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「いやいや、アンタにいなくなられちゃ困るんだよ。俺が用があるのはアンタだからな。」
そういいながら私ににじり寄ってくる男性はとても怖い目をしています。
「大体、なんでこの俺があんな従僕ごときに引き下がらないといけないんだよ。そんなことあるわけないだろう。俺様はのちのちこの国を牛耳る人物なんだぜ。その俺に向かってあんな態度をとるなんておかしいだろ? もっと敬うべきなんだよ。な、アンタもそう思うだろ? な! 」
「・・・。」
「おい、黙ってないでなんか言えよ! 」
だんだんと林の方に後ずさっていったようで気付くと背中に大きな木がありました。男性はそれ以上後ずされなくなったことを確認して気を良くしたのか、今度はニタニタ笑いながら近づいてきました。
あまりの気持ち悪い笑い方に恐怖で背筋が凍ります。
『おい、リリー? どうした? ナニかあったんダナ! そのまま待ってろヨ! 』
シルフィ様の問いかけにも答えることが出来ません。
「アンタもさ、光栄に思いなよ。わざわざ迎えに来てやったんだぜ。」
「な、なにをですか? 」
「だからさあ、この俺が! アンタを連れていってやるって言ってんだよ! アンタもそれが望みなんだろ。あんな男のところにいるより俺と一緒に行けるなんて考えただけでも幸せだろ? 」
体ごと顔を近づけてきましたが怖くて体が動きません。なんとかしようと頭の中で考えようとするのですが駄目です。全く何も浮かびません。
顔に触れられそうになったのでとっさに右手で顔をかばうと、舌打ちとともに右手首をものすごい力で掴まれました。そのまま強引に引き寄せられ、林の反対側の方に引っ張っていこうとしています。
「おい、こっちにこいよ。」
どうやら木の陰に止まっている馬車に私を押し込んで北の国に行こうとしているようです。思いっきり踏ん張って引きずられないように抵抗しますが、どうしても体格差でずるずると馬車の方に運ばれてしまいます。右腕を振り回してみたりしてもあまり変わりません。
「やめっ、て、くださ、いっ! 」
踏ん張りながら抵抗すると、舌打ちをしながら男性が怒鳴りました。
「ああ、くそ、時間がねえってのに手間かけさせんじゃねえ。」
言い終わるあたりで顔に向かって掌が迫ってきました。殴られる、と、目をぎゅっと閉じて来るべき衝撃に身構えました。
「 ? 」
そのまま待っていましたが衝撃が来ません。不思議に思って恐る恐る薄目を開けると、誰かが私と男性の間に入って男性の右腕を払いのけています。リンゼイ兄様が助けてくれたのかと思っていると、驚いて固まっていたいた男性が青ざめて後ずさっていきます。以前リンディーに睨まれた時より怖がっている様子に首をかしげましたが、きっとあまりの迫力に怯んでいるんだわ、何て考えた私ですが、リンゼイ兄様が男性に話しかけた瞬間、驚きで動けなくなりました。地を這うような低い声で聴いただけでも物凄く怒っていることがわかります。
「お前、誰に何をしているのかわかっているのか?」
「フリューゲルス伯爵家の侍女だろ、いや、ですっ。アイゼンバルー様。」
きゃーーーー!!なんなんですの、なんなんですの!!
拘束をはずされた右手で目を擦っても目の前のジークリオン様は消えません。なぜこの場所にジークリオン様がこのタイミングでいらっしゃるのかがわかりません。正直、先程までの状況よりも切羽詰まっての一大事です。そんな内心の慌てぶりなど知らないジークリオン様は男性に向けて冷たくいい放ちます。
「フリューゲルス伯爵家はもとより、アイゼンバルーも敵に回す度胸があるのならこの場で宣言してみろ。その時はどんな手を使ってもお前を徹底的に潰す。だが、このまま消えるのならば両家ともお前に手出しはしない。このジークリオン=アイゼンバルーの名にかけて誓ってやる。」
理解したのならどっちか選べ、とジークリオン様に言われた男性は、腰を落としながらゆっくり後ずさっていきます。
「わかりました。これ以上この女に絡むのをやめます。もう二度とこのような真似はしません。ですからどうかこのままで…」
無言で首を降りながら男性に近づくジークリオン様は、背中しか見えてない私にもわかるくらい怒りのオーラが出ています。背後にいる私でも怖いのですからこの怒りを正面から受け止めている男性は、それはもう青ざめてかわいそうなくらい怯えています。
「わ、わかりました。この女、いえ、女性にも近づきませんし、この国にも近づきません。そ、それでよろしいでございますでしょうか…」
泣きそうになりながらもジークリオン様に許可を求めた男性はジークリオン様が首を縦に動かした瞬間、きびすをかえし、慌てて走って止めてあった馬車の方へとかけていきました。・・・人間ってあんなに早く走れるものなのですね。
「さてと、君はどうしてここにいるの?…マリアンナ?」
ジークリオン様の怒りのオーラが消えて、私を北の国に連れていこうとしていた男性もいなくなり、これで万事解決したわね~。何て思っていましたが、甘かったですわ。なんとも言えないこのじっとりとした空気。少し息苦しいです。なんとかごまかしてここから逃げる方法はないのでしょうか。まだジークリオン様に気持ちが残っている私にはここで対峙するのは荷が重すぎます。でも、色々なことを聞きたいのも本音です。ここで『マリアンナ』が『リリアン』だと話してあの岩場の奥でのことや聖霊様とのことを聞きたい気もします。言いたいことが多すぎて、何も言えなくて思わず下を向いてしまった私に、なにを勘違いしたのか優しく頭を撫でながら言いました。
「怖がらせてしまったかな?ごめんね。」
怖がってないことを伝えるのに首を横に振るので精一杯です。
「ふっ。そんなに一生懸命首を降ったら首がとれちゃいそうだよ?」
少し笑いながらちょっと怖いことを言うジークリオン様を目だけでこっそり見ると優しそうに笑っています。ああ、優しい方のジークリオンさまです。その顔を見た瞬間、胸が一杯になって涙が溢れてきてしまいました。こらえようと思ってもこらえきれません。
「~~~~!」
涙がぽろぽろ出てきて声にならない声が出てきてしまう私を、ジークリオン様は優しく引き寄せて両腕で囲いました。ふんわりとした力で胸に顔を当てられて、なんとも言えない暖かさと心地よさ、安心感で一杯です。心の中が全部もれ出てしまいそうです。
何で私が連れていかれそうになったの?
何でここにいるの?
何で私を助けてくれたの?
何でマリアンナには優しいの?
何で私には冷たいの?
何で私を選んでくれないの?
何で?なんで?ナンデ?
泣いていて、支離滅裂な私を抱き寄せて、背中をとんとん、となだめてくれるジークリオン様。これは反則です。ジークリオン様の幸せを願っての婚約破棄ですが、これでは気持ちをあきらめられる気がしません。
そのまましばらく泣きじゃくって大分落ち着いてきた頃、ふと我に返って大変なことに気づきました。私、泣くと涙と鼻水が出ることを忘れていました!!
恐る恐る鼻をすすりながら顔が当たっていたジークリオン様の服を見ると、
「!!」
もうだめです。絶対的ピンチです。ジークリオン様の胸辺りは私の出した沢山の涙と(少しの)鼻水で大きなシミができていました。




