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光のもとでⅠ 第十章 なくした宝物  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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11~12 Side Tsukasa 01話

 試合も競技別閉会式も終わった。

 結果に納得はしていない。けど、今の俺にやれることは全部やった。

 これで帰れる――。

 表彰式のあと、顧問の笹塚先生に携帯で写真を撮ってもらった。

 トロフィーや賞状、メダルは夏休み中、学校での管理となるためだ。

 なぜ写真を撮ってもらったかというならば、翠に入賞を伝えるため。

 言葉で伝えるよりも、物を見せたほうが証明力がある気がしたから。

 メールに添付して送ることもできたが会って伝えたいという気持ちのほうが強く、証拠写真として保存してあるのみ。

 翠はこれを見たらどんな顔をするだろう。

 インターハイ開催地はどこもかしこもお祭り騒ぎだ。きっと、インハイ開催月はこんな調子が続くのだろう。

 インハイは競技種目によって同じ県内の違う競技場などでそれぞれの試合が行われる。競技種目によっては試合期間も異なる。

 今回はたまたま陸上競技のフィールドと弓道が行われる体育館が近いこともあり、佐野と宿舎が同じだった。また、引き上げのタイミングも同じで、少し前に合流したところ、

「御園生に結果知らせました?」

「今日、帰ったら病院へ行く約束をしている」

「そうなんですね。じゃ、俺はサクッとメールでも送っておくかな」

 佐野は慣れた素振りでメールを作成し、一分とかからないうちにメール送信を済ませた。

 ふと、両脇に並ぶ露店に目をやると、細々と光るものが目に入る。吸い寄せられるようにその店へ行くと、光る物体はとんぼ玉だった。

 赤、瑠璃、黄色、とたくさんの色がところ狭しと木枠のトレイに置かれている。無秩序に転がるとんぼ玉の中、ひとつの色が目を引いた。

「へい、兄ちゃん! 一個五百円だよっ! 安いよっ!」

「じゃ、これ……」

 淡いグリーンのとんぼ玉を手にし、財布から五百円玉を取り出し渡す。

 袋に入れるような大きさでもものでもない。

「そのままでいいね?」

 店主に言われて頷いた。

「それ、御園生にですか?」

「土産くらい、何かあってもいいだろ」

「その色、御園生が好きそうですよね」

 佐野は人好きする顔をくしゃりと崩して笑った。

 家に帰ればシルバーチェーンくらい母さんが持っているだろう。それに通せばアクセサリーに見えなくもない。

 手にあるとんぼ玉に視線を落とし、翠が着けているところを想像する。

「まるで猫に鈴だな……」

「は? なんか言いましたか?」

「いや、何も……」




「ただいま」

 玄関を開けると、ハナがリビングから顔だけを出す。出てくることはないものの、「早く早くっ!」と言っているのが目でわかる。

「おかえりなさい、試合どうだった?」

「二位入賞」

「あら、すごいじゃない! おめでとう!」

 荷物の中から洗濯物だけを洗濯機に入れ、手洗いうがいを済ませてからリビングに行くと、尻尾を全開で振って「遊べ」とせがむハナがいた。

 数日家を空けただけでこの歓迎振り。

 フローリングに座りハナの相手をしていると、母さんが夕飯を食卓に並べ始める。

「ハナ、なんだかご機嫌だな?」

 ハナが黒目がちでかわいいのは知っているが、どうもいつもと輝きぶりが違う気がする。

「今日ね、涼さんにお願いされてハナを病院へ連れていったのよ」

「は……?」

「涼さん、翠葉ちゃんにハナを会わせたかったみたい」

「それって……」

「ふふっ、私も一緒に翠葉ちゃんに会ってきちゃったわ」

 母さんは嬉しそうに、まるで少女のように笑う。

「翠葉ちゃん、かわいい子ね? ハナったら一度も吼えなかったのよ? それどころか、口をペロペロ舐めにいくくらい!」

「……そう」

 してやられた……。まさか父さんに先を越されるとは思っていなかった。

 翠にハナを会わせるのは俺だと思っていたのに。

 どこまでも思考回路が似ている父さんが恨めしい……。しかも、俺がいない間に、というのが腹立たしくも思えた。


 夕飯を食べ終えシャワーを浴びにいこうと思ったとき、ポケットの中のものに気づき母さんに声をかける。

「シルバーのチェーン持ってない?」

「……チェーンって、ネックレスとかの?」

「そう」

「プラチナならあると思うけれど、素材はシルバーがいいのかしら?」

「できれば……」

 プラチナでもかまわないといえばかまわない。でも、シルバーのほうが翠は気軽に手に取れる気がする。

 少しすると、母さんが黒ずんだチェーンを手に戻ってきた。

「ひとつあったけど……。これ、どうするの?」

 にこりと笑顔で訊かれる。

 黙秘で切り抜けられないかとだんまりを通すと、

「教えてくれないならあげない」

 と、チェーンを引っ込められた。

 こういうところは姉さんや兄さんと変わらない。

「……これ、翠に買ってきたんだけど、このまま渡すのはどうかと思ったから」

 ポケットから取り出したとんぼ玉を母さんに見せると、

「あら、きれいね? つくりは粗雑だけど、翠葉ちゃんなら喜んでくれそう。司がシャワーを浴びている間に、チェーンはきれいに磨いておくわ」

 母さんは寝室へと戻っていった。


 病院の九階に着くと、ナースセンターには栞さんがいた。

 新しい医師は不在、か……?

「インターハイ、どうだった?」

「それなりに」

「それじゃわからないでしょう?」

「……二位入賞です」

「おめでとうっ! 今度お祝いしましょうね」

「遠慮しておきます」

「もう……司くんは相変わらずそういうの嫌がるのね?」

 突っかかるでもいじるでもなく、こんな対応をしてくれる人は栞さんや藤原さんくらいなものだ。

 病室へ入ると、「あっ」と軽く口を開けた翠がいた。

 最初の一言は、結果を訊く言葉ではない気がする。翠は少し間を置き、「おかえりなさい」と口にした。

「はい、ただいま」

 手に持っていた携帯の電源を入れ、データから一枚の写真を呼び出す。

「賞状やメダル、トロフィーは学校管理になってるから写真」

 翠はディスプレイに釘付けになる。

「二位だけど……」

 去年は四位だった。今年こそは優勝を狙いたかったけど……。

 二年で部活からは手を引こうと考えていたが、これでは引退できない。来年こそ優勝を――。

 そんなことを考えている俺の目の前ではしゃぐ翠がいた。

「すごいっ! おめでとうっ」

「ありがとう」

 二位じゃ不服なんだけど……。

 思いながら車椅子の用意を始めると、

「あっ、ツカサっ。私、歩けるのっ。歩いていいって言われたの」

 翠が普通にベッドから下りようとするからびっくりした。

 そんなに調子がいいのか……?

 車椅子にかけた手は点滴スタンドにかけ直し、

「屋上行くんじゃなかった?」

「行くっ」

 ベッドに腰掛けていた翠は嬉しそうに立ち上がった。

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