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ラックライアー  作者: 魔桜
03
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luck.34 交わした約束

「お前は、友達なんかじゃない……」

 弓張月は決して許されない罪を犯した。

 良かれと思って起こした行動の帰結が、ラック部の廃部。自分さえいなくれば万事うまくいくと、そう己に言い聞かせていた。だけど本当は面倒事から逃げたかっただけなんじゃないのか。

 弱い自分と向き合うことを嫌って、忍に手痛い罵声を浴びせた。それでも――

「きっと俺にとっては、もっと大事なものだよ」

 全てを喪失したって構わない。

 そう思えるぐらいには、忍のことは好きだった。中学時代、彼女がいなければ入部した直後にラック部を退部していたかもしれない。今の自分はいない。彼女の真っ直ぐさにはとても感謝している。

 でも、だからこそ今の忍がこんなところで足踏みしているのが我慢ならなかった。どうして黒春高校という、ラック競技において落ち目の高校に進学したのか。そしてどうして彼女は中学時代ずっとダブルスに固執していたのか。

 いつも遠回りしている。

 成功の道はすぐそこに見えているというのに。

 それが歯がゆかった。

 忍と再び邂逅した時。

 顔がにやけるのを我慢するのに苦労した。それほどまでに歓喜した。だがそれ以上に当惑の気持ちが胸の内を占めていた。

 何故?

 それほどまでの能力を持っているのに、どうしてそんな無駄なことばかり時間を費やすのか。もしも忍ほどの才気を持ち合わせていたのなら、弓張月は迷わず夢への最短ルートを突っ走るというのに。

「なんで最初から全部言ってくれなかったの?」

 忍はまだマウントポジションを譲るつもりはないらしい。妙な態勢のまましおらしい彼女はどこかおかしかった。

「それは……忍を傷つけたく――」

 ドゴォ、と割と容赦のない一撃を頬に喰らう。

「傷つけたくなかったらとか戯言吐かしたら……ぶん殴る」

「もう、殴ってるって」

 相変わらず、無茶苦茶なやつだな。

「……誰もそんなこと頼んでないよ。弓張月がラックを辞めて欲しいなんて、これっぽちも思っていない。私はラックで上に行きたいっていう想いもあったけど、それよりもまず――ラックをやって得られる『喜び』を分かち合いたかったんだよ」

「……………」

「ラックを真剣にやる人間なんて周りに誰もいなかった。負けたらすぐに言い訳する人間ばかりだった。だけど弓張月だけは言い訳しなかったよね。試合中も絶対あきらめなくて、仮に負けても、這い上がれるだけの強い心を持っていた」

 強い……?

 誰が?

 忍は弓張月のことをお荷物だと思っていた。


「そんな弓張月の隣にいれたから、私も自分の夢を捨てないでいれたんだよ」


 それはこっちの台詞だ。

 まさか忍も同じことを思っていたなんて。

「――なのに、弓張月は私を置いてどこか遠くに行こうとして、それが……やっぱり、寂しかったんだよ。なんで、あんなに私たち通じ合ってたよね、あんなに時間も感情も共有し合ったのに、なんでってね」

 何も言わないことが、忍のためになる。教師や部員のことを明かしてしまえば、ラック部でもやりづらくなるだろうって気遣った。

 でも、その気遣いが忍のことを侮っていることになったのかもしれない。

「でも、私のほうが弓張月のことを全然理解してあげられなかったね。……ごめんね、ほんとうにごめん……なさい……。私、今までなんてことを……弓張月になんてひどいことを……」

「何言ってるんだよ。分からないなんて当たり前だ。俺だって忍のことをわかってなかったんだ。自分がどうしたいかって想いだけはあったけど、忍の真意を訊こうとしなかった。そんなんだからすれ違ってしまっていたんだな、俺たちは」

 お互いの好意がズレてしまって。

 それをズルズルと一年間も引き摺っていたのだから、とんだ大馬鹿野郎という他ない。

「掛け間違えたボタンを留めよう。今度こそ正しく、また昔みたいに、いや、昔以上に話し合ってお互いのことを知ろうよ。やり直しがきかない人生なんて、きっとないよな」

 忍は口を窄めて、

「……それじゃあ、今度こそ一生一緒にいてくれる?」

「いや、それはム――ちょ、拳を振りかぶるなって!」

「それじゃあ、少しの間、今だけは一緒にいてくれるよね? いてよね? ていうか、いてよ。あの子とは約束したのに、私と約束しないなんて許さないから」

 ピン、と小指を立てて、ズズイッと鼻先につきつけてくる。

「……分かったよ。少しの間だけな」

 眼前に突き出された小指と自分の小指を密接に絡めると、そのまま立ち上がらされる。だけど、そんな小指だけでは、忍の女の子としての力では反動を殺しきれなかった。

「おっ、と……」

 トンッ、と胸に忍は頭を置いて、そのままうずめる。そのまま身動きしようとしない。

「……忍?」

 忍は総身を震わせたまま、顔をこちらに向けようとしなかった。きっと彼女は今晒せない顔をしているのだ。

 肩に手を置いて顔貌を見ようと思っても、小指を絡めたまま離そうとしてくれない状況ではそれも難しい。だから空いている手で、彼女の後頭部にヘッドロックをかけるみたいに抱きすくめる。

「少しの、間だけだから」

 甘えるみたいに、だけど気恥ずかしそうに言う忍に、なんだかな、と微苦笑する。

「ああ、少しの間だけな……」

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