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光のもとでⅠ 第十章 なくした宝物  作者: 葉野りるは
本編
33/58

33話

 ツカサが病室を出たことで、さっき言われたことをきちんと考えられる時間を得た。

 私はツカサのことをとても頼りにしていたし、今も頼っている。だから、いなくなったらどうしようとか、離れていってしまったらどうしようと不安に駆られる。結果、考えること事体をやめたくて、一番近くに感じられた携帯を目のつかない場所へとしまいこんでしまったのだ。

 ただ、疑問がひとつ――。

 八日、私は具合が悪かったのだろうか……。それがわからない。

 なんとなく頭が痛い気はしていた。でも、我慢ができないものではなかったし、心臓がドキドキしているのは、心臓に悪そうな話を聞いているからだと思っていた。

 たぶん、私は自分が具合が悪いとは思っていなかったし、気づいていなかったと思う。

「あれ……? そもそもはそれが問題なの?」

 考えていると、

「なんで首を傾げてるのか知りたいんだけど」

 気づけば、戻ってきたツカサが目の前にいた。

「メールの着信があったから確認するように」

 呆れた顔で言われる。でも、これから話すことを思えば、もっとひどい顔をされそうだ。

「ツカサ……あのね、私、ツカサのことはとても頼りにしていると思う。それから……八日なんだけど――」

 少々口にするのが躊躇われる。

「私……自分が具合悪いとは思っていなかったみたい……?」

 若干笑みを添えて口にすると、

「……翠はバカだと思っていたけど、思っていた以上にバカだ――。悪い、俺相馬さんに愚痴らないと気が済まない」

 ツカサは、また病室を出ていってしまった。

「なんだか置いてけぼり……」

 本当に信じられない、って顔をして病室を出ていったけれど、どうしてそんなに怒るのかな……。

「ん? 私、今怒られてるのかな?」

 数分すると、ツカサは相馬先生を連れて病室へ戻ってきた。

「スイハ、おまえはバカだ」

「これ、俺と相馬さんの総意だから」

 総意だから、と宣言されても、なんと返したらいいものか。

 もしお願いできるのなら、ふたり揃って真顔でバカとは言わないでほしい……。

「バカにつける薬はねぇ、ってことで俺はナースセンターに戻る。坊主、おまえ、あんまりスイハに絡んでるとバカがうつるぞ」

「いえ、このバカは品種が違うので感染はしないと思います。というより、全力で感染を拒否したい」

「人のことバカバカ言わないでよっ。本当に気づかなかったんだから仕方ないでしょっ!?」

「……救いようのないバカだな。じゃ、俺は去る」

「相馬先生っ!?」

 先生は頭を掻きながら出ていき、残ったツカサはようやくスツールに腰掛けた。

 でも、どこか見下ろされてる気がしてムカつく。

「気づいてなかったってなんだよそれ……。俺がすごいバカみたいだ」

 憤慨したような顔で言われる。

「今、私のことバカバカ言ってたくせに……」

「そのバカが具合が悪いのを言わないってムカついて八つ当たりした俺はどうなるんだよ……」

 それは……なんだろう。

「ツカサ……あまりややこしいことは言わないで? 頭がパンクする」

「忘れてた。翠は勉強はできるけど、頭のメモリは少ないんだったな」

「私、パソコンとかじゃないんだけど……。そりゃ、ツカサは頭の中にハードディスクがいくつも入っていて、検索をかけたら必要事項が全部出てくるようなご立派な頭の持ち主かもしれないけれど、それと一緒にしないで」

「……何それ、俺が機械か何かって言いたいわけ?」

「そこまで言ってない」

「ふーん……別にロボットでもなんでもいいけど、人をサーモグラフにかけたり機械にするのやめろよな」

 それ、「全然良くない」って言ってるのとかわらないじゃない……。

「あのさ、俺はこういうほうが助かるんだけど……」

「え……?」

「思ってること、そのまま言ってくれるほうが助かる。ケンカ腰でもなんでもいいから、あまり考えすぎずに話してくれるほうがわかりやすい」

「……どういう意味?」

「言われた相手が何を考えるとか、そういうことを考える前の翠の考えを聞きたい」

「……でも、普通は口にする前に、相手がどう思うのかを考えるものじゃないの?」

「そういうのもありだけど、俺はそっちじゃないほうがいいみたい。翠限定で……」

「……それは、トゲトゲした言葉を言っちゃう気がするから、私が嫌なんだけど……」

「俺はオブラートに包まれた言葉が欲しいわけじゃないし、下手に気を使われるのも好きじゃない。そのままの翠がいいんだけど」

「……そうなの?」

「そう……。入院するよう自宅へ説得しに行ったとき、ほかの人間よりはひどい言葉を浴びせられた。泣き叫ばれて大嫌いって言われて、わかったようなこと言うなって……。本当に散々だったけど、ほかの人間よりは翠に近づけた気がしたし、得した気分だったんだ。……あ、先に言っておくけど、俺マゾじゃないから」

「……何それ」

 自然と笑いがこみ上げる。

 気持ち悪いのは変わらないけど、この部屋の空気は重苦しいものから軽いものへと変わっていた。

 重くない……。とても呼吸がしやすい空気がいっぱい。

 私、もう少し自分のことを話してもいいかな。

 ツカサの顔を見ると、「何?」って顔をされる。

「私、時々すごく空回りするみたいなの」

「知ってる」

「身体が動かせなかったり体調が悪いと、とくにそれがひどくなるみたいで……」

「そういうのはわかってるから、そのときは空回る前に呼んでほしい。そしたら聞くから」

「……でも、すごく何度も呼ぶかもよ?」

「別にかまわない。少しでも翠の生態や思考回路がわかるほうが俺には貴重」

「……ねぇ、人のこと観察対象として見ていたりしないよね?」

「……していないとは言わない」

「ひどいっ!」

 私たちは延々と憎まれ口を叩くような、そんな会話をしていた。

 気持ちは悪いけど、誰かと話をしているほうが気が紛れる。

「何?」

 ツカサに訊かれて少し困る。

「ツカサだなって思っただけ」

 本当にそれだけだった。

「何それ……」

「ううん、本当に意味はなくて、ツカサがいるなって思っただけ」

「……翠だ」

「え?」

「翠が目の前にいるって思っただけ」

 ……仕返し?

「……って言われたらどう反応したらいいのかわからないだろ」

 確かに……。

「でも……そう思ったんだもん」

「別にいいけど……。これからだって見舞いには来るし、いつもそうやって確認したら? ただ、傍から見たらかなりバカっぽく見えると思うけど」

 しれっとした顔でそういうことを言う。

 会話の内容的にはかなりひどい気がする。でも、どうしてだろうね……。

 気負わずに話せるってこういうことを言うのかな。私、今、ものすごく気持ちが楽だ。

 ツカサと一緒にいるのは心がすっと軽くなる。だから好き……。

 私ね、記憶があってもなくてもツカサが好きだと思う。秋斗さんも――もっとたくさん話をしたら、大切な人だとわかるのかもしれない。

 話を聞いてわかるのではなく、こんなふうに話をすれば、大切、大好きって思えるのかもしれない。

 少しだけ時間をもらえないだろうか。

 思い出せるか――それは今もわからない。でも、きっとふたりは大切な人になっていくから……。

 記憶がなくてもまた築けるだろうか。少し前の私が築いてきたような関係を、再び築くことができるだろうか。

 できるなら、今度は誰も傷つけたくない

 きれいごとすぎるかな……。

 でも、でもね……今までたくさん傷つけてしまったのならなおのこと、これからはひとつも傷をつけたくはない。

 思い出す努力をしないわけじゃない。過去に自分がしてしまったことから逃げるわけでもない。

 ただ、それらがあっても離れていかないと言ってくれたふたりだから……。

 これからはひとつも傷をつけたくないの――。

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