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ラックライアー  作者: 魔桜
03
30/39

luck.30 最後の拳

 壁に激突した忍は、起き上がる素振りを見せずに倒れこんだ。幾何学模様の罅と罅の間から、パラパラと壁の欠片が落下する。

「がっ……」

 弓張月はガクンと膝を折ると、両手を地面につく。フルマラソンでもやった後かのような全身の倦怠感。同じ態勢でいることに耐え切れずに、ゴロンと横に転がる。

 眼蓋を伝うナメクジみたいな汗のせいで、開眼することができない。

 もう、一歩も動けないぐらいに消耗した。

 ハァ、ハァ、と酸素を求めて顎を上げる。能力の応用についての構想は前々からあったのだが、他人に対して実践したのは初めてだった。一種の賭けだったのだが、うまくいって本当に良かっ――


 ドォオン!! と、地面をハンマーで叩くような音が鳴る。


 首だけを動かして、眼蓋の上の朝露みたいな汗を下に落とす。眇めながら正視すると、咳き込みながらも二足歩行してくる忍の姿がそこにはあった。

 超速度で壁にぶつかったはずなのに、あそこまで動けるはずがない。まさか――圧縮した空気を、壁に激突する直前に背中に貼り付けたのか。そうすれば、衝撃を完全に殺すことはできないが、ある程度は遮断できる。

 瞬時に判断できることじゃない。

 やはり、付き合いが長いせいでこちらの手の内を読まれていたのか。

 腹筋を使って忍に相対しようとするが、どうしても力が入らない。能力を使いすぎた。ラックの練習を一年間以上もサボっていたから、言い訳のしようもない。

 対して、忍はバキバキと拳に圧縮した空気を纏わせる。

 どうやら、あちらは戦闘続行できるだけの余力を持ち合わせているようだ。おぼつかない歩き方だが、悠然と近づいてくる。

 もう戦う気力もない弓張月は、見下ろしてくる忍が繰り出される拳を避けることもできない。

 ハッ、と諦観に満ちた笑いを漏らすと、乾坤一擲の拳を振り下ろされる。

 だが――地面を裂くほどの威力のそれは、弓張月の顔面を掠らせただけだった。目測を誤ったのか。それともわざと外したのか分からない。

 忍は弓張月に馬乗りになったまま、今度こそ胸部に拳を叩き込む。圧縮した空気を纏わせていないとはいえ、かなり強め。

 がはっ、と唾の飛沫をピピッと横の地面に散らす。

「なんで……私を置いていっちゃたの?」

 忍はか細い声を響かせる。

 照明が少なく薄暗い『グレイヴ』の、暗澹たる雰囲気に似合った語調だが、忍のそんな声はあまり聴きたくなかった。

「私たち……友達じゃなかったの?」

 中学時代。

 最も仲良かった人間は誰かと問われれば、一瞬の躊躇もなく弓張月はこう答えるだろう。

 ――天光忍、だったと。

「友達?」

 カーテンみたいに垂れる髪が睫毛にかかっていて、表情からは感情が悟りにくい。

 だが、震える彼女の声音。

 どう答えるかなんて決まっている。不安がっている彼女のことを、心から安心させてあげたい。だから、嘘偽りなんてひとかけらもなく、ただただ純粋に。中学時代から感じていることを正直に話そう。

 もう、過去の罪に縛られる意味もなくなった。

 だって――忍に手が届いたのだから。

「そんなわけねぇーだろ」

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