見つかる時
突如として目の前に現れた少女に、カズが驚きを隠せずにいると、少女は眠たげな目で首を傾げてポケットティッシュをカズの前にズイッと差し出した。
「どうぞ」
「えっ、あ、ど、どうも……」
しどろもどろになりながらポケットティッシュを受け取り、一枚とって鼻をかみ、もう一枚とって目をぬぐった。その目からはもう汁は出ておらず、代わりに驚愕に満ちた表情があった。
その表情を見て核心を得たのか、少女は変わらない表情で言った。
「さっきから私のことつけてなかった?」
ギクリ。カズの心の中でこんな音がした。
カズが何も言えずにいると、横にいたヒロが口を開く。
「えぇー……」
「君には願いを叶える相が出ている」
自分の顔の前に水晶玉を掲げ、その水晶玉越しに少女を見る。
「先ほどの映画を観ても泣かないということは、やはり私の占いに間違いはなかったと思われる」
「占い?」
「あーごめんな。こいつちょっと頭おかしくて」
「いや、聞きたい。続けて」
水晶玉と少女の間にカズが割って入ったのだが、少女はそれを避けるようにして向こうにいたヒロに言った。
ヒロは静かに目をつむり、続けた。
「この水晶玉には様々なものが映りこむ。それは未来のことだったり過去のことだったりと様々だ。今回は君の姿と『泣かない少女が泣いたとき、願いが叶う』というお告げが来た」
ヒロの言葉に、カズは呆れたように頭をポリポリとかいていたが、少女は相も変らぬ表情で真剣に聞いていた。
ヒロは水晶玉を通して空を見上げた。
「この世は何が起こるかわからない。私はこの水晶玉を通して様々なものを見てきた。そして今回は君が映り込んだ。だから私はその先どうなるのか。お告げは本物なのか。それを確かめたい」
水晶玉を胸のあたりまで引き寄せ、じっと少女を見つめた。少女もその視線に応えるかのようにまっすぐ見つめ返した。一人置いてけぼりにされているカズは、黙って二人のやりとりを見ていることしかできなかった。
映画館に出入りする人の雑踏だけが聞こえていた。
そしてその沈黙を破ったのは少女だった。
「わかった。私のことも話すよ。まぁそんなに面白くないかもしれないけど」
「そうか」
「ここじゃ何だし、場所変えない? もう少し静かなところがいいかも」
「そうだな」
「って、ちょっと待った」
そんなやりとりを交わし、すたこらと歩き出そうとする二人の背中に、カズが声をかけた。
振り返った二人は不思議そうにカズを見ている。
「なんだよその『何か問題でも?』みたいな顔は。問題だらけだろ。特にお前だ」
「お前じゃない。ミナだ」
「名前なんかどうでもいいんだよ。新手のナンパとか怪しい商法だとか思わないのか? どういう神経してるんだ?」
「……この人は別に嘘言ってるようには見えない」
「だからって安易に人を信用するってどうなのよ」
「まぁ言われてみれば……。んー……」
ミナは顎に手を当てて考えた。
「もしかして安易に信用したらいけないようなことするつもりだったの?」
「いや、少なくとも俺はそんなつもりはない」
「でも尾行って……。ストーカー行為と同じなら犯罪じゃない? しかもいい歳したおじさん二人」
「うっ!」
カズは言葉に詰まると、『しまった』という表情を浮かべた。自分で自分の首を絞めてしまっていることに気が付いたが、どうすることもできない。
「これ、警察に言ったらどうなるのかなぁ」
「……こ、小娘の分際で……」
「その小娘をつけまわしてたのはどこの誰なんだろうなー」
ぐぬぬ。カズは声に出しそうになったのをこらえた。相変わらずと言っては何だが、相棒は何も考えていないような顔で二人のやりとりを見ている。先ほどのように会話に入ってくる様子はなかった。
ミナは挑発するように続ける。
「どうしようかなー」
「……何かしてほしいことでもあるのかよ」
「んー。そう言われると困るんだけど、ちょっとおなか減ってきた気もするなー」
カズは今日一番のため息をついた。
「わかったよ。昼飯奢ってやるよ。その時にゆっくり話そう」
「いえーい。ごちそうさまです」
「悪いな、カズ。私までごちそうになってしまうなんて」
「誰がお前の分も払うっつったよ。お前は自分で払いやがれ」
二人を追い越してズカズカと先に歩いていくカズ。その背中を追いかけるようについていくヒロとミナだった。