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光のもとでⅠ 第十章 なくした宝物  作者: 葉野りるは
本編
14/58

14話

 朝、栞さんが挨拶にきてからというものの、どうしてか私の病室にずっといる。

 今は応接セットの方で日誌のようなものをつけているけれど……。

「栞さん……?」

「なぁに?」

「どうかしましたか?」

「何がかしら?」

「……えと、どうしてずっと病室にいるのかなって……」

 栞さんはノートから目を離し、私へと向ける。

「心配だから……」

「……心配、ですか?」

「私は反対なの……」

「え……?」

「今、秋斗くんに会うのは反対なの」

 栞さんは困った顔でそう言った。

「もう少し時間を置いてからでもいいんじゃないかしら……」

「どうして、ですか……?」

 訊けば黙りこんでしまう。

 それ以前に、いったいいつその話を知ったのだろう。

「ツカサが昨日言ってました。私の記憶がなくなったのは、自分と藤宮秋斗さんに原因があるかもしれないって……」

 栞さんは衝撃を隠せないといった顔をしていた。

「でも、本当のところはわからないのでしょう? 私はそのときのことを覚えていなければ、詳しくも聞いてもいないし……。その場にいたツカサですら、私が何を思っていたのかはわからないって言ってました」

 私、何が言いたいのかな……。

「……わからないから遠ざけておきたいと思ったの」

 栞さんは苦笑してこちらにやってくる。

「そっか……そうよね。翠葉ちゃんはわからないからって遠ざけておきたいわけじゃないのね」

 問いかけられて、少し複雑な気分になる。

「わからないから知りたいとは思います。でも、わからないから遠ざけたいとは思わない……かも?」

 自分でもよくわからない。でも、ツカサは「会わないとだめだと思う」と言ったのだ。

 その「だめ」と言う言葉が気になった。ツカサの言葉らしくないと思ったから気になった。

 ツカサからは、「必要ない」とか「無意味」といった言葉が連想されるのに、昨日に限っては「だめ」という言葉を使った。

 ツカサは無意識だったかもしれないけれど、私には聞き逃すことができない言葉だった。

 ――「会わないとだめだと思う」。

 それはつまり、「会わなくちゃいけない」ということではないだろうか。

 あぁ、そうか……。

 いつものツカサなら、「会うべき」という言葉を使うところなのに、昨日は違う言葉を使ったから引っかかっていたのだ。

 言葉の使い方は間違っていないのに、どうしても違和感がある。

「栞さん、ひとつだけ予備知識をください」

「何……?」

「藤宮秋斗さんは怖い人ですか?」

「……どうして?」

「なんとなく、です」

「その、なんとなく、はどこからきたの?」

「夢、かな……」

 夢でツカサと藤宮秋斗さんを見たとき、どうしてか鳥肌が立ったのを覚えている。

 そのときは、どちらを見てなのかはわからなかった。でも、ツカサと会って、ツカサではないと思った。

「夢……それは最近?」

「夢なら何度か見ましたよ? 記憶をなくした直後に見た夢と、そのあとにも誰が出てる夢かわからないけど、自分が謝ってる夢とか……」

 だから、もしかしたらツカサや藤宮秋斗さんが悪いのではなく、自分が何かをしてしまって、そのことから逃げたくて記憶をなくしたのかも――と、そう考えずにはいられなかった。

 だとしたら、ツカサの「会わないとだめだと思う」という言葉はとてもしっくりくる。

 会ったとして、自分が何をしたのかを思い出せるのかはわからない。

 だから、会ったとしても謝るべきことを謝ることはできないかもしれない。それでも、会わなくちゃいけない人なのだろうと思えた。

「……とりあえず、お風呂にしましょう?」

「はい」

「じゃ、処置に必要なものを取りにいってくるわね」

 栞さんはいつだって私のことを気にかけてくれる。心配というよりは後押しをしてくれる人でもあるのに、その栞さんが心配だから会わせたくないという要因はなんなのだろう……。

「きっと、これも教えてはもらえないんだろうな……」

 広すぎる病室に、自分の小さな声が響いた。


 お風呂から上がると、少し休憩をして鍼の治療を受けた。

 鍼の治療を受けると身体が疲れるような感覚があって、そのあとはうとうとしてしまう。

 お昼に起こされて昼食を食べると、ベッドで横になり音楽を聴いていた。そこへ栞さんがやってきて、

「今、司くんから連絡があったわ。これから来るそうよ」

 栞さんはやっぱり浮かない顔をしている。

「栞さん、ツカサも一緒ですよね?」

「えぇ、一緒に来るって言っていたわ」

「……なら、大丈夫。ツカサが一緒なら大丈夫」

 栞さんの不安を少しでも払拭したくて笑顔を添えた。

 その三十分後、ツカサと一緒に楓先生のそっくりさんがやってきた。

「入り口で止まってないでとっとと入ってくれない?」

 藤宮秋斗さんはツカサに蹴飛ばされて入ってきた。入ってきた、というよりは後ろから蹴飛ばされた反動で一歩を踏み出した感じ。

 前かがみになっていた藤宮秋斗さんが上体を起こすと、私を向いた顔は緊張の面持ちだった。

「これが藤宮秋斗。俺の九つ上の従兄」

 ツカサは藤宮秋斗さんのことはおかまいなしで淡々と説明を続ける。

「藤宮警備に籍があって、普段は学校の図書棟に篭って仕事してる。因みに、体よく押し付けられた生徒会の顧問でもある。生態はモグラ」

 ……モグラ?

 いつものように澄ました顔で壁に寄りかかっては、怪しい言葉で説明を締めくくる。

「えぇと……初めまして、って言ったほうがいいのかな? それとも、久しぶり、なのかな……」

 藤宮秋斗さんは言いながら視線を落としてしまう。

「……私には記憶がないので、気持ち的には初めまして、です。でも、本当は知り合いみたいだから、久しぶり、でも問題ないと思います」

 目の前の人は居心地悪そうに苦笑を浮かべている。

 どうしたらいいのかな……。

 考えていると、ふと夢で聞いた声を思い出す。

 ……私、この人に謝ってたんだ……。

「藤宮秋斗さん……」

 真正面から名前を呼ぶと、

「フルネームは勘弁ね」

「……じゃぁ、なんて呼んだらいいのでしょう?」

「記憶をなくす前は、秋斗さん、って呼んでくれてた」

「……今もそう呼んでいいんですか?」

「うん……そのほうが嬉しい」

 今度は、苦笑ではなく、ふわりと優しく笑った。

「秋斗さん、私、秋斗さんに謝らなくちゃいけないようなことをしましたよね?」

「っ……!?」

 秋斗さんも驚いた顔をしたけれど、目を伏せて壁に寄りかかっていたツカサも目を見開いた。

「あの、私……何か悪いことをしたんですよね?」

「……翠葉ちゃん、それ、どうして……?」

 どうして……。

「夢を見ました。誰かに聞いたとかではなくて、夢なんです……。夢で、誰かに謝る夢を見ました。誰に向かって謝っているのかはわからなかったんですけど、今、声を聞いて秋斗さんだとわかったから……」

 秋斗さんは少し困った顔をした。逆に、ツカサはあからさまに困惑している。

 私は、訊いてはいけないことを訊いてしまったのだろうか……。

 不安になり、胸元にあるとんぼ玉に手が伸びる。

 コロンとした丸いフォルムのとんぼ玉は、少しひんやりとしていて、手に伝わるその感覚に緊張が和らぐ。

「とりあえず、座ったら?」

 ツカサはソファの方へと移動し、秋斗さんにはスツールへ掛けるよう声をかけた。

「えっ? ここに俺が座るのっ!?」

 秋斗さんはおろおろした様子でツカサを見る。

「翠に会いにきたんだろ? 話しにきておいてどこに座るつもり? 別に廊下でもかまわないけど、大声で喋ると栞さんに怒られるよ」

 ……ツカサ、容赦なさすぎるよ。

 おずおずとスツールに腰掛けた秋斗さんは、さらに居心地の悪そうな顔になった。

 夢では鳥肌が立つほどの何かを感じたのに、今はなんとも思わない。

「……秋斗さんって、怖い人じゃないですよね?」

 ついストレートに訊いてしまう。すると、

「くっ、そういうところ、本当にそのまま翠葉ちゃんだよね」

 秋斗さんはおかしそうに笑った。

 その笑顔にほっとする。少しは緊張が解けたのだろうか。

 相手が緊張していると、どうしてもそれが自分にも伝染してしまう。

 こういう場で、場を和ませられるだけの話術が自分にはない。そんなとき、唯兄の存在が恋しくなる。

 秋斗さんの笑みが薄まり穏やかな表情になる。と、次は誠実な顔つきになった。

「翠葉ちゃん、あの日にあったことを全部話そうと思う。その前にあったことも――」

「秋兄っっっ」

 急に右側からツカサの声が飛び込んできた。

「君がなくしたもの――話したところで記憶が戻るわけじゃないと聞いてる。それでも、知っていたほうがいいと思うし、俺は知っていてほしいんだ。そのうえで話したいことがたくさんある」

 心を決めた人、というのはこういう人のことをいうのかもしれない。言葉や声、表情から寸分のぶれもなくものを見つめているように思えた。

 私の心はドキドキもしていなければ、不安に駆られることもなく、とても平静だ。

「司、俺に誕生日プレゼントをありがとう。それに追加でお願いがある。……少し、翠葉ちゃんとふたりにしてくれ」

 秋斗さんの言葉にふっと怒りがこみ上げた。

「ツカサのカバッ」

「「は?」」

 ふたりそろって間の抜けた声を出す。

 不服そうな顔をするツカサに、

「だって、今日が秋斗さんの誕生日なんて聞いてないっ」

「教えてないし」

 ツカサはしれっとした顔で答えた。

「プレゼントも何も用意できなかったじゃないっ」

「どっちにしろ病院にいるんだからプレゼントは用意できないだろ?」

 確かにそうなんだけど……。

 それ以上の抗議ができずにいると、

「なんか珍しいものを見た気がする……」

 今度は左側から声がした。

「何が、ですか?」

 秋斗さんに尋ねると、

「こんな君は見たことがない」

 言いながら苦笑する。

 私は秋斗さんの前ではどんな子だったのだろう。

「司、頼む。決して彼女を傷つけたりはしない。誓うよ」

 私の前でふたりの視線が交差する。

「わかった……。翠、何かあればナースコール押して。ナースセンターにいる」

 コクリと頷くと、ツカサは病室から出ていった。

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