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尾行するとき

「おい、本当なんだろうな。あの子が噂のなんでも願いを叶えてくれるっていう……」

「あぁ間違いない。あの子の涙を見たものには、万物を叶えてくれるという占い結果が出ている」

「……その占いに対しての疑念なんだがな」


 いい歳したおっさん二人が、休日で人が賑わう街中の喫茶店で、一人の少女を見ていた。

 少女は特に変わった風貌ではなく、ごく普通の十代半ばの少女だった。おそらく高校生くらいに思える。しかし変わった点があるとすれば、この賑やかな喫茶店で、『たった一人で』ティーカップに入れられたカフェラテを飲みながら本を読んでいることであろうか。

 おっさんのうち一人は、長袖のシャツにジーパンという、とてもラフな恰好。もう一人はメガネにスーツを着て、手には綺麗な水晶玉を持っている。どうやらスーツの男にシャツの男が呼び出されたようだ。


「こんな人が賑わう休日に、一人で喫茶店にいるなんて、怪しすぎる」

「そうか?」

「水晶玉がそう囁いている」

「……ヒロ。俺をわざわざ呼び出したからには絶対にその責任は取ってもらうからな」


 そう言うシャツの男のことを、ヒロと呼ばれたスーツの男がハッとした顔で見る。


「……カズ」

「……なんだよ」

「わかった。責任は取ろう」


 その発言にカズと呼ばれたシャツの男は怪訝そうな表情を浮かべた。


「俺にそっちの趣味は無いが、あの子に願いを聞き入れてもらう時には、俺を女にしてもらうことを約束する」

「そうじゃねぇって! 俺だってお前に対してはそんな趣味を持ってねぇよ! だいたいお前はいつもいつもなんでそんなにバカ正直なんだよっ!」

「なんだそういうことか。俺が女じゃなくてもいいってことか」

「そういう意味でもねぇよ!」


 離れた場所から少女を監視しているため、対象の少女までは距離があるが、彼らの周りの人にはバレているようで、周りからは『もしかして……ホモ?』とか『どっちが受けかしら』などという心の声が聞こえたり聞こえなかったり。


「責任の取り方が違うんだよ。もうちょっと俺のことを楽しませてくれよってことだよ」

「……性的な意味か?」

「性的な意味じゃない。お前の頭の中はハッピーセットかよ」

「俺はてりやき派だ。おもちゃには興味ない」

「……はいはい」

「おい! 立ち上がったぞ!」

「あっつ!」


 カフェラテを飲み終えたのか、読んでいた本を閉じて立ち上がる少女。それを見たヒロはガタリと音を立てて慌てて立ち上がり、カズはテーブルにぶつかった拍子にジーパンにコーヒーをこぼした。

 会計は済ませてあるため、立ち上がったヒロはそのまま少女を追いかけていく。カズもおしぼりを手に取り、慌ててヒロを追いかけた。

 

 



「ったく、そんなに気になるなら声をかけてみたらいいじゃねぇか」


 ぶつくさと文句のような言葉を並べながらカズは、コーヒーで濡れてしまったジーパンをポンポンと叩きながら拭いていた。その横では水晶玉を持ったヒロが少女を目で追っていた。


「声をかけることは禁じられている。水晶玉がそう言っている」

「はいはい。水晶玉先輩は偉大ですからね」

「うむ」


 大きく頷いたヒロ。

 そして少女は映画館へと入って行った。


「ここは……」

「映画館だな」

「一人で映画とは、酔狂な。ますます怪しいな」

「全然今の時代ならありえることなんだけどな」

「よし、行くぞ」


 少女の後をまっすぐに付いていくヒロの背中を見て、カズは大きくため息をついた。それでもなぜか一緒に付いていってしまう自分に対して、またため息をついた。

 少女の尾行の結果、どうやらアニメものの映画を観るようで、二人もそのチケットを買い、少女が先に向かったであろうシアターへと入って行った。

 しかし場内はもちろん暗く、この中から先ほどの少女を見つけるのは困難だということになり、映画のスタッフロールが流れる前に席を立ち、それから外で待ち伏せをしようということになった。

 そして二人並んで席に座ると、アニメものの映画ということもあって、明らかに場違いなおっさんが二人紛れ込んでいるような絵面(えづら)となってしまうのは言うまでもないだろう。


「……ヒロさん?」

「なんだ?」

「一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「このアニメ、子ども向けじゃねぇかよ!!」


 そう。周りの客は、どう考えても十代前半の子どもばかりで、しかも女の子と母親のセットが多い。中には大きな良い子が混じっているが、それも全体の年齢の比率の中では微々たるものである。

 そんな客に囲まれている中、カズが小声|(小声の中でも最大級)でそう言うと、ヒロは真面目に返した。


「仕方ないだろう。これも水晶玉の導きだ。それに少女を見失うのは手痛い」

「いやいや。これは一種の羞恥プレイだっての」


 カズが頭を抱えて今この場にいることを後悔していると、無残にも場内にブザーが鳴り響き、わずかに残っていた照明も消され、目の前のスクリーンの光だけが光源となった。

 全く内容を知らないでチケットを買った二人は、今ここで初めて映画のタイトルを目にした。

『劇場版 魔法少女プリティキャッチ~盗まれたプリティキャンディを取り返せ~』

 カズはもうどうにでもなれと心の中で意気込み、とりあえずわけもわからない映画を観ることにした。隣のヒロは、久しぶりに見る映画に期待していた。小さい子どもに囲まれていることを除けば、割と普通に鑑賞している大人でいることにしたのだった。





 一時間半後。

 映画を観終わった二人は、先ほどのチケット売り場へと戻って、ハンカチとティッシュを目に当てていた。


「ヒロ。帰ったらTVシリーズ全部見るぞ」

「もちろんだ! プリティオレンジの活躍をこの目に焼き付けるさ!」

「よし。そうと決まったら……ダメだ。まだ目から熱いものが流れてきやがる。ヒロ。ティッシュくれ」

「さっきあげたので最後だと言ったじゃないか」

「何?」

「よかったら、これ」

「あ。すんません。ありがとうございま……おぅっ!?」

「どうした? 目にティッシュでも入れたのか?」


 二人が赤くなった目を開くと、目の前には先ほどまで尾行をしていた少女が立っていた。


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