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光のもとでⅠ 第十章 なくした宝物  作者: 葉野りるは
本編
13/58

13話

 昨日今日と、六時になるとどこからともなく昇さんが現れ、相馬先生もふらりと病室に入ってくる。そこへ栞さんが夕飯を運んでくると、四人での夕飯が始まるのだ。

 病院なのに、なんだか変な感じ。

 体調はというと、ところどころが痛むものの、この程度の痛みで入院していていいのだろうか、と疑問に思うくらい。

 ご飯も食べられるようになってきているし、ベッドから下りて歩くこともできる。入院する前とは何もかもが違う。

 そんなことを思いながら歯磨きを済ませ、髪の毛を梳かしていた。

 早くも寝る前の準備が整ってしまった。しかし、時刻はまだ七時半。

「もしかしたら来ないかもしれないし……」

 頭の大半を占めるのはツカサのこと。

 櫛をテーブルに置いて横になれば、手は自然と胸元のとんぼ玉に伸びる。

 とんぼ玉をそっと持ち上げては自分の視界に入れ、照明に透かしてみたり、ガラス独特のひんやり感を楽しんだり。

 そういった動作が早くも癖になっていた。

「寝るときくらい外せ。危ないだろ」

「っ……!?」

 声の発せられた方を見ると、ツカサが立っていた。

 いつからっ!? いつからそこにいたのっ!? っじゃなくて――。

「おかえりなさいっ」

 ツカサはゆっくりと歩き、ベッド脇にやってくる。

「ただいま」

 昨日の今日で、ツカサの肌は真っ赤に変化していた。

 まるで海へ行った人みたい。

「なんか……すごい日焼けしたね? 肌真っ赤」

「……数日後には落ち着く」

「ツカサも赤くなって痛いだけで焼けない人?」

「そう」

「じゃ、私と同じ!」

 ツカサの表情がふ、と緩む。

 雰囲気が柔らかい……。

「ツカサ、いいことあった?」

「……いいことというよりは、最悪なことだらけの気がするけど?」

 途端、眉間にしわが寄ってしまう。

 言わなければ良かったかな……?

「だって、いつもよりも顔が優しく見えたよ?」

「それ、いつもは怖いって言いたいの?」

 もう、どうしてそう取るのかなぁ……。

「怖いなんて言ってないよ。ただ、ツン、として見える……かな?」

「…………」

 ツカサはそっぽを向いてから下を向いた。

 なんとなく、ツカサらしくない行動。

「ツカサ……?」

「それ、自分で外せる?」

「あ……ネックレスのこと?」

「そう」

 チャレンジはした。でも、指先が痛むから自分で外すことはできなかった。

「……できない」

「そう。じゃ、外すから」

 手が伸びてきて身体ごと逃げる。

「やだっ」

「やだじゃない。こんなのつけたまま寝るな」

 だって、外したら自分ではつけられないっ。

 けれども、有無を言わさず外されてしまった。

「不服そうな顔……」

 それはそうだ。頼んでもいないのに外されたら嬉しくもなんともない。

 外されたあと、ツカサの手にあるとんぼ玉を見つめていると、ツカサはジーンズのポケットからチェーンを取り出した。

「これなら、留め具をいじらなくても首にかけるだけでいいだろ?」

 新しく出されたチェーンは、頭からすっぽりとかぶれるほどに長いチェーンだった。

「……ありがとう」

「素材はシルバーでも金でもなければプラチナでもなくステンレスだけど」

 そんなの気にならない。

「ありがとうっ!」

 手を伸ばしたら、伸ばした分だけチェーンが遠ざかった。

「ツカサ……?」

「交換条件とまいりましょう」

 ツカサはにこりと笑って、長いチェーンにとんぼ玉を通す。

「交換条件って……?」

 今度はどんな話題が降ってくるのかと思っていると、

「あのさ、秋兄に会わない?」

「……え?」

「藤宮秋斗、俺の従兄に会わない?」

「会うよ……? だって、いつか静さんが連れてきてくれるのでしょう?」

「そのときじゃなくて……明日、秋兄に会わない?」

 私はじっとツカサの顔を見る。

「……どうして? どうしてそんな顔で言うの?」

 とても不思議だった。何がどう、と説明できるほどの変化はない。でも、何か決意するように言われた気がしたから。

「交換条件」というよりも、「懇願」されている気がした。

「前にも話しただろ……。そのバングルは秋兄が翠を心配して作ったものだって」

 ツカサの視線が袖で隠れている左腕に注がれる。

「……心配してるんだ、翠のこと。でも、記憶をなくしたっていうこともあって、会うこと事体を自重している。それで会いにきていない」

「……でも、ツカサは来ているでしょう?」

 なのに藤宮秋斗さんは来ない。そこにはどんな違いがあるの……?

「来られない理由があるの……?」

「……理由はある。でも、会わないとだめだと思う」

 ……理由は?

 この場の雰囲気に、教えてもらえないことを悟る。

 ツカサはすごくつらそうな顔をしていた。そんな顔をされたら断れるわけがない。

「……ツカサ? そんな顔をしなくても私は会うよ? ……大丈夫だよ?」

 ツカサは何も言わず、私と視線を合わせては下を向いたり、と落ち着きがなかった。

 さっきの柔らかいと感じた雰囲気は消えてしまった。感じられるのは緊張や不安――ちょっとピリピリとした空気。

「藤宮秋斗さんは怖い人というわけではないのでしょう?」

 唯兄のデジカメに録画されていた映像を見る限りでは、優しそうな人だった。

 ただ、どうしたことか、とても挙動不審に見えたけれど……。

「どうして? どうしてそんなに不安そうな顔をするの?」

 ツカサの顔を覗き込むように尋ねると、

「翠の記憶がなくなった理由が俺と秋兄にあるかもしれないから」

 私は目を瞠り、唾を飲み込む。

「悪い、これ以上は話せない……」

「……ツカサ、ひとつだけ教えて?」

「答えられることなら」

「これ以上話せない理由は何? 知っているけど話せないの? 知らないから話せないの?」

「……後者。どんなことがあったのかは粗方わかっている。でも、どの部分が引き金になって記憶をなくしたのかはわからない。俺の目の前で起きたことだけど、俺はその事柄すべてを把握することはできなかったし、翠が何を感じて記憶をなくしてしまったのか、そこまではわからなかった。……想定しようと思えばできる。でも、それは俺個人の見解であって、真実ではない。だから、話せない」

「……すごくツカサらしい理由だね」

「なんで笑う……?」

 言われて、自分が少し笑みを浮かべていることに気づく。

「私は……色々と知りたいこともあるけれど、ツカサを困らせたいわけじゃないし、確信がないことを口にするのは憚られる、というのもわからなくはない。だから、そういう理由なら訊き出そうとは思わない。……いいよ。明日、藤宮秋斗さんに会う」

 最後は意識して笑みを添えた。

 ツカサは一瞬だけほっとしたような顔をしたけれど、肝心の緊張は解けていなかった。

「じゃ、これ……」

 と、長めのチェーンに通されたとんぼ玉が自分の手に戻ってきた。

 ツカサの体温がガラスに移っていてあたたかい。

 このぬくもりがずっと続いたらいいのに……。

「これね、本当に嬉しかったの……。ありがとう」

「……何度言ったら気が済むの?」

「え? わからない。……そうだな、思うたびに言うんじゃないかな」

「あぁ、そう……」

 あとは他愛のない話をしていた。

 ツカサは明後日から部活が始まるらしく、そのほかに家庭教師もあるみたい。

 私の夏休みはきっと入院で終わる。どこに行くでもなく、何をするでもなく、ただ治療を受けて終わるのだ。それでも、二学期に間に合うのかすらまだわからない。

 心によぎる不安を払拭するように、夕飯のときに得た新しい情報をツカサに話してみる。

「ねぇ、知ってる? 昇さんってお医者さんになる前はクーリエになりたかったんだって」

「……初耳。クーリエって絵画とかの修復師だろ?」

「うん、学芸員になって修復師になりたかったんだって」

「で、なんで全く関係ない職種に就いてるの?」

「私もそう思った」

 思わず苦笑する。

 ツカサは理解できないって顔をして、中指でメガネのブリッジをくい、と押し上げた。

「あのね、栞さんと結婚するなら医療従事者が都合いいと思ったんだって」

「……俺には考えられない。結婚を軸に考えて進路や職業を変えるとか絶対無理」

 私も同じことを思った。だって、もし結婚までたどり着かなかったら……と考えてしまうから。

 いつか想いがなくなってしまったとき、後悔の念を抱きたくないから。

 でも、昇さんは何か違った。

「昇さんが言ってたのだけど、年代物の絵画を修復するのも、人を治療するのも変わらないんだって。昇さんにとっては患者さんを治すのも絵画を修復するのも、『なおす』職業として『同じ』って認識されるみたい。不思議だよね?」

 そんな話をしていると、相馬先生がやってきた。

「そろそろ就寝時間だ」

「栞さんは……?」

 薬の時間なら栞さんが来てくれそうなものだけれど……。

「ずいぶんとふたりで話しこんでたからな。邪魔せずに帰るって、さっき昇と帰ったぞ」

「そうなんですね……。あ、相馬先生、この人が湊先生と楓先生の弟のツカサです」

「おぉ、電話の主な」

 相変わらず、人を小ばかにしたような調子で話す。

「藤宮司です。相馬さんの論文はいくつか拝読しました」

「ほぉ、英語の論文読んだのか?」

「医療英語は独学で進めています。わからなくても辞書さえあればなんとかなるので……」

「へぇ、ずいぶんと頭の出来がいいんだな」

 ……ツカサは相馬先生のこと知っていたのだろうか。

 ツカサに視線を向けると、

「以前、兄さんに薦められて読んだ論文が相馬さんのものだった」

 そうなのね……。

「で、おまえさんも医者になるのか?」

「はい」

 ツカサは間髪容れずに答えた。

 真っ直ぐな目で未来を見据えているように見える。

 自分が歩いている道の先に目標がある人の目。

 こういう話を即答できるのって、格好いいな……。

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