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起きてるとき

 夜。日付も変わりそうな時間。

 カズは鍵を開けて無言で帰宅してきた。この日が特別遅いというわけでもなく、することをしていたらこの時間になってしまったのだ。よくあることだった。


「おかえり」


 リビングへと向かうと、ソファにはヒロがいて、その珍しい光景にカズは少しだけ驚いた。



「おう。珍しいな」

「まぁ一杯どうだ」


 そう言ってすでに飲んでいたのか、テーブルの上にはウイスキーのボトルとその中身の入ったグラス、何も入っていないグラスが一つずつ置かれていた。それとヒロの自慢の水晶玉も小さなクッションのようなものの上に置かれていた。

 カズは何も言わずにスーツの上着と外したネクタイを自室に置いてくると、テーブルから灰皿と戻ってくるまでに注がれていたグラスを持ち、ダイニングキッチンのカウンター状になっている部分に寄りかかるように立った。そのカウンターの上に灰皿とグラスを置くと、ワイシャツの胸ポケットから煙草を取り出して火をつけた。そして深呼吸するように白い煙を一度大きく吐き出す。

 それを見たヒロがソファに座ったままグラスをカズの方へと持ち上げると、カズは自分のグラスを持ち、ヒロのグラスにカツンと触れさせた。中に入っていた大きめの氷がカランと音を立てた。


「お疲れ」

「おう」


 グラスに口をつけて一口飲んだカズが尋ねる。


「何かあったか?」


 実に単刀直入だった。

 しかしヒロの答えは少しだけ的外れでもあった。


「ミナちゃんに一つ部屋を与えた。物置代わりに使っていた部屋だったんだが、別にかまわなかったか?」

「ん? あぁ。好きにしたらいいさ」

「そうか。それはよかった」

「……俺が聞きたいのはそういうことじゃねぇんだけどな」


 カズは小さくそう言うとタバコを一吸いし、再びヒロに質問する。


「あいつのことでなんかあるんじゃねえのか?」


 ヒロはまだ中身の残っているグラスに、ボトルからウイスキーをつぎ足す。


「あいつというのはミナちゃんのことでいいのか?」

「他に誰がいるんだよ」

「カズが誰かの心配をするなんて珍しいのではないか?」

「そんなんじゃねぇよ」


 カズがグラスの中身を一口飲んだのを横目で見ると、ヒロは口を開いた。


「今日、ミナちゃんの荷物を駅のロッカーに取りに行った」

「手ぶらかと思ってたけど、やっぱり荷物もってきてたのか」

「うむ。その時になにやら売店にあった新聞をジッと見ていたんだ」

「…………」

「今日の新聞の内容は知っているだろう?」

「……あぁ」

「もしかするとミナちゃんは何かに関わっているのか?」

「……さぁな」


 ヒロの質問に適当に曖昧に答えたカズは、まだ半分を過ぎたばかりのタバコを灰皿の上でもみ消した。


「第一、関わっていたら何かあんのか?」

「……好奇心だ」

「そういうことは俺よりもお前の方が向いてるんじゃないのか?」

「私はただそのニュースに気を取られていたのか、それとも違うのかが気になっただけだ。そういう情報なら警察に身を置いているカズのほうが詳しいではないか」

「もし知っていたとしてもお前には言わねぇよ。つーか言えねぇ」

「企業秘密というやつか」

「ぺらぺら何でもかんでもしゃべっちまう奴が警察にいたら大変だろうが。俺もその一人ってことだよ」


 カズは会話が途切れたのを見ると、新しいタバコに火をつけた。

 ヒロは相変わらずの無表情で自身のグラスを見ていた。


「ところで話は変わるけどよ、あいつは今日学校行ってたか?」

「私とずっと一緒にいたな」

「ずっと? 市場の時もか?」

「いや、後場は動く気がしなかったから、昼食を食べてからは一緒だった」

「ほぉう。珍しいこともあるもんだな。お前が市場を見ずに一日を過ごすなんて」

「水晶玉がそう囁いていたのだ」

「はいはい。んで、どうだった?」

「どうというのは?」

「んー、楽しかったか? 久しぶりの日が出てる生活は」

「……眩しかったな」

「吸血鬼かなんかなのかよ」


 カズはそう言って小さく笑うと、白い煙を吐いてからグラスに口をつけた。

 それが会話の終了の合図だったのか、しばしの無言が続き、カズの吸っていた二本目のタバコが灰皿の上でもみ消された。


「明日も市場が動くんだろ。お前もさっさと明日の準備でもしろよ」

「あぁ」

「それと」


 カズは物置兼ミナの部屋がある扉のほうを見て言った。


「明日は学校にちゃんと行けよ。じゃないと大人になってから後悔するからな」


 扉の向こうからは返事はなかったが、カズはそれを告げると自分の部屋へと入って行った。

 リビングに残されたヒロは、グラスの中身が無くなるまで座っていたが、飲み終えるとテーブルの上を片付け、電気を消して自分の部屋へと向かった。そしてミナの部屋の扉に向かって、


「おやすみ。ミナちゃん」


 と、そう言って自分の部屋の扉を閉めた。

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