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光のもとでⅠ 第十章 なくした宝物  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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11~12 Side Tsukasa 07話

 稲荷さんの案内で渓流釣りポイントに着くと、奥さん以外の男三人が釣りを始めた。

 竿から釣り糸をぶら下げるだけで魚が釣れるのだから、バカな魚がいたものだ。

 俺は岩の上から、秋兄は川の中に入ったり、俺の裏側に座っていたり、あちこちに場所を移す。

 秋兄らしからぬアクティブさに、見ているこっちは気味が悪くて仕方がない。

「森の中に人――」

 背後から、秋兄の少し硬い声が聞こえてきた。でも、その人物には俺も気づいていつつ放置していた。

 視線の主が誰だかわかっているからだ。

「それ、ゼロ課の支倉って人だから問題ない。秋兄の脱走を阻止する任務についてる奇特な人」

「なんだ、それ……。奇特すぎるだろ?」

 秋兄が言うなよ……。

「あ、また釣れた」

 秋兄は嬉しそうに魚を手にしていた。

「昔はここで海斗とかとサバイバルゲームしたよな。川遊びもしたし、大きな岩からの飛び込みも。楽しかったな」

「……俺は誰に突き落とされたんだっけ?」

 言いながら秋兄の背に寄りかかると、秋兄は嬉しそうに笑って「俺だっけ?」と答えた。

「だってさ、ずっと水面見たまま動かないから飛び降りる手伝いをしてやったんだよ」

 岩から水面までは自分の背丈の倍以上の高さがあり、さらには自分の背丈を超える水深と流れある川を前に、心構えをしてから飛ぼうと思っていた俺を秋兄は予告なく突き落とした。

 あまりの驚きに、その日一日口をきかなかった記憶までばっちりと残っている。

 海斗も同じことをやられ、そのあとは延々と泣いていた。

 少なくとも、小さかった俺たちにはそれくらい勇気のいる遊びだったわけで……。

「俺、あんまりいい思い出はないっぽいけど?」

「嘘だろ? サバイバルゲームはかなりはまってたじゃんか」

 あぁ、あれは確かに楽しかったけど……。

 二チームに分かれて作戦練って、人の裏をかく――。

 ドンピシャリで蛍光塗料入りの玉が当たると、その部分が発光し余計に狙いやすくなる。

 そんなことを思い出していると、

「俺は楽しかったなぁ……」

 秋兄はしみじみと口にした。

「ここにいる間は人の目を気にする必要はなかったし、何もかも忘れて開放された気分になれた」

 そのあとも延々と幼い頃の話や中等部の頃の話を話していた。

 俺と話をしたいと言っていたけど、ただ単に秋兄が俺に話をしたいだけの間違いだと思う。

 ……別にかまわないけど。

「質問、こんなに釣ってどうするつもり?」

 意外なもので、素人ふたりだというのに、すでに二十匹近く釣れていた。

「昼に食べて少し稲荷さんたちに残して、あとは持って帰って真白さんところかな?」

「あっそ……」

 少し沈黙してから、

「なぁ……翠葉ちゃん、具合どう?」

「……今は比較的落ち着いてる。入院前に比べたら雲泥の差」

「そっか……取り乱したりしてない?」

「してない。なんか、記憶をなくす前よりも元気っていうか、積極的っていうか、驚かされることが多い」

「そっか……」

 秋兄は会いたいとは言わない。けど、ひしひしと伝わってくる想いはただひとつ――「会いたい」だ。

 翠は出来事を聞いたからといって思い出すことはないといっていた。ならば、秋兄を会わせても問題はないんじゃないだろうか。

 帰ったら――帰ったら訊いてみよう。秋兄に会わないか、と――。

「坊ちゃん方! お昼の用意が整いましたので、気をつけてお戻りください」

 岸辺から稲荷さんに声をかけられ、川の中をずぶずぶと歩きながら戻る。

 テーブルなどがセッティングされている場に着くと、焼きとうもろこしのいい匂いがした。

 食材は程よく火が通っており、あとは釣ってきた魚を焼くだけ。

 一枚のトレイを手に取り、端から一品ずつ取り分ける。

 その場を離れようとすると、「どこへ行く?」と秋兄に声をかけられた。

「木陰にいる奇特な人に差し入れ」

「あ、そう」

 それ以上何を説明する必要もなく、目星をつけていたあたりへと足を向けた。

「支倉さん」

 声をかけると、木陰からひょっこりと顔を覗かせる。

「よくわかりましたねぇ?」

「視線でだいたいの場所はわかる。それに、盗み見ではなく堂々と見てたでしょ」

 呆れたふうに口にすると、

「いやはや恐れ入りました」

 と、変にかしこまるから調子が狂う。

「これ、良かったらどうぞ」

「えええええっ!? いただいてしまってよろしいのですかっ!?」

「手当てと服の礼」

「司様は律儀ですねぇ」

 言いながらトレイを受け取った。

「静さんから連絡あったと思うけど――」

「えぇ、お帰りは三時半ですね」

「そういうことでよろしく」


 バーベキューを終えると、秋兄の気は一通り済んだようだった。

 普段モグラ生活の人間も、山で一日外にいると世間一般人並みに焼けるらしい。しかし、俺も秋兄も、一目で焼けたとわかる状態だ。

 帰りの車の中では消毒薬を塗らなくてはいけないだろう。

 片づけを済ませ別荘に戻ってくると二時を回ったところだった。

 軽くシャワーを浴びてから別荘の外に出た。

 秋兄の前で翠に電話するのは気が引けたから。

 山道を散策できるルートを歩きながらコールする。

 病院へかけた電話はすぐにつながり、代表電話から九階に取り次いでもらえた。

『もしもし、お電話代わりました神崎です』

「司です」

『あら、司くん。病院に電話なんて珍しいわね?』

「翠の具合はどうですか?」

『落ち着いているわ。ちょっと待ってね、呼んでくるから』

 そう言うと、携帯にはオルゴールの音色で星に願いをが流れてくる。

 ふと、翠の誕生会を思い出す。

 翠のピアノと茜先輩の歌――その前の演奏は、聴いているこっちがつらくなるようなものだった。けれども、最後の演奏はすごく嬉しそうに、楽しそうに見えた。

 帰ったら、またその笑顔が見られるだろうか。

 そんなことを思い出していると、知らない声が携帯から聞こえてきた。

『もう、話せる。俺はナースセンターにいる』

『先生、ありがとうございますっ』

『だから……電話もうつながってんぞ?』

 その言葉のあと、少ししてから「ツカサ……?」とこちらをうかがうような声がした。

「翠? ……何、今の会話」

『あ、えと……なんでもないの』

 目の前にいたら、間違いなく引きつり笑いしていそうな声だった。

「翠のなんでもないとか大丈夫って言葉ほど当てにならないものはないって言わなかったか?」

 かなり何度も言ってきたけれど、そのうちの大半は覚えていないんだよな……。

 ひとつため息をつき、

「とりあえず、昨日は悪い。これからそっちに帰るから」

『猫さん見つかったって静さんから連絡あったの』

「それ、犬の間違いだから……」

 沈黙に付加して想像するのは右に傾げている翠の顔。

「いや、深く考えなくていいけど」

 むしろ考えなくていい。

『ツカサ、疲れてると思うから、今日は来ないでね?』

 なんでこういうところばかり勘が働くんだか……。もっと違うところで勘を働かせろ、と言いたいのを抑え、

「なんていうか……とりあえず顔を見て安心したいんだけど。それから、話したいこともある」

 秋兄のことを――会ってみないか、と訊きたい。

『でも、私は別に今日退院できるわけじゃないし、ここ病院だし、明日もいるし……』

 こういうときに限って食い下がる……。

「高速を走ってる三時間は寝られる」

『……そういうの、休んだとは言わないと思うよ?』

「俺の身体は翠の身体とは出来が違う」

 さて、最近の気が強い翠からはどんな返事があるものか……。

『それはまた……人が気にしていることをサラッと言うよねっ?』

 くっ、噛み付かれた。

 以前なら黙りこんだんじゃないだろうか。それがこんな返事をするようになった。

 翠は翠で、何かしら変わり始めたのかもしれない。

 そんな小さな変化をひとつひとつ近くで見ていられることを嬉しいと思う。

「本当に元気だな」

『……元気だよ。でも、別に脱走とか企てないし……』

 脱走、ね……。

「やってみてもいいんじゃない? たぶん、院内で捕獲されるのがオチだと思うけど」

『もうっ、人が心配してるのに本当にひどいっ』

 そっか……。俺、心配されてたんだ?

「夕方過ぎにはなるけど、八時までには行くから」

『だからっ、来なくていいっっっ』

 こんな翠を見たら、秋兄はなんて思うんだろうな。

 そんなことを考えながら、

「はいはい。じゃ、またあとで」

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