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光のもとでⅠ 第十章 なくした宝物  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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12 Side Akito 01話

 壮絶に格好悪いところをライバルに見られたうえ、九歳も年下の従弟に殴られた――。

 そんなこんなのここ数日。

 もしかして自分は厄年だろうか?

 そんなことを気にする性質ではないけれど、これは一度調べてお祓いに行ったほうがいいのかもしれない。

 迎えに来た車の中で、日に焼けた肌に消毒薬を塗り終わると、司は目を瞑り寝の体勢に入った。

 運転をしている支倉という男とは、車に乗る際に少し言葉を交わした程度。

 ゼロ課の人間ならば無駄口は叩かないだろう。

 俺も、いずれはゼロ課の召集に人材をスカウトして回るのだろうか……。

 静さんがゼロ課を使ったというのは、俺にそういうことを考えろという思惑があるのか。それとも、表沙汰にはしないための苦肉の策だったのか――はたまた、司を引き込むためのトラップだったのか。もしくは、三つすべてなのか……。

 静さんが考えていることを読もうと思っても容易ではない。

 考えても答えが出そうにないものはあとに回し、自分がすぐに対峙することになるであろう仕事へと頭をシフトする。

 携帯からメールを確認すると、蔵元から数時間置きにメールが届いていた。

 そのどれもが現況報告。弊害のあるなし。

 頭の中で段取りを済ませ、若槻の二十四時間解放を心に決める。

 ふたりには感謝してもしきれない。俺が会社に損害を出さずに過ごせたのは、ひとえにふたりのおかげだ。そして、表沙汰にせず時間を与えてくれたのは静さんだろう。

 それから――司、かな。

 おまえが殴りに来てくれたから、俺は帰るきっかけを得られたんだ。

「……まずは自分がすべきことを片付けないとな」

 携帯が知らせる彼女のバイタルはとても落ち着いたもので、血圧は低いものの処置が必要なほどではない。

 でも、こんな失態をやらかしたあとだ。俺が彼女に会えるのは当分先だと覚悟したほうがいいだろう。それに、会いたいけれど、会ったところで何を話したらいいのかがまるでわからない。

 先日、若槻が遊びのノリで撮り始めた録画だって、本人が目の前にいるわけでもないのに、俺は困って――気のきいたことも言えずに奥の部屋に逃げ込んだ。

 あんなものを見て、彼女は俺をどう思っただろう。

 ……らしくない、よな。

 とりあえず、しばらくは逃避厳禁――。

 車が停まればマンションの前に着いていた。

 司を見るも、起きる気配はない。

 すると運転手が、

「彼はご自宅へお送りいたします」

「お願いします」


 車を見送りマンションのエントランスに入れば葵に迎えられる。

「どこかへ行かれていたんですか?」

 この肌じゃそう言われても仕方ないだろう。

「ちょっとした短期間バカンス」

「はぁ……」

 間の抜けた返事に見送られ、エレベーターホールへと向かう。

 十階に着き、自分の家のドアを開けると蔵元がリビングから出てきた。

「おかえりなさいませ」

 笑顔で出迎えられたものの、その笑顔が機械的すぎて少し怖い。

「秋斗様のお仕事はすでに仕事部屋へ運ばせていただいております。それから、当面の段取りはこちらでさせていただきますので打ち合わせの必要はございません」

 蔵元に促されて仕事部屋へと足を運ぶ。と、ドアを開けて絶句した。

「蔵元、これっ――」

 誰か引っ越してくるのだろうか、というほどのダンボールが積まれていた。すべての箱に、「社外秘」という文字を貼り付けて。

 蔵元を振り返ると、

「いい気味です」

「え……?」

「終わりの見えない仕事に打ちひしがれる様がたまりませんね」

 そう言われても仕方のない状況を作ったのは自分だし、今の今までこれを若槻が負っていたかと思えば何を言えるわけもなく……。

 観念してデスクチェアに腰掛けた。

 パソコンを起動させた直後、

「嘘ですよ。急ぎの案件はこのメモリの中に入ってます」

 差し出されたメモリを見て心なしほっとする。

「聞き分けのいい秋斗様など不気味以外の何者でもないのでやめていただけませんか」

 これはどう受け取ったらいいものか……。

「リビングテーブルの上に進行表がございます。それから、夕飯と薬も。薬は先ほど楓様がお持ちくださいました。診察は明日の夜、司様のご自宅で涼様に診ていただけることになっています」

 俺が何も言えずにいると、

「お身体は大切にされたほうがよろしいと思います」

 いつもより丁寧な言葉で叱られた気がした。

 怒られるでも呆れられるでもなく、諭されるでも諌められるでもなく、叱られた気がした。

「……蔵元、ありがとう」

「いえ、私はこれで帰りますので」


 蔵元が帰ってリビングにある進行表を見ると、仕事のスタートは明日の九時からになっていた。そして、若槻にも同じように仕事が振られている。

 そこに書き添えられていたのは、一段落ついたところで若槻に連休を与える、という条件だった。

 どうしてか、目から涙が溢れその場に座り込む。

「これ、なんて感情の涙だ……?」

 答えまでには時間を要した。けど、きちんと答えがわかる。

「……嬉しい、かな」

 翠葉ちゃん、君が嬉し泣きしているのを不思議に思っていたけれど、今の俺ならわかる気がする。

 心の底から嬉しいとき、人は泣いてしまうのかもしれない。そして、伝う涙の温度を知って、人のあたたかさを知るんだ――。

 こんなときだって思い出すのは君のこと。

「君に、会いたい――」

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