luck.07 経験値上昇中☆
翌日の放課後。
学校の敷地外の歩道を、弓張月と苅宿はジャージ姿で走っていた。
体育の授業以外で身体を動かすのは久々なので、準備運動はしっかりとやった。苅宿の特訓に付き合う弓張月が、肉離れなどになってしまったら目も当てられない。
あくまで弓張月はおまけ。
主役である苅宿がサボらないようにするための監視役。
……なのだが、肝心の苅宿の走行速度が遅い。
胸を前後に揺らしながら、喘ぐように気息を撒き散らしている。もう走るのが苦痛なのか、脚が擦れ合うぐらいに縺れていて今にも倒れそうだ。頑張っているのは伝わってくるのだが、あまりにも体力が無さ過ぎる。
「おい。大丈夫か?」
「……大丈夫や……ハァハァ、んぐっ……ない。腹筋と腕立て伏せした後に……こんっ――な……ハグッ……」
「あのなあ、まだ2キロぐらいだぞ。そこまでへばることか?」
「2キロとか……じゅ……充分や……」
腹筋20回×2。
腕立て伏せ20回×2。
数十分間のラダートレーニング。
それから2キロのマラソン。
体力作りのための練習。その初日だということなので、かなり少なめの練習メニューにしてみたのが、どうやら限界近いらしい。
しかも速度はゆったりペースのマラソンだ。本来だったならば、ダッシュアンドジョグを交互に入れた密度の濃いメニューにするつもりだった。だが、あまりにも自信なさげだった苅宿の態度に合わせておいてよかった。
想像以上に苅宿は運動が苦手らしい。
だったらまずは、基礎固めからしなければならない。
必殺技みたいな特訓の、ド派手な奴の方がきっと苅宿もお好みだろう。
だが、まずは土台がしっかりしていなければ、どれだけ立派な城だろうとも建設することはできない。
「あー、もー、無理!」
このマラソンの重要性を全く理解していない苅宿は、バタン、と勢いよくアスファルトの上に仰向けになる。
「やだやだやだ。もう一歩も動けへん!」
ジタバタと四肢を動かしながら、大声で駄々をこねる。
まるでおもちゃをねだる子どものようだ。
「……おい。恥ずかしいだろ」
もれなく通行人の方々全員が、一体何事なのかと注視してくる。
なんだありゃ!? 修羅場だぜ、修羅場! と、ませた男子小学生の噂する声が聴こえてくる。
かなりのウザさだ。
「ウチらラック科の生徒は普通科の生徒と違って、ラックの練習が授業であるんや。せやから、もう充分身体動かしてる。これ以上走ったら誰だって疲れるわ」
「あのなあ、初心者であるお前が八ツ橋と戦えるレベルになるためには、最低でも後一ヶ月これを続けてもらわなきゃいけないぞ」
「いっ、一ヶ月!?」
そんなに? と、苅宿が立ち上がってにじり寄ってくる。
これでも随分控えめに提案しているつもりなのだが、どうにも八ツ橋との差というものを理解していないらしい。
「……苅宿。ラック経験者がいつごろぐらいから、ラックを始めるか知っているか?」
んー、と苅宿は数刻頭を捻って考えると、
「……やっぱり、13歳くらいからやない? 中学上がったぐらいからみんな始めるんやないかな」
「――平均6歳ぐらいだ」
ラックを始める年齢はな、と弓張月は言葉を付け足す。
もちろん、もっと早くから始める奴もいる。
だが、現実を知らなかった苅宿は、ショックを受けたように立ち竦む。楽観主義の苅宿であっても、それがどれだけ絶望的なアドバンテージであるか理解できたようだった。
約10年の経験の差を埋めることがどれだけ大変なのか。
ラックを知らない苅宿にも少しは理解できたらしい。
「それだけの差があるんだ。しかも八ツ橋は一年女子の中でもトップクラスに強い奴なんだろ。ちょっとやそっとのことで音を上げていたら、絶対に勝てるわけがないってことぐらい分かるよな?」
「………………」
苅宿はついに押し黙ってしまう。
一ヶ月間地獄の練習をしたとしても、追いつけるかどうか結果は不明瞭。こんなグダグダ話をしている間にも、八ツ橋は力をつけている。それを滔々と説教のように語ってやるのは簡単だ。
だが、暗澹とした表情をしている苅宿にだって、そんなことは分かっている。ここで焦ってオーバーワークをして、悪戯に身体を傷つけても逆効果だ。
一ヶ月後の対戦の時に、最低限の体力だけを身につけていればいい。だからまずは意欲を削がれないように、指導者が配慮することが最優先。
「……喉渇いたなあ」
「え?」
「自販機でジュースでも買うか……」
「そ、それやったら、この先にウチのおすすめの喫茶店があるんやけど!」
さっきまで潰れた饅頭みたいな顔をしていたのが演技みたいに、からっとした笑顔を振りまく。なんとも現金な奴だが、こうも単純だと微笑ましささせある。
「そっか。じゃあ、案内してもらおうかな」
「任せといて!」