日が昇る時
ちゅんちゅんちゅんというスズメの鳴き声で目が覚めたカズ。いつもならばその程度の音では起きないのだが、リビングから聞こえる、カチャカチャという聞きなれているが聞きなれていない音がそれに混じっていたので、目が覚めた。
ヒロが早起きでもしたのかと思ったが、ヒロが目覚めるのは株式市場のスタートの少し前であるため、こんな午前六時なんかに起きたりはしない。意外と時間にきっちりかっちりしているヒロではないとすると『泥棒?』とも考えたが、昨晩から居候として住み着いているミナだろうということを頭で理解し、いつもよりも早く起きてしまった頭と身体をそのまま起き上がらせた。
だるそうにリビングへ向かうと、その音はリビングではなく、キッチンのほうから聞こえてきた。ダイニングキッチンになっているためリビングからでもミナが何かしているのが伺えた。
「こんな朝っぱらから何してんだ」
声をかけられたミナは顔を上げて一言。
「おはよ」
「おう。じゃなくてな。俺が聞いてるのは何をしているんだってことだ」
「何って……朝ごはん作ろうかと思って」
どうやら朝食を作ろうとしていたミナ。
「作るって言っても冷蔵庫の中、ろくなもん入ってねぇだろ」
「うん。びっくりした。いや、でも男の人ならそんなもんか」
「俺は朝はコンビニだし、ヒロは前場が終わってから外食だしな」
「前場?」
「株式市場のことだ。11時半までと12時半からに分かれてんだ。それで早い方を前場、遅い方を後場っていうんだとよ」
「ヒロさんに教えてもらったんだね」
「俺はそういうのは全然わかんねぇ」
カズは口を開けて大きなあくびを一つすると、ミナの横を通って冷蔵庫を開けた。中からお茶の大きいペットボトルを取り出し、ミナを見る。ミナはそれが『飲むか?』ということだとわかると、コクリと頷いた。食器棚からグラスを二つ取り出すと、それぞれにお茶を注ぎ、自分の分だけをとってリビングのソファに腰を下ろしてテレビのニュースをつけた。ミナもグラスを持ってカズの横に腰を下ろした。
カズはミナの人との距離感が近すぎるのを気にしているのか、昨晩同様、自分から脇に寄って距離を離した。
テレビでは殺人事件のニュースや動物園のめでたいこと、天気予報にバラエティの紹介、スポーツや占いといったごくごく普通の情報が流れていた。
二人でそれを黙ってみていたのだが、7時半を過ぎたくらいの時にカズが2本目のタバコを吸い終わると立ち上がった。
「どっか行くの?」
「仕事」
「そういえばカズってなんの仕事してる人?」
「…………」
カズはそれには答えずに自分の部屋に行ってしまった。
一人取り残されたミナは、チャンネルをポチポチと変えて違うニュース番組を回していたが、結局よくわからないドラマがやっていたのでそれを流すことにしたようだ。
しばらくして準備ができたのか、カズがスーツ姿で部屋から出てきた。そのカズにミナが声をかける。
「なんの仕事?」
カズはため息をついて、答えるかわりに胸ポケットから黒い手帳を取り出し、それをミナに見せた。
「……警察、手帳?」
「そういうこった」
「おー。すごいじゃん」
「よくわかってねぇくせに褒められてもうれしくねぇよ」
玄関に向かうカズをミナが追いかけ、靴を履いているカズがミナに言った。
「家の中では好きにしてていいが、俺の部屋だけは見るな。あと何か買いたいもんがあるならヒロに言え。昼飯食べに行くときか市場が終わった時じゃねぇと話しかけても見向きもしないから気を付けろ。あと……」
そこで言葉を区切ると、自分を見上げていたミナを見て言う。
「お前も学生ならちゃんと学校に行け」
「……うん」
「ならいいんだ。じゃあな」
「……いってらっしゃい」
バタンと扉が閉まり、残されたミナは小さく何かをつぶやいたが、それが誰かに聞こえることはなかった。