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光のもとでⅠ 第十章 なくした宝物  作者: 葉野りるは
本編
9/58

09話

 午前中は携帯ゾーンにいる。気づけば、日々そんな過ごし方をしていた。

「またここにいたの?」

 栞さんにも呆れられてしまうくらい。

「病室は好きじゃないんです」

「でも、あまり病室らしくない病室でしょう?」

 確かに、あの部屋は普通の病室には見えない。

「それでも、病室には変わりないでしょう?」

 私は苦笑いでごまかした。

「そうね。でも、お昼ご飯の時間だからお戻りいただけるかしら?」

 栞さんに仁王立ちされては戻らずにはいられない。

 病室に戻り、トレイを見て驚いた。

「オムライス……?」

「そう、味付けはかなり薄くしてあるの。匂い、だめかな?」

 不安げな目が私をうかがっている。

 すでに病室にはオムライスの匂いが充満していたけれど、それで吐き気を感じることはなかった。

「……大丈夫みたい」

 その言葉にほっとしたのか、栞さんはスツールに腰掛けた。

「痛みは落ち着いているの?」

「はい……とくにひどく痛むことはないです」

 鍼での痛みに対するアプローチはまだされていない。相馬先生が帰ってきた日に施術されたカイロプラクティックのみだ。

 徐々に痛みが出始めているのはわかっている。でも、どこからが我慢でどの程度の痛みで先生を呼ばなくちゃいけないのかがわからない。

 以前、昇さんに怒られたから、蹲るほど痛くなる前には言おうと思っているけれど――。

 その線引きがとても難しいと思う今日この頃。

「そういえば、涼先生覚えてる?」

「あ、はい。一度だけお会いしたことがある先生……消化器内科の」

「そう、その涼先生が一時に屋上の裏に来てください、って仰ってたわ」

 栞さんが首を傾げているところを見ると、そこで何があるのかは栞さんも知らないのだろう。

「一時の屋上ってすごく暑そうですよね……」

 会うのが嫌なわけではなく、その場の気温が少し気になるだけ。

「あ、それは大丈夫よ。エレベーターホールの裏にはちょっとしたスペースがあるの。そこはエアコンも利くしオーニングもあるから日陰になっているわ」

 初耳……。

 ツカサとはハーブ園のある方へしか行ったことがなかったから、そんなお部屋があることは知らなかった。


 ご飯を食べ終え薬を飲むと、日焼け止めを塗ってルームウェアに着替えた。

 屋上へ向かうと、言われたとおりにエレベーターホールの裏側へと回る。

 そこにはカフェのようなスペースがあった。

「先生ともうひとり……」

 女の人が一緒にいる。

 目が合って会釈すると、おいでおいで、と涼先生に手招きをされた。  その涼先生の足元には白い――チワワっ!?  一瞬目を疑ったけれど、間違いなく小動物がじゃれついている。

 それに目を奪われていると、「暑いから中に入って?」と柔らかに微笑む女の人に手を引かれた。

 屋内へ入ると、チワワが私を注視する。

 警戒されているのかな……。

 ゆっくりと腰を下ろして座ってみる。と、チワワも腰を下ろし「お座り」の状態で私を見ていた。大きな目をうるうるとさせ、瞬きもせず私を見ている。

 何を考えているんだろう……。

 そう思ったとき、チワワが左側に首を傾けた。

「ん?」

 私は涼先生や知らない女の人がいることも忘れてチワワと対峙していた。すると、クスクス、と女の人が笑い始める。

 その人は私の隣に座り、「ハナ、いらっしゃい」とチワワを呼び寄せた。

 この子はハナちゃんっていうんだ……。

 ハナちゃんは腰を上げると、とてとてと遠回りをしてその女の人の側に近寄り、女の人の陰からうかがうように私を見ている。

「ハナが吼えないとは珍しい」

 長い足を組んで椅子に座っていた涼先生が口を開いた。

「あ、あの……」

「司の母、真白ましろです。翠葉ちゃんのことは湊や楓からよく話を聞いているわ」

 腰まである髪の毛に柔らかなウェーブをかけた女の人は、ツカサや湊先生たちのお母さんだった。

「……御園生、翠葉です」

「きれいな名前ね。さ、ハナもご挨拶して?」

 真っ白なチワワに話しかけると、ハナちゃんが真白さんの陰から出てきた。

 しゃがみこんだ私の膝に前足をかけ、顔を近づけてきたかと思ったら、ペロリ、と唇を舐められる。

「ほう、これはまた珍しい」

 涼先生は「珍しい」しか口にしない。けれども、真白さんも「そうですね」と首を傾げている。

 いったい何が珍しいのだろう。

「そんなところにいないで、こちらに座りませんか?」

 涼先生に声をかけられテーブルセットへ向かう。

「さ、座って」

 椅子を引いてくれた真白さんの笑顔は楓先生とそっくりだった。

「御園生さんとは一度お会いしていますが、覚えていますか?」

「はい。先日はお世話になりました」

「実は、あのときからハナに会わせたいと思っていましてね」

 涼先生がにこりと笑むと、真白さんがクスクスと笑った。

「涼さんったら、会った日からずっと言っていたのよ」

「でも、現にハナは御園生さんを気に入ったようですよ?」

 涼先生は私の足元で抱っこをせがむハナちゃんを見ながら言う。

「これにはびっくりしました。ハナが初対面の人に懐くなんて……」

 それはそんなにも珍しいことなのだろうか。

「ふふ、不思議そうな顔ね」

 真白さんが柔らかに笑う。

「この子、人に全然懐かなくて、家にお客様がいらっしゃる日はずっと吼えているような子なの」

 足元でじゃれつくハナちゃんからそんな気配は微塵も感じられない。

「そうなの?」

 ハナちゃんに尋ねると、「なぁに?」と言うかのように首を傾げた。

「かわいいっ!」

 抱え上げるのは少し怖くて、椅子から下りて床に座り込む。と、ハナちゃんは膝の上に上がりこみ、くるっと丸まって落ち着いた。

 ハナちゃんの柔らかな毛並みを堪能するように撫でていると、撫でられているハナちゃんもうっとりとした表情をしていた。

 テーブルの上にお弁当箱があるところを見ると、涼先生はここでお昼ご飯を食べたのかもしれない。

 なんだかすごく不思議……。

 あまり話したことのない涼先生と、初めて会った真白さん。ツカサのご両親だし、訊きたいことはたくさんあるはずなのに、そこには会話という会話はほとんどなかった。それでいて居心地が悪いということもなく……。

 不思議に思っていると、

「その仕草がハナと同じなんです」

 涼先生はくつくつと笑う。

「仕草、ですか?」

 なんのことだろう、と思っていると、私の正面にいた真白さんが首を傾げて見せた。

「あ……」

 気づいて自分の頭をもとに戻す。

 こういうの、少し前にもあったような気がする。

 頭の片隅でそんなことを考えつつ、ハナちゃんの毛並みを堪能した。

このお話には涼倉かのこ様が描いてくださった挿絵がございます。

個人サイト【Riruha* Library】にてご覧いただけますので、よろしかったら遊びにいらしてください。

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