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光のもとでⅠ 第十章 なくした宝物  作者: 葉野りるは
本編
21/58

21話

「で、大丈夫なのか?」

 珍しく、相馬先生の顔に「心配」の二文字が浮かんでいる。

「坊主はおまえと対等であろうとするだろ? で、あの坊ちゃんは擁護しかしそうにねぇ。ナンバーツーは淡々と話を進めすぎる節がある」

 ナンバーツーは静さんだろうし、対等であろうとするのはツカサ。だとしたら、坊ちゃんは秋斗さんだろうか……。

 でも、だから何……?

「スイハはこういうのに慣れてないだろ」

 言われてドキリとした。

「俺から見たら、今のスイハは三竦みの状態だ。そんな人間がストレスを感じないわけがないし、それが身体に現れないわけもない」

 相馬先生はお医者さんの顔をしていた。

「手ぇ出せや」

 いつものように両手を出すと、先生は脈診を始めた。

「今朝はそうでもなかったのにな。……ストレスの脈が強すぎる」

 険しい目を向けられ、先生はすぐにナースコールを押した。

「栞姫、鍼の準備。置いてあるトレイを持ってきてくれればいい」

 言うだけ言って私に向き直る。

「痛みは?」

「……少しだけ」

「これでどうだ?」

 額に手を置かれただけ。なのに、痛みが少し引いた気がした。

 以前にも一度されたことがある。そのときに、「額に手を置いて楽になるのはストレスだ」と言われたけれど、そんなことを言われても……。

「おまえはなくした記憶を取り戻したいようだし、俺も知っておいたほうがいいと思う」

 そこへ栞さんが入ってきた。

 相馬先生は栞さんの姿を確認してから、

「この病気は自己免疫に関する病気でもある。人間ってのはよくできた生きもんで、生活が充実していれば病気知らずなんだ。それは身体に悪影響を及ぼすほどのストレスを感じていないから。適度なストレスはいい。が、過度なストレスは自己免疫力を下げ、全身の筋肉を硬直させる。すると、血流の流れも悪くなるうえに疲れやすい身体になる。眠ることだけじゃ疲労をリセットできなくなる。それが慢性疲労症候群って呼ばれるものだ。要は不定愁訴の羅列だな。身体が疲労を許容できなくなれば、身体中に痛みというシグナルを送り始める。それが今のおまえの状態だ」

 こんなにもお医者様らしい相馬先生を初めて見た気がした。

 この場にはもうひとり驚いた顔をしている人がいる。それは栞さん――。

「ストレスが引き起こした痛みは、やがて痛みという独立したものだけでさらなるストレスを引き起こす。それが慢性化ってやつだな。それは知覚神経に記憶され、さらには痛みを増幅する。それがスイハの状態だ。記憶をなくしてから痛みはどうだった? 少しは軽くなったんじゃないのか?」

 先生はどこからどこまでを知っているのだろう。

「経過は昇と桜森から聞いてる。俺はこんななりしてても医者なんだよ」

 そう言って少し笑って見せた。それは私にではなく栞さんに向かって見せたもの。

「では、今回の件も治療の一環だと?」

 栞さんが硬い声を発すると、先生は「そうだ」と肯定した。

「今の状態じゃ本来の治療に入れねぇ。ストレスも全部抱えた状態で治療に入るほうが望ましいのさ」

「でも、それじゃ翠葉ちゃんがっ――」

「スイハ、おまえはストレスをひとつずつ片付けてクリアしていかなくちゃなんねぇ。わかるか?」

「逃げちゃだめってこと……?」

「違う、逃げる逃げないじゃない。片付けるんだ」

 片付ける――。

「育った環境も幼少からの体調も母親に聞いた。そのせいで人の中に入っていくことができなかったことも」

 人の、中――。

「スイハ、おまえはストレスの解消法を知らなさすぎるんだ。ストレスを受ける受けないの問題じゃない。それを自己処理できるかできないかの問題だ。おまえはただ、ストレスっていうものがどういうものかもわかってないだろ? それをわからせて、さらには対処法を教えること。そこまでが俺の仕事だと思ってる」

「カウンセラー……?」

「近いものはある。が、物理的な治療が必要なことも確かだ。俺は甘えろなんて言わねーぞ。がっつり勉強しやがれ極甘少女」

 さっきまでの真剣な顔はどこへやら……。

 先生はいつものようにケケケ、とふざけた顔をして笑いだした。

「姫さん、トレイよこせや」

 先生は栞さんが手にしていたトレイを取り上げ、そのままベッドの上に置く。

「とりあえず、今は自律神経を整える鍼とストレス軽減の鍼を打つ。ナンバーツーは時間がねぇだろうから、置き鍼にしておく」

 通常、鍼治療は一時間近くかかる。それに比べ置き鍼は、丸い絆創膏に一ミリに満たない鍼がついており、通常の鍼のように深くは刺せないものの、刺した状態で貼っておいても安全で、きちんと効果が持続するという優れもの。

 すべての箇所に鍼を刺し終わると、「闘ってこい」と言われた。

「そのあと発作起こそうが何しようが、俺様が全部引き受けてやる」

 相馬先生は、すごく俺様なお医者様だけど、とても頼りになる。

「……はい。先生はすごくお医者様ですごいお医者様なんですね」

「ケケ、今頃気づきやがって。遅せえんだよ、バーカ」

 額にデコピンを食らったけれど、そんなに痛くはなかった。

「栞さん、心配かけてごめんなさい……。でも、きっと大丈夫。相馬先生もついていてくれるから」

 私、ちゃんと笑えたかな。栞さんは私を見て苦笑する。

「相馬先生、私、少し勘違いしていたみたい」

 栞さんはゆっくりと口にした。

「きっと、親が子どもに与える間違えた愛情ってこういうことをいうんでしょうね。……かわいい子には旅をさせろって、その意味が少しわかった気がします」

「そりゃ良かったな。おら、廊下で一族が待ちぼうけってのも面白すぎるから、とっとと呼んでやれや」

 相馬先生はトレイを持って栞さんと共に病室を出ていった。

 相馬先生の言ったこと、全部覚えておこう……。

 私の身体の痛みのことも、私がしなくちゃいけないことも――というよりは……。

「できていないこと……かな」

 きっと、みんなが普通にしていることを私はできていないんだ。それは体調が関わるものではなく、精神的な部分。

 心の成長過程として……今からでも遅くない? 桃華さんやツカサたちに追いつける……?

 相馬先生が触れた額に自分の手を当てる。

「……やっぱり自分じゃだめなのね」

 首を傾げていると、ツカサと静さん、秋斗さんが戻ってきた。

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