表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光のもとでⅠ 第十章 なくした宝物  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
36/58

10 Side Reju 01話

「れ、零樹さんっ、オーナーがお見えですっ」

「おぉ?」

 普段は冷静な周防が慌てて走ってくる。

 珍しいものを見れたなぁ、と思いつつ、

「オーナーって今日来る予定あったっけ?」

 資料片手に訊いてみると、

「ないから焦ってるんですよっ!」

「そうだよなぁ……。俺の記憶にもないんだが」

「何かまずいことありましたっけ?」

「いんや? とくだんまずいものは何もなかろー?」

 行程は順調に進んでいるし、現場で何か問題が起きているということはないはずだ。少なくとも、俺の耳には入っていない。そんなものが静の耳に入るはずもない。

「周防ちゃん、ちょっと落ち着いてよ」

「落ち着けませんってっ。オーナーですよっ!? あの、目で人を射殺すとか、そこに立つだけで冷気が漂うとか噂の耐えない――」

 ま、気持ちはわかるし噂の半分は合っていると思う。

「うん。否定はしないけどさ、それ、俺の親友でもあるんだよね」

 周防ちゃんの後ろを指差して言うと、周防ちゃんは絵に描いたように硬直した。

「私の噂かい?」

 にこやかに笑う男は、間違いなく藤宮のナンバーツーで、俺の親友だった。

「静がここに来たのって仕事絡み?」

「いや、別件だ」

「それは良かった。周防ちゃん、俺ちょっと現場離れるからよろしくね」

 そう言ってその場をあとにした。


「何かあったかー?」

 相も変わらず、俺は祠前にある石に座り込む。

 ここに参るのは俺の日課であり、碧がいない今は俺が掃除をしたり花を供えたりしている。

「翠葉ちゃんのことは聞いていると思う」

「うん。また倒れたっていうか、今度は記憶がなくなったって蒼樹から聞いてる」

「おまえはこんなときでも冷静だな」

 冷静、ねぇ……。

「別に、そういうわけでもないさ」

 祠に背を向け、静の方を向けば珍しい顔をしていた。

 これはなんて表情かな。

「何をそんなに危惧してんの?」

 なんとなく、理由は察しがつくけれど、多忙な静がここまで出向く理由がわからない。

「原因が秋斗にあるということは聞いているのか?」

「触り程度にはね。でも、真相は知らないよ。何せ翠葉自身が覚えていないんだ。蒼樹も碧も唯も知らない。そんなことを知りようがないだろ?」

「おまえ、少しおかしいぞ。普通なら――」

「静、俺はさ、ここを離れるわけにはいかないんだ。それに、今回は生死が関わっているわけじゃない。向こうには碧も蒼樹も唯もいる」

「……真相は、たぶんそのうち本人が話しにくる」

 真相、本人……。

「秋斗くんが来るのか?」

「たぶんな……。そのとき、話くらいは聞いてやってほしい」

 これ、誰だろう? こんな神妙な顔をする静を見たことがない。

 神妙を通り過ぎると珍妙にすら思えてくる。

「秋斗は翠葉ちゃんを傷つけようと思っていたわけじゃなかった。それだけは知っていてほしい」

「ねぇ、藤宮静って知ってる?」

「何を……?」

「んー……俺の知ってる藤宮静ってのはさ、未だかつて俺に頼みごとやお願いをしたことがないんだよね。これって、いわばお願いでしょ?」

「……それと変わりない」

 やっぱ変な感じだな。

「俺はさ、親友の頼みを聞けないほど器が小さいつもりはないんだけど? あぁ、碧のことは別ね? っていうか、もうそんな心配はいらないとは思うけど」

 少し茶化して話すと、

「秋斗の消息が不明なんだ……」

 は……?

「夕方前から所在がつかめない」

 静の顔は嘘を言っているようには見えず、分刻みで動いている人間がここまで赴いた理由はそれか、と思った。

「少し座らんかい?」

 仕立てのいいスーツが汚れるかとも思ったが、静はそんなことを気にせず大きな石に座った。

「行き先はここしか思い浮かばなかった。碧と零樹に謝罪に来る、そう思っていたんだが、ここへは来ていないようだな」

「……みたいだね。何、来たら捕獲しておけばいいわけ?」

「頼む」

 その声に、「心配」なんて言葉はそぐわない。もっと大きな感情。まるで、親が子を思うような、そんな愛情が見え隠れ。

「俺も彼とは色々と話してみたかったんだよね。だから来たら拉致しておくよ。軽く軟禁とかさ」

「……どうしてそこまで落ち着いていられる?」

「そりゃ、俺が普段のおまえに訊きたいことだ」

 静はどんな場面であろうと表情すら崩さずに対応する。それは高校のときから変わらない。

「俺はそういうふうに育てられている」

 あぁ、帝王学ってやつか……。

「あのさ、どういう因果かは知らないけど、俺とおまえが親友であるように、息子の蒼樹も秋斗くんとお友達なんだよね。で、翠葉が記憶をなくしたときは、電話の向こうですごい剣幕だったわけだけど、数日したら秋斗くんをフォローする電話をしてきた」

「え?」

 あぁ、驚いてる驚いてる……。今日は珍しいものが見れてラッキーだな。

 そんなことを考えていると口元が緩む。

「うちの息子曰く、秋斗くんは翠葉を傷つけようと思って行動したことはないそうだよ。だから、今回も何かしら理由があったに違いないってさ」

 蒼樹は確かにそう言った。

「ま、なんていうか……秋斗くんて少し静に似てるんだろ? 同じ帝王学を学んだ人間として。だから、静もそこまで気にかける。違うか?」

「…………」

「はい、黙り込むのは肯定ね。今のおまえ、親父にしか見えないもんな」

 笑ってからかえば、

「同士という気もしているが、年の差的には親子未満兄弟以上だ」

「……そんなおまえを安心させられるかわからないけど、俺はさ、今のところ彼に負の感情は抱いてないんだよね」

「……零樹、喜怒哀楽の怒はどこに忘れてきた?」

「……だからさ、そういうの真顔で訊くなよ」

 こんなふうに話すのは久しぶりな気がした。

 最近は連絡をとっていても仕事の話がメインで、私生活に関する話はする時間もなかった。

「むしろ、秋斗くんには感謝してるよ。バイタル装置にしてもそうだし、翠葉を好いてくれていることにもね」

「それが今回の結果を招いたとしても、同じことを言えるか?」

「言えるさ」

 翠葉は、容姿には恵まれている。頭も悪くはないだろう。教養だってそれなりだと思う。

 この際、世間知らずというのは横に置いておくとして……。

 それを差っぴいてもだ、如何せん身体が弱い。それがゆえに、引っ込み思案だし臆病だ。

 そういう子にしてしまったのが俺と碧であり、家族であることも否定はしない。

「今年の翠葉の体調は異例なんだ。……その、あまりにもひどい状態の娘を見ても好きだと言ってくれる。そんな人間は稀だと思う。……入院する前の出来事も聞いたよ。翠葉が自分で髪の毛を切ったことも、キスマークを気にして擦過傷に発展させちゃったことも」

 我ながらあの娘らしいと思う。

「翠葉は高校に入ってから少しずつだけど変わり始めてる。その一番大きなところは家族以外に大切な人間が増えたことだと思うんだ。世界がさ、少しずつだけど広がっていってるんだよね。その大切な人の中に秋斗くんがいるからこそ、髪の毛を切るなんて暴挙に出た。そう考えればさ、そのことを俺が怒るってなんか違うよな、って思う」

「普通」の親には理解されないかもしれない。が、世間一般の考えはわかっているつもりだ。

 娘が傷つこうものなら是が非でも、身体を張って守る。それには賛同する。

 でも、今回のこれは違うと思うんだ。

 翠葉の成長過程――俺はそう思う。

「娘が無暗やたらと傷つくのを見過ごすつもりはない」

 静に視線を向けると、「なら――」と何か言いたそうに口を開いた。

「静、傷つくのにも種類があると思わないか? 傷ついて何かを得られるものと、ただ傷つくだけで何も得られないもの。ふたつに分けるとしたら、恐らく今までのことは前者だと思うんだ。翠葉はそこから何かを学んでいるし、それでも秋斗くんを拒絶してはいないんだよ」

「おまえはわかってない」とでも言うように、静が頭を緩く振る。

「静、俺はわかってると思うよ。これでも翠葉の父親だからね」

 少し笑ってみせる。

「マンションから幸倉に戻ったのは、人を避けるためだ。じゃ、なんで人を避けるかというのなら、心配をかけたくない、迷惑をかけたくない──それ以上に人を傷つけたくないからなんだ。翠葉が髪の毛を切ったというのは、それくらい側に来てほしくない、守りたい人だったってことだと思うよ」

「そんなバカな……。普通ならどうやっても拒絶としか取れないだろっ!?」

 だからさ、うちの子は普通じゃないんだ。

「翠葉の思考回路は少し付き合ったくらいじゃ読めないよ?」

 言っていて、なんだか自分が娘においてはものすごく詳しい気がしてきて、優越感なんてものを感じてしまう。

「翠葉はそういう子なんだよね。で、それに秋斗くんが気づいていたとしたら、なんとなく今回の結末はあってしかるべきっていうか……。真相こそ知らないけど、たぶん、そういうのが原因で記憶をなくしたんじゃないかな、と思う。秋斗くんが何をしたからっていうのとはまた別のところに要因があるんじゃないかな、ってね」

 こればかりは翠葉に訊かないとわからない。

 でも、その翠葉は記憶喪失の状態だ。だから、秋斗くんと話したいと思った。

 俺は彼が来ることを望んでいる。

 別に謝ってほしいわけじゃないけど、世間で必要とされる対応ができる人間なのか、それは知っておきたいから。

 藤宮の人間で、ゆくゆくは会長の座を約束されている人間。そんな人間が天狗にならずにいられるのか。

 家柄も何もかも、藤宮に引けを取らない家々から見合いの話だって来ていたはずだ。

 けれども、彼はその申し分ない相手たちではなく翠葉を選んだ。そこに一見の価値を見出したい。

「零樹、これだけは言える。秋斗は翠葉ちゃんに対して中途半端な気持ちで動いてはいない。将来のことも見据えてる」

「それは藤宮独自のあの考えでいいのかな?」

「例外はない。……その証拠に、あいつは藤宮を出るつもりでいる」

「は?」

 寝耳に水。いや、今俺は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているに違いない。

「もし翠葉ちゃんと結婚することになったとしても、いずれ自分が会長職に就くとなれば必然的に彼女の身の危険も考えなくてはいけなくなる。そういうことの一切が及ばないよう、藤宮から出て独立起業を考えている」

「……なんていうか、翠葉もすごい人間に惚れられたなぁ……」

「それから、今回彼女が記憶をなくすにあたっては俺も一枚噛んでる」

「あぁ、聞いてる。病室に監視カメラをってやつだろ? 蒼樹から聞いた。それはさ、翠葉を監視するんじゃなくて秋斗くんを、だよね。だから、訊かなくても真相なんて見え隠れしてるようなものだよ」

 静は俺の言葉に相当驚いたようだった。

「どうしてそれでも落ち着いていられるんだっ!?」

 半ば怒られている気分だ。

「だからさ、蒼樹の言うことと、俺的分析がはじきだした答えはこうなわけ。彼は彼なりの理由があって翠葉を十階の病室へ移した。そして監視されるような何かをした。でも、きっと彼は翠葉を傷つけるつもりはこれっぽっちもなかったはずだ。娘の性格をかんがみて行動したことなんじゃないかと思ってる」

「……恐れ入った。おまえはどこまでも楽天的なんだな」

 これ、たぶん褒められてないよなぁ……。でもさ、

「こんな性格じゃなかったらおまえと長年付き合ってられるかよ」

 そう言えば、静は驚いた顔を少し崩して嬉しそうに笑った。

「なんだ、そういう顔もできるんじゃんか。あんまりうちの人間威嚇しないでやってもらえる? それはもう、かわいそうなくらいにオーナーが来るっていうと、みんな萎縮しちゃって仕事の進行に響きそうなほどなんだから」

「メリハリは大事だと思う」

「静のはメリハリじゃなくて、単なる威嚇。はい、今のところテストに出るよ~」

 笑って言えば、静が吹きだした。

「思い出した? 高校の東野先生の真似」

「……悪いな、時間を取らせた。そろそろ行く」

「うん、そこに澤村さん潜んでるしね」

 木陰に目をやると、スーツ姿の男が木陰から出てきた。

「静様、お時間です」

 まるで、これ以上は無理です、と言いたそうだ。

「わかってる」

「澤村さんも苦労するよね? こんなワンマンオーナーが上司じゃさ」

「人間には順応力が備わっておりますので」

 にこりと笑われた。

 きっと、この柔軟さがなければ静の下は務まらないだろうな。

 そんなことを思いつつ、

「いい部下連れてますね」

 静の肩に右腕を置いて笑う。と、

「優秀であることは認めるが、優しくはないぞ」

「くっ、おまえずいぶんと人間らしくなったな?」

「俺は生まれたときから人間だ。……用件はそれだけだ」

「了解。秋斗くん、早く見つかるといいな」

「あぁ、ここへ来ていないのなら奥の手を使うことにする」

 そう言って小道へと消えていった。

「奥の手、ねぇ……」

 おまえの奥の手はいったいいくつあるんだろうな。

 そんなことを考えながら、もう一度祠に向き直って手を合わせる。

「翠葉と蒼樹、唯がたくましく育ちますように」

 さてと、現場でビビってる人間たちをどうにかしてやらねば……。

「ちょっとひとっ走り山を下りて、アイスでも買ってくるかな?」

 現場に空のクーラーボックスがふたつある。あれを車に積んで、買えるだけアイスを買ってこよう。

 コンビニのアイスを全部買い占めるのは初めてで、ちょっとわくわくしながら小道を戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ