。何だかずるい。

「謝るようなことじゃないさ。お嬢さん、お名前は?」

「天野蓮華です」

「蓮華さんか。僕は店主の矢来祐志だ、よろしく」

 矢来に右手を差し出され、蓮華は一瞬目を細めてしまった。やっぱり眩しい。色んな意味で境也とは対照的な人だ。グラスと扇子をテーブルの隅に置き、立ち上がって握手をする。

「よ、よろしくお願いします。店長さんだったんですね、最初モデルさんかと思いました」

「はは、君みたいな若い子にそう言ってもらえると嬉しいよ」

 矢来は社交辞令と取ったようだが、十分モデルでもやっていけるのではないだろうか。近くで見るとまつ毛も長い。

「お若いのに骨董屋さんの店長さんって、すごいです」

「僕は昔から、古い物や美術品を愛していてね。……その扇子は君のかい?」

「はい、色合いが気に入っているんです。特に、この月が綺麗で……」

「しまっ、駄目です蓮華さん!」

 矢来に扇子を見せようとすると、ガタン!と境也が音を立てて立ち上がった。珍しく取り乱す境也にギョッとして、何事かとそちらを向くと、

「……君は分かってくれるんだね!」

 うっとりとした声を出す矢来に、蓮華は両手をガッチリ掴まれた。

「は?」

「ああ……やってしまいましたね……」

 境也は何やら弱々しく呟いて、ズルズルと椅子に座りなおした。

一体、蓮華が何をしたというのだろう。手を離してほしくて腕を引くが、やたら力が強くてびくともしない。突然のイケメンの豹変に怯えていると、矢来は恍惚とした表情で一気に語り出した。

「うちの子達の時を感じさせる色褪せ具合この風合いも堪らないだろう長年使われ大切にされてきたからこそこの子達は美しさと色香を備えているんだ何よりミステリアスさを漂わせ探求心と好奇心をくすぐられては骨抜きにならざるを得ない僕としてはやはり庇護欲をそそるところが愛らしくて仕方なくてねどうだい君もそう思うだろう!?」

「は、はぁ」

 矢来は一息で言い切ると、目を輝かせて蓮華の両手をブンブンと振った。

 色香だとか庇護欲だとか、物に対して使わない単語が聞こえた気がする。矢来はまだ「この渋みがいいんだ」などと言っているが、手をグイグイ握られる痛みで耳に入ってこない。矢来の評価が、イケメンから一転して珍獣になった。

「そもそもこの子達は……」

「あの、矢来さん!そろそろ本日のご用件を!」

 さらに続けようとする矢来を遮って、境也が助け舟を出してくれた。できればもっと早く助けて欲しかったが、文句は言うまい。

「おっとすまない、熱くなってしまった。蓮華さんが分かってくれる人で嬉しくてね。少し待っていてくれ」

 矢来はようやく蓮華の手を離して、店の奥へ向かった。見れば、軽く手の跡が赤くなってしまっている。脱力しながら座ると、境也が申し訳なさそうな顔で小声で言った。

「その、矢来さんは骨董品のこととなると周りが見えなくなる癖がありまして。蓮華さんがその扇子を気に入ってると聞いて、スイッチが入ってしまったようです……」

「うーん……ちょっと残念な人だね」

空になったグラスの中で、氷がカランと音を立てた。

「七枝さん、視てほしいのはこれなんだ」

 矢来はアンティーク物のレジの下から、大き目のダンボール箱を持って戻って来た。カチャカチャと小さく陶器がぶつかり合うような音が聞こえる。

「最近仕入れた子達でね、危ない物がないかチェックしてほしい」

矢来はダンボールを蓮華と境也の足元に置くと、ゆっくりふたを開いた。中にはお皿が数枚、凝った装飾のついた宝石箱、キャンドルスタンド、動物らしき陶器の人形、いくつかの小物が入っていた。

「あの、それ何ですか?」

 蓮華は人形を指差した。見た瞬間、ビリリとうなじの毛が逆立ったのだ。《良し悪しセンサー》がヤバイと告げている。

「作者の想像上の動物みたいだよ。ユニークだろう」

 矢来は冗談めかして笑った。

黒い動物が座り込んだ姿の人形は、どうにも禍々しい。四足で獅子舞のような顔が大口を開けており、鋭い牙が並んでいる。蓮華がもっとよく見ようとすると、境也はおもむろに人形を手に取って裏返した。人形の底にはゴム製の栓がついており、中は空洞になっているようだ。嫌な予感しかしない。

境也は無表情になると、蓮華に人形を差し出して言った。

「矢来さんは下がってください。蓮華さんは人形を持っていていただけますか」

「うぇい……」

 できれば触りたくなかったが、そうもいかないので大人しく受け取って立ち上がった。扇子は一度スカートのポケットにねじ込む。蓮華は鳥肌を立たせながら、目一杯腕を伸ばし自分の体から離して人形を持った。境也は袂から小刀を取り出した。

いまいち状況が飲み込めていない矢来が数歩離れたのを確認すると、境也は重々しく言った。

「蓮華さん、底の栓を抜いてください」

 ですよね!

「分かったよ……せいっ!」

半ばやけになりながら蓮華が栓を抜いた瞬間、ぼたりと髪の毛の束が床に落ちた。髪からはどす黒い煙のようなものが出ている。蓮華は強い腐臭を感じ、思わず顔を腕でかばって咳き込んだ。

「ゲホッ、ちょ、それ!」

「うわっ!?」

蓮華が涙目になりながら顔を上げると、矢来も出てきた髪を見てひどく青くなっていた。そんな表情でも、イケメンが崩れていないのだから羨ましい。

小刀を構えた境也が髪に歩み寄ろうとすると、それは蓮華の方にぴょこんと跳ねた。矢来はもはや絶句してしまっている。動きはフクに似ているが、こちらはおぞましいにも程がある。

髪はもう一度跳ねて近付いてきたので、蓮華は人形を持ったまま後ろに下がった──が、背後の花瓶にぶつかってしまった。骨董品が並ぶ広くはない店内では、これ以上は下がれない。境也が険しい顔で髪に小刀で切りかかったが、跳ねてかわされてしまった。その分、さらにこちらに近付いている。

パニックを起こした蓮華は、ポケットの扇子を引っ掴み、

「ぎょわーっ!」

飛びかかってきた髪をべしゃりと叩き落とした。クリーンヒットだった。その衝撃のせいか、黒い煙が薄くなった気がする。

すかさず境也が小刀で髪の毛をスパっと一刀両断した。煙はふっと完全に消える。

「な、何だ、どうしたんだ?」

 煙が視えていないらしい矢来は怯えたままだ。煙が消えたせいか、腐臭も鳥肌も引いている。深呼吸をしてから、蓮華はまじまじと人形と髪を見た。

「境さん、これ……?」

「髪と共に、中に呪いが入れられていたようです」

 境也は袂に小刀をしまい、代わりに懐紙を出して髪を包んだ。

「そういや、それを仕入れた後によくない事が続いたな……」

「うわぁ……」

 矢来の呟きを聞いて、蓮華はおっかなびっくり人形に栓をした。

「それは……もう大丈夫なのか?」

「一応は。心配ならうちに持って行きますよ」

「頼むよ」

 矢来は胸を撫で下ろしたものの、人形を置いておく気は無くしたようだ。境也は今度は袂から黄緑の風呂敷を取り出した。実に便利な袂である。

「境さんの袖には、何でも入ってるね」

「そんなことないですよ、携帯電話を時々忘れますし」

 さらりと境也は言うが、一番忘れないでほしいものを忘れるのは止めてほしい。

人形と髪は風呂敷ですっぽり包まれ、大きな口も見えなくなった。もう大丈夫だと分かってはいるが、これを持って帰るのかと思うと少し気が重い。

「助かったよ、七枝さん。蓮華さんには怖い思いをさせてしまったね」

 矢来が声のトーンを落としたので、蓮華は苦笑いした。

「いえ、これくらいなら大したことないです」

「……そうか。もしかして、君は視える人なのか」

 矢来の問いに頷くと、納得したような眩しそうな顔をされた。申し訳ないが、眩しいのはこっちの方である。どんな表情でもイケメン眩しい。

 代金を受け取ると、境也は風呂敷包みを持ち上げた。代金は蓮華が思っていたよりずっと安かったが、そういうものなのだろうか。

「それでは矢来さん、おいとましますね」

「失礼します」

「また、遊びにでもおいで」

 蓮華も頭を下げてお礼を言うと、矢来はヒラヒラと手を振った。

 店の外に出るとようやく日常が帰ってきた気がして、蓮華は大きく伸びをした。

「まさか、初仕事でこんなことになるとは思わなかったなー」

「矢来さんは骨董品に対する愛が深すぎるようで、曰くのある品を呼びやすい人なんです。審美眼は確かなんですが」

「……世の中色んな人がいるんだね」

 蓮華は心からそう思った。本当に。




   第四譚     福と厄


 蓮華の家は住宅地にある、築三年の二階建てだ。《ことほぎ屋》には劣るが、門だけは周囲の家より立派な造りをしている。

 蓮華は陽が暮れてから帰宅し、キッチンの椅子に座って両親に今日の出来事を話した。おっとりした母は食事の準備をしながら、楽しげに言った。

「イケメンな店主さんなんて羨ましいわ。是非お会いしたいものね」

「性格に難ありだけどね。……お母さん味噌汁盛り過ぎ、零れる零れる」

母はどうにもおっとりしている人で、いつも蓮華がハラハラさせられる。今も話に夢中で、手元がおざなりになっていた。今日のメインである餃子は焦げていないようなので、多少ほっとする。

「あら、これはお父さんの分にしましょうか」

 減らすという考えは頭にないらしい。慣れている父は何も言わず、表面張力ギリギリの味噌汁を受け取った。

 最初は蓮華がアルバイトをすることを快く思っていなかった父だが、自分では教えられない、理解できないことを学ばせるには仕方ないと最後は折れてくれた。実際は母が横で凄まじい圧力をかけていたのだが。

 食事を終え、蓮華がリビングでバラエティー番組を見ていると、風呂から上がった母に声をかけられた。

「お父さんウトウトしちゃってるから、蓮華が先に入りなさい」

 見れば、父はソファに横になり小さくいびきをかいていた。こうなるとすぐには起きない。ちょうど番組も切りのいいところだったので、蓮華は着替えを取りに二階の自分の部屋に向かった。帰ってきてから携帯電話も部屋に放置していたので、メールチェックもしなければ。

 蓮華はいつも通り自室のドアを開けて──すぐに閉めた。もう一度開けて部屋の中を確認し、一度目と変わらなかったので再び閉めた。

 何かいた。いや、正確には誰かいた。全く持って見覚えのない人物が。

 しばらく固まってから、三度目の正直でのろのろドアを開けると、その人物はドアのすぐ前で蓮華を待つように立っていた。《良し悪しセンサー》が反応しているというのもあるが、常識的に考えても相手は人間ではない。

「どうして二度も開けたのに、すぐに閉めてしまったのです!」

 部屋で待ち構えていた人物──夕焼け色の小袖を着た、十歳程の小柄な少女が頬を膨らませて言った。短めのポニーテールがさらさらと揺れる。《悪いモノ》ではない。むしろ、大事にしなければという感覚がするので《良いモノ》のようだ。

「……ざ、座敷童子?」

 言いたいことは山ほどあったが、蓮華はとりあえずそれだけ口にした。思いついたのがそれくらいだったのだ。

「違うのです、座敷童子じゃないのです!」

 少女は可愛らしい顔でむくれた。

着物を着た子供の姿で《良いモノ》となると、家に富をもたらすという座敷童子かと思ったが違ったらしい。そもそも座敷童子は古い家に棲みつくという話なので、築三年の蓮華の家に来るはずがなかった。

「じゃあ、あなた一体誰?」

「本来名前を聞く時は、先に自分が名乗るべきなのですよ、蓮華!」

 尋ねると、怒られてしまった。いや、そんなことよりも。

「え、何で、私の名前知って……」

 人でないモノに安易に名乗ってはいけない、と先日フクに言われたばかりだ。名乗った覚えはないのだけれど。

蓮華は魂を取られることもある、というフクの忠告を思い出す。もしかしてこれ、マズイ状況なのか。緊張してきて手汗がひどい。最悪の場合は、境也にどうにかしてもらわねば。

夢月ゆづきは蓮華のものだから、それくらい知っているのです。あ、夢月と申しますのです。蓮華、よろしくなのです!」

「……は?」

 どこまでも無邪気に、少女は挨拶をした。疑問はむしろ増えたが、純粋に嬉しそうな表情に毒気が抜かれる。この子は悪さなんてしない、と直感して蓮華は手汗をスカートで拭った。

「えっと……一体どこから入って来たの?」

「蓮華と一緒に、なのです」

 蓮華の質問に、夢月は胸を張って答えた。当然、蓮華には家にも部屋にも入れた記憶はない。夢月は夢月で、何故そんなことを聞かれたのか分からないという顔をしていた。二人揃って首を傾げ、見つめ合う。仕方ないので、蓮華はもっと核心に迫ることを尋ねた。

「えっと、あなたは……〝何〟?私のものって、どういうこと?」

 神妙な顔をする蓮華とは対照的に、夢月はテンション高く言った。

「夢月は付喪神なのです!お話できる人と遭ったのは久しぶりなのですよ!」

 付喪神──永い永い年月をかけ、物に意思が宿った存在。それが蓮華のものとはどういうことだ。そもそも、何の付喪神だというのだろう。

「……あ」

 蓮華は夢月の着物の色を見て、一つ思い当たった。

「境さんにもらった、扇子?」

「そうなのです!」

 即答だった。清々しいほどに。

 夢月の着物の、上が濃く下が薄くなっている色合いは扇子と一緒だ。よく見れば、右胸には雲に隠れかけた月の模様がある。

「え、うそ、全然気付かなかった……」

「ここ数年はずっと寝ていたので、気配が小さかったかもしれないのです。でも、蓮華にもらわれてからは半分くらい起きていたのですよ」

 そういえば、扇子をもらった時に《良いモノ》の気配が少しだけしていた。だから蓮華の名前を知っていたのだろう。

「じゃ、何で急に出てきたの?」

「昼間、呪いを叩いた時に完全に目が覚めたのです。まさか、あんな風に使われるとは思ってなかったのです……」

 夢月はこれ見よがしにため息をついた。つまり、こんな小さい子にあの呪い髪を叩かせたことになるのか。流石に申し訳ない。

「ご、ごめん……。あの時はちょっとテンパってたから」

「蓮華は夢月を大事に使ってくれたから、許すのです。蓮華は夢月の主なのです!」

「あ、あるじ……?」

「蓮華、早くお風呂入りなさーい!」

 蓮華の呟きは、母の呼び声でかき消されてしまった。


*   *   *   *


「ごめん、超展開すぎてついていけない……」

「大丈夫、私もだから」

 月曜日の昼休み、蓮華は端折りつつも入梅に説明した。横では、夢月が物珍しそうに教室を見回している。もちろん、入梅には視えていない。恐らくクラスメイトにも。

本体である扇子は、いつも通りカバンの中に入れてきた。夢月曰く、本体からはあまり離れられないらしい。昨夜、風呂から出た後に境也に電話してみたが出なかった。放課後《ことほぎ屋》に行って直接問い質すしかないだろう。

「『付喪神がうちに来た』って言われた時は何事かと思ったよ」

「蓮華のお友達は、蓮華より随分お胸が大きいのですね」

「……夢月はちょっと黙りなさい」

 蓮華は夢月の頭をぽんとはたいた。確かに入梅は蓮華より二カップ上だが、そんなことをこんな子供に言われるとは思わなかった。実年齢は分からないけれど。

授業中は本体の扇子の中で寝ていて大人しかったのに、昼休みになった途端出てきてこれである。夢月の言葉が聴こえない入梅はきょとんとしている。

「夢月ちゃん、何だって?」

「大したことじゃないよ」

 蓮華は窓の外の田んぼの、そのさらに向こうを見ながら言った。今日も空が青い。

「ま、話聞く限り意外とバイトらしくしてるみたいだね」

「どうなんだろ……」

 昨日が初仕事な時点で、バイトらしいと言えるのだろうか。

「ばいとって、何なのですか?」

「バイト?バイトはアルバイトのことで……何だろう、一時的なお手伝いって言えば分かる?」

「何となく分かったのです」

 夢月にはテレビを見せて、フクのように学んでもらった方が早いかもしれない。朝から質問攻めで、蓮華は既に疲労困憊だ。それでも眠っていたのはここ数年だけらしいので、知識に偏りはあるが何も知らないわけではなかった。電話の進化には驚いていたが。

「ねぇねぇ、夢月ちゃんは気になる現代のものってないのかな」

 兄はいるが下に兄弟のいない入梅は、夢月が幼い子供の姿と聞いてやたら食いつきがいい。前に妹か弟がほしかったと言っていた。

「……夢月、何かある?」

「扇風機は嫌いなのです」

 夢月は一瞬、仇を見るような目をして答えた。扇風機があると、扇子など使わないからだろう。エアコンはいいのだろうか。

「……扇風機は嫌いだってさ」

 そんなこんなで午後の授業もやり過ごし、ホームルームの後蓮華は大きく伸びをした。

「学校はもう終わりなのですか?」

「今日はね」

 扇子からふわりと出てきた夢月に、蓮華はクラスメイトに不審に思われないよう小声で返した。ずっと気を張っていたので、いつもより疲れてしまった。早く《ことほぎ屋》に行ってゴロゴロしたい。入梅はバイトのため、既に風のように教室から飛び出した後だ。

「蓮華、ちょっと!」

「おん?」

 筆箱やプリント類をカバンに入れていると、教室の入り口に立っていた紗菜に手招きされた。夢月もそちらを見た後、再びすっと扇子に戻った。例え周りに視えなくても、入梅の前以外では出てこないよう言ってあるのだ。

「紗菜、どうかした?」

「内藤君が用だって。中学一緒だったんでしょ」

「内藤が?」

 廊下には、隣のクラスの内藤晃が立っていた。身長が百八十センチ近いので、嫌でも見上げることになる。中学が一緒どころか、三年間同じクラスだった奴だ。そのせいか、内藤は蓮華の霊感に気付いているような節がある。

「……何か用?私急いでるんだけど」

 カバンを抱え、蓮華は刺々しく言い放った。内藤もバスケ部だったはずなので、この後部活があるはずだ。

「なぁ天野、お前バスケ部のマネージャーになってくれないか?」

「…………は?」

 何を言われるかと警戒していたのに、予想外すぎる言葉に蓮華はぽかんとした。すると、内藤の後ろからもう一人男子生徒が近付いて来た。

「内藤、中学一緒だったってその女?」

「おう。今から説明するとこだ」

 内藤より数センチ低いチャラそうな茶髪の男子生徒と、まとわりつく黒い靄。覚えのある生臭さと吐き気に、蓮華は二人から顔を背けて軽くむせた。英語の補修に出ていた、あの男子生徒だ。

 この人バスケ部だったのか!

あの時境也にもらった匂い袋は、もう効き目が切れてしまっている。補修が終わり、他クラスだからと油断していた。補修の時より距離が近いので、《良し悪しセンサー》の反応も強いらしく眩暈もしてくる。

蓮華の心中など知らない内藤は、困ったように話を続けた。

「うちの部、今三年の先輩しかマネージャーいないんだ。その先輩が受験に集中したいから、夏の大会前に辞めたいって言ってて参ってんだよ。それで部長に、片っ端から知り合いに声かけろって言われててさ」

「へ、へぇ……」

 蓮華はとりあえず相槌だけ返したが、ほとんど話の内容は頭に入っていない。軽くよろめいて、ドアに手をついた。ヤバイ、ここまでヤバイのは久々でヤバイ。

「お前、中学の時と違って体調いいみたいだし、やってくれないか?」

 ダメ押しで内藤が言ってくるが、今まさに中学の時のような体調になっている。回らない頭で何が何でも断らねば、と蓮華が顔を上げると男子生徒はイラついた様子で鼻を鳴らした。

「こいつ、役に立つのか?」

 アンタのせいで碌に会話もできないんですけど!

 顔面蒼白なのに気付け、と心の中で叫んでいると、いつの間にか夢月が蓮華の横に立っていた。当然二人には視えていないようで、内藤は男子生徒をなだめている。

夢月は靄を視界に入れると、不快そうに眉根を寄せた。

「夢月……?」

 蓮華が小さく呟くと、夢月は本体と同じ扇子を帯の間から取り出した。そのまま、男子生徒の周りを開いた扇子で斬りつけるような動きでくるくる回る。舞のように夢月が扇子を振るい続けると、いつの間にか靄は消えていた。最後に夢月が大きく男子生徒を扇ぐと、蓮華の吐き気と眩暈も収まる。戻って来た夢月は、得意げな顔で蓮華を見て消えた。

「おい、今急に風が吹かなかったか?」

「そうか?……で、天野、どうなんだ?」

 内藤に声をかけられ、蓮華はハッと我に返った。夢月が舞っていたのは、長いようで短い時間だったらしい。

「あ、えっと、悪いけど、バイト始めちゃったから無理」

「え、そうなのか……。ならいい、急に悪かった」

 表情を曇らせると、内藤は文句タラタラの男子生徒を連れて去って行った。ようやく呼吸も楽になったので、蓮華は大きく息を吐く。危うくトイレに駆け込むところだった。

「ねぇねぇ、蓮華!もしかして内藤君って蓮華に気があるんじゃない?」

 近くで話を聞いていたらしい紗菜が、ニヨニヨしながら声をかけてきた。今の会話で、どうしてそんな考えに至ったのだろう。靄のせいで疲労が激しいので、蓮華は弱々しく返した。

「いやいや……。知り合いに片っ端から声かけてるって言ってたから……」

「でも、入梅には声かけてなかったよ?」

「入梅が忙しすぎるからでしょ」

「そうかなぁ。背高いし、カッコいいのに」

 紗菜の言葉に、蓮華は力なく笑った。つい最近、見目はすさまじくいいが性格に問題ありな人物と知り合ったばかりである。外見だけで判断してはいかんぞ。

「それじゃ、私バイトに行くね」

「個人経営の小さいお店だっけ?頑張ってねー」

 紗菜に手を振られ、蓮華も教室を出た。入梅以外の友人には、知り合いの小さな何でも屋と言ってある。間違っても遊びに来ないように、副店長が面倒な老人であると話したが、フクの性格はそのまま話した。

人気のない自転車置き場まで来たところで、蓮華はカバンの中の夢月に声をかけた。

「ありがとね、夢月。助かったよ」

「あれくらいなら、祓うことができるのです。夢月より力が強いとできないのですが。昨日の呪いも、夢月が少し弱くしたのですよ!」

 蓮華の自転車の荷台に座った状態で姿を現し、夢月は言う。

「でも、さっきの人は根本的な解決はしていないのです。一時的に祓っただけで、問題を解決しないとまた同じようになってしまうのです」

「そっか……」

「生霊とはそういうものなのです」

 運動部の掛け声と共に、カラスの鳴き声が聞こえた。


*   *   *   *


「境さん、こんにちはー」

「お邪魔するのです」

 玄関から問答無用で居間に直行すると、境也は何やら部屋中を引っ掻き回していた。戸棚の中身が全部畳の上に広げられてしまっている。ちゃぶ台も立て掛けられて居場所がないのか、フクは戸棚の上に乗っていた。

「……何これ?」

「あっ、蓮華さん!昨日から、携帯電話の充電器が見当たらないんです!充電はとっくに切れてしまったというのに……」

 昨夜から連絡がつかなかったのは、そのせいか。

蓮華は置かれている本や裁縫箱を踏まないよう、つま先立ちで部屋に入った。夢月もそれに続く。

「おお、夢月が起きたんじゃな」

「お久しぶりです、夢月さん」

「フク、境也、お久しぶりなのです」

 フクと境也の言葉に、夢月は小さくお辞儀をした。蓮華は足元に気を付けつつ、境也に歩み寄って不満をぶつけた。

「何で境さんもフクさんも、夢月のこと教えてくれなかったの!昨日いきなり出てきてびっくりしたんだから!」

「す、すみません。ここのところ夢月さんは眠ったままでしたし、蓮華さんを主と認めない限り出てこないと思っていたんです。ちゃんと認めてもらえたようですね」

 ほんわりとした笑顔で境也は言った。悪気は一切ないのだろう。蓮華がじっとり境也を睨むと、きゅるる、という情けない音が毛玉から聞こえた。

「悪いが蓮華、台所から菓子を持って来てくれんか。境也がずっとこの調子で、ワシはハラが減った」

「はいはい。境さんは何か踏んだり転んだりしそうだしね」

「お願いします……。冷蔵庫にジュースもありますので、そちらもどうぞ」

 我に返ったのか、丸い木製のペン立てを手に境也はしょんぼりとした。携帯電話が行方不明ならまだしも、何故充電器が消えてしまったのだろう。一息ついたら、蓮華も手伝わなければ。

「境也は意外とおっちょこちょいなのですね」

 廊下に出ると、ついてきた夢月がくすりと笑った。

「日常生活では抜けてるんだよね……」

 蓮華は小さく唸った。この間の矢来の店での一件はテキパキしていたのだが。頼りになるのかならないのか、微妙なところだ。

 勝手知ったる台所で、蓮華は食器棚から菓子とコップを出した。今日のおやつはみたらし団子である。冷蔵庫を開けると、牛乳の横にオレンジジュースが並んでいたので、それもお言葉に甘えて頂く。野菜や作り置きしたおかずが並んでいるのを横目で見つつ、蓮華はドア閉めようとして目を瞠った。

半分にカットされた白菜の横に、コード的な電化製品がある。

「……充電器」

 今まさに、探しているはずのものだった。蓮華は充電器を取り出して深く、かつ盛大にため息をついた。

「蓮華?どうしたのですか?」

「……夢月はジュース飲める?」

「どんなものなのですか?」

「んーと、甘い飲み物」

「甘い物は好きなのです!」

 夢月はキラキラと目を輝かせた。それを見て、蓮華の疲れた心が少し癒される。入梅ではないが、妹ができた気分だ。

蓮華はさくさく四人分のジュースと団子と充電器を盆に乗せ、部屋の状態が状態なので客間に運んだ。充電器だけ持って、居間に戻る。

「境さん、充電器あったけど」

「本当ですか!?どこにありました?」

「冷蔵庫の中」

「えっ」

「……何でそんなところに入れたんじゃ」

 蓮華の返答に、フクが力なく言った。境也本人にとっても衝撃だったようで、茫然と差し出された充電器を見ている。

「よく冷えてたよ……」

「すみません、ありがとうございます、すみません……」

 項垂れて、境也は弱々しく何度も謝った。充電器を冷蔵庫に入れた経緯を思い出そうとしているらしく、険しい顔で額に手を当てている。

「ジュースとお団子は客間の方に持ってったから、今日はあっちで食べよ」

「そういうことは早く言わんか!」

 蓮華が言い終わる前に、フクは戸棚から飛び降りた。そのままピョコピョコと、開けっ放しだった襖を突っ切って客間に突撃する。中々の速さでちゃぶ台の上まで辿り着き、グワッと団子に食らいつこうとした。

「フク、行儀が悪いのです!」

 先に客間でちょこんと正座していた夢月が、荒ぶる毛玉を扇子で叩き落とした。ぺしゃん、とフクが団子を前につぶれる。

「何をするんじゃ!」

「蓮華と境也が座るまで、待つべきなのです!」

「あっ、こらワシの団子を返せ!」

 夢月は団子の皿を高く持ち上げ、フクから遠ざけた。見ている分には可愛らしい光景だが、その内コップを倒しそうだ。境也はまだヘコんだまま、充電器を見つめている。

「ほらほら、境さんも休憩にしよう。このままだと、フクさんに全部食べられちゃうよ」

「……そうですね」

 蓮華が境也の背中を軽く叩くと、ようやく反応した。

全員座ったところで、夢月が渋々皿を下ろす。次の瞬間団子に食らいついたフクは、まさに光速だった。食べ物が関わると、この毛玉は実に俊敏である。

「夢月さんは昨日、目が覚めたんですね?」

 飲み物を飲んで一息つくと、境也は確認するように尋ねてきた。

「昨日というか、矢来さんのところであの髪を叩き落とした時に目が覚めたんだって」

「あれにはびっくりしたのです」

 夢月は眉間に皺を寄せ、むすっとした。蓮華は機嫌を取るべく、夢月の頭を撫でてやる。

「ちゃんと起きたのは昨日ですが、蓮華のところに行ってからは半分くらい起きていたから会話は聞いていたのです。……昨日の骨董屋の店主は物を大事にしてくれているようですが、ちょっと気持ち悪かったのです」

 ジュースをちびちび飲みながら、夢月は微妙な顔をした。愛される側からしても、矢来の言動はドン引きらしい。

「そうそう、教えてないのに夢月が私の名前知ってて焦ったんだよね。変なのに名前教えちゃいけないって、フクさんに言われてたし。良くないモノじゃないってのは、分かってたけど」

「夢月は〝変なの〟じゃないのです!皆が蓮華を呼ぶのを聞いていたから、知っていただけなのです!」

「蓮華のセンサーの反応は間違いないようじゃな」

 さっさと団子もジュースも空にしたフクが、神妙に言う。

「昨日も色々あったようじゃし、思ったより早く夢月が目覚めて良かったわい」

「何が?」

「この店でばいとをするにも、日常生活にしても、怪異から蓮華を守らねばならん。ワシも境也も四六時中一緒にいるのは無理じゃ。その役目を、夢月に頼みたい」

「私からも、お願いします」

 いつになくフクが真面目に言い、境也も夢月に頭を下げた。正直、そこまで蓮華のことを考えてくれているとは思わなかった。昨日のことや、つい先ほどの靄のことを考えると、蓮華の認識は少し甘かったのかもしれない。

頬いっぱいに団子をつめこんで食べていた夢月は、ゆっくりと飲み込んで口を開いた。

「当然なのです、もう夢月は蓮華のものなのです」

「……ありがとね」

 蓮華はもう一度、夢月の頭を撫でた。蔵で話していた、用意だの認めるだのというのはこのことだったのだろう。何となく和やかな雰囲気になっていると、

「ちなみに、しばらくばいと代はないぞ。夢月が前払いみたいなもんじゃ」

 空気を読まずにフクがぶち壊した。それでも異論はないので、蓮華は「はーい」とゆるく返事をした。

「夢月が思ったより早く目覚めたって言ってたけど、もっと時間がかかりそうだったらどうするつもりだったの?もしくは、夢月が私を認めてくれなかったら?」

「その時は、匂い袋の大きいものを用意するつもりでした」

「枕くらいの大きさになるぞ」

「枕……?」

 興味本位で聞いてみたが、頭の痛い答えが返ってきた。そんなものは持ち歩けない。きっと匂いも強すぎるだろう。《良し悪しセンサー》とは別な意味で日常に支障が出たらどうしてくれるのだ。香水臭いならぬ、お香臭い女子高生なんて嫌だ。

「さて、そろそろ居間の片付けを始めましょう。申し訳ありませんが、蓮華さんと夢月さんも手伝っていただけますか?」

「了解なのです」

「夕飯までに終わるんじゃろうな」

 食器を持って立ち上がった境也に夢月が続き、フクもヒョコヒョコ跳ねていく。

「バスケ部のマネージャーなんかより、よっぽど骨が折れそうだなぁ」

 小さく笑いながら、蓮華は独り言ちた。


*   *   *   *


 あくる日、放課後に店を訪れると珍しく境也は留守だった。

「あれ?境さんは?」

「米と自転車を買いに行ったぞ」

「お米と自転車なのですか?」

 夢月が首を傾げた。あまりない、というか滅多にない組み合わせである。

「今朝、米が残り少ないことに気付いたらしくてな。そこから、米を買いに行くのに歩きでは不便だ何だと言いだしてのぅ」

「あー……」

 そういえば先日、境也はそんなことを言っていた。蓮華にとっては、どんぶらこショックの方が大きかったが。

「前の自転車が壊れた時、フクさんが乗るの止めたって聞いたよ。許可してあげたんだ?」

「仕方あるまい、米は死活問題じゃからのぅ。定期的に整備することと、安全運転を条件にではあるがな」

 夕方のワイドショーを横目に、フクが答えた。前に沢庵が主食だと言っていたが、米はやはり重要らしい。

ちゃぶ台の端を見ると、メモに境也の筆跡でそのようなことが書かれていた。こういうのをメールでくれればいいのだが、この間のようにカメラではしゃぐレベルでは無理だろう。

「夢月としては、境也が自転車に乗れることが驚きなのです」

 会話を聞いていた夢月が、ぽつりと言った。そこまでの言われようなのか。

「言っとくが、境也は運動神経は悪くないぞ。何もないところで転ぶがの」

「それ、運動神経いいって言えるの?」

 フクのフォローが、フォローになっていない。実際に、蓮華は境也が庭で転んだのを見ているので、機敏に動くところを中々想像できない。浮かぶのは、せいぜいラジオ体操をしているところだ。そんなことを考えながら、お茶を淹れに台所へ足を向けるとフクに止められた。

「蓮華、お主かれーなら作れると言っておったよな」

「そうなのですか?」

「まぁ、カレーとかシチューくらいなら……」

「作ってはくれんか?境也のことじゃ、自転車選びで悩んで帰りは遅くなるじゃろう」

「えっ、私が?今から?」

 いきなりの頼みに、蓮華はぎょっとした。料理ができないわけではないが、自信があるわけでもない。蓮華の女子力は、圧倒的に境也に劣る。

「境也は洋食が作れんし、すまーとほんを買いに行った時は閉店ギリギリまでおったんじゃ。あの時は腹と背がくっつくかと思うたわい……」

 余程ひもじい思いをしたのか、フクは力なく言った。この毛玉にも、腹と背中が存在していたのか。

「うーん、そもそも材料はあるの?」

「野菜は冷蔵庫を見とくれ。肉とかれーるうは買ってこないとないぞ」

 言われるまま冷蔵庫を見ると、人参、玉ねぎ、ジャガイモは十分な量があった。こだわったものを作るのでなければ、豚肉とカレールウだけ買ってくれば問題ないだろう。

「作ってくれるか?」

「……分かったよ。言っとくけど、境さんレベルは無理だからね」

 変に期待されると困るので、蓮華は先に釘を刺した。

「大丈夫なのです、夢月も手伝うのですよ!」

「夢月は料理したことあるの?」

「ないのです!」

 その根拠のない無垢な自信は、一体どこからきたのだろう。わくわくしている夢月に、不安しか感じない。

「生でなければ構わん。財布は、蔵の鍵の入った引き出しの隣じゃ」

 地味にひどいことを言いながら、毛玉は居間の戸棚の前で跳ねた。引き出しを開けると、青竹色をしたがま口の小銭入れと小物がゴチャっと入っている。失礼ながら小銭入れの中身を確認すると、五千円札が畳んで入っていたので足りないということはないだろう。

「ルウは何がいい?甘口、中辛、辛口があるけど」

「甘口で頼む。洋菓子も買ってきていいぞ」

「それも、フクが食べたいだけではないのですか?」

 呆れたように夢月が毛玉を見下ろす。最近では蓮華のお勧めで、境也が洋菓子を買ってくることも増えた。フクは特にドーナツが気に入ったらしく、種類の違いを吟味していた。

「それと、沢庵もな」

「福神漬けじゃなくて?」

「沢庵じゃ!」

「はいはい……」

 飛び跳ねて主張する毛玉に、おざなりに返事をする。蓮華には、沢庵の魅力がいまいち理解できない。

 自転車に乗り、大急ぎかつ安全運転で買い物を終えて戻っても、案の定境也は帰って来ていなかった。

「ただいま。まさかとは思うけど、お客さん来たりはしてない?」

「来とらん。菓子は何を買ったんじゃ?」

「シュークリームだよ」

 店の経営よりもお菓子を気にする副店長を、蓮華は強めに小突いた。一アルバイトとして、店の先行きが不安になる。冷蔵庫から材料を出す蓮華の微妙な表情に気付いてか、フクは流し台の上に飛び乗ってむすりと言った。

「安心せい、そう簡単にこの店は潰れたりせんわ」

「夢月が眠っている間に、潰れていなくてよかったのです」

 流しに並んだ野菜を眺めていた夢月が顔を上げた。この見目幼い付喪神は、時に容赦がない。蓮華はジャガイモを洗い始めながら、口を開いた。

「だけど……その。矢来さんのところに行った時、お代が思ってたより安かったし」

 そう、代金がイメージしていたより随分安かったのだ。蓮華が過去に合いかけた詐欺では、かなりブっ飛んだ額を求められたというのに。客側としてはリーズナブルなのはいいことだろうが、大食いカビ大福を抱える店側としてはいいのか。

「大きな仕事であれば、それなりに頂戴するぞ。それに、うちの場合は金以外にももらうものがあるからの」

「えっ、そうなの?何を?」

「福じゃ」

 フクの言葉を一瞬理解できず、蓮華はしばらく毛玉と見つめ合うことになった。まるでときめかない。流れ続ける水道水を見かねた夢月にもったいないのです、と言われて慌てて蛇口をひねった。

「えと、ふく……フクさん?」

「ワシをもらってどうする。幸福の福じゃ」

 つまり、幸福をもらうということだろうか。どうやって、とか、どれくらい、という考えが一気に巡る。夢月も知らなかったようで、

「幸福を、なのですか?お金の代わりになるのですか?」

 目を丸くして毛玉をつついている。

「過去には、金を出さずに福だけで支払った客もおるぞ」

「へぇ、そんなことできるの?」

「余程の事情がない限り、勧めん。代わりに厄を背負うことになるぞ」

「おぅ……」

 珍しくきつめの口調のフクに、蓮華は口をつぐんだ。お金を払わないからといって、お得とは言えないようだ。まさに、タダより高いものはない話である。蓮華は大人しく、野菜洗いを再開した。

「でも、どうやって福をもらうのですか?」

「ワシが食べるんじゃ」

「食べる……?」

 せっかく再開したというのに、蓮華は再び手を止めることになった。この毛玉は食べ物だけでは飽き足らず、概念的なものまで食べるというのか。

「フクさん、食い意地張り過ぎ!何でそんなものまで食べれるの……」

 蓮華が呆れていると、フクは急に蓮華と夢月に向き直った。

「そういえば、話しておらんかったの」

「何を?」

「福の食べ方、なのですか?」

「違うわい!」

 夢月を一喝してから、フクはしみじみと何かを懐かしむように話し始めた。

「ワシは元々、貧乏神と呼ばれる存在でなぁ」

「は」

 のっけから衝撃の事実である。けれど、それならば真っ先に蓮華の《良し悪しセンサー》が反応するはずだ。良くないモノとして。

「で、でも、私のセンサーでそんな反応したこと一度もないよ!フクさんと居て、気分が悪くなったこともないし!」

 ジャガイモと皮むき器を握ったまま、蓮華は強く主張した。センサーの反応には、確かな自信がある。何より、フクが良くないモノだとは思えないし、思いたくなかった。

「じゃから、昔の話だと言うに」

 蓮華の心を知ってか知らずか、当の毛玉はいつも通りころころと笑った。

「今は違うのですか?」

 夢月もひどく困惑した顔で尋ねる。

「夢月も知らなかったの?」

「夢月はずっとこの辺りの土地にいたわけではないのです。色んな人の手を経て、御隈利市周辺に来たのはここ十年くらいなのですよ」

「これこれ、人の話は最後まで聞くものじゃぞ。……当時は薄汚く、みすぼらしく、いつも腹をすかせておってな。あちこちの里へ行っては、人々の残飯を漁り福を貪る。そんなモノじゃった。あの頃は美味い不味いなんて二の次で、ひたすら飢えておったのぅ」

 話の内容が内容だというのに、フクは特に疎んでいる様子はない。むしろ、穏やかな口調で話を続けた。

「ある時、小さな村に行き着いたんじゃがな。人々は何事か話し合いの後に、ワシのために祠を建てようと提案してきたんじゃ」

「ってことは、その村にはフクさんが視える人がいたの?」

「今よりは、そういう人間は多かったぞ」

 フクは昔々の日々へ想いを馳せた。蓮華にとっては下手な昔話より昔であろう、人とそうでないモノの距離がいくらか近かった頃のことを。

 小さな村だった。決して豊かではなく、人々は辛うじて食い繋いで生きている。そんなどこにでもあるような、けれど少しだけ優しい村。

「彼らは、ワシがその祠で大人しくしているなら、最低限の食べ物と福を分けようと言ってきての。食い荒らされるくらいなら、協定を結ぼうと考えたんじゃな」

 かくして、フクはこの申し出を受け入れた。村はずれに立派ではないが頑丈な祠が建てられ、そこに佇むようになった。這いずり回らなくなれば、その分腹が減るのもマシになるかと思ったのだ。初めはただ、それだけだった。

「それから毎日、村の誰かが小さい握り飯を一つを持って、幸せな話、運のよかった話をしに来るようになったんじゃ。それは随分長く続いてのぅ」

視える者も、そうでない者も、かわるがわる訪れた。フクが思っていたよりも、おそらく言い出した村人達が考えていたよりも、長く長くそれは続いた。居心地がよくて、ついつい長居をしてしまったのだ。

豊作だった時は握り飯が大きくなり、不作だった時は一口程度になったりもした。心底下らない話から、運が良すぎて本人が狼狽する話もあった。腹を満たすことより、村人の来訪が楽しみになったのはいつからだっただろう。

「あまりにも長く、たくさんもらいすぎたんじゃろうなぁ」

 ふるり、と全身の毛を揺らし、フクはそこで小さく笑った。

「とうとう、ワシの中に溜め込んだ福が飽和したらしくてな。それが転じて、何と、福の神になったんじゃわい」

「どうしてそうなったの!?」

「どうしてそうなったのです!?」

 流石に蓮華と夢月が同時に叫んだ。ぱたり、と蓮華がむいていたジャガイモの皮が床に落ちる。

「未だにワシにも分からん」

「えええ……」

 フクが気が付いた時には飢餓感がなくなり、身なりもいくらか小綺麗になっていたのだ。劇的な変化があったのではなく、いつの間にかそうなっていた。

「月並みな言い方をすれば、心が満たされたのかもしれんのぅ」

 福の神になってからは、村がひどい飢饉に襲われることもなくなり、幾ばくかではあるが実りも豊かになった。祠も建て直され、大きなものとなった。

「そっか……。うん?もしかしてフクさんの名前って、福の神の《福》だったり?」

「まぁな」

「うわぁ、副店長の《副》だと思ってた!」

 今更ながら、蓮華はフクに対してものすごく失礼な態度だったのでは。

「ですが、その、今のフクからそんな神気は……」

 ジャガイモの皮を拾い、夢月がおずおずと言った。はた、と蓮華は《良し悪しセンサー》が《良いモノ》に対しての反応もしていなかったことを思い出した。

「村がもう無い上に、ワシ自身が忘れられて久しいからの。福の神だったのも、今は昔の話じゃて」

「そん、な……。じゃあ、今は何なの?」

「この店の副店長じゃろうが」

「えっ、そういうこと?何か違くない?」

 福の神と副店長という肩書きを並べること自体が、間違っているような気がする。

「ともかく、元とは言え福の神がおるんじゃ。店が潰れる心配はいらんぞ。ついでじゃが、蓮華の福もちょくちょく食べさせてもらっておる」

「ちょっと!?」

 聞き捨てならないことを言われ、蓮華は危うく自分の手に皮むき器を走らせそうになった。持っていたのが包丁でなくてよかった。救急車沙汰は是非とも避けたい。兎にも角にも、慌ててフクに確認する。

「私、大丈夫なの?不幸にならない?隕石とぶつかったりしない?」

「安心せい、ほんの少しずつだからの。福の貯金みたいなものじゃ」

「次のテストの点が悪かったら、フクさんのせいにしてやる!」

「それは不幸と言うより、蓮華の実力の問題なのです」

 夢月の指摘を聞かなかったことにして、蓮華は八つ当たり気味に野菜を切った。手元には細心の注意をして。それでも、不揃いの人参がまな板の上を転がる。

「だいたい貯金って、いつか返してくれるわけ?」

 一度手を止めて、蓮華はじとりと毛玉を睨んだ。

「何もなければな。蓮華のせんさーの原因が分かった時には、代金の足しにしようと思っておったんじゃが……」

「あっ、貯めてていいです」

 そういうことなら、仕方がない。

「ところで蓮華」

「何?カレーはまだ時間かかるよ」

「そうなのか。米を研ぐのは、もっと後でも間に合うのか?」

「……そうか、お米!」

 すっかり忘れていた。というか、蓮華の頭にはルウのことしかなかった。急いで米びつを覗くと、残り少ないという話だったが夕食には十分な量があった。

「ワシと境也とお主ら二人の四人分、頼むぞ」

「夢月達も頂いていいのですか?」

「当然じゃ、作るだけ作らせて帰れとは言わんぞ」

 心外だと言わんばかりに、フクがむくれる。

「うーん、だけどあんまり暗くなると、変なのに遭いやすくなるし……」

「これからは夢月がいるのです、大丈夫なのですよ!」

 蓮華が渋ると、夢月がドヤ顔で言った。

「ワァ、タヨリニナルー。……本音は?」

「夢月もカレー食べたいのです」

 だろうと思った。

「後でお母さんに、夕飯いらないって電話しないとね。そうなると、二合かな?」

「おかわりの分も考えて、三合にしとくれ」

「……福の神になった時、食いしん坊も治ればよかったのにね」

 米を計り、蓮華はぼそりと呟いた。


 悪戦苦闘の末にカレーが煮える頃、ようやく玄関の戸が開く音がした。

「ただいま帰りました。……何だかいい匂いがしますね……?」

「境さん、おかえりー」

「おかえりなさいなのです」

 台所から出迎えた蓮華と夢月を見て、境也は五キロの米を抱えたまま目を瞬かせた。

「ええと、この匂いは……?」

「夕飯に、蓮華がかれーを作ってくれたぞ!」

 テンション高く、足元で毛玉が跳ねる。

「え!すみません、私が遅くなったばかりに!」

「いいよ、いつも私の方がご馳走になってるもん。それに、境さんみたいにはうまくできなかったし」

「味見はしたのです、ちゃんと美味しいのですよ!」

 刃物を持たせるのは心許なかったので、味見係となった夢月がフォローしてくれる。フクも味見係に立候補したが、全部食べそうだったので却下した。

「そろそろ出来上がるから、皆で食べよ」

「でざーともあるぞ!」

「はい、ありがとうございます!」

 境也は顔を綻ばせると、米を片付けに行った。自転車は納得するものが買えたのだろうか。

 フクが大盛りにしろだ何だと言うのをやりすごして、食卓を整える。付け合わせが沢庵しかないので彩りがないが、蓮華にしては十分すぎる出来栄えだ。不揃いで煮崩れた上に少し焦げ気味の野菜には目を瞑ってほしい。

「それでは、頂くとするかの」

「頂きます!」

一口食べて、

「とても美味しいです!」

 へにゃ、と境也は少年のように笑った。ルウを甘口にしたせいか、夢月もぱくぱく食べている。ほっとしながら、蓮華もスプーンを進めた。フクはいつも通り、襲いかかるように大口を開けて食べている。ムッシャァと一気に平らげると、

「むぅ、満福、満福じゃ」

 かつての福の神は満足そうに言った。

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