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光のもとでⅠ 第十章 なくした宝物  作者: 葉野りるは
本編
11/58

11話

 シチューを口にしてふと窓の外へ目をやる。そこには見事な夕焼けが広がっていた。

「きれい……」

 食事中だったけれど、どうしてももう少し右側の景色が見たくてベッドを下りる。

 空にはいくつか雲が浮かんでいて、それらは虹色の貝殻みたいに発色していてとてもきれいだった。

 藤山の上には茜色の空が広がり、絵の具では表現できそうにない。こういうときこそ、写真だろうか。

 今の時間、携帯ゾーンは間違いなく一等地だろう。

「こういう季節なんだな」

 口にしたのは、意外にも相馬先生だった。

「日本の夏は久しぶりだ」

 言いながら、私の隣に並ぶ。

「私、海外の空は見たことがありません。今日の空も毎年見ている空だけど、今日は特別きれいに見えます」

「それは俺様効果だな」

 ケケケ、と笑っては背中を押され、ベッドへ戻るよう促された。

 蒼兄や唯兄、お父さんやお母さん、桃華さんやツカサもこの空を見ているだろうか。

 みんなが同じ空の下にいるって、すごいことだね……。

 このときの私は知らなかったのだ。こんなきれいな空を見る余裕もなく、唯兄が仕事に追われていたことなど――。


 夕飯が終わり、歯磨きを終えた頃にツカサはやってきた。

 最初になんて声をかけたらいいのかわからなくて、「おかえりなさい」と口にした。

「はい、ただいま」

 言うなり携帯の操作を始める。

「賞状やメダル、トロフィーは学校管理になってるから写真」

 と、ディスプレイを見せられた。

「あ……」

 そこには無表情なツカサが写っていて、胸元にはメダルが、手にはトロフィーと賞状を持っていた。

「二位だけど……」

「すごいっ! おめでとうっ」

「ありがとう」

 ツカサはすぐに車椅子の用意を始める。

「あっ、ツカサっ。私、歩けるのっ。歩いていいって言われたの」

 ツカサは一瞬目を見開いたけれど、「そう」と手をかけていた車椅子をもとに戻し、代わりに点滴スタンドに手をかけた。

「屋上に行くんじゃなかった?」

「行くっ」

 病室を出てナースセンターの前を通ると、受話器を片手に話している栞さんがいた。

「あ、ちょっと待って――」

 呼び止められたのはツカサだった。

「今、静兄様が病院に向かっているみたいなの。司くんに用事があるから、所在を明らかにしておくようにって」

「屋上にいると伝えてください」

「わかったわ」

 栞さんはまた受話器に向かって話し始め、私たちはナースセンターの前を通り過ぎた。

「電話で聞いて知ってはいたけど、ここまで調子がいいとは思わなかった」

 エレベーターに乗るとまじまじと見られる。

「私もびっくりしてる」

 あ、びっくりしたと言えば――。

「今日ね――」

「聞いた」

「……私、まだ何も言ってない」

「家に帰ったら母さんが嬉しそうに話してきた」

 あ、そうか……。

 ツカサは私よりも先に真白さんに会っているのだ。

「ちょっと残念。珍しく大きな出来事で報告ごとだったのに」

「俺は別の意味で残念。ハナを翠に会わせるのは俺だと思ってた。まさか父さんに先を越されるとは思ってなかった」

 面白くないって顔をしているツカサが新鮮。

「ハナちゃん、すごくかわいいね?」

 エレベーターの扉が開いて、足は自然と外へ一歩踏み出す。

 次の一歩もその次の一歩も軽やかに。

 それと同じくらい自然に言葉を話せる。

「この裏に、あんなお部屋があるなんて知らなかった」

 ガラス戸を出て、その裏側を指す。

「俺たちの祖母が入院したときに急遽作ったんだ。――翠」

「何?」

 点滴スタンドはツカサが押してくれているのに、そのチューブにつながれている私のほうが前を歩いていた。

 振り返ると、首に何かを巻きつけられた。

「点滴人間なんだから、そんなに先へ行くな」

 言うのと同時、首の後ろで何か作業をしている。

「……何?」

「お土産」

 え……?

 ツカサの手が首元を離れ、髪の毛を持ち上げられた。

 すると、首に何かがぶら下がる。

 手に取ってみると、ガラス玉――。

「……違う、とんぼ玉……?」

「お土産っていっても食べ物じゃないほうがいいと思ったし、でもこれといったものもなかったから、露店で見かけたとんぼ玉。悪いけど、精巧なつくりじゃないし安物だから」

 だから何……?

「すごく、すっごく嬉しいよっ!?」

 だって……。

「大好きな淡い緑だし、お花の模様がついているし、ガラス好きだし、ツカサが選んでくれたのでしょう?」

「……俺以外に誰もいないだろ」

「だから嬉しいっ」

 せっかくつけてくれたのだけど、もっとじっくりと見たくて外そうとした。でも、指先がうまく動かない。

「……外すの?」

「だって、ちゃんと見たいんだもの」

「わかった、外すから」

 また首にツカサの手が触れる。それがくすぐったくて、なんだかドキドキした。

 顔も熱い気がしたけれど、夕焼けの名残もなくなり、薄闇色に化した空の下では顔色などわからないだろう。

「ほら」

 手の平に置かれたのはシルバーのチェーンに通された淡いグリーンのとんぼ玉。赤いお花が散っていてかわいい。

 大ぶりのとんぼ玉だから、チェーンに通すだけで十分なアクセサリーだった。

「きれい……かわいい、ありがとう」

 ツカサはぷい、と後ろを向いたかと思うと、少し離れたところにあるベンチに向かって歩きだす。

 もちろん点滴スタンドも一緒だから、私もそちらへ行かなくてはいけない。

 まるでリードを付けられたペットの気分だ。

「ツカサ、まさかとは思うけど、私のことをペットみたいに扱っていたりしないよね?」

 ベンチに座り、私よりも背の低くなったツカサを見下ろすと、上を向いたツカサがニヤリ、と笑う。

「なんだ、やっと自覚したのか」

「ひどいっ! ハナちゃんはかわいいけど、私は一応人間なんだからねっ!?」

「へぇ、一応でいいんだ?」

 意地悪王子様降臨だ……。

 むぅ、とむくれていると、トントン、とツカサの横のスペースを叩かれる。

「歩きまわってもいいのかもしれないけど、立ちっぱなしは良くないだろ?」

 コクリと頷きそのスペースに腰を下ろした。

「何か聞いた?」

「え?」

「うちの両親から」

「……とくには何も」

「ふーん……」

「……だって、百聞は一見にしかず、なんでしょう?」

 ツカサは少し驚いた顔をしていた。

 どうしてそんな顔をするのか疑問に思いながら、

「私は、会って話をしてツカサを知りたいから、たぶん、誰かにツカサのことを訊こうとは思わないと思う」

 手の中にとんぼ玉を見ながら伝える。

「それ、もう一度つけようか?」

「え……?」

「音は鳴らないけど鈴みたいだし……」

 意味を理解する前に、チェーンごとツカサに奪われ、さっさと首につけられた。

「私、猫じゃないんだけど……」

「猫には鈴だよな。翠にはガラス玉?」

 そんな皮肉を言いながら笑う、その意地悪な表情も好き。

 ……もっと顔が熱くなりそう。

 そう思ったとき――ブン、と音を立ててガラス戸が開いた。

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