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数日後、治療師の方から日常生活に戻っていい、と、許可が出た次の日、我が家にジークリオン様がやってきました。
いつもならハンス兄様のお誘いを受けぬうちに引きこもったり、外出の用事を作っておくのですが、今回ばかりはきちんとお礼を言わなければなりません。またあの眉間のしわを見るのかと思うと心が萎んでくるのですが、シルフィ様がおそばにいてくれるというので、とても心強いのです。
ノックの音がしてジークリオン様の到着を知らされ、シルフィ様と気合いを入れ直してテラスに向かいました。テラスにはなぜかいるはずのハンス兄様がいません。いつもと違う様子に首をかしげますが、ジークリオン様がこちらに気づいたのであわててご挨拶をします。
「ごきげんよう、ジークリオン様。今日は訪ねていただいてありがとうございました。」
「ああ。」
相変わらずの眉間のシワと単語の会話です。いつもならこのまま失礼するのですが、今日は一人ではありません。
『ダイジョウブ。ワタシがついてる。ドンナコトがあってもリリーまもる。』
『はい。ありがとうございます。がんばります。』
シルフィ様の言葉が嬉しすぎて思わず笑ってしまいましたが、挨拶の言葉をしたまま笑っている私を見たジークリオン様は、眉間のシワを更に深くしました。
このままではいけないと勇気をもって話しかけました。
「ジークリオン様、この間は危ないところを助けていただいて本当にありがとうございました。お陰さまでここまで回復いたしました。これもすべてジークリオン様のお陰です。」
ここまで一気に話せばあとはもう一息です。
「お礼、と言ってはおこがましいですが、こちらをご用意いたしました。あまり上手ではないですが、気持ちを込めて作りました。お使いください。」
そっとテーブルの上に護り石をのせます。シルフィ様と一緒に作った護り石です。効果は抜群でしょう。
今日はいい仕事したとばかりにいい気持ちになっている私ですが、ジークリオン様の反応がないことに気づいて顔をあげると、こちらを見ていた紺色の瞳と目が合いました。
なぜか私のまわりから音が消えていきます。すうっと、まるでジークリオン様の紺色に吸い込まれていくようです。
--- こんなに綺麗な紺色見たことないな・・・。
「リリアン。」
自分の名前が聞こえてきて我に返りました。とたんに恥ずかしさが込み上げます。私は何をしていたんでしょう?
「リリアン、どうした?まだ調子が戻らないのか?」
ジークリオン様が少し心配そうにこちらを見ています。
何か答えなくては、と思うのですが喉が干上がったようになって声が出てくれません。急に黙った私の様子がおかしかったのか、ジークリオン様が眉間のシワを和らげて微笑みました。
--- 笑った!
私の顔が一瞬にして上気したのがわかります。恥ずかしくて下を向きたいような、微笑んでいるジークリオン様を見ていたいような、今までなったことのない気持ちに私の中はめちゃくちゃです。
姿は見せていないけれど私の肩に乗っているシルフィ様も、私のことを絶対に変だと思っているはずです。
「リリアン、かえって気を使わせた様ですまない。リリアンが用意してくれたようだからこの護り石はありがたくいただいていくよ。だが、これ以上のお礼はしないでくれ。大したことはしていない。」
単語の会話しかしないと思っていた私はちゃんとジークリオン様が答えてくれたことにも衝撃でしたが、私の名前を呼んだことにはもっと驚きました。
「・・・リ・・ン、リリアン、聞いているのか?」
「はいっ」
「それで、どうなんだ?」
「? 何がですの?」
「婚約のことだ。」
「誰と誰が婚約なさったのですか?」
「俺とリリアン、君だ。」
ーーーなんですのー!!