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ラックライアー  作者: 魔桜
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luck.38 世界を制するのは愛だけです

 電車での一件で、弓張月は三日間の停学処分を下された。

 絶対に自宅謹慎。見つかったら更に思い罰を喰らうとのことなので、おとなしく学生寮の自室に引きこもっていた。

 不本意ではあったが、学校に行かずに格ゲー三昧できたのは僥倖だし。それに様子見に来てくれた人間が三人もいる。

 その来訪客で一番意外だったのは霜沢さんだった。

 彼女は弓張月をおもちゃにして楽しんでいた気がする。リア充っぽい女子の割には、なんと格ゲーが趣味らしく。思わぬところで意気投合して、○拳とか、アルカ○ハートとか、アンリミ○ッドコードで対戦した。

 来客用の椅子なんて洒落たものなんてなく。テレビの対角線上にあったベッドの上で、ガチャガチャとコントローラー操作に二人して熱中していた。

 楽しかったのだが、ゲームの最中に部屋をノックされた。はいはい、とゲーム画面にポーズをかけながら、中断されたことに不満を持ちながらドアを開けようとした……が。こちらがドアノブを回す間に、苅宿と忍が部屋に乱入してきた。何故か冷や汗ダラダラで『停学のせいでカラオケに行けなかったから、そのお詫びを兼ねてゲームをしていた』と、弁解した。

 お土産に持ってきたらしいケーキを顔にぶつけられたりしたが、最終的には怒りを収めてくれたので良かった。

 そして今日は、

「やあ、弓張月」

 うさぎが来訪者だ。

 狭苦しい部屋なのだが、密談するのならば個室じゃなければならない。

「こんな朝早く呼び出したのには、ちゃんと理由があるんだよね?」

 停学がとけた早朝。

 彼には聞き出さなければならないことが山ほどある。

 だが、猜疑心を揺り動かされただけで確証はなく。もしも弓張月が頭の中で構想しているものが、まるでピントの外れた憶測だったならば謝罪しなければならない。いや、謝るだけで済むのか。

 うさぎとの関係が瓦解するに違いない。そんなことどうだっていい……そのはずなのに躊躇ってしまう。苅宿と出会ってから、人間関係の消失を恐るようになった。

 他者とのコミュニケーションを断ち切り、綺麗さっぱりしがらみのない生き方が心地よいと感じていた中学時代。それがまるで遠い過去のようで。

 仲違いしていた忍と再び手を取り合うことができたのも原因の一つか。だが、それだけじゃなく、弓張月はうさぎのことを気に入っているのだ。変態扱いされてクラスでは、まるで透明人間のような扱いだった。

 そんな誰もが白い目で観ている中。

 どんなに偽善的な信念の持ち主であっても、弓張月のような人間に声をかけるのは憚れるだろうに。それでも、うさぎだけは弓張月が『ここにいる』と認識してくれたのだ。

 どれだけ過去を美化しようとも、うさぎのことを完全無欠に好きであったとはいえない。むしろ、邪魔者だとさえ思った。鬱陶しくて、なんだこのお節介は。そういう親切の押し売りが一番傷つくんだ、と。どうせいつか突き放すんだろ、と煙たがった。

 だけど、うさぎはなにも変わらなかった。屈託のない笑顔で、ちょっとウザったいぐらいに声をかけてきてくれた。正直な話、それに救われた部分も少なくなかった。

 いつしかそれは信頼に変わって。

 ああ。これがもしかしたら『友情』ってやつのかなって。……そう思って――


「もしかして、僕がずっと弓張月のことを騙していた件かな?」


 裏切られるわけがないって。

 そう、信じたかった。

「ごめんね。僕の目的のためにはしかたなかったんだ。忍さんから協力して欲しいって言われた時には、渡りに船だと思ったよ。彼女がいなかったら果たせなかったことだしね……」

 忍があんなにも短絡的な行動を取るなんて、誰かが裏で糸を引いているとしか思えなかった。だが、それがうさぎだと信じたくなかった。もっと反論してくれるかと期待していたのだが、まるで他人事のようにペラペラと語ってくる。

「俺を新作ビデオができたからって言って、あの日に限って生徒会に呼び出したのは?」

「知ってたからだよ。八ツ橋さん達が、あの日掃除当番だった苅宿さんをいじめる予定だったことを」

「あの映像を忍に渡したのも。そして校内外に触れ回ったのも」

「僕だよ。そうすれば、未練ある弓張月がどう行動するかなんて手を取るように分かったからね」

「そもそも『ラック科のビデオがあるんだけど』って、最初に俺と話した時も」

「高校のファーストコンタクトで、そう話せば食いついてくると思ったからね。案の定、君は飛びついた」

 間髪入れずに、弓張月の質問攻めに答える。

 まるでこっちの発言を完璧に先読みしていたかのような流暢さ。およそ感情というものが、一欠片も挟まれていない口調にショックを受けていた。

 こんな喋り方ができるなんて。

 人に話しかけるのではなく、まるで椅子か何かに話しかけるみたいな無味乾燥な音の連なりだった。

 明瞭な声でいつも弾けるような笑顔を、不特定多数の前で見せていたあのうさぎが。まるで別人のように表情を抹殺していた。

「……いったい。何がしたかったんだ。何のためにこんな大掛かりなことを……」

 うさぎはフッ、と相好を崩す。

 初めて表情らしい表情をしたと思いきや、


「そこに、『愛』があったからさ」


「――なにってんだ、こいつ!?」

 頭のネジが数本行方不明になったらしい。

「弓張月には、どうしてもラックを再開してもらいたかったんだよ。それが忍さんの夢でもあったし、僕の望みでもあった」

 ……僕の望み?

 心理的距離を密かに置くように身構える。やばいやばい、と戦々恐々としていたが、これほどまでにやばいやつだとは。

「僕は弓張月のこと、最初から友達だなんて思えなかったよ。……それに好きでもなかった。微妙に意味が違っていた。もっと正確に言うならば――」

「ああ。最後まで言わなくても分かったよ……」

 鵜飼い。

 小学か中学生の時の社会の教科者で、絵写真付きの解説を見た気がする。鳥を使った特殊な漁法で、結構有名だったはず。鵜に泳いでいる魚を飲み込ませ、それを人間が吐かせることで漁獲するというもの。

 見ていて気持ちのいいものではないが、合理的な魚の釣り方だ。

 自分が労せずとも、獲物が手に入る。

 鵜は人間に利用されるとも知らずに、獲った魚を奉仕する。

 まるで、哀れなその鵜は今の弓張月のようだ。

 うさぎが弓張月なんかをクラスの輪に入れようとしたのは、忍に近づくためだ。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、といった感じで、弓張月をまんまと有効活用したのだ。

 忍に一番近しいのは弓張月だから。

 それを中学時代から知っているうさぎは、忍のご機嫌取りのためにここまで壮大な計画を成し遂げた。それが『愛』ねぇ……。愛のカタチは人それぞれだと言うが、これまたなんとも。天才とバカは紙一重ってことか。

 でも、心のどこかで安堵していた。

 うさぎみたいな。

 まるで物語の主人公すら張れるような凄い人間が、ボッチで脇役体質な弓張月なんかと友達になりたいとか思うわけがない。うさぎの行動があまりにも不自然過ぎて、不信感しか生まれなかった。

 でも、今は違う。

 ようやくうさぎの目的、欲しているものが鮮明化した。弓張月という海老で忍という鯛を釣ろうとしているのが本当ならば、なんだか肩の荷が下りた気分。

 どこかよそよそしさを感じる友情ごっこを、せずと済むのならば気楽なものだ。曖昧な行動原理な熱血漢よりも、損得勘定で動く人間の方が信用できる。

「僕が恋したその人は無自覚で他人を救っていて。きっと僕にしてくれたことなんて、全く記憶にないんだ。こっちはどれだけお礼を言っても言い足りないぐらいなのに、『まるで当たり前のことをやっただけ』、と言いたげな表情をされると、ね。……そそるよね」

 うさぎは艶美な笑みをしたためせる。

 確かに、弓張月と違って忍はどこか鈍いところがある。うさぎの好意に気づけないのも頷けるのほどの。

 せっかくの、うさぎの淡い恋心。弓張月から忍に漏らすなんて野暮な真似はするつもりはない。だが、気づくのに一体どれだけの年月がかかることやら。うさぎもうさぎだ。

 本人の前で告白してしまえば、すぐに片がつくのに。美少女と言っても過言じゃない容姿の彼の想いを、袖にする者などそうはいないだろうに。

「話はそれだけなら僕はもう帰るよ。……それにしても話を切り出す時に君はかなり躊躇ったね。そういうところ……とっても可愛いと思うよ」

 女に言われても嬉しくない。

 ……じゃなくて、うさぎは男だったか。となると、今のセリフちょっと気持ち悪いな。でも、うさぎが言うとなんだか似合ってしまうのが憎い。やはり男は顔か。ただしイケメンに限るってやつか。

「ああ、そうそう」

 びくん、と飛び上がる。

 もううさぎが部屋の外に出たと思っていて反応に送れた。

「な、なんだ。こんどは?」

「八ツ橋さんから弓張月ことを詳しく教えて欲しいって頼まれたから、タップリ教えてあげといたよ。弓張月にだけ八ツ橋さんの情報提供したんじゃ釣り合いが取れないから、それはもう色々と……」

「八ツ橋が……?」

 なんでここで八ツ橋が?

 苅宿の戦いからその後、コンタクトは取っていない。苅宿の口からもあまり出てこないから、すっかり記憶の片隅に追いやられていた人物だった。まさか。苅宿との戦いに一枚噛んでいる弓張月に、負けた腹いせでもやろうと言うんじゃないだろうな。

「これは僕から君へのプレゼントだよ。彼女のことは、君の好きなようにやるといい」

 不吉なことを言い残して、うさぎはどこかに行った。

 そして彼とは別方向への道へと弓張月は進む。

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