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光のもとでⅠ 第十章 なくした宝物  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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11~12 Side Tsukasa 05話

 別荘に戻り救急箱の中を確認すると、内服薬から外傷の応急処置に使えそうなものまで一通り揃っていた。

 自分の右手は殴った直後に有無を言わさず手当てをされた。そして、今秋兄を殴った左手は、力を入れると多少痛いものの腫れるほどではない。

「人と物は違うってことか……」

 手にコールドスプレーをかけ、秋兄には瞬間冷却剤を選択した。

 必要なものを持って一階へ下りるも、まだ室内には電気すら点けられていない。

「入るよ」

 中に入ると、俺に言われたとおりおにぎりをかじっている秋兄がいた。

「水分摂取も忘れずに。それから、電気くらい点けろよ」

 ドア脇にあるスイッチを押すと、室内には羽が散乱していた。

 詳しく説明するなら、羽毛布団や枕に入っていた羽がそこらじゅうに散乱している。

「……明日は掃除から始めるから」

 秋兄は無言で俺を見たけど、嫌と言わせるつもりは毛頭ない。

 薬をサイドテーブルに置き、

「これで顔冷やして。加減せずに殴ったから腫れると思う。でも、謝るつもりはないから」

 秋兄から返事はない。

 まぁ別に、返事なと望んでもいないけど。

 おにぎりふたつとポカリスエット、薬を飲んだのを見届けてから自分は二階へ上がった。

 リンゴジュースとコーヒーを冷蔵庫に入れ、ソファに横になる。

 ベッドが入った寝室となりうる部屋はほかにもあるが、ただそこを使う気が起きなかっただけ。

 二階のリビングは風がよく通る。日が落ちた今は、エアコンなど必要ないほどに涼しかった。

 携帯を手に、深夜一時を回っていることを知る。

 翠には悪いことをしたと思う。でも、説明などできるわけもなく……。

「静さんがいたんだ。フォローはしてくれてるものと思おう」

 色々と考えたいことがあるはずなのに、頭は面白いくらいに働かない。

「……俺、インターハイ終わって帰ってきたばかりじゃなかったか?」

 起きていてもすることはない。今日はもう寝てしまおう。

 とりあえず今は寝て、今後のことは明日考えればいい――。




 翌朝は鳥のさえずりに目を覚ました。

 携帯を見れば朝の五時前。

 顔を洗い、昨夜冷蔵庫に入れたコーヒーのプルタブを開ける。

 窓の外に目をやると、別荘の前に秋兄が出ていた。

 白いシャツに黒いジーパンという出で立ちで射法八節をきれいにこなす。

 それは射法八節という厳かな儀式、一連の所作のようなもの。

「少しは自分を取り戻したか……」

 その様子をじっと見ていると、視線に気づいたのかこちらを見上げた。

「おはよう。……司も一緒にどう?」

 誘われるとは思わなかった。

「たまにはさ、道場じゃないところっていうのもいいよ」

 秋兄の表情が柔らかかった。

 翠の前にいるとかそういうことではなく、もっと幼かった頃に見ていたような表情。

「……すぐに下りる」

 二階の玄関から出て秋兄のもとまで行く。

 それからは何を話すでもなく、ただ黙々とふたりで射法八節を繰り返した。

 弓がなくても、実際に射ることがなくても、神経を集中させることはできるし、何よりも心を空っぽにすることができた。

「坊ちゃん方、朝食にいたしましょう」

 きりのいいところで管理人の稲荷さんに声をかけられ別荘へと戻る。

 別荘のシャワールームには俺たちの洋服まで用意してあった。

 その中にメモが一枚。

「バイク便支倉参上――」

 あの人、絶対に変だと思う……。でも、手抜かりがないというか、こういうところまで頭が回るのはさすがだな、と思う。

 シャワーを浴びてさっぱりした秋兄を見ても、昨日のような荒んだ様子は微塵も感じられない。それが繕われた態度なのか、素なのかは判断ができないけど……。

「悪かったな、こんなところまで迎えに来させて」

 なんて答えようか考えようとしたとき、

「朝食の準備が整ってますよ」

 稲荷さんの奥さんに声をかけられ二階のダイニングへ向かうと、別荘内が軽く掃除が済まされた状態であることに気づいた。

「稲荷さん、ありがとう。あとで釣りに行きたいんだけど、準備と案内頼める?」

「はい、秋斗坊ちゃん。階段の下のご用意しておきます」

 そう言うと、稲荷さんは別荘から出ていった。

 秋兄は朝食を前に、

「何日ぶりだろ、こんなまともなご飯」

「昨夜、コンビニのおにぎりなら食べただろ?」

「それはコンビニのおにぎりであって、これには敵わないよ」

 と、焼き立てであろうパンを指差した。

 ま、確かにそうなんだけど……。

 自分も席につき、用意された朝食に手をつける。

 さっき飲んだ缶コーヒーとは比べられないコーヒーの香りを肺の奥まで吸い込んだ。

 急な訪問ということもあり、用意された食事はいつもよりは質素なもの。それでもバランスのとれた朝食だった。

 スクランブルエッグにサラダ、ウィンナー。焼きたてのパンと淹れたてのコーヒー。デザートにはフルーツ入りのヨーグルト。

 目の前に座る秋兄も皿によそわれたものを次々空にしていく。

 どうやら食欲はあるらしい。なら、健康面の心配はしなくてもいいのかもしれない。

「司、朝食が終わったら久しぶりに釣りに行こう!」

「別にいいけど……」

「……昨日のパンチは効いた」

 苦笑しているものの、表情は穏やかそのもの。

「……司の言うとおり、俺はひとりで逃げたんだな」

「ホント、よくそういうことができるよね」

「痛いな……」

 と、また笑う。

「自分でもどうにもできなかったんだ……。おまえがインターハイに行っている間は緊張で身を持たせることができたんだけど、結果聞いた直後から魂どっか行ってた」

「それで車置いていくは、携帯の電源切るは、GPS不能だは……性質が悪い」

「あぁ、そっか……。俺そんなことまでしてたんだ?」

 妙に間の抜けた顔をしてそんなことを言う。

「っていうか携帯どこ? ちゃんと所持してるわけ?」

「……たぶん。どっかにはあると思うんだけど……」

「何それ……。朝食済んだら釣りの前に携帯捜索。そのあとはあの部屋の掃除。それが終わるまで釣りはお預け」

「……ハイ」

 昨日の今日だけど、全然普通。いつもと大して変わらない。

 秋兄は相変わらず変なところが抜けていて微妙に手のかかる人間だし、そんな秋兄を目の前にしていても自分はいたって冷静だし。

 ……あぁ、目の前にいるから、かな。行方不明という状況じゃないから落ち着いていられるのか……。

 ったく、年上のくせに手のかかる――。

 幸い、秋兄の顔には適度な大きさの痣がひとつと口端が切れている程度で済んでいた。

 人を殴るのに長けていなくて良かったと思う。

 念のために藤倉に戻ったら頭部CTくらい撮らせるべきだろうか……。

「司はどうやってここまで来た……?」

「静さんの特殊部隊、ゼロ課の人間に送られた」

「――ゼロ課が動いた……っていうか、その存在をおまえ知らされたのかっ!?」

 秋兄の手が見事に止まる。

「それが何……」

「いや、ご愁傷様だなと思っただけ」

「は……?」

 ご愁傷様なのは秋兄の行動であり、秋兄の頭の中だと思う。

「ゼロ課を知るということがどういうことかまでは知らされてないんだな」

 秋兄はにんまりと笑った。

「何……?」

 不吉な予感がする。こういうのは外したためしがない。

「おまえが次々期会長候補に挙がったってことだよ」

「……は? あのさ、冗談は休み休み言えっていうか、寝言なら寝てるときのみにしてくれない?」

 何がどうして俺がそんなものの候補に挙げられなくちゃならないんだ。

「だいたいにして、俺、帝王学なんて学んでないし」

「バカだな。おまえ、小さいときから誰について回ってたんだよ。俺だろ? その俺がおまえに何も仕込まないわけがない」

 ……俺、もしかして何かに嵌ったのか? ……秋兄? それとも静さん? どっち――?

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