調べるとき
ヒロはいつもの時間に目が覚めると、家の中に誰もいないことを知った。カズは仕事へ向かい、ミナは学校へキチンと行った事がわかった。
市場が開くまでにはまだ時間があり、その時間で電子新聞を読む。一面を飾っているのは、今巷で騒がれている銀行の個人情報横流しの事件ばかり。いつもはななめ読みで内容をしっかりとは把握せず、大体の流れだけを頭に入れる程度だったが、なぜかこの日は一面全部を読み漁ってしまった。おかげで前場が始まったのに気が付かず出遅れてしまう形になったが、そこまで余裕がないわけでもないため、数字とグラフを眺めていた。
そんなヒロだったが、どうしても先の事件が頭をよぎってしまう。カズは何も言わなかったが、もしかしたらミナに関係あるのではないだろうか。関係あるとしたらミナの身に危険が及ぶのでは。そしてその事件にはカズも関わっているのではないか。色々な推測が浮かんでは消えていく。
そうなってくると好奇心と水晶玉で動いているヒロは他のことが手に付かず、開いていた市場の画面をすべて閉じ、脇に置いていた水晶玉をじっと見つめた。
「……ダメか」
水晶玉のお告げはそう何度も訪れるものではない。数週間開くこともあれば、一日に何度も訪れるときもある。だからこそヒロにとって水晶玉のお告げと言うものは特別性が増すのである。
ヒロはモニターに向き直ると、キーボードを叩き、マウスを動かし、今自分が知りたいことの情報をできる限り集めた。
そもそもこの『銀行の個人情報横流し事件』というのは、とある銀行員と暴力団が顧客の個人情報の漏えいと受け取りをしているという、匿名での内部リークが始まりだった。
その後それを受けた警察が捜査に当たり、漏えいしていた銀行員がその銀行の頭取の浦田だということが疑われた。もちろん浦田は認めるはずもなく、事情聴取などでは全く尻尾を出す様子もなく、警察も決定打となる証拠を手に入れられないでいた。
そんなある日のことだった。
警察に二つのデータがまたも匿名で送られてきたのだ。そのデータは浦田とは別名義で作られた銀行口座の明細だった。その他人であるはずの口座への、浦田のパソコンからのアクセス記録も一緒に添付されていた。
警察は秘密裏にその情報の真偽を確認し、これの情報が事実だということを確認するや否や、そのデータを証拠として逮捕状を作成した。しかしその行動は一歩遅く、頭取の浦田はどこかへ姿をくらまし、今日の報道で報じられているように、『横流しの銀行頭取、逃亡か!?』という状況になっている。
そんな情報を広大なネットの海からかき集めたヒロは、自分なりの考えをまとめた。というよりもヒロにとって気になっていることは、この事件とミナの関係性である。もしミナがこの事件に関わっているとすれば、ミナは一体何者なのか。女子高生であるという本人の話を聞くところによると、彼女がこの事件に直接関わっているというのは考えにくい。となるとこの事件にどう関わっているか、ということが重要視される。
頭取である浦田の家族という可能性。匿名で情報をリークした人物の家族である可能性。または受け取っていた暴力団の家族であるという可能性。
挙げていけばキリがない事件との関係性だった。
ヒロは背もたれに大きく寄りかかると、モニターから目を離して天井を見上げた。
この事件のことを調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、ミナと事件の関係とは別に、もう一つの考えも浮かび上がってくる。
それはヒロとカズの関係性だった。
ヒロは自分が釈放された後、水晶玉の導きでカズと知り合い、こうして住居を共にしている。自分としては例のハッキング事件の腕を買われて情報屋としてカズが近づいてきたと思っていたが、カズにそんな素振りや様子は見られず、本当にただ一緒に住んでいるだけになっている。
自分はそこまで信頼されていないのか。それともただの再犯防止に近づいてきただけなのか。
そしてこの事件を調べれば調べるほど出てくる『警察』という単語。
もちろんカズも自分が調べて知ったことは知っているだろう。そしてそれ以上のことも知っている。ヒロとしては、カズに言われればハッキングだろうがなんだろうが簡単にやってのける自信はあったが、水晶玉の導きもない、カズからの協力要請もない。そんな中でハッキングをしてまた逮捕されるのは誠に遺憾である。ミナのこともヒロは本気を出して探れば簡単にわかってしまうのだろうが、それさえもできない現状。
「私はどうするべきなのか……」
そう呟いて水晶玉を見てみるが、返事は返って来ることはなかった。
ふとモニターの右下に表示されている時間を見ると、後場の終わりが近づいていた。
集中していると時間さえも忘れてしまうのはヒロの悪いところだった。
ヒロはパソコンをスリープ状態にすると、立ち上がって部屋を出ていった。
じゃんるへんこうします




