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光のもとでⅠ 第十章 なくした宝物  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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13 Side Tsukasa 02話 

 秋兄のことを話したあと、翠の表情が歪んだ。俺を見たまま、どんどん眉をひそめていく。

「……どうして? どうしてそんな顔で言うの?」

「前にも話しただろ……。そのバングルは秋兄が翠を心配して作ったものだって。……心配してるんだ、翠のこと。でも、記憶をなくしたっていうこともあって、会うこと事体を自重している。それで会いにきていない」

「……でも、ツカサは来ているでしょう?」

 訊かれると思った……。

「来られない理由があるの……?」

 理由はある。けど、その理由は俺が話していいものじゃない。

「……理由はある。でも、会わないとだめだと思う」

 どういう状況で何が起こったのかは話せる。でも、それだけじゃ足りない。

「……ツカサ? そんな顔をしなくても私は会うよ? ……大丈夫だよ?」

 俺はそんなひどい顔をしているのだろうか。

 翠を見れば、何もかも見透かされてしまいそうな澄んだ目が俺を見ていた。その視線に耐えられず視線を逸らそうとしたとき、

「藤宮秋斗さんは怖い人というわけではないのでしょう?」

 まずい、不安がらせたかっ!?

「どうして? どうしてそんなに不安そうな顔をするの?」

 今日二度目、覗き込むようにして訊かれる。

 でも、どう答えたらいいものか……。

 わかっていることはひとつ――秋兄だけのせいにはできない。

「翠の記憶がなくなった理由が俺と秋兄にあるかもしれないから」

 翠は驚いた顔をしていた。そして、「なぜ、どうして?」と目が訴えてくる。

「悪い、これ以上は話せない……」

「……ツカサ、ひとつだけ教えて?」

「答えられることなら」

 これ以上、何を話せるだろう。

「これ以上話せない理由は何? 知っているけど話せないの? 知らないから話せないの?」

「……後者。どんなことがあったのかは粗方わかっている。でも、どの部分が引き金になって記憶をなくしたのかはわからない。俺の目の前で起きたことだけど、俺はその事柄すべてを把握することはできなかったし、翠が何を感じて記憶をなくしてしまったのか、そこまではわからなかった。……想定しようと思えばできる。でも、それは俺個人の見解であって、真実ではない。だから、話せない」

 確かに、俺はあの場にいた。話の内容も流れも何もかもを覚えている。

 けれど、何が翠の心を壊してしまったのかまではわからなかった。

 秋兄のことなのか、カメラのことなのか、その状況すべてだったのか――。

 どうして、「消えてしまいたい」なんて思ってしまったのか……。

「……すごくツカサらしい理由だね」

 顔を上げると翠が笑みを浮かべていた。

「なんで笑う……?」

「私は……色々と知りたいこともあるけれど、ツカサを困らせたいわけじゃないし、確信がないことを口にするのは憚られる、というのもわからなくはない。だから、そういう理由なら訊き出そうとは思わない。……いいよ。明日、藤宮秋斗さんに会う」

 笑っているけど、秋兄に会わせることが一〇〇パーセントいいことなのか、と自分に問えば、それには「否」と答える自分もいて――。

 不安が全くないわけではなかった。

「じゃ、これ……」

 手に持っていたとんぼ玉を翠の手の平に乗せる。と、

「これね、本当に嬉しかったの……。ありがとう」

 またか……。

「……何度言ったら気が済むの?」

「え? わからない。……そうだな、思うたびに言うんじゃないかな」

「あぁ、そう……」

 なんか少しだけわかった気がする。

 翠はそのときに思ったことを相手に伝えようとしているだけなんだ。だから、そのときに「ありがとう」と思えば「ありがとう」と口にするし、「ごめんなさい」と思ったなら「ごめんなさい」。嬉しいときには「嬉しい」。

 ――なら、どうしてつらいときや悲しいときに同じことができないんだ。どうせなら、全部口にすればいいものを。

 翠の話に耳を傾けていると、

「ねぇ、知ってる? 昇さんってお医者さんになる前はクーリエになりたかったんだって」

 初耳というよりは寝耳に水。

「……初耳。クーリエって絵画とかの修復師だろ?」

「うん、学芸員になって修復師になりたかったんだって」

「で、なんで全く関係ない職種に就いてるの?」

 美術と医学って全然違うだろ……?

「私もそう思った。あのね、栞さんと結婚するなら医療従事者が都合いいと思ったんだって」

 ますますもって信じられなかった。

「……俺には考えられない。結婚を軸に考えて就職や職業を変えるとか絶対無理」

 結婚は結婚であって、自分の職業を混同することなど考えられない。

「昇さんが言ってたのだけど、年代物の絵画を修復するのも、人を治療するのも変わらないんだって。昇さんにとっては患者さんを治すのも絵画を修復するのも、『なおす』職業として『同じ』って認識されるみたい。不思議だよね?」

 一風変わった人だとは思っていたけど、古美術と生きてる人間を一緒にするなよ……。

 あぁ、でも――手先が器用ということには変わりないのか……? だから外科医なんだろうか。

 そんな話をしているところに相馬医師がやってきた。

「そろそろ就寝時間だ」

「栞さんは……?」

 翠が首を傾げて訊くと、

「ずいぶんとふたりで話しこんでたからな。邪魔せずに帰るって、さっき昇と帰ったぞ」

「そうなんですね……。あ、相馬先生、この人が湊先生と楓先生の弟のツカサです」

 あぁ、何? 俺、今ここで紹介されるんだ?

「おぉ、電話の主な」

 稀に見る目つきの悪い男に見下ろされた。

 俺はスツールから立ち上がり、

「藤宮司です。相馬さんの論文はいくつか拝読しました」

「ほぉ、英語の論文読んだのか?」

「医療英語は独学で進めています。わからなくても辞書さえあればなんとかなるので……」

「へぇ、ずいぶんと頭の出来がいいんだな」

 翠が「知っているの?」という視線を送ってくる。

 言葉にすればいいところを視線で済ませ、言葉にしなくても伝わることを言葉にする。

 できればそれ、逆にしてほしいんだけど……。

 ため息をつきたいのを我慢して、

「以前、兄さんに勧められて読んだ論文が相馬さんのものだった」

「で、おまえさんも医者になるのか?」

 柄の悪い、と言っても過言ではない人間に訊かれ、「はい」と即答する。

 それ以外の答えはない。

 ずっとそのために勉強しているし、それ以外を考えたこともない。だから、秋兄には悪いけど、俺は会長にはならいし候補なんて認めない。明日には忘れてやる。無駄な知識は即刻削除――。

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